●砂場の報復『ある囚人の独白』⑫
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動悸が治まらず浅い呼吸が続く。胸を押さえながら部屋をあとにした。
廊下の部屋は【103】を除いて全て確認した。開かない部屋を気に留めても仕方が無いので、突き当りのドアを開ける以外に選択肢は無かった。
十センチ四方の小さなドアガラスから、暖色系の光が漏れていた。ドアに耳を当て気配を探ったが、人がいる気配は無い。万一を考え、ナイフを手にしてドアノブを回した。カチリと静かな音が響き、ノブを手前に引いた。
ドアを開けた瞬間、熱気が全身を覆った。部屋の奥にある薪ストーブが煌々と燃えていた。
片目を瞑り周囲を警戒しながら近づいて行くと、後ろ手に縛られた男性が、薪ストーブに頭を焚べていた。私は急いで傍にあった消化砂を浴びせた。
火は瞬く間に収まったが、熱気は未だ燻り続けていた。
殺され方に大小は無いが、惨い殺しが続いた。加害者は報復を通り越して、殺しを楽しんでいるように思えた。
被害者は恐らく岡林祐一。端正なマスクも、今となっては見る影も無かった。
部屋は十畳ほどのリビングルームで、薪ストーブを囲むように布地のソファーが並んでいた。
本来なら来客者が集って楽しい会話を交わす場所だが、大親友にその考えは無かったようだ。
リビングルームは館の中央にあり、ダイニングと同様に窓が一つも無かったが、薪ストーブの煙は煙突を通って安全に排気されるようだ。
周囲を見渡すと、他にドアは見当たらなかった。しかし部屋の左隅に、隠れるように二階へと続く階段があった。
この悪夢のような同窓会の幕を下ろすには、大親友の目論見に立ち向かうしか無いのだろうか? 諦めに似た感情を抱きながら、私は暗い階段に足を踏み出した。
ミシリ、ミシリと軋む音が小さく響く。
階段は天井に吊るされた弱い白熱灯に照らされ、恐怖映画さながらの雰囲気をまとっていた。前のめりに重心をかけ、一段一段視界の先に集中しながら上った。
階段を上りきると、二畳ほどの踊り場があり、左手にあるドアを開ける以外に進路は無い。
真鍮製のドアノブに手を掛けると、音も無くドアが開いた。ナイフを持つ手に力が入る。息を殺してゆっくりとドアを押すと、耳障りな軋み音が小さく続いた。
壁の燭台に火が燈されていて、室内は薄暗い明かりが、ゆらゆらと揺らめいていた。
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