5 仲達夫宅へ
不動産登記簿謄本に書かれていた仲達夫の住所を頼りに、篠山口駅からバスに乗って、黎明館最寄りのバス停で下車した。『ある囚人の独白』にある古ぼけた案内板は、今はもう見当たらなかった。
しかし館へ続く砂利道は雑草に負けず、タイヤの轍を残していた。立山紘一が二十年以上前に歩いた私道を確認しながら、緩やかな勾配を登って行く。
当時はまだカメラ付き携帯電話も普及していなかった時代だ。スマートフォンの位置情報を時折確認しながら、更に足を進めた。
鬱蒼とした山林を抜けると、突然整地された広場に、蔦の館が現れた。窓や扉は無残にも蔦に何重にも覆われ判別できないほどだ。所々枯れた蔦の蔓が、不気味な血管のように外壁にこびり付き密集していた。
仲達夫の自宅は、黎明館から歩いて十分ほどの場所にあった。年季の入った木造平屋建てで、どちらかと言えば山小屋のように見える。黎明館の事件が無ければ、ひょっとしたら向こうに住んでいたかも知れない。
入口にブザーやドアノッカーのようなものは無かったので、いかにも潰れそうな引き戸を気をつけてノックした。
「仲さん、仲達夫さん、いらっしゃいますかー?」
ゆっくりと二十秒ほど待ったが、返答は無い。
「仲さん、おられますかー?」
再び音量を上げて、強めに引き戸を叩いた。
バリッという乾いた音がして、引き戸の板が割れた。やってしまったと思いつつ、割れた板の隙間から中を覗く。中は土間になっていて、タイル張りの流しや農具が立て掛けてあるのが見えたが、人がいる気配が無い。流しや道具類には長年の塵や綿埃が白く積もっていた。嫌な予感が頭を過ったが、砂場家と同じ手段を使う事にした。
「仲さん、民生委員の者です。お邪魔しますよ」
引き戸に掛け金は掛かっておらず、多少ガタついていたが、力を入れ何度か引くと体が入れる程度は開いた。中に入り息を吸い込むと、粉塵が気管に入り噎せ返った。
ハンカチで鼻と口を押さえ目を細めて、周囲に目を配った。外から電線は引かれていたので、電気は通っているはずだが、家電の類は見当たらなかった。土間の流しの上には磨りガラスの小窓があり、電灯が無くても明るい。流しは泥と塵が積もって固まり、放置されたコップや皿が埃をかぶったまま泥に埋もれていた。
土間の左手には襖があり、床が一段高くなっている。靴や履物は乱雑に脱ぎ捨てられていた。深呼吸は出来そうも無いので、ハンカチで押さえたままゆっくりと呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。
「仲さん、入りますよ?」
そっと襖を開けると、六畳ほどの畳敷きの部屋があった。木枠の窓には赤茶けたレースのカーテンが掛けられていて、鈍い光が室内を照らしていた。小さな卓袱台が壁際に置かれていて、炊飯器や急須が埃をかぶったまま放置されている。部屋の隅には布団が敷かれ、壁に顔を向けた人物が彫刻のように横たわっていた。
「……まずは電話だな」
纏わり付いた塵を払いながら、急いで部屋を出た。




