第89話 王女殿下、運命を確信する
(第一王女視点)
第一王女はハラウェイン伯爵令嬢と悪役令嬢を挟む形で寝台を共にしながら、運命を確信し、悪役令嬢にある許しを乞います。
メリユ様が唐突にハラウェイン伯爵家からの献金が収められた『櫃』を取り戻されたとおっしゃり、その場に聖なるお力で『櫃』を出現されてからおよそ二刻。
メリユ様、ハードリー様とわたしは、ハードリー様のベッドに潜り込んでいた。
真ん中は当然メリユ様。
左側にはわたしが、右側にはハードリー様がおり、メリユ様を挟むような形を取っている。
今もメリユ様のお手は少しばかり冷たくて、メリユ様の聖なるお力が未だご回復されていらっしゃらないのがよく分かる。
「はあ」
本当にもうお止めする間もないとはこのこと!
まさか、ハラウェイン伯爵家が収めた献金の『櫃』までお取り返されていらっしゃったなんて……ゴーテ辺境伯領へ赴かれた際のお力のご消耗が少し大きめであったのも、今考えれば容易に納得できるのだけれど、いきなりお力をご行使されて『櫃』を出現されたのは本当に肝が冷えたわ。
あとで問い詰めさせていただいてみれば、『櫃』の出現には、お力の一分もお使いになられていないということだったのだけれど、今のメリユ様はまたいつ倒れられてもおかしくないほどお力がご回復されていらっしゃないのだから、もう少し自重していただきたいもの。
けれど、それもきっと、今までお一人で全てを執り行なわれてきたからこそ、なのだろう。
わたしがどれだけ涙交じりに『お力をご行使される前に必ず一言おっしゃっていただきたい』とお伝えして、ご納得いただくのに時間がかかったことか。
本当にメリユ様は、他人の幸せのためなれば、自分が倒れることすら厭われないお方なのだもの。
これはもう、わたしがいつだって、メリユ様のお力の残量と、お力のご行使の管理をしなければ、メリユ様がご聖務でお命を落とされかねないと改めて思い知らされたのだ。
「わたしがメリユ様のお力を王城で初めて拝見させていただくことになったのも、神の思し召しなのかもしれないわね」
そう先ほどは神に色々苦言を奏上いたしたく思っていたわたしなのだけれど、今になってみれば、神がメリユ様のためにわたしを近付けさせたかのようにも思えてきてしまう。
そう、これは神がお定めになった運命。
そう考えても不自然ではないと思えるくらいに、わたしはメリユ様を手放せなくなってしまっている。
いや……王国だとか、お兄様だとかでなく、わたし自身が、メリユ様というご存在を大事に思っていて、『絶対にメリユ様がお命を落とされるようなことだけは避けなければならない』と思うようになっているからこそ、神はメリユ様とわたしをお近付けになられたのではないだろうか?
それなら、それでいい。
わたしは、わたし自身納得して、メリユ様のお隣で並び立ち、お支えしたいと思っているのだから。
きっと、この先、メリユ様がオドウェイン帝国を退けられようと、メリユ様が義理のお姉様となられようと、わたしのこの気持ちだけはきっと変わらないだろう。
そう、いつだってメリユ様のお傍にいたいというこの気持ちだけは、きっと!
「メグウィン様、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、タダ、今日一日だけで、またどれだけメリユ様に泣かされてしまったかと思ってしまいまして」
「……申し訳ございません。
わたしのせいで随分とご心配をおかけしてしまったようで……」
「心配だけではありませんわ。
マルカ様のご救出に加えて、ハラウェイン伯爵家の献金が収められた櫃までお取り返されたりして……感動のあまり、わたしまでもらい泣きさせられてしまいましたもの」
申し訳なさそうにされていたメリユ様がまたきょとんとされている。
本当に根っからの聖女様でいらっしゃるメリユ様には、当たり前過ぎて、何がすごいのか、何にわたしたちが心を動かされたのかもお分かりいただけていないのだろう。
「ええ、本当に……猊、いえ、メリユ様は、お伽話に出てくる聖女様そのもので、神がお認めになられるのも当然のことかと」
メリユ様の向こう側でハードリー様のお声が聞こえる。
すっかりメリユ様信者となられたご様子のハードリー様に少し可笑しくなってしまう。
「メリユ様の場合、お伽話の聖女様というだけでなく、大魔法使いや、勇者様、王子様の要素も入っているように思いますわね」
そう、メリユ様の在り様は、今までのお伽話や伝承にある聖女様の在り方とはまるで違っている。
タダ、ご神託を受けて、それを周囲に伝えるだけの聖女様などではない。
自ら行動されて、この世の理にすら干渉し、世界を書き換えてしまわれるような特別なご存在。
それはもう、大魔法使いや勇者様、王子様にタダ救われる『姫』などとは比較にならないご存在なのだ。
ご自身が大魔法使いや勇者様、王子様のようなものなのだから。
メリユ様のご活躍が伝承となれば、お伽話における女性の立場や立ち回りすらも大きく変わってしまうかもしれない。
実際、今の世で、メリユ様に匹敵するお力を持っている人間なんてメリユ様以外誰一人いやしないのだから。
「確かに、メリユ様は……女性でありながら、逆に王子様すらお救いになられるようなお方ですものね」
「まあ、今のままでは『わたしたちも』そうなのですけれどね」
今のままでは、わたしたちはタダメリユ様に救われるだけの存在になってしまう。
けれど、そんなの絶対に納得できないわ。
「ですが、メリユ様、わたしも必ず『救う側』になってみせますから、絶対この手を離さないでいてくださいませね」
「……メグウィン様」
「わたしは絶対にメリユ様をお一人になんてさせませんから。
そして、もう二度とあのようにメリユ様が倒れられるようなことは起こさせませんから、ずっとお傍にいることをお許しください!」
そう、不甲斐ないわたしはもう卒業しなければならない。
メリユ様にタダ頼り切りで、タダ傍観しているだけの第三者でいることをやめなければならない。
何せわたしは『補佐役』として、いつだってメリユ様のことを考えて、ちゃんとお支えしなければならないのだから。
「そ、それはわたしも同じですっ!
どうか、メリユ様、わたしの手も離さないでいてくださいまし!」
わたしがハードリー様のベッドの上で少し上半身を起こすと、反対側でもメリユ様のお手を握り締めていらっしゃるハードリー様が真剣な面持ちでメリユ様にそう告げられるのだ。
「何ともありがたいお言葉を賜りまして……心よりの感謝を申し上げます」
ハードリー様とわたしを交互にご覧になられて、少し涙ぐまれているメリユ様。
いつもタダ優しい微笑みだけを浮かべられていたあのメリユ様が、『涙』を浮かべられているなんて。
わたしたちの気持ちはちゃんとメリユ様に届いたと、そう考えていいのかしら?
けれど……
「ダメです、お約束をまたお忘れになられましたか?」
わたしは(震える声で)敢えて突き返すのだ。
「……そうですね。
お二人のお気持ち、本当にうれしく思います。
どうもありがとう、ございます」
メリユ様がこれほどのご感情をその顔にのせられていらっしゃるなんて!
これは……わたしの、わたしたちの気持ちがメリユ様にちゃんと届いたとみて良いのよね!
何て、素敵な(泣き)笑顔。
こんなの見せられたら、やはり、わたしまで泣けてきてしまう。
「どうか、これからもよろしくお願いしますね」
メリユ様の、お心からの本当のお言葉。
それを聞くことができたような気がして、わたしは思わず感極まってしまう。
これは、もう抱き付いて良いということなのだろう。
もう、そうとしか思えないもの。
「メ、メリユ様!」
まだやや低めのご体温のお身体の感触。
それでも、ご聖務の後で、サラッとしたお肌。
聖なるお力をご行使されたせいか、強まった花の香り。
その全てが、決して忘れることができないもので。
わたしは、全身でメリユ様のご存在を感じていたいと思ってしまったのだ。
結局、ハードリー様とメリユ様を取り合うような形で二人で抱き付くことになってしまったのだけれど、メリユ様はお先に『夢の世界』へと旅ただれてしまった。
最後に、ハードリー様と一緒に、メリユ様の寝顔を拝見しながら、メリユ様の両手をそれぞれ握り合いながら、分かり合ったかのように頷く。
「ハードリー様、目クマが酷いですわ……」
「そ、それは、殿、いえ、メグウィン様も同じでは?」
こんな友人らしい会話がハードリー様とできるようになるなんて。
本当にメリユ様、様様ね。
「でも、本当に良いお顔になられたと思います」
「それはメグウィン様も、ですわ」
二日と少し前まで、敵を見るような目でメリユ様がご覧になられていたハードリー様の心の氷は、全てメリユ様が融かされてしまったのだ。
きっと、今夜こそは、ハードリー様もわたしも、幸せな夢が見られるのだろう。
その夢で、わたしたちが一緒にいられることを願って、
「お休みなさいませ」
「お休みなさいまし」
わたしたちは(狭い)ハードリー様のベッドで、横になる。
わたしたちの手の中には、メリユ様の少し冷たいお手があって、わたしたちはそのお手が元の温もりを取り戻せるまで離さないと心に決めながら、多幸感溢れる『夢の世界』へと旅立ったのだった。
メグウィン殿下、ついに全ては神の思し召しだったと、悪役令嬢メリユとの運命を確信してしまいましたね、、、
さて、『白雪姫』等、ヒロインがヒーロー=王子様等に救い出されるお話は多々ございますが、やはり今の時代、ヒロインこそが全て救う存在になるお話がもっと増えてもいいのになとアンフィトリテは思うのでございます。
皆様はいかが思われますでしょうか?




