第8話 王子殿下、朝食の席で悪役令嬢を見極めようとする
(第一王子視点)
辺境伯家と朝食を共にすることとなった第一王子は、昨夕から様子のおかしい悪役令嬢を見極めようとします。
メグウィンとの話を終え、広間の朝食準備状況を再度確認したわたしは自室で身なりを整える。
立場上、辺境伯家のあとに我が王族が広間に入室する形になる訳だが、さてメリユ嬢ははたしてどんな姿を見せてくれるのだろうか?
わたしがメリユ嬢に違和感を覚えたのは、昨夕来城されたビアド辺境伯を迎えに出た際のことだった。
事前にメリユ嬢を伴われることは伺っていたからこそ、あの我儘令嬢がどんな勢いで迫って来るのかと身構えていたのだが、実際のところ、メリユ嬢の反応はまるで違っていたのだ。
そう、まさに模範的な貴族令嬢のそれで挨拶し、会談の場までお連れした際も(王族であるわたしの許しを得ることもなく)自分から話かけてくるような非礼の一つすらしなかった。
一年前辺境伯家に赴いた際には、わたしが何度叱責しても、纏わり付いてきたあのメリユ嬢がだ!
そのあまりの変貌ぶりに、逆にわたしの方が彼女をチラチラと見る羽目になってしまった。
そして、彼女に注意を払っていて気付いたおかしなことはそれだけではない。
会談の場で、わたしとビアド辺境伯が話している間、彼女は本当に大人しくしていたのだが、辺りの様子を窺がう様は明らかに異常だった。
無論、十一歳の貴族令嬢が暇を持て余して、ソワソワすることは別にそれほど珍しいことではない。
しかし、彼女の、辺りを窺がう様は、まるで大人のそれだった。
扉の場所、侍従侍女の配置、近衛騎士の配置、普通の貴族令嬢がまず興味を持たないであろうところにそっと視線を走らせている様は、他国から来訪した油断ならない客人のそれと同じように見えたのだ。
もしや、彼女は……他国と通じていたりするのでは?
一年前の彼女を知っていれば、あまりにも馬鹿馬鹿しい推測。
わたしも自分は一体何を考えているのかと自問してしまったくらいだ。
それでも、彼女の様子のおかしさ変わらず……彼女が退室してから陛下が来室され、会談が始まってからも気が散って仕方がなかった。
それで、メグウィンを潜らせてみれば、彼女が魔法を使ったなどと言い、念のために陛下に伝えたところ、ビアド辺境伯家が建国紀を読んだ者なら知らぬ者などいないイスクダー様の子孫であるかもしれないと言う。
それどころか、イスクダー様が魔法使いかもしれないなどと陛下らしからぬことをおっしゃったのだ。
あのイスクダー様が魔法使いで、メリユ嬢がそれを受け継ぐ魔法使い?
あり得ない!
メリユ嬢の様子がおかしいのは確かだが、そんな馬鹿なことがあってたまるものか!
あり得るとしたら、辺境伯の知らないところで帝国と繋がり、王宮の様子を探ってくるよう依頼されている、もしくは、厳しい家庭教師の下で猫かぶりだけが特別上手くなり、わたしと二人きりになって迫れるチャンスを窺がっているかのどちらかだろう。
いずれにせよ、わたしには、メリユ嬢が我が国に益をもたらすような存在とはまるで思えない。
たとえ、メグウィンの言う魔術、いや、奇術を行えるのだとして、一体何の得が我が国にあると言うのか?
国王陛下のあの言葉も、親友のビアド辺境伯の第一子の令嬢ということで、無下にできなかっただけでは……とそう思う。
まあ、答え合わせは、この朝食と、その後のわたし、メグウィンとの会談の場でできるはずだ。
今は取り合えず、彼女が愚かな我儘令嬢でないことを祈ろう。
「国王陛下、お初にお目もじ仕ります。
北の辺境伯家が第一子、メリユ・マルグラフォ・ビアドでございます」
広間に入ると、ビアド辺境伯が国王陛下に自分の娘=メリユ嬢を紹介しているところだった。
十一歳、まだ体つきは幼いと言える赤毛の令嬢が優雅にカーテシーを披露する様は、国賓に対して挨拶をするときのメグウィンのようで、思わず視線を吸い寄せさせられた。
何度見ても、あの我儘令嬢がこうも振る舞えるとは信じられない思いだ。
王妃陛下たちが褒めそやかすのも(客観的に見れば)当然のことだろうが、一年前の彼女の素を知っているわたしとしては、胸の内がムカムカしてくるのを覚えた。
そして、わたしやメグウィンを前にしても、メリユ嬢は、国王陛下や王妃陛下、側妃殿下を前にしての挨拶と変わらぬ、堂々とした挨拶をしていた。
ふん、本当にボロを出さないな。
ここまで完璧な猫かぶりを続けていられるとは……どうやってそれを破ってやろうかと考えずにはいられなかった。
席に付こうとした際、メグウィンが(わたしが事前に離させた)席を元に戻そうとして一悶着あったりはしたのだが、メリユ嬢は相変わらずの落ち着きっぷりだ。
朝食が始まっても、王族から声をかけられる前に自ら話しかけてくるようなこともなく、(せいぜい)少し視線が重なっては軽く会釈をするくらいで本当に大人しくしている。
そんな、貴族令嬢として正しく振る舞うメリユ嬢が、メグウィンは気になって仕方のないようで、わたしより先に彼女に話しかけたのだ。
「メリユ様、昨日の夜はゆっくりお休みになられましたか?」
「ええ、おかげさまで。
色々ご配慮いただき感謝しております」
「それはよかったです」
ふむ、無難な受け答えだ。
やはり、声の抑揚からは感情の乱れを窺がわせない。
この一年で彼女はどんな教育を受けたのだろう?
そんなことを考えていると、
「……メグウィン第一王女殿下、昨夜何かあったのでしょうか?」
メリユ嬢はまっすぐにメグウィンを見据えながら、穏やかな表情のままとんでもない一撃を入れてきたのだ。
それを受けて、メグウィンの周りの空気が一瞬で変わるのが分かる。
「っ」
確かに、昨夜壁裏に潜っていたのに気付かれたかもしれないとは聞いていた。
そして、ビアド辺境伯の血を引いている者であれば、その気配に気付くことができてもおかしくはないと思ってはいた。
しかしだ。
覗き孔から覗いていた相手を特定することは普通の人間にはまずできまい。
よほど目のいい者なら、瞳孔の色彩で相手を特定できる場合もあるが、実際にできる者
は、影の中でも特に優れた一握りくらいしかいない。
それを、彼女はできるというのか?
わたしは背筋がゾクリとするものを覚えながら、二人に注意を払い続ける。
「……やはり、メリユ様は全てをお見通しでいらっしゃるのですね。
後ほど、兄とわたしとの席を設けますので、その際にお話させていただければと存じます」
この短時間で現実を受け入れたのか、急に空気を柔らかくしたメグウィンが、妙に納得したような素振りでそんなことを言うのだ。
先ほど危惧した通り、メグウィンは、メリユ嬢に対して心の障壁をすっかり取り払ってしまっているのが窺がえる。
もしこれもメリユ嬢の意図したものなのだとしたら、本当に怖ろしい。
彼女は一体何者なのか!?
そう思わずにはいられない。
「それにしましても、メリユ様がお兄様から伺っていたお人柄とはまるで違っていらっしゃったのでホッといたしましたわ」
「カーレ第一王子殿下からでございますか?」
「ええ、わたし、お兄様は女性を見る目をお持ちではないのではないかと今回の件で思いましたもの」
どうやら朝食の席でこれ以上突っ込んだ話をしてはいけないというところは認識できているようで、話を変えるメグウィンなのだが……なぜわたしを睨みつける。
女性を見る目がないなどと、あまりにも酷いではないか?
「メグウィン」
わたしは一声で彼女を諌めると、今度はわたしの方からメリユ嬢を突いてみることにする。
「はあ、メリユ嬢。
妹が騒がしくしてすまない。
急に王族と朝食を共にすることになって驚いただろう?」
「いえ、まだデビュタントも済ませていない未熟なわたしに王族の方々と同席させていただく機会をお与えいただけるなんて、大変に光栄なことと存じております」
「ふむ、メリユ嬢は随分と落ち着いているな。
普通のデビュタント前の貴族令嬢なら浮かれ上がるか、緊張し過ぎて何も話せなるかのどちらかだと言うのに」
本当にそうだ。
以前のメリユ嬢の印象であれば、浮かれ上がって、自分の派手な生活をベラベラと話し続けそうなものであったというのに。
たった一年でこれほどの猫かぶり能力を身に付けてやってくるなど想定外だったと言ってよいだろう。
いずれにせよ、メグウィンをこれほど手玉にとってくれたのだ。
この機会にしっかりと真のメリユ嬢の姿を見極めさせてもらおう。
「ご過分なお言葉を賜り恐悦至極でございます」
言葉ではそう言いながらも穏やかな笑みでわたしの賛辞すら軽く受け流しているように見えるメリユ嬢。
ふむ、猫かぶりは別としても、確かに十一歳の令嬢としては、異常なほど大人びていることだけは間違いない。
「以前、メリユ嬢にお会いしたのは一年ほど前のことだったか?
それにしても、たったの一年で随分と印象が変わったものだ」
「それはお兄様がメリユ様の心根をしっかりと推し量ることが叶わなかったからでしょう?
心の成長の速い年頃とはいえ、心根がそんなに急に変わったりするとは思えませんわ」
ぐぬぬ、あのメグウィンがすっかり敵側に回ってしまうとは。
メリユ嬢の真の姿を暴いた後、しっかりと叱ってやらねばと思う。
「ははは、メグウィンは手痛いことを言う。
しかし、一年前のメリユ嬢が自由奔放な令嬢として振る舞われていたことは確かだ。
あれは一体何だったのかな?」
「お兄様、メリユ様に失礼です」
メグウィンに『お前は黙っていろ』と視線を送る。
「構いません。
その節はカーレ第一王子殿下に対して大変失礼なことをいたしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
ふむ、辺境伯令嬢としての立場上、そうそう謝罪できないことも多いだろうが、王族相手に自分の非を認めて謝罪できるとは……正直意外ではあるが、第一王子としては褒めるべきところだろうか?
それよりも『あれが何だったのか?』に答えてもらっていない以上、再度別の言い方で問わせてもらおう。
「ふむ、貴族令嬢でそう素直に謝罪できることは美徳だと言える。
メリユ嬢には何か自身を変えるきっかけのようなものがあったのだろうか?」
さて、メリユ嬢どう答える?
「………そうでございますね。
きっかけと言えば昨日の出来事で、そうせざるを得ない段階、に入ったためでございます」
ううむ……また意味深な返しをする。
昨日の出来事とは、父親の北の辺境伯に伴って来城したことしかないではないか?
そして、そうせざるを得ない段階とは?
先ほどメグウィンが推論していたことが頭に思い浮かび、腹が立つ。
まさか、こんな令嬢が国のために演技し、自身の力を使ってもらうために王族と接触を図るとか……そんな馬鹿なことがあってたまるものか!
って、おい、メグウィン、自分の言葉が裏付けられたみたいな表情をするのをやめるんだ。
「や、やはり、そうだったのですね!
メリユ様、わたしにお手伝いできることがあれば、何なりとおっしゃってくださいませ」
ああ、第一王女ともあろう者が一辺境伯令嬢になんてことを言うんだ!?
「メグウィン、お前、一体何を……。
王族がそのようなことを軽々しく言うものではないぞ」
わたしはすぐさまメグウィンを叱責する。
しかし……
「お兄様は黙っていてくださいませ。
お兄様はまずメリユ様のお力をしっかりと見極めてから、その口をお開きになるようお勧めします!」
メグウィンはお怒りになられたときの母上、いや、王妃陛下のような目付きでわたしを睨みつけてくるのだ!!
「………」
メグウィンのあまりの迫力に、わたしは暫く口をつぐまざるを得なかった。
第一王女は大丈夫なんでしょうか?(汗