第82話 悪役令嬢、うっかり無双して偽聖女見習いを捕縛してしまい、ゴーテ辺境伯令嬢から尊敬される(!?)
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、ゴーテ辺境伯令嬢を消そうとしていた偽聖女見習いたちを捕縛してしまい、ゴーテ辺境伯令嬢から尊敬の眼差しで見られることになってしまいます(!?)
[ご評価、ブックマーク登録いただきました皆様方、心よりのお礼を申し上げます]
ヤバ、マジヤバ過ぎじゃん!
ワールドタイムインスタンスに“SetSteppingSize”で時間刻み幅をセットしてやるだけで、ゲーム世界内の時間進行速度を変えられるとか、神過ぎない!?
いやー、一発で偽聖女見習いグループの一味に辿り着いちゃったときは焦ったけれど、時間刻み幅を変えてやるだけで、騎士だろうが何だろうが、スローな動作しかできなくなるんだもん!
わたし、無双!
マジ強ぇ!
しかも管理者権限で物理シミュレーション切って、コリジョンディテクションだけオンにしておけば、相手にとっちゃ、わたしなんて完全剛体(ただしわたしの意思でしなやかに動かすことは可)なのよね?
剣だろうが、蹴りだろうが、絶対に壊れないコンクリートの柱を相手にするようなものなのだから、攻撃してきて勝手に怪我してくれるとか、マジ笑える!
ふふふ、何でワールドタイムインスタンスの使い方にもっと早く気が付かなかったんだろう。
だってさあ、“Translate”コマンドは付随エフェクトもあって使いづらいけれど、こっちは時間止めている(もしくは時間進行速度を遅くしている)間にこそっと部屋を抜け出したり、偵察したりだってできるのよ?
最強過ぎない?
まー、弱点は時間進行速度が変わっちゃうんで、遅くしたままだと、一向にゲームが進まなくなっちゃうことかなあ。
「……いや、待てよ。
わたし、何のゲームしてるんだっけ!?」
えっと、乙女ゲーのVR版、だよね?
間違っても格ゲー(ちなみに苦手!)じゃないよね?
あれ、エターナルカームでヒロインちゃんが戦闘するシーンとかなかったはずなんだが?
……悪役令嬢メリユはいいんかい、シナリオライターさんよー!?
「はあ」
まあ、取り合えず、コイツらを拘束しておくか。
前にネットで拾った手錠objファイルで少なくとも手は使えなくしておかないとなあ。
何を考えたか、VRMxファイルのキャラに手錠かけるスクリプトも作ってあったし、流用っと!
「“Execute HandcuffActor for picked-actor-ID”」
わたしは逃げ出そうとした騎士様も引っくり返して、強引に腕を背中に回してやり、手錠をかけてやったのよ、おほほほほ!
はあ、これで捕縛(?)完了か。
ふーん、コイツらがオドウェイン帝国が離間工作とやらのために送り込んだ工作員ねぇ。
偽聖女見習いちゃんも意気消沈した様子で項垂れている。
まー、十六歳になっているとはいえ、こんな貴族令嬢に全員捕縛されるとか、普通は考えないわよねー。
想定外ってヤツですわ、ははは!
「ん?」
「ぉ、お命をお救いいただきまして、本当にっ、ありがとう存じますっ、影のお姉様!」
うん? この子がついでで助けちゃった子か。
影のお姉様?
どういう意味なのかしらん?
「お姉様にとられましてはきっとタダのご任務だったのかとは存じますが、お姉様がいらっしゃなければ、わたしは、わたしはっ」
……いや、この子、見覚えあるな。
この顔立ちは、西の辺境伯家のソルタに似てる!?
あーっ、ソルタルートに入ったときに仲良くなる妹のマルカちゃんじゃん!!
メリユとは同級生だから……十一歳のマルカちゃん!?
はあーっ、暗いからちょっと見えづらいのだけれど、お顔だけでもかわゆい!!
まー、黒づくめの格好なのが残念だけれど、顔出しされたお顔が月明かりに照らし出されて、ぱっちりした大きな瞳が輝いているのが分かる!
フードから少し覗く、ウェーブがかったショコラブラウン(※設定情報より)の御髪も、うん、まさしくマルカちゃんだわ!
「あ、し、失礼いたしました。
わたしは、ゴーテ辺境伯家が第二子、マルカ・マルグラフォ・ゴーテと申します。
どうぞマルカとだけお呼びいただけますと幸いですの!
此度はご助命いただきましたこと深くお礼申し上げますの!」
「……」
くぅ!
「あ、あの、影の方が名乗られないことは存じておりますのっ。
タダ、わ、わたしからは『影のお姉様』とだけ、お呼びさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……ええ、もちろん、構いません」
ヤベー、一瞬名乗りそうになっちまいましたわよ!?
さすがに、ここでメリユの名前を名乗るのはまずいわ!
とにかくマルカちゃんとの遭遇は『なかった』ということにしておかないと。
幸い、今のアバターはメリユ(大)の方だから大丈びっ……あれ、ゴーテ辺境伯領でも、メリユ(大)で色々やらなきゃいけないんだっけ!?
「……っ」
げげっ、マズくない!?
ぃ、いや……まー、奇跡を起こすときにだけ現れる聖女だから、何とかなるっしょ!
ははは……後のことは考えない、考えない、考えたくない。
「それにしましても、お姉様、ものすごくお強くいらっしゃって感激いたしましたの!
女性の身で、それもご単身で、他国の間者、それも騎士の振りができる者たちをあれほどあっさりとお倒しになられるだなんて!」
あー、よき、マジよきよきですわー!
この特徴的なマルカちゃんの喋り方、懐い!
というか、あのマルカちゃんから『お姉様』呼ばわりとか、ハードリーちゃんに続いて、超絶神展開続き過ぎじゃね?
お姉さん、興奮し過ぎて、ドーパミンレセプターがどうにかなってしまいそうですわー!
いや、こんなんで、寝れるのかよ!?
多嶋さんのアドバイスあったとはいえ、ベースシナリオ神過ぎんか!!
ああ、シナリオライターさん、ありがとう!
何でもいいから、もう、どんどん詰め込んでくれ!
興奮し過ぎで、夜明けまでに昇天しちまうかもしれんけど……。
てな感じで馬鹿なことを考えていると、マルカちゃんがわたしを眩しそうに見上げて
「どうすれば、お姉様のようにお強くなれるのでしょうか?
お兄様は、女性というだけで、わたしに『するだけ無駄なことはするな』とおっしゃるんですの!」
なんて訊いてくる訳。
あー、ヒロインちゃんと出会うまでのソルタなら言いそうなセリフね。
辺境って言っても、セラム聖国に通じるキャンベーク街道の要所出身なのに、ソルタってそういうところがダメなのよね。
まあ、ヒロインちゃんに変えられちゃうんだけれどさあ。
「そうでございますね、大事なのは効果的な攻撃かと。
お相手の急所を適確に狙うことができれば、少ないお力でもお相手を倒すことに繋がることでしょう」
「なるほど、まずは適確にお相手の急所を見定め、正確に攻撃するところから学べということですのね!」
うん、今結構適当に喋っていた感あるんだけど、滅茶苦茶マルカちゃん感動してない?
いや、うん……最高にかわゆいなー!
「お姉様、ご助言、本当に感謝いたしますの!
このマルカ、お姉様のように強くなれるよう精進いたしますわ!」
あー、耳がムズムズするぅ。
このお声が実によき!
これ、本当にAIで自動合成してんのよね?
マルカちゃんの十一歳版として、全然違和感ないんだけど!
「そ、それでお姉様、この方々のご正体は、ご存じでいらっしゃるのでしょうか?」
うん?
いよいよ本題って訳ね。
まあ、わたしもコイツらをゴーテ辺境伯家に押し付ける気満々だから、説明は必須よね!
「マルカ様、オドウェイン帝国をご存じでいらっしゃるでしょう?」
「っ!?
ま、まさか、オドウェイン帝国が何らかの工作のため、我が領にこの者たちを送り込んだと!?
そんな……オドウェイン帝国に繋がる道は、我が領内にはございませんし、セラム聖国内に入っても、そのような道はすぐにはないはず……ビアド辺境伯領ならまだしも、一体何のために!?」
いや、すごいよね!
十一歳の女の子の言葉とは思えない。
メグウィン殿下も、ハードリーちゃんもそうだったけれど、貴族令嬢として、それだけのものを学んで、それだけのものを背負っているという感じがしていいなあ!
「その辺りにつきましては、殿下たちからお聞きくださいませ!
数日以内には先触れもあるかと存じますので」
「で、では、お姉様は殿下のご命令でこちらへ!?
そ、それでしたら、殿下がお着きになられるまで、どうぞ我が領城でお休みいただきたく!」
驚きと同時に、何だろう、『ぜひ家にっ!』って感情が伝わってくるのよね、マルカちゃんのご表情。
かあっ、この展開もたまんないよー!
マルカちゃんとのお泊り会もしてみたい!
だけど、すぐにハスカルのハラウェイン伯爵領城に帰らないと、バレちゃいそうなのよね。
そろそろ、ハナンさんに気付かれちゃいそうだし……あれ、今何分くらい進んじゃってるっけ!?
「残念ではございますが、本日はこの後もすべきことがございますので……」
「そ、そうなのですの……わ、わたしも大変残念ですの。
お姉様、大変なご任務かとは存じますが、どうぞお怪我のないようになさってくださいませ」
「ありがとう存じます」
おー、がっかりしてるマルカちゃんの表情もたまんない!
ぃ、いや、別にサドっ気があるとかそういう訳じゃないんだからね!
「それで、お姉様、この方々は……我が領で捕えておいてよろしいのでしょうか?」
「はい、お願いいたしたく存じます」
「承りましたの!
尋問などさせていただいても?」
「お任せいたします。
あ、後、一つ持ち帰りたいものがございます」
「はい、何でございましょう?」
いけね、忘れるところだったぞな!
そう、大事なハラウェイン伯爵領のお金!
ハードリーちゃんのお母様がショックで寝込まれてるっていうくらい多額の献金しちゃったみたいだしなー。
「ハラウェイン伯爵領で彼らが騙し取った献金を持ち帰りたく存じますわ」
「ハラウェイン伯爵領ですの!?
まさか、お姉様、ハラウェイン伯爵領関係のご任務で……そう言えば、ハラウェイン伯爵領方面のキャンベーク川で何かとんでもないことが起きているとの報せを受け取りましたが、まさか、それもお姉様が!?」
「お考え過ぎでございます、マルカ様」
はわー、もう伝わってんのね。
まあ、二日も経っているんだから、そりゃ当然か。
ゴーテ辺境伯領にとっては王都方面に繋がる唯一の街道だもの。
封鎖されたままだと、死活問題になっちゃうしねー。
「そうですの?」
うっ、何か疑われている気がするぞな。
「はあ、では、わたしがその献金が収められた箱を探してまいりますの!
どうぞお姉様はその間、お休みになっていてくださいませ」
それでも、マルカちゃんはニコリと笑うと、向こうの立派そうな馬車に向かって行く。
あ……ヤベ、これ探すのにどれくらい時間かかるんだろ?
何も今持って帰らなくてもいいのよね?
ゴーテ辺境伯領で保管だけしておいてもらって、後から返してもらうだけでもよかったのに、ミスったかも。
わたしは、ハードリーちゃんのお部屋から黙って抜け出してきた罪悪感が膨らんでくるのと、脱走がバレるまでの猶予時間が後どれくらいかとハラハラしながら、マルカちゃんを待つ羽目になったのだった。
※休日ストック分の平日更新です。
『偽聖女見習いを見付けなきゃいけないなら、この待ち時間を利用して、ゴーテ辺境伯領まで一度飛んでみるか?』なんて軽い気持ちでゴーテ辺境伯に飛んだ悪役令嬢メリユ。
……まさかの、単身で偽聖女見習い一味を全員捕縛とかいう訳の分からない事態を引き起こしてしまっていますね、、、本当に一体何のゲームをやっているのでしょうか?




