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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第77話 ハラウェイン伯爵令嬢、明け方に悪役令嬢の看病をする

(ハラウェイン伯爵令嬢視点)

ハラウェイン伯爵令嬢は、領城の自室に運び込まれた悪役令嬢の看病をします。


[ご感想、ご評価、ブックマーク登録いただきました皆様方、心よりお礼申し上げます]

 あれからおよそ半日が経ちました。

 領城のわたしの部屋に運び込まれたメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下は、すぐに領城の専属医師からのご投薬を受けてご容体は安定し、わたしの寝台でお休みになられていらっしゃいます。

 残念ながら、昨夜の内にご意識がご回復されることはなく、殿下とハナン様、そしてわたしが交代で、メリユ様の脈、呼吸、体温に変化がないか、確認を続けております。

 今殿下は部屋に運んだ賓客用の寝台でお休みになられていて、ハナン様はお湯の交換でお席を外されていらっしゃいます。

 普段より火を強めている暖炉から漏れる光に照らし出される部屋の中で起きているのは、わたしだけ。

 あと、もう少しすれば、夜も明けてくるでしょう。


「メリユ様、いえ、猊下」


 わたしは、わたしの寝台でお休みになられている猊下をじっと見詰めます。

 専属医師からは、お日様が昇ってから呼びかけしてもまだ目覚めないようであれば、また診察をされると伺っていますが、猊下はちゃんとお目覚めいただけるでしょうか?

 殿下は、気丈に振舞っておられましたが、ハナン様が席を外されると、わたしに不安を吐露されていらっしゃいました。

 昨夜の内、(小声で)猊下のことは殿下から全て伺ってしまったのですが、お話を伺えば伺うほど猊下はすごいお方なのだと分かります。


 メリユ様=猊下は、『王国の盾』と呼ばれる由緒正しい北の辺境伯家=ビアド辺境伯家の第一子。

 他国では、爵位名は家名でないことが多いそうですが、(初代の南の辺境伯家を除き)建国時から大国と接する国境線を代々守護している王国の辺境伯家は、家名そのままの爵位名が用いられているのです。

 その中でも、ビアド辺境伯家と言えば、百年以上に渡って領土拡張の野心を隠さないオドウェイン帝国と接していることもあり、王国でも最も勇猛果敢なお家柄として知られています。


 そんなビアド辺境伯家の第一子で、わたしと同い年のご令嬢がどんなお方でいらっしゃるのか、初めてお噂を伺ったのは、幼馴染の(お隣の)ゴーテ辺境伯家が第一子ソルタ様からでした。

 ソルタ様はゴーテ辺境伯様とご一緒にビアド辺境伯家を訪れられたそうなのですが、とかく貴族令嬢として相応しくないお方で、はしたなくもソルタ様に纏わりついては、ご自身の恋愛観を語られたということでした。

 あのソルタ様が心底うんざりしたご様子でお話されていたことから、よほど酷い振る舞いでいらっしゃったのでしょう。


 ですが、それも殿下から全てを伺ったことで、猊下の演技であったのだと今のわたしは理解しています。

 猊下は、ご自身のお父様であるビアド辺境伯様にすら素顔をお隠しになっておられ、傲慢なご令嬢として振舞われていたとのことなのです!


 全ては秘匿すべき聖人=聖女の血と、聖人=聖女のお力とお立場のため。


 特に他国の間者に察知されないよう、そして(学院にご入学後)殿下、第一王子殿下やソルタ様のようなお方のお傍に纏わりついていても不自然でないよう、今から悪評のみが立つご令嬢らしく振舞われていたのでしょう。


『メリユ様はご自身に悪評が立つことすら構わず、聖女様として、『王国の盾』として、密かに動けるよう、ご準備を整えていらっしゃったのですわ』


 殿下からそのお話を伺ったときは、わたしも涙を堪えきれませんでした。

 何せ、わたし自身、メリユ様、いえ猊下を毛嫌いしていたのですから。

 あの偽者の『聖女見習い様』と結託し、偽の『聖女様』に仕立て上げられたことに喜んでいらっしゃる、あまりにも愚鈍なご令嬢。

 殿下にご紹介いただいたときには、猊下はそのようにわたしの目に映っていたのですもの。


 それなのに、猊下はそれを許容し、わたしが(全くご自身に非のないことで)手を上げてもなお、お怒りになられることもなく、タダそれを受け止めていらっしゃっただけだったのです!

 殿下のお話によれば、それすらも必要なことだったようなのですが、普通のご令嬢は、そんな悪役を押し付けられることに耐えられるでしょうか?

 少なくとも、わたしであれば、耐えられません。

 そもそも、家の格で言えば、メリユ様=猊下の方が上、わたしの仕出かしたことを理由に、ビアド辺境伯家にハラウェイン伯爵家が報復されるようなことがあってもおかしくはないでしょう。


 それでも、猊下は、わたしを取り押さえようとされたハナン様や専属護衛の方をお止めになられ、伯爵家と王都から来られた近衛兵の方々との衝突を回避されることを優先されたのです。

 今考えれば、どれほど猊下が『できたお方』なのか、はっきりと分かります。

 ご自身がどれほど傷付かれようとも、周りの騒ぎの火種を打ち消されたり、周りの方々のご幸福を最優先にされているのです!


「猊下……」


 そして、何より猊下がすごいのは、世界で唯一、この世の理に干渉する権限を神より与えられた聖女様、いえ、聖女猊下でいらっしゃるということ。

 お年三つにして、聖人でいらっしゃった先代のビアド辺境伯様にその才を見出され、聖女としてご修練を積まれ、今では、(わたしと同じ十一歳にして)神命の代行者として認められているのです!


 王都では、天界に通じる鏡の御柱=バリアをご出現され、一昨日の夜は、あの土砂崩れの現場の決壊を防ぐための結界を張られたそう。

 ええ、その不可視の結界も、昨日見えるようにしていただいたことで、わたしもはっきりと拝見いたしましたもの。


 そして、わたしがこの目で拝見し、何より殿下すらも初めて拝見されたという、ものを消すご命令。


 わたしがメリユ様、猊下が偽者ではないと突き付けられることになった、聖なる光球も衝撃的だったのですけれど、ものを消すご命令の凄まじさは、言葉を失ってしまうほどでした。

 人の身で、あれほどお力のご行使が許される……しかも、わたしと同い年のご令嬢が……なのです!


 普通であれば、異端、いえ、畏れられるご存在となってしまわれることでしょう。

 しかし、神へのお手続きを許され、そのお力のご行使を許された猊下の背負われているものの大きさを、そして猊下ご自身へのご負担の大きさを考えれば、わたしはもう……また涙が込み上げてきてしまうのです。


『わたしは、メリユ様が、メリユ様で本当によかったと思っているのですわ』


 と殿下はおっしゃっておられました。

 もしあれほどの破壊的なお力までを持ったお方が、ご自身のご感情を制御できなくなられてしまったなら、世界はどうなってしまうでしょう?

 あれほどのお力を持っていらっしゃるからこそ、猊下はご自身のご感情を抑え込まれているのでしょう。

 いえ、抑え込むことのできるお方だからこそ、神は猊下を『真の聖女猊下』とお認めになられたに違いありません。


 ですが、猊下を孤独するにすることがあっていいのでしょうか?

 猊下を悪いご評判で傷付けることがあっていいのでしょうか?

 いいえ、いい訳がないのです!


 昨日も、わたしがメリユ様=猊下を信用できないお方と決め付けたからこそ、メリユ様はお名前すら明かせない『聖女様』にご変身され、ハラウェイン伯爵領を救われた栄誉を投げ捨てていらっしゃったのです。

 先代のビアド辺境伯様がお亡くなりになられた後、猊下には、猊下の働きをお褒めになられるお方もいらっしゃらなかったいうお話も殿下から伺って、昨夜のわたしは思わず絶句してしまいました。

 どなた様からもお褒めいただけることなく、タダ孤独の中、神よりご神託、神命を受けて働き続けてこられた猊下。


 よく、お心が擦り切れてしまわれなかったものです。


 いいえ、擦り切れかけていらっしゃるから、あれほど傷付かれても、ご感情を表に出されないようなお方になってしまわれたのではないでしょうか?


「そんなお方を……更に追い込んでしまうなんて、わたしは……」


 またポロポロと涙が零れてきてしまいます。


 殿下から、猊下に対し不敬な振る舞いをされた近衛騎士団長と近衛騎士団第一中隊の皆様は一度天に召されかけたと伺っています。

 猊下は、そんな方々すら労り、聖水というものを振舞われて、地上にお戻しになられたそうですが……わたしはどうなるのでしょう?


 真の聖女様を冒涜し、お怪我までさせてしまった、このわたしは。


 きっと神より神罰がくだって当然の身なのだと思います。

 もし猊下がそれをお止めになり、お許しになられても、わたしは……聖国の修道院に入るのがいいのでしょうか?

 本当にこの罪、どうやって、償いをすればいいのでしょう?


 それでも、その償いを始めるその日までは、せめて猊下の看病と、身の回りのお世話を続けたいと思うのです。

 猊下が命を賭して、伯爵領をお守りくだったのですもの、伯爵家の娘としてこれくらいは最低限すべきことでしょう。


「どうか、早めにお目覚めになってください、猊下」


 わたしは、そっと猊下の額に触れ、そのご体温を掌に感じます。

 昨夕に比べれば、かなり持ち直されたと思えるご体温。

 それでも、油断はできません。

 殿下ではありませんが、もし猊下に何かあったなら、わたしも立ち直れそうにありません。


 こんな大恩のあるお方を、わたしの失態のせいで、失ってしまうようなことがあれば、わたしはもう猊下の後を追うことしかできなくなってしまいそうです。


 いえ、後を追おうとしなくとも、王国は(まだこのお話はお父様に伝わっていませんが)オドウェイン帝国の侵攻も止められなくなり、戦乱の中、わたしも命を落とすことになるのでしょうか?

 本当に、わたし同い年でいらっしゃるのに、そのご存在が失われることが、王国の、世界の大損失となってしまわれるようなお方だなんて。


「殿下が、貴女様を……猊下をお支えしたいと思われるのもよく分かりますわ」


 わたしは目元から次々に頬を伝っていく涙を拭いながら、大事な猊下のご尊顔を眺め、夜明けを待つのでした。

[初のご感想をいただきました! 心よりの感謝を申し上げます!!]

(気が付くのが遅れてしまい大変失礼いたしました、、、)


悪役令嬢専属侍女のミューラに続き、『ですます』調で初のハラウェイン伯爵令嬢視点を書いてみました。

もし読みづらいようでしたら、申し訳ございません、、、


なろうのシステムはまだ不慣れなのですが、ブックマークも少しずつ増えているようで、アンフィトリテは大変嬉しゅうございます!

また、最近『なろう勝手にランキング』の総合で、これほど目立たなそうなお話が百位以内に入っているのにようやく気付きまして、本当に応援いただいている皆様方に心からの感謝を申し上げます!

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