第76話 王女殿下、悪役令嬢をハラウェイン伯爵領城へ運ぶことを決める
(第一王女視点)
第一王女は、危険な状態が続く悪役令嬢をハラウェイン伯爵領城に運ぶことにします。
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「はぁ、はぁ、はぁ」
ハナンの助言もあり、ハードリー様は(幾重ものブランケットに包まれたまま)メリユ様の正面から抱き合うような姿勢で身体を温め合われていた。
確かに、メリユ様の呼吸が浅い状態が続いていることもあり、メリユ様に上から抱き着くような姿勢は危ないという指摘はもっともなものだろう。
ハードリー様は、メリユ様のいかなる異変も見逃すまいと、メリユ様の呼吸に耳を澄まされていらっしゃるご様子。
「ハナン、メリユ様は……」
「呼吸もそうですが、脈も弱く、あまりよろしくない状況が続いております。
一刻も早くハスカルの領城までお連れして、医師による治療を受けられた方がよろしいかと」
「そんな……」
そんなお二人の横で、メリユ様の首筋に手を当てて脈を測っていたハナンの言葉に、わたしは思わず言葉を詰まらせる。
もしメリユ様に何かあったら……と、わたしはいよいよ嫌な想像が止まらなくなってきてしまう。
ハードリー様以外で、家族の外にできた一番の大事なお方。
いえ、これから大事なお姉様にもなられるお方。
オドウェイン帝国の侵攻を防ぎ切った後には、楽しく心温まる日々が始まるのだと信じていたというのに。
どうしてわたしは大事なとき、こうも抜けたことばかり仕出かしてしまうのかしら?
「くしゅん」
突然身体を震わせて、くしゃみをされるハードリー様。
体温が高いはずだからと、メリユ様を温める役を買って出られたハードリー様の変化に、わたしはゾクリとするものを覚えてしまう。
「ハードリー様!?」
「殿下、殿下、どうしましょう、どうしたらいいのでしょうか?
メリユ様のお身体が全然温まらないのですっ!
メリユ様、ずっと汗を掻いていらして、苦しそうでいらっしゃって……」
直接メリユ様に触れられているハードリー様だからこそ、分かるメリユ様のご状態。
ハードリー様が温められていらっしゃっても、一向によくなっていないということなのかしら?
一体どうしたら?
「ハナンっ」
「今、アリッサに街道の様子を確認に向かわせておりますので、もう少々お待ちくださいませ、殿下」
できることなら、すぐにでも馬車を走らせたいところなのだけれど、今は待つことしかできないなんて、なんてもどかしいの!
ええ、もちろん、アリッサが全力で確認に馬を走らせてくれているのは分かっている。
けれど、こうして馬車内で待っているだけというのは、本当に耐えがたい時間だった。
っ!
この馬のいななき、アリッサが戻ってきたのかしら?
わたしが立ち上がると同時に馬車のステップをアリッサが踏み上がってくる振動が微かにあって、わたしは扉を開ける。
「はぁ、はぁ、殿下っ、お待たせいたしました」
「アリッサ、お疲れ様。
で、どうだったのかしら?」
「はぁ、街道は倒木が複数ございまして、たとえ、護衛隊と伯爵領の衛兵で撤去作業をしながら進行にするにしても、かなりのお時間がかかってしまいそうですっ」
息を切らしながらも、一気に報告内容を捲し立てるアリッサ。
それだけアリッサも急いでメリユ様をお運びしたいと思っているのだろう。
けれど、倒木がそんなにあるとは。
本当であれば、できる限り揺れの少ない状態でお運びしたいのだけれど。
「殿下っ、状況が状況ですので、わたしの馬でメリユ様をお運びいたしましょうか?」
いつになく真剣な表情で提案してくるアリッサ。
「ぁ、あのっ、それでしたら、わたしがメリユ様を抱き留めますので、メリユ様とわたしを縛っていただいて騎乗することは可能でしょうか?」
その提案に、ハードリー様が真っ先に食いついてこられる。
そうね。
確かに倒木のある道で、メリユ様をお一人アリッサに縛り付けてお運びするよりも、ハードリー様に抱き留めていただいて、その上でアリッサにしがみ付いてもらう、いえ、アリッサにも縛り付けてお運びするのがいいのかしら?
「はい、わたしの馬でしたら、ハラウェイン伯爵令嬢とメリユ様の三人で乗っても耐えられるかと」
「アリッサ様、どうぞわたしもハードリーとお呼びください」
「はっ、ハードリー様」
こんなときではあるけれど、わたしの信頼できる方々が結び合っていかれる様には、少しばかりホッとするものを感じてしまう。
「アリッサ、三人用の鞍はないのだけれど、二人用の鞍で大丈夫かしら?」
「ハードリー様が後ろからメリユ様を抱き留める形にされるなら、二人用の鞍でぎりぎりいけるとは思う」
セメラの確認に、アリッサが頷き、セメラが準備のために扉の外へ出ていく。
そして、ふと異様な土臭さが漂ってくるのに気付く。
これは……メリユ様のバリアが解かれてしまったから、あの土煙が周囲に漂い始めているのだわ。
それでなくとも、呼吸が浅くなられているメリユ様には、吸っていただきたくない臭いで、わたしはすぐにでもこの場を離れなければと焦りを覚えてしまうのだった。
馬車のステップからアリッサの馬に乗り移る形で、緩く紐で縛りあったメリユ様とハードリー様を後ろの鞍に乗せていく。
本当に女護衛隊をこの人数確保しておいてよかったと思える。
さすがに殿方に、聖女様とご令嬢のお身体に触れさせる訳にもいかないものね。
「ハードリー様、大丈夫でしょうか?」
「は、はい、何とか、大丈夫かと」
後ろの鞍を二人で使っているだけあって、窮屈そうではある。
でも、三人乗りの鞍がない以上、耐えていただくしかないだろう。
はあ、可能であれば、わたしがメリユ様を抱き留めて、お運びしたいところなのだけれど。
どうにも、ハードリー様がメリユ様とご密着されているご様子を見ていると胸の内がこうモヤモヤしてきてしまう。
メリユ様の秘密に真っ先に気が付いたわたしが、どうしてメリユ様の一番お傍にいられないのか、今こそメリユ様をお支えするときではないのか、と思えてきてしまう。
「殿下もご一緒に領城に向かわれたいご様子でいらっしゃいますね?
わたしの馬でよろしければ、お乗りになられますか?」
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか?
全て分かっているとばかりのルジアの申し出に、わたしは思わず顔が熱くなってくるのを感じる。
「ルジア、お願いしてもいいかしら?」
「はい、ですが、倒木もある道とのことですので、メリユ様と同様、念のため、わたしと紐で縛らせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、全てお任せします」
本当なら、第一王女であるわたしがこういう形で移動するのは、かなりまずいのだろう。
それでも、わたしの気持ちを汲み取ってくれたルジアには感謝しかない。
「ありがとう」
わたしは俯きながら、ルジアに謝意を伝えるのだった。
「あれは……」
「ぇ」
誰よりも先に広場に入ってくる人影に気付いたルジアの言葉に、わたしもハッとして顔を上げる。
見ると、カーディア様と……ハラウェイン伯爵様が斜面を上がり切り、広場に入られようとされているところだった。
く、タイミングが悪い。
確かにハラウェイン伯爵様は例外としていたけれど、こんなことなら、メルカを下へ走らせておくべきだったわ。
「ハードリー!? 一体何をしてるんだ?
で、殿下、これは一体……どういう?」
事情をご存じないお方からすれば、紐で拘束されたメリユ様とハードリー様を護衛隊の軍馬にお乗せしているようなご状況。
特に、先ほどハードリー様は、場合によっては不敬罪に問われかねない行動もされていただけに、ハラウェイン伯爵様が誤解されるのも無理ないことだわ。
「お父様、ハードリーは大事なお役目を承ったところなのです。
ハラウェイン伯爵領を代表して、この大恩に報いらなければならないのです!」
「ハードリー、泣いているじゃないか?
その大事なお役目とは一体……」
アリッサの軍馬まで駆け寄られたハラウェイン伯爵様も、(ようやく)ハードリー様が抱き留められておられる意識を失ったメリユ様に気が付かれたご様子。
「ハナン、ルジア?」
「ええ、よろしいかと」
「はい」
既にハードリー様がお知りになられているのだもの。
ハラウェイン伯爵様には真実をお伝えしておいた方がいいのだろう。
わたしはハードリー様に頷きかけて、その判断を知らせる。
「はぁ、ふぅ、お父様。
こちらが先ほどの奇跡をハラウェイン伯爵領にもたられた光と水の聖女様でいらっしゃるメリユ様です」
「ど、どういうことだ?
何を言っている!?」
怪訝そうな表情で問い返されるハラウェイン伯爵様。
「わたしが光と水の聖女様でいらっしゃるメリユ様を拒絶してしまったせいで、メリユ様は敢えて、先ほどのご成長されたお姿に変身されていらっしゃったのです。
それで……わたしが先ほどこの場に駆けつけたときには、メリユ様は、ぉ、お力を全て、使い果たされてしまっておられて、わたしの目の前で、ぐすっ、このお姿に戻られ、ご意識が戻らないのですっ」
ハードリー様はご説明されている途中で、涙がこみあげてくるのを堪えられなくなったようで、肩を震わせながらも必死にハラウェイン伯爵様にお伝えされている。
「ま、まさか……メリユ辺境伯令嬢と、光と水の聖女様が同一人物というのか?
いや、御名を明かせないとされていたことも、メリユ辺境伯令嬢と瓜二つだったのも、それで説明がつくのか……」
「ハラウェイン伯爵様、聖女様がメリユ様ご本人であることは、第一王女であるわたしが保証いたします。
真実をお伝えするのが遅れてしまい申し訳ございません」
呆然とされているハラウェイン伯爵様に、わたしも言葉を重ねる。
「で、殿下がそうおっしゃるのであれば、間違いないのでありましょうな。
し、しかし、聖女様は……」
「失礼いたします、殿下専属侍女のハナンでございます。
緊急時の対処は訓練しておりましたので、わたしが対処しておりましたが、メリユ様は昏睡状態で、脈、呼吸とも弱く、体温がかなり低いため、非常に危険な状態となられております」
「そ、そんな……それで、ハードリーが、聖女様のお身体を紐で……」
ハナンの説明に、メリユ様のご状態をお知りになられたハラウェイン伯爵様は思わず絶句されかける。
「そういうことなのです、お父様。
聖女様を至急領城までお運びして、医師による治療が必要なのです。
全てのご許可をくださいまし」
「……ああ、分かった、そういうことであれば、お前に全て任せる。
絶対に大恩ある聖女様のお命をお守りするんだぞ」
「はいっ」
ハラウェイン伯爵様は、ご納得いただけたのだろうか、軍馬上のハードリー様にそう告げられると、カーディア様にも頷きかけられる。
「カーディア殿、護衛は専属護衛隊の方々で固められるのだろうが、領城への道案内に、我が領からも一人つけたい。
殿下も、よろしいでしょうか?」
「もしかして、先ほどのジャウィイル様ですか?」
「はい」
わたしもピンときて、ハラウェイン伯爵様に尋ねるが、想像の通りだったようだ。
「万が一、街道が塞がれていましても、ジャウィイルがいれば、的確に迂回路へ誘導できるかと存じます」
「分かりました。
それでは、ジャウィイル様にお願いいたしたく存じます」
「はっ」
ハラウェイン伯爵様は頭を一度下げられるも、改めてハードリー様が抱き抱えているメリユ様をご覧になられて、少しばかり涙ぐまれる。
「メリユ辺境伯令嬢、いえ、光と水の聖女様は、我が娘と変わらぬこんな小さなお身体で、あれほどのお力をご行使されていたのですな……」
「はい……本当にわたしがおかしな勘違いで、聖女様を侮辱するようなことを申し上げてしまったせいで、ぅ、聖女様はご変身のため、余計なお力をお使いになられてしまわれたのです。
わ、わたしはどう聖女様にお詫びすればいいか……」
「ハードリー、聖女様がお目覚めになられたら、そのときは誠心誠意謝りなさい」
「は、はい、そういたします」
ハラウェイン伯爵様のお言葉に、顔を上げられたハードリー様は、凛々しくはっきりとそう宣言される。
「うむ、では気を付けて行ってきなさい。
……ああ、いけませんな、すぐにジャウィイルを呼んでまいります。
全力で下へ向かいますので、少々お待ちを!」
ハラウェイン伯爵様のハードリー様のお父様としてのお姿、久しぶりに拝見したような。
照れ隠しのように全力で駆け出されていくハラウェイン伯爵様の後ろ姿を少し眺めながら、わたしはルジアの馬に騎乗する準備を始めるのだった。
紐で縛られた状況で馬に乗っているハードリーちゃんをハラウェイン伯爵様に目撃されたときは少々危なかったですね、、、
何とかハラウェイン伯爵様にも真実をご理解いただけて、メリユも安心して領城で休養できそうです(?)




