第74話 悪役令嬢、連行される(!?)
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
ゲームをしていた悪役令嬢は、とある理由で連行されてしまいます(!?)
※中休み回です。
何、何なのよ、これ……!?
わたしは、“Clipping”の実行結果にゾッとするものを感じていた。
いくらある程度物理シミュレーションも実装されているVRゲームとはいえ、“Clipping”だけでこんな大爆縮が起こるものなの!?
『土砂ダム』を消した瞬間の発光現象は、エフェクトというより、火山なんかでよくある雷(火山灰の粒子同士の摩擦で発生する火山雷)の大規模版みたいな感じだったし、その後に出現した雲……あれは、衝撃波で発生するっていう雲で間違いないわよね?
そして、真空状態となったシリンダークリッパーのあった空間に吸い込まれて行く木々やら土砂、土煙……HMDで見ていただけでも、サーバーのゲームエンジンが落ちるんじゃないかとすら思ったわよ?
おかしい。
タダの乙女ゲーのVR版なんかにここまでの物理シミュレーションを実装することなんてあり得る?
わたしは周囲の人たちの悲鳴のような声を聞き、茫然となりながら、そんなことを考えていた。
「……!」
えっ、何今の……いや、これってリアルの方?
爆縮風の轟音に混じったバタンという扉の音は、間違いなくリアルの部屋の方よね?
『“Mute all sounds”』
わたしは急いで、HMD下部のボリュームボタンを押し続けて、強制ミュートをかけると、轟音に混じって聞こえていなかった声が聞こえてくる。
「……姉ちゃん、麗奈姉ちゃん!」
うげっ、弟君!?
何だって、勝手に入ってきてんの!?
「そんな……ダメ、“Translate 52.3 30.8 25.3”
マイクオフっ!」
いやいやいや、この状況で、メグウィン殿下たちに話しかけられる状況になったらマジ対応できなくなっちゃうから!
わたしは緊急時用に備えて覚えていた馬車との相対距離で“Translate”コマンドを発動するのだ。
取り合えず、無人のはずの馬車内に緊急退避!
それで、弟君との会話時間を稼がなきゃ!
「キャア、何すんのよ!」
そんなことを考えている間に、弟君は、何と!
大事なHMD=オケラスを強引に脱着し、すぐ傍のベッドの方に放り投げる!
「それは、こっちのセリフ。
母さん、滅茶苦茶怒ってるから!
麗奈姉ちゃんの首に縄付けてでも連れて来いってさ!」
「はあ!?」
「今何時だと思ってるのさ? 十時半だよ?
さっさと夕飯食べろってさ!」
「げっ……いや、そりゃ遅くなったのは悪かったけど。
そ、そんなことより、オケラスを返して! 今大事なところなのよっ!」
わたしは必死にゲーミングチェアを回転させて、ベッドの上のHMDに手を伸ばす。
「ダーメ」
ギャアアア、そのボタンはダメ!
長押ししちゃ、ダメェェェ!!
そこは電源ボタンなのぉ!!
わたしは女子大生らしからぬ悲鳴を上げながら、弟君相手の攻防を繰り広げるも、弟君が押し続ける電源ボタン横のLEDはプツンと消えてしまうのだ!
「あああああ、鬼ぃぃ!!」
「どうせいつものテスターやってるんでしょ?
夕飯の後に再開すればいいじゃん?」
「できるんだったら、そうしてるわよ!
好きなタイミングでセーブできないから困ってんじゃないのよ!」
ホントにね。
なかなかゲームから離脱できなくて困ってるくらいなんだから!
「はあ? 何その出来損ないのゲーム。
アルファ版未満の試作システムなの?」
「う、それはノーコメントで」
せっかくゲーム会社の人と繋がって、バイトさせてもらっているんだもん。
こういうのは信頼関係が大事なのよ!
「ふーん、まあいいや。
ついでに訊いておくけど、姉ちゃん、ゲーム声優でもやることになった?」
「はい?」
一体何を言ってるんだい、弟君!?
「防音室外にも声漏れてたけど、結構成り切ってたっていうか、うまかったと思うけど、本気で声優にもスカウトされたとかじゃないの?」
恥ずい恥ずい恥ずい、何弟君、あれ聞いていたの!?
昔ピアノ用に防音工事した部屋だから大丈夫だと思っていたのにぃぃ。
「うぅぅ、それもノーコメントで」
「あーそう、姉ちゃん、そういうのホント真面目だよね。
じゃあ、母さん待ってるから、下に行こうか!」
ハッ!?
ダメダメダメ、弟君とのんきにこんな会話してる場合なんかじゃなかったわ!
すぐにメリユのアバターをどっかに飛ばすか何かしておかないと!
あああ、どうしよう。
ノートPCのコンソールで最低限のことだけはしておきたい!
「ぃ、一分だけ待って!
これしておかないと、大変なことになっちゃうから!」
ええっと、まずメリユのアバターをメリユ(小)に戻して、シリンダーバリアとキューブバリアを消去して……ああ、あと、ライト1付けっぱだったわ!
「えーっ、早くしてよ!」
わたしはノートPC上に残しておいた予備コンソールで、バババッとゲームエンジンへの介入をしていく。
ああ、HMDがないと反映状況分かんないから、マジ不安だわ!
えっと、えっと、あとはメリユをどこか無人で安全なところに飛ばしておく?
うわあ、考えがまとまらない!
「えっと、えっと」
「はい、時間切れ!」
いや、一分も経ってないよね!?
弟君酷くない?
「いやあ、そんな殺生な!
後生、後生でございます!!」
「いつの時代の人間だよ?」
高校生になった弟君は、いつの間にかわたしを追い抜いた背の高さとがっちりした体格で、わたしの脇下から腕を入れてノートPCから引き離す!
いやああ、こんなかわいくない弟君なんていやあ!
昔のかわいいかった弟君を返してぇ!
「酷っ、こっちこそ昔のかわいかった姉ちゃんを返してもらいたいんだけど」
「はあ!?」
何言ってんの、弟君!?
わたしが動揺した瞬間を狙ってか、わたしはずるずるとゲーム部屋から引き摺り出され、階下のダイニングまで連行されてしまったのだった。
酷くないっ!?
ファウレーナさん、本名は麗奈でしたね。
……令嬢っぽいな。
でも、防音室まで用意されているお宅なので、そこそこいいところのお嬢さんみたいです。




