第73話 王女殿下、悪役令嬢が『土砂ダム』を消去して大爆縮を起こすのを目撃する(!?)
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢が『土砂ダム』をクリッピングで消去する様をハラウェイン伯爵令嬢と一緒に目撃します。
[ご評価、ブックマークいただきました皆様方、厚くお礼申し上げます]
「それでは、これからデリートする領域をお見せいたします。
"Set transparency of cylinder clipper to 0.3 with playing warning sound2"」
お顔の色の優れないメリユ様が、ご無理に微笑まれながら、聖なるご命令を発せられる。
昨夜、わたしがお手伝いして張ったシリンダーバリアとは異なる、この世からものを消去、デリートするご命令。
『クリッパー』とは『デリート』の言い換えでおっしゃられていた『クリッピング』に関するものなのだろうか?
そんなことを考えている間にも、時間は過ぎ、聖なるご命令が発現されることになる。
ウーーーー…………
「「キャッ」」
山々に響き渡る、(生まれて初めて耳にする)神からの警告。
人の力では決して作り出すことのできないような大音響が、キャンベーク川の峡谷に響き渡っていく。
鼓笛隊がどんな力いっぱい太鼓を叩いても、いえ、王都の中央教会の鐘を割る勢いで鳴らしても、これほどの音にはならないだろう。
耳に入った瞬間に怖れを抱かずにはいられない、『世界の悲鳴』のような音に、わたしは思わずハードリー様を抱き留めていた。
「ひぃっ」
「ぃ、一体何が……」
「神よっ」
「馬鹿者、落ち着かんか!」
昨夜張ったシリンダーバリアの出現ですら、言葉を失っていたハラウェイン伯爵領の方々がいよいよ激しく動揺し、混乱しているのが分かる。
聖女専属護衛隊の皆は、まだ落ち着いているが、メリユ様のご様子とこの大音響に緊張が走っているようだ。
そして、わたしは、とんでもないものを目にしてしまう。
「あれは……」
手前こそシリンダーバリアと重なっているように見えるが、その向こうに巨大なシリンダーバリアのようなものが出現していたのだ。
それは、『土砂ダム』どころか、(本当に)そのずっと奥まで続く(溜まりに溜まった)泥水や流木までもその内部に含み、一マイル以上は確実にあるように見える。
わたしが驚いてメリユ様の方を見ると、
「やっぱり、コリジョンディテクション(衝突判定)オフで、半透明だと、出現時に付随エフェクトは発生しないか。
コリジョンディテクションオンで、透明度ゼロだと、付随エフェクトが発生する?」
メリユ様は神命の代行者たる、真剣なご表情で何かつぶやかれていた。
コリジョンディテクション、ふずいエフェクト、何を意味されているのか、まるで分からないのだけれど、メリユ様だけは、神からのご神託、そして、その警告を確かに受け取られたようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、で、殿下、これは一体何がっ……」
「ええ、メ、光と水の聖女様が、あの『土砂ダム』、土石崩れで生じたキャンベーク川を堰き止めるあの土砂の塊とそれに続く泥水の消去をするお手続きを神にされ、神よりご警告を受けたようですわ」
「で、では、この音が……その、神よりのご警告と?
はぁ、はぁ、そもそもご警告とは、一体!?」
呼吸を乱されたハードリー様は、茫然とされながら、キャンベーク川に出現した薄く白い色の付いたシリンダークリッパー(?)(おそらく、それで合っていると思う)をご覧になられる。
「光と水の聖女様によれば、バリア、結界で皆を守らなければならないほどの大事になりそうとのことですわ。
おそらく、あれほど巨大なものを消去することで、周囲に大きな影響が出ると、神よりご警告があったのでしょう」
「そんな……」
ハードリー様と会話を交わしている間に、神よりの警告は一度鳴りやみ、その反響音が峡谷の奥にまで広がり消えていくのが分かる。
しかし、すぐに再び新たな『世界の悲鳴』のような警告は鳴り渡り、何も分かっていないハラウェイン伯爵領の方々は、うろたえ周囲を見回すばかりだ。
「光と水の聖女様、こ、これが神よりのご警告というのは本当なのでございましょうか?」
もはや、疑う余地もないとメリユ様に深く敬意を払われるハラウェイン伯爵様は、そのお顔に汗を滲ませながら、お尋ねになられる。
……ハラウェイン伯爵様、今の会話、聞かれていらっしゃったのだわ。
メリユ様は、そんなハラウェイン伯爵様に、振り返られて今までなく真剣なご表情で頷かれる。
「はい、そのように受け取っていただいて構いません。
あのシリンダークリッパー、半透明で横倒しにした巨大なワイン樽のような範囲のものを一度無にしますと、おそらく周囲のものを飲み込むような激しい空気の流れが生じることでしょう」
「……しかし、それを覚悟で行わなければ、川の堰き止めは続き、より大きな災厄の元となる……という理解でよろしいのでございましょうか?」
「はい、その通りでございます」
さすがはハラウェイン伯爵様。
何を天秤にかけるべきか、ちゃんとご理解されているのだわ。
神よりご警告を受け、周囲のものを飲み込むような惨事がここで起こるのだとしても、領全体、ひいては王国全体の安全を考えれば、メリユ様にここで『土砂ダム』を消去していただくのが良いということは明白だものね。
「なるほど……では、光と水の聖女様、我が領の未来のため、あの土砂の塊の消去を、領主として、改めましてお願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、承知いたしました。
『土砂ダム』の消去はもちろんのこと、皆様のお命も必ずやお守りいたしますので、どうぞご準備の方、お願いいたします」
「ははっ。
皆も聞いたな、聖女様は我らを必ず守ってくださる、だから、刻限までにここに全員を揃えるのだ」
「「「はっ」」」
今のハラウェイン伯爵様との会話で、動揺されていたハラウェイン伯爵領の方々も、事態を飲み込むことができたよう。
もはや、神よりのご神託、ご警告を直接受け取られたメリユ様を軽んずる者なんて、ここにはいないだろう。
「はぁ、はぁ、殿下は、怖ろしくはないのですか?」
わたしにしがみ付かれるハードリー様が小さくお訊きになる。
「いいえ、わたしは光と水の聖女様を信じておりますから」
そう、この世界で唯一、神命の代行者として認められた聖女様=メリユ様。
王国の民を、ハラウェイン伯爵領の民を救うために、今までも適確に動かれてきたメリユ様だもの、そのお気持ちを疑えるはずもないわ。
「ハードリー様、ご覧くださいませ。
世界をお救いになられる光と水の聖女様を!」
三つも増えたコンソールに流れる神聖文字に目を走らせるメリユ様のあの真剣な眼差し。
この世界に、代わりになるようなお方なんていらっしゃらない、たったお一人の真の聖女様の格好いい働きぶりを拝見していると、それだけで涙が滲んできてしまう。
僅か三歳にして、その才を先代の聖人様=先代のビアド卿に見い出され、多くの修練を積まれて、神より使徒様のお姿まで下賜されるまでになられた聖女様=メリユ様は、どれほどの覚悟で今のお立場を受け入れられたのだろう。
「殿下……あのお方は、一体何をなさっているのですか?」
「あの青いガラス板のようなものはコンソールと呼ばれ、神、天界にお手続きをされるのに聖女様がご使用されるのですわ」
「か、神、天界への手続き……ですか!?」
「ええ、そして、場合によって、神よりご神託がコンソールにくだされるようなのですわ」
「あの板に、ご神託が!?」
ハードリー様は、大きく目を見開かれて(わたしも読むことのできない)神聖文字の流れるコンソールを見詰められるのだ。
ウーーーーゥゥゥゥ
神よりのご警告は鳴り響き続ける。
神がそれだけメリユ様を気に掛けられ、間違いのないようにと、手助けされているかのように思える。
これも奇跡。
とんでもない奇跡なのだわ。
雷鳴が轟くことがあっても、神からのご警告を聞く機会なんて、普通は一生に一度たりともないことだろう。
わたしは、一生忘れようもない新たな奇跡を、目に耳に刻み付けようと、必死にメリユ様のお姿を捉え続けるのだった。
「光と水の聖女様、全員揃いましてございます」
「承知いたしました」
ハードリー様とわたしを除いた全員が、メリユ様の前に跪いている。
もちろん、馬や馬車を守っているエルたちはここにはいないのだけれど……この場にいるほぼ全員がメリユ様に跪いているのだ。
冷や汗をかかれ青白い顔をされたメリユ様は、精一杯の微笑みを浮かべられ、一度目を閉じて頷かれる。
「これより、『土砂ダム』、あの土砂の塊をこの世から消し去ることになります。
それに伴い、この周囲には、猛烈な風が吹き、木々が飛び交い、それなりの惨事となることが見込まれます。
皆様には、バリア、すなわち結界内にて、安全にお過ごしいただくことになりますが、惨事をご覧になられるのがお辛い方はどうぞ目を閉じ、地面に伏せてお過ごしになられますようお願い申し上げます」
猛烈な風が吹き、木々が飛び交う……あれほどのものを無にするというのは、本当に大変なことなのだわ。
メリユ様が見たくない方は見ないよう注意されるのも当然のこと。
でも、わたしは絶対見なければ。
メリユ様の補佐役を買って出たのだもの、メリユ様の執り行われるもの全てをこの目で見て、この耳で聞いて、メリユ様のお力を知っておかなければならないのよ。
「ひ、光と水の聖女様、それほどでございますか?」
「はい、あまりにも大きな力の行使となりますので、その光景をご覧になられれば、お心に深い傷を負われる方も少なからず出るかと存じます。
ですので、わたしとしましては、目を閉じ、地面に伏せてお待ちいただくことを強く推奨いたします」
「ははっ、皆も聞いたな。
光と水の聖女様がそうご推奨されておられるのだ。
その光景を興味本位で見て、あとから眠れぬようになったなどと文句を言うようなことは決して許されない。
どうしても見たい者は、これから起きる神の奇跡を、それだけの覚悟をもって見るように」
「「「ははっ」」」
メリユ様からの最後のご注意に、わたしは鳥肌が立つのを感じた。
人の身で、それほどまでの権限を神より賜ったメリユ様。
今まで北の辺境伯領から、大きな異変があったという影からの報告は(わたしが生まれて以降)受けたことがないのだから、おそらくメリユ様にとっても、これほど大きな力の行使は初めてということになるのだろう。
「殿下……」
「ハードリー様は、どうぞ地に」
わたしがそう言いかけた途端、
「いいえ、わたしは拝見させていただきたく思います。
見なければならないと思うのです」
ハードリー様はその言葉を遮るようにして、ご自身の覚悟を伝えられるのだ。
正義感のお強いハードリー様の見せる、(久々の)引き締まったお顔に、わたしはドキリとしてしまう。
「そうですか、分かりました」
メリユ様がちらりとこちらをご覧になられ、わたしは頷き返す。
いよいよ、メリユ様はクリッピングのご命令を発動されるのだわ。
「それでは、皆様、これよりバリアを展開いたします。
“Stop playing warning sound and warning sound2”
“Execute batch for transparent cube barrier with cube-barrier.conf”」
「三、二、一」
「殿下?」
わたしが呟くと、隣で手に握り合ったままのハードリー様がわたしの方をご覧になられる。
そして、わたしが三つ数え終えると同時に、薄く白く濁った半透明なバリアがわたしのいる辺りを包み込んだのだ。
続いて、神からのご警告の音が鳴り止んでいるのに気付く。
「ふぅ、付随エフェクトは回避できたわね」
メリユ様が小さく漏らされたお言葉、ふずいエフェクト。
それを回避とはどういうことなのだろう?
そういえば……昨日、近衛騎士団を囲み、天界にすら送ったキューブバリアのときは、ものすごく大きな音がしていたはず。
それを回避されたということ?
「「おぉぉ」」
「こ、これが結界………な、何というお力なのだ」
「し、静かになった……神よりのご警告が消えた」
小鳥たちの囀りどころか、何の音もしなくなった峡谷にざわめく近衛騎士やハラウェイン伯爵領の兵士たち。
近傍警護に当たっているハナンやセメラ、アリッサたちも、緊張した面持ちで、メリユ様のご様子を確かめているよう。
「それでは、『土砂ダム』の消去を始めます。
地面にお伏せになられる方は今の内にお願いいたします」
メリユ様が今までになく大きなお声で警告される。
地面に伏せる者の数は約半数。
近衛騎士たちは全員がその場に立って残っているよう。
「メグウィン第一王女殿下、そのままでよろしいのでしょうか?」
「はい、わたしは常に光と水の聖女様と共に」
「わたしもです!」
「……ハードリー様」
ハードリー様のご表明に、メリユ様は少し驚かれたご様子だったけれど、そのお気持ちは受け取られたのか、優しく微笑まれるとコンソールに向き直られる。
「“Execute batch for preparation-clipping with cylinder2.conf”
はぁ。
“Execute batch for clipping with cylinder clipper”っ!!」
え?
わたしは、ご命令を発せられるメリユ様が、苦しそうな吐息を吐かれるのに気付いてしまうのだ。
普段より若干震えていらっしゃるようなお声。
元よりお白い肌をされたメリユ様だけれど、お化粧がなければ、本当に青白くなられているのではないかと思えるほど、蒼白に染まりつつあるお肌。
もしかして、メリユ様、限度を超えたご無理をされているのでは?
そう感じたときにはもう遅かった。
「っ!」
『土砂ダム』の土砂と木々、巨石すらも白く眩く光り輝いたかと思うと、一瞬にしてその姿が消え、キャンベーク川の峡谷のずっと奥の方まで抉り取られたかのような姿を晒し、驚く間もなく……丸い輪のような雲が現れ、それがシリンダークリッパーのあった中心に向かって、吸い込まれていく。
ズドムッ!
ゴゴゴゴゴォッ
「「「「キャァァッ」」」
「「「うぁぁぁ」」」
セメラ、いえ、ハナンすらも悲鳴を上げていただろうか。
メリユ様の張られたキューブバリアの両側をものすごい土煙がとてつもない速さで流れていき、周囲の木々は折れ、軽々とシリンダークリッパーのあったところへと吸い込まれていくのだ。
あの太いの木々の幹が一本でも人に当たったなら、人は簡単に絶命してしまうだろう。
そんな本能的な恐怖を呼び起こすそんなものすら、『土砂ダム』を無にした空間は、容易くどんどん飲み込んでいく。
もしメリユ様のキューブバリアがなかったなら、全員が命を落としていたに違いない。
「これがこの世のものを消すご命令……」
狭いキャンベーク川に聳え立った『土砂ダム』を消しただけで、この惨事なのだ。
万が一にでも、神の怒りに触れて、国が一つ消されるような事態になれば、周辺国もその無になった空間に飲み込まれ、大災厄が生じてしまうに違いない。
そして、そんなお力を持ち、そんなお力のご行使を許された、そんなとんでもない世界の管理者たる権限をお持ちなのが、メリユ様。
今まで何度か、神命の代行者である聖女様がメリユ様でよかったと思ったことはあったけれど、今ほど、メリユ様がメリユ様でよかったと思ったことはない。
あまりにも現実離れした、(キューブバリアの外に)暴風吹き荒れる光景に、わたしは世界に秘められた真実の一つを知ったような思いに囚われるのだった。
「そんな……ダメ、“Translate 52.3 30.8 25.3”」
轟音の中、ふと聞こえた悲鳴に似たメリユ様のお声。
「メリユ様?」
クリッピングの凄まじさに(一瞬)失念しかけていた、メリユ様のご状態への不安が一気に膨らむのを感じる。
いえ、何より、唐突にご移動のご命令を発せられたメリユ様に、ゾッとするものを感じたのだ。
一体どこへ、どうして?
そう思う間もなく、メリユ様はそのお身体を崩されるように(ゆっくりと)倒れていかれながら、シュンッとお姿をお隠しになられたのだった。
一体全体我らが悪役令嬢メリユは、何をやっているのでしょうか?
毎度とんでもないことを仕出かしてくれていますね、、、
そして、最後メリユに異変が、それを操るファウレーナの身に何があったのでしょうか?




