第72話 悪役令嬢、うっかり大爆縮をそのまま起こしかけて、災厄令嬢になりかける(!?)
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
『土砂ダム』のクリッピングの準備を始めた悪役令嬢は、うっかり大爆縮を起こしかけて、もう少しで『災厄令嬢』になりかけてしまいます。
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いやー、まさか、多嶋さんがもらったメリユ(大)のアバターデータがこんな風に役立つとはねー。
確かに、今このときに、十六のメリユ(大)がいるはずはないのだから、この身体でいる限り、十一のメリユ(小)の悪役令嬢のロールからも抜け出せるって訳なのよね!
もちろん、十一のメリユ(小)の存在を消し去る訳にもいかないんで、馬車に残っているということにしてエルさんたちに見張ってもらっている。
そして、わたしも馬車内オブジェクトのワールド座標を“Pick”して、緊急時には、メリユ(小)として戻れるようにしている。
うん、このわたしに抜かりなしよ!
「さーて、『土砂ダム』の方もさっさと解決しちゃいましょうか!」
取り合えず、“Clipping”で『土砂ダム』本体とその後方に溜まった泥水を丸ごと格納してしまうつもりなんだけれど、ちょい心配なのは、土砂とか木々とか大量のオブジェクトを一度に処理させると(ゲームエンジンへの介入処理で)システムが(一時的に)高負荷状態になって他処理に悪影響が出るかもしれないってことなのよねー。
だって、あれほど無駄にリアリティの高い『土砂ダム』でしょ?
シリンダー内に入ってる全オブジェクト数がどれくらいになってるのか、心配だなー。
まあ、非公開決定済で、多分テスター一人で試用中なんだから、若干トラブっても、まー、これくらいなら平気か?
「“Show console”」
わたしは、コンソールを表示させると、キーボードを引き寄せて、コーディングを開始する。
最初はHMDを外していたんだけれど、キーボード上の“F”と“J”キーに付いている突起で指位置合わせすれば、即ブラインドタッチできるのに気付いたんで、今はVR空間内でコーディングするのにも慣れてきたんだ。
けど、新規に関数作るってなると、コンソール上のエディタ画面だけじゃ足りないんで、ついでに別ウィンドウも出せるようにしておいた。
うん、わたし、天才!
「“Show Editor-1”
“Show Editor-2”
“Show Editor-3”」
まずはクリッパーファンクションの実装。
“proc ClipperFunc {${target_obj} ${region_obj}} {”
“vrClipData clipper”
“clipper SetInputConnection [${target_obj} GetOutputPort]”
“clipper SetClipFunction ${region_obj}”
“clipper InsideOutOn”
…………
簡単なモデル処理関係についてのリファレンスは一通り頭に入っているから、実装自体はそんなに難しくはない。
でも、ゲームエンジンのソースコードを見せてもらっていない今のわたしには、これを実行することでどんな付随エフェクトが動作するのか分からないのよね。
気になっているのは、“Translate”コマンド実行時に発生する付随エフェクト。
かなりリアルな砂埃が立ち昇って、小石が飛び散ったりしていたのよね。
まあ、キューブバリアのときもそうだったけどさ。
アレ、OmmiverseってヤツのPhysicsBlastデモと比較しても、大差ないくらいにはリアリティ高かったように思う。
「そもそも、なんであんなに砂埃が上がったり、破裂音みたいな効果音出るような付随エフェクトになる訳?」
うーん、現実的に考えると、そこにあったものが別の場所に瞬間移動したら、そこにあったもの分の体積の空間が……実質真空になる?
あー、そうすると、周囲の一気圧の大気からその真空空間を埋めるように空気が流れ込むわね、短時間で。
それも、かなりの短時間で空気の流れが起きる訳だから……規模によっては衝撃波発生レベルの現象にもなる訳か?
待て待て待て……たかが乙女ゲー=ノベルゲーのVR化程度で、そこまでリアリティ高い物理シミュレーション組み込むか、普通?
そりゃ、戦闘とかあるゲームならある方がいいだろうけれど、エターナルカームにそんなもの必要かなあ?
既存ツールキット流用しているにしても、無駄に手間にかけてるなあとしか思わないわよ?
「うん……?
あれ、すごく嫌な予感が」
えっと……今わたし、滅茶苦茶大きいシリンダー作ってその範囲内にあるものをクリップするつもりでいるわよね?
これ、丸々クリップしたら、とんでもない付随エフェクト発生しない?
横倒しシリンダーの高さ(奥行方向)キロ単位いってるしなあ、これクリップしたら……もはや大規模爆縮って感じになったりしない?
いや、物理的にどの程度正しいかどうかは分かんないけれど、付随エフェクト、少なくともこのエターナルカームVR版じゃ、多分そういう風に設定されているっぽいよね?
「あー、あかん!!」
このままクリップしたら、この辺にいる皆さん全員、爆(縮)風に巻き込まれるわ。
下手すると犠牲者出かねない感じ?
うーん、絶対キューブバリアでこの辺一体を囲っておかないと、大惨事になりますわ!
ついでに、せっかくのこの平和で幻想的な光景が徹底的に破壊されちゃうんで、せめて鳥さん・小動物さんたちには避難してもらわないと、マジで『悪役令嬢メリユ』どころか、『災厄令嬢メリユ』になりかねないわね……。
うん……範囲決定の確認作業ついでに不快音たてまくって、追い出すか?
鳥さん・小動物さんたちにそんな(逃げるような)実装されているかは分からんけど。
はあ、面倒臭いけれど、やるしかないか……と、わたしはマイクオフにしたまま、黙々とコーディング作業を進めることにしたのだった。
「……聖女様、光と水の聖女様っ!」
おっと、いけね、コーディングに集中し過ぎて、周囲の音、耳に入ってなかった。
メグウィン殿下、どうしたのん?
あー、マイクも切ってたっけ?
「すーぅ、はぁっ……はい、マイクオン。
どうかされましたでしょうか、メグウィン第一王女殿下」
「どうかされたかではございませんわ、光と水の聖女様」
……はい?
ああ、そうか……今はメリユ(大)アバター=光と水の聖女だったっけ?
「そんなにたくさんのコンソールをお出しになられて、ご無理はされていらっしゃるのでしょう?
お顔の色がどんどん真っ青になられて、わたし、心配で」
気が付くと、ハナンさんがわたしの……ううん、メリユのアバターの汗を拭っているようだった。
あー、HMD、結構汗びっしょりになってきてはいるけれど、アバターの方はもっと酷いことになっているみたいね。
わたしの疲労度を倍以上にしてアバターに反映しているのかしらん?
「光と水の聖女様、どうぞご休憩なさってくださいませ」
ハナンさんは、タオルをアリッサさんに渡すと、事前に準備されていたらしい紅茶の入ったティーカップを差し出される。
うわー、なんか受験勉強の頃、思い出すなあ(ちょっと前だけれど)懐かしい!
「ありがとう存じます」
コントローラを動かして、ティーカップを受け取り、飲む振りをする。
メリユアバターとしては一応飲んでいるんだろうけれど、飲んでいる感じがないのがつまらない。
はあ、早く五感反映のあるVRMMO実現されないかなあ。
まあ、研究室に入ったら、何かしら新しいことやってみせるつもりではいるけどさ!
「それで、光と水の聖女様、やはり『土砂ダム』の消去、デリートのお手続きは、大変なものなのでございましょうか?」
ドキン!
ご心配そうにわたしの顔を覗き込んでこられるメグウィン殿下。
長い睫毛が小さく震えているのまで見えて、わたしは胸が苦しくなってくるのを感じる。
五感ではなくても、視覚と聴覚だけで、これほどまでに訴えかけてくるものがあるとは!
メグウィン殿下、尊い、尊過ぎ!
「そ、そうでございますね。
わたしが考えていた以上に大事になりそうでございますので、どうか皆様を一か所に集めておいていただけますか?
キューブバリアで皆様をお守りする必要があるかと」
「ぉ、大事でございますか?」
「はい、この規模のものをデリートしますと、周囲にかなりの影響が出そうでございます」
「ひ、光と水の聖女様からのお手続きで、神よりそのようにご神託がくだったのでございますか!?」
うん?
もしかして、コンソール上で簡易計算走らせてた結果を見て、そんな風に思ったのかな?
まあ、ゲームエンジンからの計算結果って、ある意味、神託と言えなくもないか。
「そのように受け取っていただいて構いません」
「そ、そんな……」
「ご神託……?」
おおっと、今のお声は……ハードリーちゃん?
斜面の少し高いところからわたしの手元を覗き込まれていたらしい、ハードリーちゃんが口元を左手押さえながら、目を見開いている。
うん、さっきまではあんなに睨み付けていたはずなのに、ちょっと顔色悪そう?
「メグウィン第一王女殿下、わたしのいるこの場所から三マイル以内にいるお方をこの周囲に退避させていただけますでしょうか?
街道沿いであっても、エルさんたちのいる周囲なら安全にいたしますので、街道から動かせない馬車もその辺りに集めていただければと存じます」
「承りました。
ハラウェイン伯爵様、伯爵領の領軍、衛兵、役人の方々も集めてくださいますか?」
メグウィン殿下が振り返られると……おおっと、ハラウェイン伯爵様、そんなところにいらっしゃったんだ。
「かしこまりてございます、メグウィン第一王女殿下」
頭を下げてメグウィン殿下の命を受けるハラウェイン伯爵様。
慇懃っていうか、十一歳のメグウィン殿下に対しても、ちゃんと敬意を示されるハラウェイン伯爵様、ポイント高いなあ。
「おい、すぐに街道の監視にあたっている兵たちを呼び戻せ。
ジャウィイルは、この場にいるべき者が揃っているか、至急確認しろ」
「「ははっ」」
アーマーというか、鎧というか、が明らかに近衛騎士の皆さんたちとは違う、ハラウェイン伯爵領の兵士の皆さんが慌てて動き出される。
うん、やっぱりメリユ(大)アバターがあってよかったわよね。
これがメリユ(小)のままなら、ハードリーちゃん、そんなこと信じられるかとか食って掛かられそうだし、ははは。
「今からデリートする範囲を可視化いたします。
まずは、昨夜張ったシリンダーバリアを見えるようにいたしますね」
取り合えず、避難してもらうにしても、バリアの範囲を見せないといけないので、昨夜張ったシリンダーバリア、そして今からクリッピングのために張るシリンダーバリア(大)、そして皆さんを守るためのキューブバリアの透明度を変更していく。
「"Set transparency of cylinder barrier to 0.3 with playing warning sound"」
まずは、昨夜張ったシリンダーバリア。
ついでにヴヴヴって感じの警告音を発生させる機能付きで、透明度三十パーセントへ。
三、二、一!
ヴヴヴヴヴヴヴヴ……
「キャッ」
「うわ」
「うっ」
HMD越しでも、身体の芯にまで響くような嫌な音が出るわねー。
皆さん、すごくびっくりされてる。
まあ、中世ヨーロッパ風世界、教会の鐘はあっても、ここまで強烈な音が広範囲に撒き散らかされることなんてないだろうしなー。
って、鳥さんたちが森から飛び立ってる!?
あー、ホントに反応できるように実装されているんだ、よかったー。
「ぁ、あれは……泥水を止めている、不可視だった、壁?
ま、まさか……まさかっ」
ハードリーちゃんは口元を押さえていた手をぶらんと落として、タダ茫然と半透明になったシリンダーバリアを見詰めている。
「ハードリー様」
そんなハードリー様に寄り添うメグウィン殿下。
ああ、これまた、何て尊い光景なのかしらん!
やっぱり、三つ編みシニヨンで、大きい垂れ目のハードリーちゃんかわゆ過ぎ!
「それでは、これからデリートする領域をお見せいたします。
"Set transparency of cylinder clipper to 0.3 with playing warning sound2"」
そして、三秒の後……峡谷には、わたしが適当にネットで拾ってきたダムの『緊急放流時のサイレン音』が響き渡ったのだった。
お待たせいたしました!
休日出勤だったのですが、定時上がりできたので、書き溜め分に書き加えて、ささっと更新です。
さて、本編ですが……うっかりとんでもないことをやらかしかける辺り、さすがはファウレーナさん=メリユですね、、、




