第71話 王女殿下、王国唯一の聖女猊下=悪役令嬢を皆に紹介する
(第一王女視点)
第一王女は、本編(学院編)の姿に変身した悪役令嬢を聖女として、ハラウェイン伯爵領の方々に紹介します。
聖女様のご準備のためということで、一旦王家の馬車まで戻ったわたしたちは、まずメリユ様とハナン、わたしだけで馬車内に入る。
ハナンは馬車の窓全てのカーテンを閉めていき、メリユ様のご変身に備える。
その様子を眺めながら、わたしはメリユ様に問いかける。
「それで、メリユ様、その『クリッピング』には、供物……そのワイングラスを捧げ、あの起点というものを定める必要があるのでしょうか?」
わたしの問いに、メリユ様は唇に左手の人差し指の付け根を添えられ、少し考え込まれると、
「いいえ、昨日、メグウィン様にお手伝いいただき、定めました起点を再利用できるかと」
とお答えされる。
昨日の試練でわたしがお手伝いしたものが無駄にならなかったようで、わたしとしてはとてもうれしい。
「では、ワイングラスとワインの準備のご必要ないという理解でよろしいでしょうか?」
「はい」
「他に何かお手伝いできることは?」
「そうでございますね……今のところはございませんが、現場で必要なことが出てきましたら、お願いさせていただければと存じます」
「承知いたしました」
はあ、それにしても、考え込まれているときのメリユ様は、性別のない使徒様のような凛々しさがあって、本当に素敵だわ。
お休みになられていたときは、年相応のかわいらしさを感じられたけれど、起きていらっしゃるときは本当に大人びていらっしゃる!
神があのお姿を賜られたのも、本当に当然のことだと思えるわ。
「それでは、姿を変えさせていただきますね。
メグウィン様とハナンさんは、目をお閉じになってわたしの方に背を向けていただければと存じます」
「「はい」」
そして、いよいよメリユ様は、あのお姉様のお姿になられるのだわ!
昨夜はビアド辺境伯様に『メリユ様ご本人』だとご納得いただくため、元に戻られてしまったのだけれど、どうせならあのお姉様のお姿でお泊りいただきたく思っていたほどだもの。
またあのお姿を拝見できるのかと思うと、息が乱れてきてしまいそう。
「殿下」
「ええ」
ハナンとわたしは、馬車の窓のカーテンを(聖なる光が漏れないよう)手で押さえるようにしながら、メリユ様に背を向けて目を瞑る。
「では、始めさせていただきます。
“Execute batch for update-avatar-of-meliyu with file-named Meliyu_ver0.vrmx”」
三、二、一。
目を閉じていても、瞼越しに馬車内に噴き上がる聖なる光の粒の明るさが伝わってくる。
その明るさはどんどん増していき……きっと、馬車内はあの光の奔流に飲み込まれていっているのだろう、わたしは必死に馬車のカーテンを押さえ、眩しさに耐えるのだ。
メリユ様。
そして、光の弾けるような音が馬車内に響き、瞼越しに感じていた眩しさがなくなっていく。
そう、ついにメリユ様はデビュタントをお済になられたお姉様のお姿にご変身されたのだわ。
「メグウィン様、ハナンさん、もうお目を開けていただいて構いません」
少しばかり声音が変わられたように感じるメリユ様のお声に、わたしはパッと目を開けて振り返る。
そこには、まだ聖なる光の粒を若干放たれ続けていらっしゃる、赤いドレスに身を包まれたお姉様なメリユ様がいらっしゃったのだ!!
「メリユ様!」
背も伸び、顔立ちも大人の女性のものとなり、先ほどまでの大人びた雰囲気にお身体もようやく追いついたかのようにすら思われる。
メリユ様の赤い御髪に似合う赤いドレスに包まれたお身体の体つきも、大人の女性らしいものとなり、わたしは頬がまた発熱してくるのを感じながら、メリユ様を見上げるのだ。
「す、素敵でございます、メリユ様」
「ありがとう存じます、メグウィン様」
優しく微笑まれるメリユ様に、わたしは全身が火照ってくるのすら覚えてしまう。
「それでは、まいりましょうか?」
「はい」
「ふふ、その前に、“SwitchOn light 1 with intensity 0.1”」
少しばかりの茶目っ気をその顔に浮かべられたメリユ様が唱えられたご命令。
これは聖なる光をその手に浮かべられるものだったはず。
三、二、一。
眩しいほどの聖なる白い光、光球がメリユ様の右手の上に現れる。
その神々しさに、ハナンが(また)息を呑むのが分かった。
はあ、今すぐにでも、このメリユ様の真のお姿を皆に見せびらかしたい気持ちにかられる。
こんな素敵なお方がわたしのお姉様で、一番の大事なお方!
ハラウェイン伯爵様も、ハードリー様も、この聖なる光球の前には、何も文句は言われないだろう。
「それでは、ハナンさん」
「はっ」
ハナンが馬車の扉のカーテンを開いてから、そっと扉を開いていく。
外では、セメラが待機していて、ハナンもすぐに下に降りる。
「では、メグウィン第一王女殿下」
「はい」
ハナンとセメラに手伝ってもらいながら馬車を(先に)下り、どよめているハラウェイン伯爵領の方々にニコリと微笑みかけるのだ。
「お待たせいたしました、皆様。
これよりセラム聖国のサラマ聖女様に聖女認定いただきました我が王国の聖女様をご紹介させていただきます」
「我が王国の!?
それより、先ほどの光は一体?」
やはりカーテンを閉じていても、あの聖なる光を完全に押さえ込むことは叶わったようで、ハラウェイン伯爵様がお尋ねになられる。
「……」
わたしは微笑みだけをハラウェイン伯爵様に返す。
そのお隣にいらっしゃるハードリー様も、あの光には驚きを隠せないようで、今も光の漏れる馬車内に釘付けのようだ。
そして、馬車のお席から立ち上がられ、馬車の扉口にお姿を現せられるメリユ様。
先ほどまでのメリユ様とはまるで異なるお姿に、きっとハラウェイン伯爵の方々には同一人物とは思われないことだろう。
何より、右手に浮かべられている聖なる光球。
その眩さに、ハラウェイン伯爵の方々のどよめきは更に大きくなる。
「あのお方は……あの光は一体!?」
「光と水の聖女様、ご降車されます」
セメラが大きな声を張り上げ、その言葉の意味を汲み取ろうとする方々が必死に光球を目を細めて見詰められるのだ。
「ひ、光と水の聖女様だと!?」
まずは、ハラウェイン伯爵領の方々も『奇術の類』を疑われるだろう。
けれど、メリユ様の右手の上に浮いている光球に、いかなる奇術的な説明を付けることも出来はしない。
手で触れてもすり抜けてしまう、聖なる光球。
それにおかしな理屈をこじ付けようとすること自体が神に対する不敬だ。
「な、な、何なのだ、これは……」
眉間どころか、鼻頭にまで皺を寄せられながら、ハラウェイン伯爵様はメリユ様を見極めようと睨まれておられる。
ハードリー様は、両手でご自身の口元を押さえていらっしゃって、驚きのあまり開いてしまうのだろう、ご自身のその御口を隠していらっしゃる。
「お、おぉぉ……」
近付いて来られるのに従って眩しさの増す聖なる光球に、さすがのハラウェイン伯爵様も限度を迎えられたのか、目を一度押さえられている。
ハードリー様は、小刻みに瞬きを繰り返されながら、メリユ様に釘付けになっていらっしゃる。
神より賜りしお姿にドレス。
まさに神に祝福されしメリユ様のお姿に、皆が見入ってしまうのは本当に当然のことなのだわと思ってしまう。
「……」
ハラウェイン伯爵様とハードリー様の前まで来られたメリユ様は、優しく微笑まられ、(お言葉を発せられることなく)優雅にカーテシーをされる。
その神々しさのあまり、ハラウェイン伯爵領の衛兵の方々も頬を赤められているのも丸分かりだわ。
「こ、こちらが、殿下のおっしゃっておられた聖女様と」
「ええ、そうでございます」
「その御髪の色合いにお顔立ち、ビアド辺境伯家のお血筋かと存じますが、ご分家筋のお方なのでございましょうか?」
「先ほども申しました通り、いかなるご質問にもお答えすることができないのでございます」
「そ、そうでございましたな、これは大変失礼をいたしました」
ハラウェイン伯爵様は冷や汗を浮かべられながら、頭を下げられる。
「お父様!
で、殿下、そのお方の、その光が奇術の類でないか、確かめさせていただいてもよろしいでしょうか?」
まだ現実を受け止めきれていらっしゃらないのだろうハードリー様が、ハラウェイン伯爵様の前まで出てこられると、そんなことをおっしゃる。
これでもなおお疑いになられるなんて。
わたしが確かめるようにメリユ様の方を見ると、メリユ様はゆっくり頷き返され、そっと右手をハードリー様の方へ差し出されるのだ。
「こ、こんなものが……」
そして、ハードリー様を聖なる光球を右手で掴まれようとして、その右手が光球を素通りしてしまうのをご覧になられるのだ。
「ぅ、嘘……」
何度お手で触れようとされても、触れることなんて叶わない眩い聖なる光球に、ハードリー様は焦りの表情を浮かべられ、今度は両手でそれを包み込むようにして捉えられようとされている。
それでも、それは昨夜の『聖なる誓い』のときと同じように、ハードリー様のお手の中で輝きを放つばかりで、捉えられるはずもないのだ。
メリユ様は、光球を浮かべた右手を差し出されたまま、空いていた左手を(光球を包み込んでいる)ハードリー様のお手に優しく重ねられ、
「……皆様に神の祝福がございますように」
とこのお姿では、皆の前で初めてお言葉を発せられる。
「“Traslate light-1 0 0 100.0 step 0.05”
“Change intensity of light 1 to 10.0”」
メリユ様!
三、二、一。
メリユ様が新たなるご命令を発せられると、聖なる光球は、ハードリー様とそれに重ねられたメリユ様の手をすり抜け、ゆっくりと天高く昇っていく。
「ぁ、ぁ、ぁ」
「おぉぉぉ」
傾き出した午後のお日様が山々の稜線の向こう側をお姿を隠され、狭い峡谷が薄暗くなりかけた次の瞬間、高く昇り切った聖なる光球は一層の輝きを増し、新たなお日様が出現されたかのように、峡谷を真昼の明るさに照らし出すのだ。
弱まりつつあった小鳥たちの囀りが再び賑やかになり、周囲の野草の花々の上を舞う蝶たちの動きも元気さを取り戻したかのよう。
あまりにも幻想的な光景に、あまりにも非現実な光景に、初体験するハラウェイン伯爵領の方々は、タダうろたえながら辺りを見回されるばかり。
「こ、これが神の祝福だと……」
「そ、そんな……」
ハードリー様は『あり得ない』とばかりに辺りをご覧になられ、茫然と腰が抜けたようにその場に座り込まれる。
メリユ様は、それでも、ハードリー様が尻もちをつかれないよう、そっとお手を握られたまま、ハードリー様を支えられていらっしゃるようだ。
そんなメリユ様を、ハードリー様は少し怯えを含んだ表情でお見詰めになっている。
「……」
メリユ様は、ハードリー様がそっと地面に腰を下ろされたのを確かめると、わたしに頷きかけられる。
わたしもそれに頷き返すと、
「これより、光と水の聖女様が聖務を執り行われます。
警護は聖女専属護衛隊が取り仕切ります。
どなた様も聖女様の邪魔をされませんよう、お願い申し上げます」
「せ、聖女専属護衛隊!?
では、殿下のお連れになられた近衛騎士の方々は……いえ」
「このことにつきまして構いません。
光と水の聖女様とわたしの護衛のために、一小隊選抜されたのが今ここにいる専属護衛隊となります」
さっとメリユ様の周囲を取り囲む女護衛隊の皆。
そして、周囲を警戒する元近衛騎士団第一中隊から選抜された殿方の騎士たちも誇らしげに頷いてみせるのだ。
「そうでごさいましたか。
光と水の聖女様、何卒ハラウェイン伯爵領をお救いくださいますよう心よりお願い申し上げまする」
先日は偽者の『見習い聖女様』に騙されたハラウェイン伯爵様も、メリユ様は信用に価するとお考えになられたのだろう。
その場で膝を突いて、メリユ様に敬意を示されるのだ。
ハードリー様は、それをタダ茫然とご覧になられるばかりだった。
次の週末、休日出勤する予定のため、振替休日を取っております。
そのため、本日も特別更新いたします。
それにしても、『光と水の聖女様』、セメラが広めまわっているせいで、定着していってしまいそうですね。




