第6話 王子殿下、様子のおかしい王女殿下と話をする
(第一王子視点)
ゲーム開始日の翌朝、北の辺境伯家との朝食準備中、様子のおかしい王女殿下と話をします。
「悪いが、辺境伯令嬢の席はこちらにしてもらえないか?」
「ははっ、承知いたしました」
広間では、辺境伯家と共にする朝食の準備が進んでいた。
普段でも長テーブルの席配置は特に神経を使うところだが、今日はあのメリユ辺境伯令嬢のことがあるのでやっかいだ。
あまり重要視すべきでない来客であれば、王族との距離は離すべきだが、相手は陛下の親友である北の辺境伯だ。
何もなければ、歳の近いわたしとメグウィン、辺境伯令嬢=メリユ嬢は、話のしやすい席配置にすべきところだろう。
わたしが、近い将来、王太子になることを考えても、辺境伯家との親密な関係は保っておく必要がある。
しかし、昨日のメグウィンからの報告を考えると、わたしとメグウィン、メリユ嬢の距離が近過ぎてもいけないのではないかと思ってしまう。
あの後のアメラからの報告では、特に変わった様子はなかったとのことだが……いや、考えてみれば、あのメリユ嬢の性格を考えれば、アメラの視線すら構わずに大喜びしてもおかしくないところだろう?
辺境伯家訪問時にはあれほど纏わり付いてきたメリユ嬢なのだから、朝食を共にするという話だけでも舞い上がって、大騒ぎする様が目に浮かぶ。
それなのに、アメラの話では、ただ穏やかに微笑みながら『承りました』と言い、自分への配慮に感謝している旨、伝えて欲しいと言ったとのことだ。
おかしい、本当におかし過ぎる。
メグウィンの言うように、メリユ嬢は何かしらの演技をしている、していたというのだろうか?
そして、我々はまだ彼女の本当の姿を掴めていないということになるのだろうか?
王族として人を見抜く目を育てられてきたはずのわたしやメグウィンの目を欺くなど……メリユ嬢は一体何者かと思ってしまう。
「おはようございます、お兄様」
「メグウィンか、おはよう、昨日はちゃんと休めたか?」
振り返ると、来客対応用のドレスに着替えたメグウィンが傍に来ていた。
メグウィンが気配をかなり消していたのもあるが、少し考え込み過ぎていたかもしれない。
王族としてここまで注意力が散漫になってしまっていたのは我ながら問題だ。
「はぁ、それがなかなか寝付けず……申し訳ございません」
メグウィンにしては珍しく前髪を下ろしている。
まだデビュタント前のメグウィンなら問題にならないだろうが、来客との朝食で前髪を下ろすのはあまり好ましいとは言えない。
化粧である程度隠しているとはいえ、きっと、目元が浮腫んでいるのを隠したいのだろう。
「メグウィン、こちらに、控室に来なさい」
「承知いたしました」
わたしは朝食の準備を進めている侍従、侍女たちに話を聞かれたくないこともあり、無人の控室にメグウィンを連れて行った。
窓から朝日が差し込む控室内に入ると、メグウィンの金髪が黄金のように輝く。
わたしの顔立ちが母親=王妃陛下似なのに対し、メグウィンの顔立ちはお婆様の幼い頃によく似ているらしく、とても可憐だ。
その可憐なメグウィンの顔が、今日はやけに曇ってしまっている。
「やはり、メリユ嬢のことが不安か?」
「ええ、今でも自分の目が信じられないのですけれど……あれは魔法としか思えません」
「とはいえだ、彼女が王族に牙を剥くとは考えられまい」
「……本当にそうでしょうか?」
メグウィンは視線を落として、不賛同の意を示した。
やはり、ティーカップを消滅させたという彼女の魔法が怖いのか?
アメラに確認したところ、ティーカップは戻っていたとのことだったが……だとすると、メグウィンの見たものは何だったのだろう?
「はあ、我々と北の辺境伯家の間で蟠りができるのは好ましくない。
昨日も言った通り、朝食の後で、我々とメリユ嬢だけの会談の席を設ける。
メグウィンも思うことがあれば彼女にぶつけ、メリユ嬢に対する不信を拭う努力はしてもらいたい」
「も、もちろん、それは承知しております」
「まあ、お前が不安に思う気持ちも分かる。
前面にはわたしが立つから、メグウィンは何も心配しなくていいんだ。
何かあれば、わたしがお前を守るから、言いたいことも訊きたいことも何でも彼女にぶつけるがいい」
「あ、ありがとうございます、お兄様」
ようやく顔を上げてくれた我が妹は、少しばかり(作った)強がりな笑みを浮かべ、王族らしく気持ちを切り替えてくれたようだ。
「あと、魔法の話は陛下にも通しておいた。
やはり奇術の類であろうと判断されたが、何かあれば、すぐに対応されるとのことだ」
「すぐに対応……ですか?
メリユ様、一人の辺境伯令嬢のために、いくらなんでも、それは……」
メグウィンが驚いた様子で、口元を手で押さえる。
「メグウィンは建国紀の内容は覚えているな?」
わたしは声を落としながら、メグウィンに尋ねる。
「建国紀……それはもちろん詳細に覚えておりますが」
「その中に魔法使いが出てきただろう?」
「建国の際にご活躍されたイスクダー様ですか?
あれは、魔法使いのように巧みに戦い方を変えられた、稀代の戦術家だったというように教わりましたが」
「そうだ、わたしもそう教わった。
魔法などまずあり得ないからな」
「そうでございますね。
しかし……ま、まさか?」
「陛下のお話では、北の辺境伯家にはイスクダー様の血が入っているかもしれないとのことだ」
「えっ、イスクダー様の血は残されなかったのでは?」
「それがな、北の辺境伯家は、かなり昔だが分家筋から当主を出したことがあって、その分家筋というのがイスクダー様の血を引いている可能性があるとのことだ」
「そんなことが」
驚愕に目を見開きながらも、メグウィンは王族らしく声を必死に抑える。
「どうやら、イスクダー様は、初代ビアド辺境伯の妹と結婚されていて、建国後、分家として小さい領地を治めて過ごされたらしい」
「それは、本当なのですか?」
「ああ、その領地というのがまた特殊なものでな。
公な記録は敢えて残されなかったとのことだ」
「……では、メリユ様は魔法使いイスクダー様のご子孫でいらっしゃる可能性があると?」
「ああ、陛下のお話ではその可能性があるからこそ、もし何かあれば、すぐに伝えるようにとのことだ」
「確かに、あの戦いを大きく左右したと言われるイスクダー様の手腕が……もし本当に魔法によるもので、メリユ様がその魔法を引き継がれているということであれば、我が国として一大事ですね」
魔法を見たというメグウィンは『うんうん』と頷いている。
しかし……だ。
「まあ、陛下もわたしも、今のところ、本当に魔法があるとは思っていない。
可能性があっても、一割以下といったところだ」
「……それは、お兄様があの魔法をご覧になられていないからです。
わたしは、今のお話で、メリユ様がイスクダー様のご子孫の、魔法使いでいらっしゃると確信いたしました」
「メグウィン?」
「はあ、わたしの不安が杞憂に終わりそうでよかったです。
メリユ様がイスクダー様のご子孫であり、同じくイスクダー様のご子孫であるビアド辺境伯様とお父様が今も親友関係を築いていらっしゃる以上、メリユ様は魔法使いとして我が国に仕えてくれるに違いありません」
おいおい、あのメグウィンが……暴走しているだと!?
「お兄様、今思えば、あの魔法はメリユ様がわざとわたしにお見せくださったものかもしれないと思えるのです。
必ずやわたしがメリユ様を我が国の魔法使いとして迎え入れてみせたく存じますので、お手伝いいただけますか?」
「メグウィン、落ち着きなさい。
お前もメリユ嬢もまだデビュタントどころか、学院にすら入学していない子供なのだぞ?」
「しかし、わたしは既に王族としての責務をこなしております。
そして、今回の帝国のお話があって、メリユ様がビアド辺境伯様に無理を言って王城までいらっしゃったとのこと、無関係とは思えません」
まさか……いくらなんでもそんなこと、あり得る訳がない。
あの我儘令嬢が、建国に関わる魔法使いの子孫で、国の危機を察して父親について王城までやって来、メグウィンが潜っているのに気付いて魔法を見せたとまでいうのか!?
「はあ、いくら何でも都合よく物事を解釈し過ぎだろう?
それは王族として失格だ」
「いいえ、お兄様は魔法のすごさをご理解されていらっしゃいません!
わたしが思うに、メリユ様は既に戦況を左右するだけのお力をお持ちだからこそ、王城までいらっしゃったのだと存じます」
「十一歳の令嬢一人で戦況を左右するだと……馬鹿馬鹿しい。
小娘一人で帝国の数万の兵を何とかできるのだとしたら、まさに伝説になるな」
突然メリユ嬢を盲信し始めたメグウィンを諌めるべく、わたしはわざとそう振る舞った。
「……お兄様は、わたしも取るに足らない小娘の一人とお考えですか?」
すると、目を細めて睨んでくるメグウィン。
「分かりました。
お兄様がそうお考えなのでしたら、わたしがメリユ様を我が王国お抱えの魔法師として迎え入れ、その伝説を作ってみたく存じます」
わたしの策が逆効果だったとばかりに、怒りを露わにするメグウィン。
王族としてあれほど冷静でいるよう躾けられてきたはずなのに、メグウィンをここまで変えてしまうメリユ嬢の魔法とは一体何なのかと焦りを覚える。
もしや、メグウィンに薬を嗅がせて幻を見せ、ついでに洗脳しやすくしていたりはしまいか?
わたしはそんな不安に取り付かれてしまうのだった。
いよいよとんでもない勘違いが止まりません(滝汗