第68話 王女殿下、悪役令嬢の与えた『気付き』に驚き、ハラウェイン伯爵令嬢に要請する
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢が自分たちに与えた『気付き』の機会に驚き、親友のハラウェイン伯爵令嬢に強く土砂崩れの現場に連れて行くよう要請します。
『わたしはメグウィン様を離しませんから』
つい先ほど大泣きしてしまったわたしの耳元でメリユ様が囁いてくださったお言葉が今も耳に焼き付いている。
わたしのせいで多大なご負担とご迷惑をおかけしてしまって、普通ならば叱責されて当然のところを、これほどまでの寛容さでわたしを包み込んでくださったメリユ様。
お兄様との婚姻がなれば、義理の妹になるのは確実とはいえ、元は『赤の他人』であり、こんな出来の悪い義妹に、どうしてこれほどお優しくできるのだろうか?
「メリユ様……」
肉親であるお兄様であっても、わたしのせいでメリユ様のような事態に至ったなら、相当にお怒りになられるだろう。
もちろん、普段から慎重で冷静でいらっしゃるお兄様のことだから、そこまで棘のあるお言葉で叱責されるようなことはないだろうけれど、メリユ様のように全てお赦しになられるようなことはないはずだ。
本当にメリユ様は常人を超越されたご存在で、心の在り方もまさに聖女様そのものなのだわ。
「う……」
そして、わたしは気付いてしまう。
そんなメリユ様の在り方は、わたしが以前からずっと望んでいた、理想のお姉様にぴったりと当てはまるもので、今まさにわたしの願望は叶ってしまってしまったと言えるのではないだろうか?
そう、もしかすると、神はわたしの叶うはずのなかった願いをお聞き届けくださったのかもしれない。
「はあ」
お兄様がどんなお方と婚姻を結ばれ、わたしに義理のお姉様ができたとしても、血の繋がったお姉様のように甘えることなんてできるはずがない。
そのように思ってきたのに、昨日急に現れたわたしの義理のお姉様は、血の繋がったお兄様より甘えることのできる素敵なお方で、わたしは肉親以上の好意を抱いてしまっているのだわ。
昨夜の『聖なる誓い』を思い出しつつ、わたしはメリユ様を熱い眼差しで見詰めてしまうのだ。
「殿下、メリユ様、お茶をどうぞ」
「「ありがとう」存じます」
不意打ちのハナンの言葉に、思わず咳払いをしそうになるのを必死に堪え、メリユ様と声を揃えて謝意を伝える。
「それで、殿下、メリユ様、ハナン様、先ほどのハラウェイン伯爵令嬢のお話につきまして、お考えを伺いたく存じますが、よろしいでしょうか?」
カーディア様が専属護衛隊の入城作業を行っていらっしゃる間、この場における警護最高責任者となるルジアが話を切り出す。
昨日王城で起きたことを全て把握している面々としては、あまりにも現実離れしたハードリー様のお話。
特に『聖女見習い』のご存在の胡散臭さは、異常なほど浮き立っているように思える。
「サラマ聖女様のお話からしますと、別働で使節団や聖騎士団が動いている可能性は低いかと」
そう、もし『聖女見習い』なるご存在が王国内にいらっしゃるのであれば、事前に中央教会経由で情報が届いているはずだ。
そうでなければ、キャンベーク街道沿いの警護体制に影響してしまうし、途中で滞在される各領の準備も間に合わなくなってしまう。
ハードリー様は(それでも冷静に)セラム聖国の一部勢力……と、王都に滞在されていらっしゃる教皇猊下の使節団とは別ものと捉えていらっしゃったようだけれど、いくら(セラム聖国内に)腐敗した勢力がいるのだとしても、それはさすがにおかしい。
「ええ、殿下のおっしゃる通り、セラム聖国の別使節、聖騎士団等が動かれている可能性は低いと考えられます。
教皇派以外の勢力が王国内で悪さをする可能性がゼロとは申しませんが、教皇猊下の帰路に悪事が発覚する可能性が高い以上はまずあり得ないかと」
そうなると、答えは……
「オドウェイン帝国でございますね」
メリユ様のお言葉に、ハナン、ルジアも目を見開いてから深く頷く。
そもそも、メリユ様とサラマ聖女様が王城にいらっしゃなければ、知る得ることもなかった西の辺境伯領経由のオドウェイン帝国の王国侵攻。
メリユ様のご様子からするに、一昨日ご来城される前からこうしたオドウェイン帝国の動きについても存じていらっしゃって、皆にそれを気付かせようと動かれていたことになるのだろう。
昨日サラマ聖女様にお話を促されていらっしゃったこともそうだけれど、先ほどハードリー様にとっての悪役となられることで、メリユ様ご自身の御口からは打ち明けられない内容を今こうして皆に気付かせたのだとしたら辻褄が合う。
すごい、さすがはメリユ様だわ。
それがハナン、ルジアにも分かったから、これほど驚いているのだろう。
「はあ、本当にオドウェイン帝国の動きを把握できていなければ、帝国のキャンベーク街道沿いの各領での工作活動にも気付けなかったことでございましょう。
オドウェイン帝国としては、王国侵攻前に、キャンベーク街道沿いの王国各領とセラム聖国の関係をある程度悪化させておいた方が都合がいいはずでございますから」
「そうでございますね、帝国による離間工作と見るべきでしょう。
実際、ハラウェイン伯爵令嬢はセラム聖国への不信感を募らせていらっしゃる訳でございますから、この状況でセラム聖国から本来有益な情報が齎されたとしても、信用ならない情報として無視される可能性も高まってくるかと」
ハナン、ルジアも真剣な面持ちで頷きながら、現状をしっかりと受け止めるのだ。
そして、それはわたしもそう。
「ええ、そうね」
それでなくとも、防備の薄いセラム聖国側から攻め込まれれば、簡単に敵国の侵入を許しかねない状況だというのに、キャンベーク街道沿いの王国各領とセラム聖国の離間工作までしてくるなんて……それだけ帝国は本気で王国を占領するつもりなのだわ。
「それにしましても、彼らにとっては偶然なのでございましょうが、メリユ様にとってのご不利な状況が我らに『気付き』を与えることになるとは。
そこまでお考えの上で、ハラウェイン伯爵令嬢がメリユ様の頬を叩かれたのを『受けるべきもの』とおっしゃっていらっしゃったのでございますね」
ハナンは感じ入るものがあったのか、少し赤い目でメリユ様を見詰めている。
そうね。
神に認められしメリユ様であっても、わたしたちにお告げになられるには、権限の問題で難しいことが多々あるのだもの。
けれど……たとえ、そうした手段を取らざるを得なかったのだとしても、メリユ様に悪役が押し付けられることが良い訳はないわ。
わたしは、とてもではないけれど納得できない。
だから、わたしは……。
「メリユ様、本当にお見事な采配でございました。
きっとメリユ様がこの状況を作り出さなければ、わたしたちは何も気付くことが叶わなかったことでございましょう。
ですが、ハードリー様がなさったこと、メリユ様に不当な非難を浴びせられたことは許すことができません。
友人として、きちんと謝罪させるようにいたしますので、今はどうぞハードリー様をお赦しくださいませ」
とメリユ様に告げるのだ。
ええ、もちろん、メリユ様がハードリー様を断罪されるようなことがないのも分かっている。
もし神が神罰をくだすべきとご判断されたとしても、メリユ様はハードリー様を庇われることだろう。
それでも、わたしは自分にとっての親友以上のご存在であるはずのハードリー様、そんなハードリー様だからこそ、けじめを付けていただきたく思うのだ。
「メグウィン第一王女殿下」
そして、メリユ様もそんなわたしの気持ちを汲み取ってくださったのだろう。
わたしの名前を優しく呼び、タダ黙って微笑みながら頷いてくださったのだった。
ハナン、ルジア、女護衛隊の面々で情報交換をし終えた頃、ハラウェイン伯爵領城の侍女が軽食の準備ができたと告げ、広間へとわたしたちを案内したのだった。
一度は訪れたことのあるハラウェイン伯爵領城。
わたしにとってはかけがえない大切な思い出なのだけれど、今の領城の雰囲気は、あのときの温かなものではなく、ピリピリと張り詰めたものが満ち満ちている。
それでも、きっとメリユ様が全てを解決されたときには、思い出通りのものが戻って来るに違いないとわたしは思うのだ。
「メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢様、専属護衛隊の皆様方、ようこそハラウェイン伯爵領にいらっしゃいました。
王都から全力で駆け付けてくださいましたこと、改めまして心より感謝申し上げます。
急な先触れでございましたため、十分なおもてなしもできず恐縮な限りでございますが、お食事を取っていただきたく存じます」
広間で迎えてくださったのは、すっかり鋭い目付きになられたハードリー様。
きっと、わたしがメリユ様に騙されたまま、まだ真実に目を覚ましていないとお考えなのだろう。
「ハードリー様、ミスラク王国第一王女として要請させていただきたい事項が一つございます。
お食事の前に少しよろしいでしょうか?」
「な、何でございましょう?」
「お食事のあと、キャンベーク川の流れを堰き止めている土砂崩れの現場へ我々をお連れいただきたく」
ハードリー様は左目がピクリと震えるのが見えた。
「どういうことなのでございましょう?」
「メリユ様より年上の聖女様が現場の視察をしたいとのことでございます」
「殿下、またそのようなことを!
我が領の望んでいた救援としましては、王都騎士団による避難民の誘導と専門家の派遣のみのはずでございますが!」
「ハードリー様」
ハードリー様のお気持ちは分かる。
今のハードリー様は一人でも多くの領民を安全なところに避難させたい、不自由のない避難生活を送らせたい。
そして、領の被害を最小限のものとしたい。
そういうものなのだろう。
だから、怪しげな聖女様を警護するのに人材を割き、現場の視察をするなんて無駄なことをしたくないということなのだ。
何せ、彼女は、一度偽者の『聖女見習い』に裏切られているのだから。
とはいえ、メリユ様に適確にご対処いただくには強制的にも現場に向かう必要がある訳で……。
「ハードリー様、これは第一王女としての要請です」
「で、殿下は、それを強制されるとおっしゃるので?」
「はい、そのように取っていただいて構いません」
わたしはハードリー様の目をしっかりと見詰めて、そう告げるのだ。
「我が領の、領民よりも、その聖女様を大事に思われていらっしゃるのですね、殿下!
はあ、かしこまりました!」
ハードリー様は投げやりなご様子でそうおっしゃると、憎しみの籠った眼差しでメリユ様を睨み付けられる。
わたしにとっては、自分の身を引き裂かれるような辛いな状況なのだけれど、今はタダ我慢するしかない。
そう、今はタダ(昨日と同じく)年上に変身されたメリユ様に事態をご解決いただく他に方法はないのだから。
「メリユ様、何卒よろしくお願いいたします」
わたしは小声でメリユ様に縋るようにお願いをするしかないのだった。
お待たせしてしまい申し訳ございません。
相変わらず、評価インフレ中の悪役令嬢メリユ、どんどんすごいことになってきておりますね!




