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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第67話 王女殿下、自身の至らなさに号泣する

(第一王女視点)

第一王女は、専属侍女から指摘を受け、自身の至らなさに気付き、号泣してしまいます。

 ハラウェイン伯爵領の衛兵たちと聖女専属護衛隊の近衛兵たちの衝突をかろうじて回避したわたしたちは、すっかり心を閉ざされたご様子のハードリー様に応接室に案内され、そこで一時休憩をすることとなった。

 応接室で先に寛いでいたのは、先触れを頼んでいたアリッサ。

 無事に先触れの仕事を終え、緊張感を失っていたらしい彼女は、わたしが入室にするのに慌てて立ち上がる。


「ひ、姫様!

 ご無事のご到着、何よりでございますっ!」


「アリッサも先触れ、お疲れ様でした。

 その様子だと特に問題はなかったようね」


「はっ。

 ハラウェイン伯爵閣下はご不在でいらっしゃいましたが、代理で伯爵令嬢のハードリー・プレフェレ・ハラウェイン様にお受け取りいただきました」


 家令ではなく、ハードリー様が直接お受け取りされたのね。

 それだけ伯爵様のご信頼を受けているということなのだろうけれど……まさか、わたしたちがハードリー様の信頼を得られなくなってしまうなんて。

 先ほどの光景を思い出しただけでも、心がジンジンと痛む。


「あの……聖、いえ、メリユ様の左頬は……どうかなさったのですか?」


 アリッサも左頬を赤く腫らしていらっしゃるメリユ様に気付き、声をかけるが、皆は説明に困ったかのように言葉を失ってしまう。

 そんな中、


「アリッサさん、ご心配には及びません。

 わたしの不注意によるものでございますから、お気になさらないでくださいませ」


 メリユ様は左頬を手で押さえることもなく、アリッサを安心させるように微笑まれるのだ。


「は、はあ」


「メリユ様、国王陛下からのご勅命、近衛騎士団長閣下からのご指示もございましたのに、護衛に隙が生じてしまい、お守りできませんでしたこと、深くお詫び申し上げます」


 女護衛隊の面々が応接室に入り切ったところで、ルジアが膝を突いてメリユ様に謝罪する。

 続いて、ハナン、メルカ、セメラ、エル、カーラたちも次々と膝を突き謝罪する。


 ルジア、メルカは騎乗で周辺警戒、近傍警護にはハナン、セメラ、エル、カーラが入っていたから、直接的には、ハナンたちの対応遅れということになるのだろうけれど、味方であるはずのハードリー様があのようなことをなさるとは想定するのも難しかった。

 わたしなんて身動ぎ一つできなかったのだから、叱責するつもりなんてないのだけれど、今後は身内から間者、裏切り者が出る可能性も考慮しておいた方が良いのだろう。


「いいえ、そのお詫びを受け取ることはできません。

 これはあくまでハードリー様とわたしの間の個人的なことであって、公務上はなかったこととしてくださいませ」


「メリユ様!」


 わたしはもう落ち着いていられず、メリユ様の傍に駆け寄ると、そっとその痛そうな左頬に触れるのだ。

 わたしの掌には、熱を帯び始めているメリユ様の柔肌の感触があり、それだけで悲しくなってしまう。


「どうして、そこまで……」


 元はと言えば、ハードリー様にメリユ様をご紹介したくて浮かれていたわたしが良くなかったというのに、傷付けられてもなお皆を守ろうとなさるメリユ様に涙が零れていってしまう。


「痛かったでございましょう?」


「いいえ、そんなことはございませんわ。

 今はタダ、ハードリー様のご懸念の源を断ってしまうことに注力いたしましょう」


 ああ、本当にメリユ様は、ご自身が傷付けられることにも、悪評をぶつけられることにすらも、無頓着でいらっしゃるのだわ。

 きっと、今まで(前代のビアド辺境伯様を除いて)誰にも褒められることなく、孤独な聖務に取り組まれてこられたから、貴族令嬢なら誰しも大なり小なり持っている承認欲求のようなものをお持ちになられていないのかもしれない。


 (昨夜も思ったけれど)そんなメリユ様だからこそ、誰かが、いえ、わたしたちが褒め、労わり、護らなければならないのだわ!


「ハナン、領城の侍女の方から冷水とタオルをいただいてきて、冷やして差し上げて」


「はい、承知いたしました」


 立ち上がり、『失礼いたします』と一礼してから退室するハナン。

 続いて、騎士兜を脇に抱えたまま顔をあげたルジアが、


「メリユ様、我々の不徳のいたすところでございますのに、ご容赦賜り、恐縮な限りでございます」


 と言葉を返す。


「いいえ、あの場では、わたしが受けるべきものでございましたので、何もお気になさらないでくださいませ」


「「「メリユ様」」」


 本当にメリユ様は……その在り方自体、奇跡のようなお方なのだわ。

 叱責の一つさえ受けることのなかった皆の驚きと感動が伝わってきて、わたしの頬を伝い落ちる涙の雫は増えるばかりだった。






「殿下、お拭きいたしますね」


 冷水で濡らしたタオルをメリユ様の左頬に宛がってから、ハナンは予備のタオルでわたしの涙を拭いていく。


「ありがとう、ハナン」


「いいえ。

 それよりも殿下、わたしから二、三苦言を呈させていただいてもよろしいでしょうか?」


「何かしら、ハナン?」


 顔を顰めるハナンに、わたしは身構える。


「どうしてハラウェイン伯爵令嬢にメリユ様のお立場をお告げになられたのですか?」


「それは……」


 わたしの大事なハードリー様には、メリユ様の真のお姿を知っておいていただきたかったから。


 いえ、けれど……待って。


「殿下も、ハラウェイン伯爵領にご到着された際、カーディア様から各騎士に注意されたお言葉をお聞きになられていたのではないのでしょうか?」


 カーディア様が、皆におっしゃっておられたこと。


 ここからはメリユ様=聖女猊下を王太子妃候補として護衛されるということ?

 そして、メリユ様をお呼びするときは呼び方に気を付けること?


 それって……まさか、わたし、聖女専属護衛隊の皆との擦り合わせがまた不充分だったということ!?

 ぃ、いいえ、それだけではないわ。

 あのときはわたしだって、カーディア様のご注意に納得して、理解していたはずじゃない?


「お分かりいただけたようでございますね。

 専属護衛隊の皆には、カブディ近衛騎士団長より王城外では他者に決してメリユ様の真のお立場を気付かれることがないようご指示があったのでございます」


 何てことなの。

 では、わたしはメリユ様の聖女猊下としてのお立場をうっかり吹聴してしまったも同然だったということ!?


「もちろん、殿下がご熟考の末、お伝えする方が良いと判断され、メリユ様のご許可をいただいた上でそうされるのであればよろしいかと存じます。

 しかし、今回はそうではございませんでしたでしょう?」


 うぅ、ハナンの言う通りだわ。

 わたしはあまりにも迂闊過ぎた。


「ハラウェイン伯爵領の衛兵の方々にも聞かれてしまったかしら?」


 わたしは足がふらつくのを感じながら、ハナンに尋ねる。


「ええ、しかもあんな騒ぎでございましたから……」


「わ、わたしは……」


 あまりの情けなさに涙が込み上げてくるのに耐えていると、


「ハナンさん、それくらいでよろしいかと」


 すぐ傍までメリユ様がいらっしゃっていた。


「メリユ様」


「ハラウェイン伯爵領の衛兵の方々の目には、わたしはきっと偽者の聖女と映ったことでしょう?

 そうであれば、わたしが狙われることもなく、他国に余計な情報が漏れ出ることもないでしょう」


 そ、それでは、メリユ様がハラウェイン伯爵領の方々から誤解されたままになってしまうのでは!?

 わたしと同じことを思ったのか、ハナンも驚きを隠せない様子だった。


「ぃ、いけません!

 今は秘匿されるべきことだとしても、メリユ様が謂れのない非難を浴び続けるようなことは到底容認できませんわ!」


「メグウィン第一王女殿下、そのお気持ちだけで十分でございますわ」


 わたしはいよいよ泣くのを止められなくなってくる。


「うぅ、メリユ様……わたし、ハラウェイン伯爵領のご聖務を終えられましたら、引責するようにいたします」


「あら、先ほどはわたしの支えになっていただけると、そう伺いましたけれど」


「ですが、わたしは自分がどれほど未熟か痛感してしまったのでございます。

 これ以上、メリユ様にご迷惑をおかけすることなんて耐えらないのでございますっ!」


「どうか泣かないでくださいませ。

 わたしがメグウィン様を迷惑だなんて思う訳がございませんわ」


 子供のようにわんわん泣くわたしをそっと抱き締めて、その耳元で、私的の場のみというお約束だった言葉遣いで優しく囁いてくださる、メリユ様。

 本当にごめんなさい、メリユ様!

 ダメな妹で、友人でごめんなさい、メリユ様!


「わたしはメグウィン様を離しませんから」


 そんなメリユ様のお言葉に、わたしの涙腺は完全に決壊してしまったのだった。

メグウィン殿下、どんなに大人びていらっしゃるとは言っても十一歳ですからね、これくらいは仕方のないことでしょう。

頑張れ、メグウィン殿下!

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