第65話 悪役令嬢、ついに悪役令嬢イベに遭遇する(!?)
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
ハラウェイン伯爵領城を訪れた悪役令嬢は、悪役令嬢断罪イベントらしきイベントに遭遇してしまいます(!?)
ハードリーちゃんの地元であるハラウェイン伯爵領に到着したわたしたちは、いよいよ森を抜けてキャンベーク街道に入ると、領城への移動を開始する。
HMDの有機ELパネルに映る視界には、六人乗り馬車の中で、メグウィン殿下、ハナンさん、セメラさん、エルさん、カーラさんが姿勢よくされながら、真剣に会話されている様子がリアルに描画されている。
普通にゲーミングチェアに座ったまま、HMDを被った頭を動かしているだけなのに、こうしていると本当に馬車に乗っているような錯覚に陥りそうなのが不思議だ。
視界と音だけでも、結構な没入感だと思う。
でも、ここまで来ると、“4DX”シアターみたいにゲーミングチェアごと揺れを加えて、馬車に乗っているリアリティすらも出したくなってくるわね。
大学の研究室に入ったら、そういうこともできるのかしらん?
研究室見学じゃ『新規性』がどうのこうのって話をされていたから、“4DX”シアターで実現されているようなものだけじゃダメなのかもしれない。
まだ、誰も実現していない要素を加えてこそ、研究になるんだわ。
「……」
それにしても、馬車の窓の向こうの景色がすごい。
ハラウェイン伯爵領のデータは、エターナルカームVRアルファ版のために新規作成したのかなー?
それとも、AI生成データの流用?
でも、エターナルカームの設定には忠実に従って構築されているみたい。
日本で言うと、山梨県の勝沼ぶどう郷みたいな傾斜地に広がるぶどう園。
ただ、勝沼で言うところの『甲府盆地』みたいな大きな平地はなくて、キャンベーク川に沿う少ない平地に村やワイナリーがぽつんぽつんとあるヨーロッパ風(『風』ここ重要!)の景色。
そして、遠くを見ると、アルプスっぽい雪を被った美しい連峰があって、何もなければゲーム世界内VRツアーができそうなほどの出来だわ。
「殿下、やはりハラウェイン伯爵領を脱出する領民はかなりいるようでございますね」
「そうね」
そう、今は何もない状況じゃない。
中世風でありながら、近代の要素も多少混じっているとはいえ、インターネットはもちろん、テレビもラジオも電信すらもない世界で、災害が起きれば、パニックを起こして逃げ出す人たちも多いことだろう。
キャンベーク街道は、領城のある方向から王都方向に逃げる馬車や人々はかなりいるものの、逆走するのはわたしたちだけみたいだ。
セラム聖国との通商路になってるおかげか、馬車のすれ違いがそれなりにできる街道幅であるため、移動が妨げられることはないけれど、専属護衛隊(?)はかなり間延びした隊列で徐行は強いられているようだから、“Translate”コマンドで一気に移動できたのはよかったのかもしれない。
「殿下、メリユ様、領城のあるハスカルが見えました」
御者席の窓を閉めていてもなお聞こえる野太いボウンさんの声に、わたしはゲーミングチェアから少し腰を浮かせて、御者席の窓を覗いてみる。
ボウンさんの後頭部や馬で少し見づらいが、ずっと向こうにオレンジ色……黄土色(?)っぽい屋根の白い建物がたくさん建つ街が峡谷の少し広がった辺りにあるようだ。
ハラウェイン伯爵領の『領都』とでも言うのかしらん?
いやー、でも、あのハードリーちゃんの生まれ故郷に(VRで)やって来れるとは、マジ神展開だよね!
エターナルカーム本編でも、ハラウェイン伯爵領に向かうシナリオはなかったから、初公開の景色だと思う。
たとえ、AI生成のものであっても、多分ベースシナリオのライターさんたちがゴーしているくらいだから、ほぼ公式okの世界観になっているはず。
んー、というかね、これが公開できないとか、世界にとって多大な損失だと思うのよ!
少なくともエターナルカーム信者は、大興奮ものでしょう、これ!?
何とかして、動画だけでもファンディスクなんかで付けられないものかしらねー。
わたしはそんなリアリティー高い、ハラウェイン伯爵領の景色に夢中になりながら、忍び寄る不穏な気配に気が付いていなかったのだった。
昨夜『土砂ダム』の危険性は完全に取り除いてはいたものの、その情報が伝わっていない領都ハスカルは、領軍(?)の兵士が取り残されている僅かな人々の避難を手助けをしているくらいで、ほとんど人の気配がなく、(昼間にも関わらず)その綺麗な街並みに似つかわしくないほどの静けさに包まれていた。
まあ、本当にあの『土砂ダム』が決壊してしまったなら、キャンベーク川沿いにあるこの街は土石流に飲み込まれ、大きな被害が見込まれるでしょうしね。
みんなが逃げ出してしまうのも無理はないと思う。
だからこそ、わたしは管理者権限で根本的な解決を図らなければならないのだけれど。
さて、どうしたものかしらね?
堰き止め続けることはできているから、本気で『ダム』のモデルを設置するというのもありかも?
タダ、『砂防ダム』として見たなら、もう土砂で埋まりかけている『ダム』な訳で、あまりいいとは言えないかもしれない。
……となると、堰き止めている部分の土砂や木々ごと、消してしまうか?
まだこのゲーム内では試していないけれど、クリッピング機能はあったはず。
少なくとも生成したプリミティブ内のデータをクリップ、切り抜きはできるはず。
問題は、泥水を再現している“vrSPH”のクラスで生成されている液体データをクリップできるかどうなのか?
多分、土砂と木々なんかのデータは確実にクリップできると思うんだけれど、下手すると溜まった水だけ残ったりするかも?
んー、まあ、今のところプリミティブのシリンダーバリアで液体を食い止められているみたいだから、そっちと併用すれば安全は確保できるかしらん?
「メリユ様、ご熟考中のところ大変申し訳ございませんが、領城に到着いたしました」
メグウィン殿下のお言葉にハッとすると、いつの間にか馬車は(王城に比べればかなり小さいながらも)低い城壁に囲まれた領城に到着していたようだった。
ハナンさんが先に馬車を下りられ、ボウンさんと下車のエスコートの準備をされているようだ。
そして、その扉の向こうには、出迎えの……えっ、ハードリーちゃん!?
そう、ハラウェイン伯爵様らしき偉そうな男の人はいなかったけれど、衛兵に警護されて立っている(今のメグウィン殿下やわたしと同い年くらいの)少女がそこに立っていたのだ。
「ハードリー様!」
ライトブラウンの髪を三つ編みシニヨンにした特徴的な髪型。
少し目尻の垂れた大きな瞳に似つかわしいかわいらしい顔立ち。
ハラウェイン伯爵領の領民に慕われたあのハードリーちゃんがそこにいたんだ!!
メグウィン殿下を迎えるために着替えたらしいドレスは、わたし=メリユと同じモスグリーン(ハードリーちゃんの方がもう少し明るい?)のもので、襟周りのレースや、裾周りのダブルレースのおかげで、メリユよりも年相応のおしゃれさがある。
状況が状況だけに、表情は沈んだものではあったけれど、いえ、そんな感情までもはっきりと表れた十一歳3D版ハードリーちゃんとか……マジ神過ぎん!?
滅茶苦茶3D再現度高い!
ああああ、動画キャプチャーしてぇぇぇ。
「メグウィン殿下!?」
わたしが内心悶絶している間にも、メグウィン殿下は馬車を下りられ、ハードリーちゃんと手を握り合われ、
「お待たせしてしまいごめんなさい、ハードリー様」
「いいえ、まさか殿下御自ら救援にいらっしゃられるなんて……本当に深く感謝申し上げます!
ここまで早く救援がご到着されるとは思ってもみず……このお時間に到着されたということは夜通しのご移動だったのでは?」
ハードリーちゃんは、危険を顧みず救援に駆け付けたメグウィン殿下に感激しつつ、心配もしているようだ。
「いいえ、昨夜特別なご対処をいただいたおかげで、安心して今朝方出発したところですので、ご安心くださいませ」
「特別なご対処……とは、どういうことでしょうか?
もしかして、王都にいらっしゃる土木関係のご専門家などお連れいただいたのでしょうか?」
ハードリーちゃんは、何か期待するような笑みを浮かべて、メグウィン殿下に身を寄せる。
そんな二人を眺めながら、ハナンさんの手も借りつつ、わたしは馬車を下りる。
「いいえ、そういう訳ではございませんが、ハードリー様にご紹介したいお方がいらっしゃるのですわ」
「ご紹介?」
ハードリーちゃんが少し怪訝な表情を浮かべながら、馬車を下りたばかりのわたしを見詰めてくる。
この場にいる、近衛騎士でも衛兵でも侍女でもない、わたし=メリユ。
その存在が気になったのだろう。
「ええ、こちらが、キャンベーク川の土砂崩れで発生した『土砂ダム』をご解決いただける、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下ですわ」
「サンクタ……聖女猊下?」
メグウィン殿下のその言葉を聞いた途端、ハードリーちゃんの瞳から光が失われる。
え……いや、ちょっと待って、何!?
滅茶苦茶不穏なんですけど!?
「メリユ様、ご紹介が前後してしまい申し訳ございません。
こちらがわたしの親友以上のご存在でいらっしゃる、ハードリー・プレフェ
レ・ハラウェイン様ですわ」
いやいやいや、メグウィン殿下、前見て前!
ハードリーちゃんの様子がどんどんおかしくなっちゃってるから!
「そう……ですか。
では、貴女様が『聖女見習い』を名乗られたあのお方からご紹介いただくことになっていた聖女様でいらっしゃると……ぅ、くっ、巫山戯ないでくださいませ!」
「ハ、ハードリー様?」
悲しみと怒りを爆発させるように大きな声を張り上げられるハードリーちゃんに、メグウィン殿下が驚いたように振り返られる。
いや、わたしも訳分かんなくて、吃驚仰天って感じなんだけれどね!
これって一体何が起きたって言うのよ!?
「ビアド辺境伯令嬢様、貴女様のご評判は度々伺っておりますわ。
まさか、あんな方々と結託して、こんなことをなさる方だったとは!」
う、もう何か肉親の仇ってか、憎むべき相手って感じに睨み付けられてるよね、わたし?
「殿下っ、騙されてはなりません、ビアド辺境伯令嬢様はセラム聖国の一部勢力と通じている間者に違いありません」
「ハードリー様、な、何をおっしゃって!?」
まるで、わたし=メリユからメグウィン殿下を護るように前に立って、警戒心を露わにしているハードリーちゃん。
うわー、正直マジショックなんですけど!
でも……悪役令嬢メリユとしては、本来起こり得るはずのイベになるのかしらん?
「もしかしましたら、貴女様もあの方々に利用されただけなのかもしれません。
ですが、貴女様自身、ご自分が聖女様に相応しいと思っていらっしゃるんですか!?」
「ハードリー様!?」
メグウィン殿下は顔を青褪めさせていらっしゃって、ハナンさんやセメラさんたちもハードリーちゃんに困惑した様子でわたしたちの周りを囲っている。
「あの方々は……セラム聖国の聖女様がご帰国される際、ハスカルにご滞在される栄誉を得られるようお手配するからと高額な献金を要求し、母は……行きは素通りされるだけでしたので、それならばとその献金を支払ってしまったのです」
おおう……そんなことが!?
「そんな中、キャンベーク川で大きな土砂崩れが起きてしまって……聖女様ならば、ご神託を受けられるのではないか、何かしらの奇跡を起こしていただけるのではないかと、聖女見習いを名乗る、あの方にご覧いただいたのですけれど……母が追加の献金をお支払してすぐお姿を隠してしまわれて……わたしは、あの方々は騙されていたのに気付いたのですわ!」
ははあ……そして、その後にのこのこと聖女を名乗るわたし=メリユがやってきたと。
メリユがその連中に利用されているのだとしても、ハードリーちゃんたちからすれば、馬鹿にされたような気分になるだろうね、そりゃ。
うーん、シナリオライターさん、マジよくやりよるわ。
ここまでろくに『悪役令嬢イベ』がなかっただけに、ようやく『きちゃー』って感じのイベよね。
「聖女様であられるビアド辺境伯令嬢様。
貴女様は、この状況で、あの土砂崩れの現場を、キャンベーク川で起ころうとしている災害を何とかできるとおっしゃるおつもりですか?」
くぅっ、ある意味、これ、ホントに断罪イベっぽいじゃないのよ。
「ハードリー様」
「そんなことできないのでしょう?
そんな奇跡なんて起こる訳がないのです!
ビアド辺境伯令嬢様も、何かおっしゃったらどうなのです!?」
感情が高ぶり過ぎた様子のハードリーちゃんが涙を零す様子に、わたしはドキドキしながらも、言葉詰まってしまう。
「わたしは……たとえ、貴女様があの方々に、あの見習い聖女様に利用されただけなのだとしても、同じ王国の貴族令嬢として許すことができないのです。
辺境伯令嬢でいらっしゃる貴女様がわたしより目上なのも存じておりますが、これくらいのことをされるような悪事を働いたとご自覚くださいませ」
ハードリーちゃんがメグウィン殿下と重ねていたその手を離して、わたしに近付いてくると、右手を振り上げていく。
そして、思い切り『平手打ち』をわたし=メリユの左頬に打ち据えるのだ。
HMDの視界が思い切り揺れ、別方向を向いてしまう。
HMDに何か起きた訳ではないけれど、思わず条件反射でわたし自身も右の方を向いてしまっていた。
ようやく悪役令嬢らしいイベントが発生しましたね!
ハードリーちゃんとの仲は初見から最悪なものとなってしまいました!?




