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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第62話 王女殿下、自身の失策に気落ちする

(第一王女視点)

第一王女は、先触れを送って戻ってきた悪役令嬢に、自身の失策によって大きな負担がかかることを知り、気落ちしてしまいます。

「はあ」


 お兄様のご様子が明らかにおかしい。

 普段であれば、全く惹かれもしないだろう貴族令嬢にすら心にもないお褒めの言葉をかけられるクセに、よりにもよってご婚約のお相手であるメリユ様になさるのを失念されるだなんて。

 せっかくわたしが視線で知らせたというのに、それにだってお気付きになられたご様子がなかった。

 まあ、初めてお兄様が惹かれた女性なのだもの、多少余裕がなくなることはあるのかもしれないけれど、ここまで素敵な若草色のドレスを纏われたメリユ様に下手なお言葉であっても一言くらいお褒めになられても良いじゃない?


 唯一の救いは、メリユ様がそうしたことに拘られないお方であるということと、お兄様自身は今日のメリユ様のお姿にもかなり心乱されていたようであることかしら?


 普通の貴族令嬢であれば、お褒めのお言葉をいただけなかったことにがっかりしたり、立腹したりすることだろう。

 本当に、今も真剣に聖務に向き合われているメリユ様には、尊敬の念しかないわ。


「……この人数を移動させるということですか?」


 いけない!


 アリッサを送ってからすぐに練兵場に戻ってこられたメリユ様は、今カーディア様とご相談されていらっしゃる真っ最中なのだったわ。

 メリユ様の補佐役を自ら買って出たのだから、こんなときに意識を逸らしていいはずがないだろう。

 しっかりしないと!


「小隊全員の転移となりますと、厳しいのでございましょうか?」


 小隊。

 そうね、昨夜わたしが聖女専属護衛隊に入ることになったことで、メリユ様とわたしを確実に護衛できるよう、近衛騎士団第一中隊から小隊規模の護衛隊を編成し、ハラウェイン伯爵領での護衛にあたることになっていたはず。

 それで、カブディ近衛騎士団長が五十人ほど選抜されるということになっていたはずだけれど……全員の転移?


「っ!!?」


 そんな……わたし、メリユ様との擦り合わせを完全に失念してしまっていたのだわ!


 メリユ様から昨夜からハラウェイン伯爵領まで瞬間移動で向かうというご提案をいただいて、先触れのお話まではしていたのだけれど、メリユ様とわたしを護衛する聖女専属護衛隊の瞬間移動に問題がないかどうかの擦り合わせをしていなかった。

 メリユ様は普段、ご自身お一人で聖務をこなされてこられたのだもの、護衛の瞬間移動なんて考慮に入れられないのは当然のこと……だからこそ、本来はわたしが補佐役として護衛隊の規模やその移動についてもメリユ様にお話すべきところだったのだわ。


 何てこと、メリユ様とのお泊り会にうかれてしまって、これほど重要なお話をお伝えし損なってしまうなんて、完全にわたしの落ち度だわ!


「メ、メリユ様、誠に申し訳ございませんっ!!

 昨夜、メリユ様とわたしの護衛を必ず連れて行くよう、お父様、お母様からご指示いただいていたことをお伝えするのを失念しておりました!

 メリユ様のご負担が、大きく増えるのが分かっていながら、わ、わたしは、今まで考えが及ばず、本当に申し訳ございませんっ!」


 嫌だ、もう、これじゃお兄様のことをどうこう言えないじゃないの、わたし。


 昨夜メリユ様、神のご試験を乗り切っただなんて浮かれて、お泊りいただいたメリユ様とのお話に盛り上がって、一番大事なことを忘れてしまうなんて、補佐役失格だわ!


「メグウィン第一王女殿下、どうぞお顔をお上げくださいませ。

 予定に間に合うよう、調整いたしますから、ご心配には及びません」


 涙が滲み始めた眼で、メリユ様を見上げると、メリユ様はわたしを安心させるように微笑んでくださる。


 けれど、そのお言葉の意味は、メリユ様がご無理をなさるということ。


 本来、わたしは、メリユ様に大きなご負担がかからないよう調整する側のはずなのに、逆に余計なご負担を増やしてしまうことになるだなんて、やはり、わたしはまだ未熟過ぎたのかしら?


「大丈夫でございますよ。

 メグウィン第一王女殿下は、わたしの支えでございますから」


「メリユ様っ!」


 自信を失いそうになっていたわたしの手を、メリユ様はギュッと握ってくださる。

 昨夜親友以上のご存在だっておっしゃってくださったメリユ様。

 本当にわたしはメリユ様の支えになれるのだろうか?

 タダのお荷物にしかならないのであれば……わたしは。


「全ては初めてのことですから、ご一緒に悩んで乗り越えていければ幸いでございますわ」


 まるで、わたしの心の内なんて分かっているとばかりのお優しいお言葉に、わたしはついに涙を零してしまう。


「さあ、殿下、涙をお拭きしましょう」


 すぐに寄ってきたハナンが、頬を伝っていく涙をすっと拭き取ってくれる。


「ありがとう存じます、ハナンさん。

 メグウィン第一王女殿下、わたしはすぐに護衛の皆様の移動方法を考えますので、どうぞ馬車の方でハラウェイン伯爵領でのご公務のご準備を進めていただければと存じます」


「は、はい」


 昨日メリユ様と掌を合わせて、そこに聖なる光を灯して誓ったときのことを思い出して、わたしは胸の中に温かいものが広がってくるのを感じてしまう。

 どうして、メリユ様はわたしが欲しいと思っているものを、適確にお分かりになられるのかしら?

 何だか、もう、わたしは、メリユ様がお傍にいらっしゃらなかったら、生きていけなくなりそうなのだわ。


「殿下、メリユ様は本当に殿下を必要とされていらっしゃるのでございます」


「わ、分かっているわ」


 ハナンのおせっかいな一言に、わたしは頬がまた焚火に当てられたかのように火照ってくるのを感じてしまうのだった。






 馬車の中でわたしは、お父様にご準備いただいた書簡の内容を再確認し、ハラウェイン伯爵様との会談での手順を頭の中で組み立てていく。


 セラム聖国中央教会から(サラマ聖女様には聖女認定いただいているけれど)正式に聖女認定されることになっているメリユ様をご紹介し、今日明日中に『土砂ダム』を何とかする方針であること、既に『土砂ダム』決壊の危機は去り、これ以上の避難は無用であることを説明する。

 そして、それが片付き次第、ゴーテ辺境伯領にオドウェイン帝国の先遣が向かう可能性が高いことを説明し、王都騎士団や近隣領軍のハラウェイン伯爵領通過のご許可をいただく。


 まあ、オドウェイン帝国の侵攻については、さすがのハラウェイン伯爵様もご困惑されるだろう。

 できることなら、サラマ聖女様が率いられる聖騎士団も伴って、ご説明に当たりたいところだったのだけれど。


「殿下」


「ハナン?」


「メリユ様のご移動の方策が決まったとのことでご報告にまいりました。

 騎乗の騎士二名を同時にお送りになられるとのことで、移動後に馬が暴れた場合に備えて、メリユ様の両側にはエルとカーラが護衛に入るとのことでございます」


 馬が暴れた場合に備えて……それは大丈夫なのかしら?

 馬車内の護衛を除いても、二十回近くはご移動のご命令を繰り返さなければならないはず。

 わたしは心配で胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚える。


「ハナン、ちょっと窓の向こうを見せて頂戴」


「はっ」


 馬車の窓からは、騎乗の騎士二名の間に立って必死に腕を伸ばされて騎士と手を繋ぎ(まるで非常識な体勢で連行されようとしているかのような)ご移動のご命令の準備に入られているメリユ様が見える。

 そんなメリユ様を挟むかのようにフルアーマーの女騎士二名、エルとカーラがいて、メリユ様のお身体にしがみつくような姿勢で、馬を警戒しているようだ。


「うぅ……他国の密偵にこの光景を見られれば、酷い誤解を招きそうね」


 本当に男性近衛騎士二名が騎乗のまま貴族令嬢を連行しようとしていて、それを女騎士二名がそれを防ごうとしているかのよう。


 いえ、そんなことを考えている場合ではないわ。

 メリユ様に危険が及びかねない移動となってしまったことは、全てわたしに非があること。

 メリユ様には、この後でどれほどのお詫びをすればよいのかとを考えると、泣きたくなってしまう。


 バリアがもう少し融通効くものであれば、暴れ馬からメリユ様の御身を確実に護れるのだろうけれど、きっとそれは難しいのだろう。


「メリユ様が触れられていなければ、ご移動のご命令も使えないのだものね」


「そうでございますね」


 ハナンとそんな会話を交わしている間にも、メリユ様はご移動のご命令を唱えられる。


 メリユ様!


 わたしが胸の内でメリユ様の名前を呼んだ途端(馬車のガラス窓越しにも)バシュッ!という大きい音が響き、大きな砂埃が舞い上がると同時にメリユ様と四名の騎士、二頭の馬の姿が掻き消えてしまう。


 そして、ざわめく聖女専属護衛隊の面々。


 近衛騎士達にとっては、奇跡のような体験ができることに喜んでいる者も多いのかもしれない。

 けれど、馬が暴れた場合には、メリユ様が大怪我をされるかもしれないのだもの、もう少し、メリユ様のことを気遣って欲しいと思う。


「本当にこれでよかったのかしら?」


 いくらメリユ様ご自身が方策を決定されているとはいえ、万が一の場合には、お父様やお母様、アワレ宰相様に上申しなかったことの責任をわたしが取ることになるのだろう。

 メリユ様の補佐役。

 わたしが望んで就いた立場とはいえ、王族として公務の責任を担うその重さをようやくわたしは噛み締めていた。


「国王陛下には、影から報告が上がっているかと」


 そうね。

 メリユ様が方策を決定された時点で、影が報告に向かったことだけは確か。

 お父様、お母様は、わたしが補佐役として不適任とお考えになられるのかしら?


 わたしは、年上のお兄様が担い始めているものの重さをようやく実感しながら、メリユ様のご無事を必死に祈念するのだった。

少しきな臭くなってきましたね。

やはり、順風満帆とはいかないようです。

メグウィン殿下としては、さっとハラウェイン伯爵領に向かい、公務をこなしてお仕事が終われば、ハードリーちゃんを紹介して楽しい時間を過ごしたいところだったのでしょうが、そううまくはいきませんよね。

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