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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第54話 王女殿下、悪役令嬢と星空デートをする(!?)

(第一王女視点)

悪役令嬢の聖なる力で、目的地にまで一瞬で転移した第一王女は、短時間の星空デート(!?)を堪能します。

[ブックマーク、ご評価いただきました皆様方、心よりお礼申し上げます]

 扉を静かに閉め、わたしは、わたしと同じく姿を消されているメリユ様の元へと近寄っていく。

 神への手続き内容を何度もご確認されているようで、神聖文字の羅列が細かく上下しているのが見える。


「x軸方向移動量がマイナス一八二○○メートル、y軸方向移動量が二三五○○メートル、z軸方向移動量が五○○メートル、よし……」


 メリユ様が読み上げられている数字が何を意味しているのかはよく分からない。

 けれど、おそらくは移動のご命令で転移される場所を示しているのではないかしら?

 そう、これからわたしたちは、ハラウェイン伯爵領まで一瞬で移動するのだわ。


 それだけですら、歴史書に残りそうな奇跡に、わたしの心臓が激しく飛び跳ねる。

 聖人、聖女の方々以外で、移動のご命令で瞬間移動果たされた例はどのくらいあるのだろう?


 王国ではっきりと記録が残る聖人様は、イスクダー様のみ。


 だから……イスクダー様の後では、ビアド辺境伯家の聖人様の血、聖なるお力を引き継がれた方々が(他人に知られることなく)細々と使われたきただけなのに違いない。

 何しろ、メリユ様によると、今このとき、この世の理に干渉できる管理者権限を有している聖人、聖女様は、メリユ様お一人のみということなのだもの。

 もしかしたら、イスクダー様は、王国建国時に幾人かの王国の重鎮を移動のご命令で運んだことがあるのかもしれないけれど、きっとこの二百年ほどは聖人、聖女様以外で瞬間移動を体験された方はいらっしゃらないことだろう。


 つまり、わたしは本当に特別な体験をさせていただくことになるのだわ。


「メ、メリユ様、ハナンに聖務で一時離れる旨、伝えてきましたわ」


 声が少し震えてしまったことくらいは許しい欲しい。

 聖人、聖女様でもなく、たまたまメリユ様と同い年で、王家の人間、王族として、神命の代行者たる聖女様の存在を訴えるのに、裏通路から監視に当たっていたわたしが適任だっただけだろうに、まさかこんな体験ができるなんて。

 そして、堰き止め湖の土砂をバリアで食い止められるなんていう王国史に残る奇跡まで執り行われるところに立ち会えるというのだから、本当にどうにかなってしまいそう。


「承知いたしました。

 それでは、ワイングラスを一つ手にしていただけますでしょうか?」


「メリユ様」


「失礼いたしました。

 メグウィン様、わたしの代わりにワイングラスを一つ運んでくださいませ」


 こんなときですら、少し油断すると、以前の言葉遣いになってしまうわたしたちに思わずクスリと笑ってしまう。


「本当に一つでいいのでしょうか?」


「ええ、今回は簡易的にバリアを張るだけですので、バリアの中心点と、外周部一点を取得して半径を求めることで、シリンダーを展開します」


「シリンダーですか?」


 おっしゃっておられることが難し過ぎてよく分からない。

 ただ、これまでとは形の異なるバリアを張られるということで間違いないだろう。


「簡易的と言いましても、わたしが消去するまでは決して破れることのないバリアです。

 ハラウェイン伯爵領の安全は保障します」


「はい、メリユ様を信頼しておりますわ」


 お声だけで、メリユ様が微笑まられているのが想像できて、わたしはまた胸が苦しくなってくるのを感じてしまう。

 うれし泣き。

 本当に今日は何度メリユ様に泣かされてきたのか、本当に分からない。


「ふぅ」


 何せよ、このように栄誉をいただいたのだもの。

 それに見合う働きをしなければ、ハナンに、お父様に、お母様、お兄様にまた怒られてしまうわ。

 わたしは、ティーテーブルに近付き、先ほどハナンたちが用意してくれた銀製のワイングラスに手を伸ばす。

 自分の手が見えていなくとも、位置関係に迷いはないけれど、万が一にでも倒してしまったら、一大事。

 わたしは慎重に指先でワイングラスに触れるのを確かめてから、しっかりとステムを掴んで持ち上げる。


「メリユ様、これでいいでしょうか?」


「はい、今から空いている左手を握りますので、驚かれないでくださいませ」


 すぅ、はあ、すぅ、はあ。

 いけない、少し過呼吸になりかけているみたい。

 初めて賓客の監視の任務について裏通路に潜り込んだときのことを思い出してしまう。

 まさか、今更こんなに緊張してしまうなんて。


「大丈夫です。

 ほら、左手をお開きくださいませ」


 肩が軽く上下し始めるのを感じながら、わたしは硬くなりかけた左手の指を何とか広げると、メリユ様の温かで柔らかなお手、お指がわたしの手、指と重なってくるのを感じる。

 すごい!

 わたしだって、気配で、メリユ様がお傍まで来られているのには気付いていても、こんなに正確に(見えないメリユ様の)お手を捉えることはできないと思う。


 聖なるお力を用いられていらっしゃらなくても、こんなにすごくていらっしゃるメリユ様のご存在に、またわたしの心は熱くなってきて……そして、始まりかけていた過呼吸はいつの間にか収まってきていた。


「今からハラウェイン領に飛びますが、念のため、一旦上空に移動する予定です。

 高度はかなりありますが、絶対に安全ですので、手を離さないでくださいませ」


「は、はいっ」


 ああ、どうせなら、お姉様のお姿のメリユ様とお手を繋いで瞬間移動してみたかった。


 そんな馬鹿なことも考えながら、わたしは自分でも驚きを隠せないほど、メリユ様に安心感を覚えていることに破顔してしまう。

 きっとこの先も、神ですらデビュタント済の女性として扱うべきとあのお姿を賜られたように、年上にしか思えないメリユ様をお姉様として慕い、親友以上の存在として傍に寄り添うことになっていくのだろう。

 いえ、そうなって欲しいとわたしは心の底からそう思った。


「では、行きますね。

 “Activate flying mode of Meliyu”

 “VerticalMove 1.0”」


 これは、飛翔のご命令?

 (ゴクリ)


「三、二、一」


 メリユ様が三つ数えられると、メリユ様のお手に引っ張られているという訳でもないのに、わたしの身体がふわっと浮き上がるのを感じた!!

 今、わたしの靴底は、床を離れてしまっているのだわ!!


 メリユ様のお手が優しくわたしの手を包んでくださっているおかげで、恐怖感はまるでなく、まさに心が躍り出すのを感じてしまう。

 人が宙を舞い、飛ぶという奇跡。

 その奇跡をわたしにも分け与えくださっているのだもの!


「メ、メリユ様っ」


「メグウィン様、お目を閉じていてくださいませ。

 “Translate 18200.0 23500.0 500.0”

 はい、三、二、一」


 移動のご命令!!

 ついに、わたしもあのティーカップと同じように、ここから消え失せ、馬で一日もかかるハラウェイン領まで一瞬で移動するなんて、お伽話の中の主人公のような体験をするのだわ!


 メリユ様がご指示通り、必死に目を瞑っていると、


 シュバッ


 という激しい空気の渦に吸い込まれるような感覚の直後、まるで小さな穴からその(一緒に吸い込まれた)激しい噴流と一緒に飛び出してしまったかのように、速い空気の流れが全身を包み込み、わたしは手に汗が滲んでくるのを感じながら、ワイングラスだけは絶対に手放すまいと思いながら、メリユ様と繋がる左手に力を込めてしまった。


「っ」


 そして、一瞬にして訪れた静寂の後、わたしの身体を撫で始めたのは、ひんやりとした夜気。

 窓から外のテラスに出たときのような感覚に、わたしは驚き、思わず目を見開いてしまう。


 そこにあるのは、満点の星空と、真っ黒な山の稜線。

 王都のような灯りはまるでなく、漆黒の闇に包まれた森がそこに足元に広がっていたのだ。


「こ、ここは……」


「ハラウェイン伯爵領です。

 無事に到着いたしました」


「では、この足元に……」


 わたしは足をパタパタさせて、今も宙を、それもかなりの高い空の上を飛んでいる自分自身を意識する。

 すごい、足裏に少し嫌な汗が滲んできてはしまうけれど、それでも、胸に溢れ返る感動の方がずっとそれを上回っている。


「ええ、キャンベーク街道があります。

 まだ、メグウィン様は目が馴染んでいらっしゃらないかもしれませんが、あちらにバリアを張るべき堰き止め湖があります」


 目が馴染む?

 ああ、そうね。

 完全な満月とまではいかないけれど、明日がその満月。

 月にたまたまかかっていた邪魔な雲が通り過ぎると、漆黒の闇と思われていた森の木々も見え始め……そして、少し離れた向こうに、土砂崩れの現場も見えていた。


 剥き出しになった岩盤。

 その斜面にあった木々もろとも山の土の塊がキャンベーク川に崩れ落ち、見事なほどに堰き止めている。


「ふーん、表層崩壊というより深層崩壊といった感じか」


 聖女様としての素のお姿にお見せになられるメリユ様には、何が起きたのか、一目でお分かりになられたよう。

 深層崩壊という言葉の意味がどういうものかは分からないけれど、かなり深刻なものであるようだ。


「メグウィン様、バリアを張るために下降します。

 安全に下りますので、そう緊張なさらないでくださいませ」


「っ!?」


 わたしはハッとして、ワイングラスを握り締める右手を見る。

 ワイングラスは傾いておらず、ワインも特に零れてはいない様子で、思わずホッとしてしまう。


「大丈夫でしょうか?」


「は、はい」


 はあ、こんな大事なお役目を言い付かっているというのに、空を飛んでいることに舞い上がってしまうなんて、本当にダメだわ、わたし。

 自己嫌悪に陥ってしまいそう。


「メグウィン様、初めてのときは誰でもそんなものです」


「っ!」


 そんなわたしの心を見透かされたようなメリユ様のお言葉にわたしはハッとする。

 そう、メリユ様も……初めて空を飛ばれたときは、そうだったということなのだろう。

 メリユ様ほどの聖女様でも、最初はわたしのように浮かれていらっしゃったということなのだろうか。


「お心遣い、ありがとう存じます。」


「いいえ、本当のことですから」


 そう、なのね。

 メリユ様の悪戯っ子な笑みがそこに見えたような気になりながら、わたしは再び急に生じてしまった緊張感を押し込めていく。


「では、行きますね。

 “VerticalMove -100.0”」


 一瞬落ちるようなふわっとした感覚はあったけれど、平気。

 だって、メリユ様がご一緒なのだから。

 でも、メリユ様も、初めて空を下りられたときは、少しばかり怖ったのだろうか?

 それとも、前代のビアド辺境伯様を……信頼されていて、今のわたしのような安心感に包まれながら、下りていかれたのだろうか?


 わたしは、ちらりとメリユ様のいらっしゃるの方を見る。


 夜風にキラキラと細かく舞い散っていく聖なる光の粒々。

 昼間のお日様ほどではなくとも、夜空に煌々と輝くお月様に、瞬くたくさんの星々……それもこの世のものとは思えないほどに美しいけれど、神の聖なるお力を手にされ、こうしてその片鱗を世界に散らされているメリユ様の輝きの方が何よりもずっとお綺麗な気がして、わたしは心の中が沸騰しそうになるのを感じてしまうのだった。

最近どうも酷いサブタイトルが多いような気が、、、

とはいえ、メグウィン殿下も実際ご堪能されていらっしゃるようで何よりです!

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