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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第46話 北の辺境伯閣下、悪役令嬢の真の姿を知る

(北の辺境伯閣下視点)

北の辺境伯閣下は、晩餐会の広間で、悪役令嬢の真の姿と向き合うことになります。

 カーレ第一王子殿下と愚娘メリユの(実質)婚約祝いだという晩餐会までに、近衛騎士団長、王都騎士団長との協議を行い、西の辺境伯領への先遣は近衛騎士団から騎士を出し、カーレ第一王子殿下とメグウィン第一王女殿下、メリユの護衛も兼ねることとなった。

 いやはや、メリユが王族同然の護衛対象となるとは、未だに信じ難いことだ。

 陛下によると、メリユこそが国防の要であり、襲撃等から確実に守り通さなければならないというのに加え、セラム聖国中央教会から聖女認定を受けたことで、他人の王族と同様の待遇となるセラム聖国聖女と同じ扱いにしなければまずいというのもあるらしい。

 あの我儘娘が……いや、今までのあれが演技だというのなら、今は素の聖女たる娘を見られるというのか?

 まさか、父上がメリユをそのように育て上げられていたとは……男親として、ただ甘やかし過ぎたかなどと上っ面で娘を見ていたことが恥ずかしい。


「しかし、陛下、メグウィン第一王女殿下まで派遣されるとは、よろしいのですか?」


「はあ、あのティティラが認めたというのだから、追認するより他にあるまいよ。

 何より同い年のメリユ嬢を送り込むのであるし、メグウィンにもよい経験になろうて」


「はあ、そうでございますか」


 陛下と共に晩餐会へ赴く途中、そんなお話を交わさせていただきながら、わたしは考える。

 昨日の御前会議では、あれほど漂わせられていた重苦しい空気を今やまるで纏われていないご様子であられる陛下。

 いや、『驚かされ疲れた』と陛下ご自身がおっしゃっておられたように、お疲れであるようなのは感じるものの、ミスラク王国存亡の危機がほぼ消え去ったかのように振る舞われているのに、今も驚きを隠せない。

 陛下に、そう確信させてしまうほどのメリユの力とは、一体?


 わたしには、あの鏡の柱がメリユによるものと言われても未だピンと来ないのだ。


 ……いや、待て晩餐会の広間周辺で護衛に付いているらしき、近衛騎士の人数が昨夜に比べ、異常に多くないか?

 それだけではない。

 彼らの気配を読んでも、明らかに普段以上に気合が入っているのが分かる。

 まだ、帝国侵攻についての通達を受けているのは、上級騎士のみに限られておるはずなのに、これほどまでに近衛騎士の気配が変わるものなのだろうか?


「陛下、彼らは?」


「ふむ、ワルデルはやはり分かるか?

 彼らは、メリユ嬢に天界にまで招かれた近衛騎士団第一中隊の者たちよ。

 聖女の聖女たるお姿を直に目の当たりにしたのだ、当然、メリユ嬢を守らなければならぬという気概にかられておるのであろうな」


「ま、まさか、そんな……。

 陛下、王族の警護が最優先でありましょう?」


 そう、近衛騎士である以上、王族の警護こそが最優先ではないのか?

 いくらメリユが他国の王族と同然の待遇が必要となっているのだとしても、そこまであの我儘娘を守りたいと思うものであろうか?


「「デハル・レガー・ミスラク国王陛下、ワルデル・マルグラフォ・ビアド辺境伯閣下、ご入来!!」」


 冷や汗を噴き出てくるのを感じつつ、とうとう晩餐会の広間の扉前まで来てしまったわたしは、扉が開かれていくのを眺めながら、あの愚娘メリユがどんな顔をしてそこにいるのかはハラハラしてきてしまうのだ。


 まだ、わたしは父上に教育され、真の姿を隠し続けてきたというメリユの本当の姿を知らぬ。


 ただ、昨日王城に赴く際、『お父様、わたし、カーレ殿下とお会いできるまで絶対に帰りませんから!』『ああ、カーレ殿下、初めてお会いして一年、今はどんなに素敵なお姿になられていることでしょう!』と相変わらずの我儘娘っぷりにややうんざりしていたことしか思い出せぬのだ!

 あの愚娘が、本当に聖女になったなど、白昼夢でも見せられているのではないかと思ってしまう。


 いや、あの愚娘のことだ、強引カーレ第一王子殿下に迫り、婚約を迫ったのではないか……そんな想像が脳裏に浮かび、わたしは思わず目を瞑ってしまう。


「ぉ、おお………あれが、あのメリユ嬢、なのか!?」


 そんなわたしのすぐ傍で、陛下が感嘆の声を漏らされ、わたしはギョッとして顔を上げ、瞼を開いてしまうのだ。


 カーレ第一王子殿下と並び立つ、ご令嬢。

 長い赤毛に、それに合わせたかのような真紅のドレス。

 学院を卒業し、婚姻を控えていてもおかしくない、輝かしいほどに立派なご令嬢がそこにいた。


 あれは、一体誰だ……?


「本当に、デビュタントを既に済ませた令嬢のようではないか?

 まさか、姿形まで変えられようとは、聖女の力とは一体……」


 聖女……まさか、あれが愚娘メリユだというのか!?


 わたしは目を見開いて、陛下がメリユとして認識していらっしゃるらしき令嬢を見詰める。

 若かりし頃の妻を思わせる美貌に、わたしの血を引いていると分かる赤毛。


 メリユに姉がいれば、このような感じかと思える姿の娘が、そこにいた!


「なっ、なななっ!??」


 ぃ、いや、待て、一体あれは誰なのだ!?

 あれがメリユというなら、カーレ第一王子殿下を隣に、なぜあれほど落ち着いておられる!?

 そもそも、半日足らずしてどうしてあれほどまでに成長しておるのだっ!??


 わたしが凝視しながら、陛下と共に赤毛の令嬢に近付いていくと、カーレ第一王子殿下と合わせるように令嬢は美しい所作でカーテシーを見せてくれる。

 ふ、ふ、ふむ……これは完全に娘ではない、別人ではないのか?


「父上、メリユ嬢との婚約に際し、このような場を設けていただき感謝いたします」


「国王陛下、此度はこのようなお祝いの席をご用意いただき、恐悦至極にございます」


 まるで、似合いの王太子候補と王太子妃候補といった雰囲気で、陛下に挨拶される二人に、わたしは茫然と立ち尽くしてしまった。


「ほう……本当にそなた、あのメリユ嬢なのだな?」


「ええ、神の思し召しにより、メリユ聖女猊下はこのお姿を下賜されたのでございますわ、あなた」


 突然、気配を殺してまでして近付いて来られたティティラ王妃陛下が、メリユの両肩に手を置いてご説明くださる。

 ……ぃ、いや、待て、待って欲しい、神の思し召しとは!?


「な、なるほど……神からしても、メリユ嬢にはこの姿こそ相応しいということなのであろうな。

 もしや、そのドレスも?」


「ええ、わたくしは、神からのカーレとの婚約祝い、そして、セラム聖国中央教会から聖女認定を受けられた祝いだと存じ上げております」


「ほう、確かにこの場の主役に相応しい、素晴らしいドレスであるな」


 陛下もそうも簡単にご納得なさらないで、待っていただきたい!


「だ、誰なのだ、わたしはこのような娘など知らぬ!」


 うぐっ、思わず口に出してしまった!

 いや、あまりにも自分の娘とは信じられぬ振る舞いを見せる、大人びた令嬢に、メリユの姿を重ねられず、わたしは彼女を指突き付けるのだ。


「お父様?」


「いくら何でもその姿で、我が娘メリユを名乗るのは無理があろう!?

 正体を現せ、偽者めっ!」


 『お父様、どうかされたのですか?』とどこかのよくできたご令嬢のように微笑んでみせる偽者の娘に、わたしは頭がどうにかなりそうで、そう叫んでしまったのだ!


「ビアド卿!?」


 国王陛下、王妃陛下の御前で不敬過ぎることは分かっている。

 しかし、我が娘としてあり得ぬ姿に、わたしは決して惑わされぬ!

 コヤツが大人びた令嬢に変身したというのも、コヤツが王城に潜り込んだ化け物であるからではないのか?

 そして、陛下らも含めて、この化け物に心を操られているのではないか、そう考えずにはおられぬよ!


「お父様……今まで本当のことを申し上げることが叶わず申し訳ございませんでした。

 ご納得いただけないかと存じますが、わたし、メリユはお父様の前で嘘を付き続けておりました」


「ふ、そんな言葉で騙されると思うか?

 本物の娘というなら、本来の姿を見せてみるがよい!」


 偽者は僅かばかり驚いたような様子が見せるが、動揺した様子はほぼなく、また微笑んでみせると、手袋をした右手を持ち上げ、


「仕方がございません。

 “Show console”」


 聞き慣れぬ呪文のようなものを呟くのだ!

 ついに正体を現したな、化け物めが!


「ティティラ王妃陛下、どうぞお下がりくだされ!

 ふんぬっ!!」


 ビュンという音と共に、メリユの前に現れる青いガラス板。

 何と面妖な!


 わたしは陛下のご容認のもと、隠し持っていた小剣を取り出し、偽者に突き付ける。


「ワルデルっ」


 しかし、化け物は微動だにせず、小剣の先を悠然と見詰めながら、


「“Execute batch for update-avatar-of-meliyu with file-named Meliyu_ver1.vrmx”」


「「おお!?」」


 別の呪文を呟くのだ。

 ぐ、何をする気だというのだ!?


 そう思った次の瞬間、偽者は、身体を白く輝かせ……まるで身体を光の粒に変えていくかのように、周囲に光を解き放つのだ。


 ぬかった!!


 あまりの光の強さに目がやられる!

 そう思い、思わず目を瞑ってしまった次の瞬間、偽者はその気配を断つことなく、光を放つのを止める。


 殺られる!


「うっ」


 光の奔流に逆らうことすらできぬまま、身体を硬直させ、次に訪れるであろうわが身を貫く刃による激痛に備えようとしておると……何も起きぬ?

 一体、この化け物は、何をしたというのだ?


 わたしは、目に軽い痛みを覚えながらも、おそるおそる瞼を上げると、


「なっ!!!?」


 そこには、昨日王城を訪れた際に着ていたドレス姿の娘メリユがそこにいた!!


「はあ、これでご満足でしょうか、お父様?」


 あの微笑みは絶やしておらぬが、どこか呆れたような雰囲気を漂わせたメリユが、


「ふぅ、『ねぇ、お父様、カーレ殿下にお会いできるまでは絶対わたし帰りませんから! どうか国王陛下に取り計らってくださいましね!』」


 あの我儘娘っぷりを見せ付けてくるのだ。

 この声、この表情……う、うむ、これはメリユなのか?


 いや、もう何が何だか、分からぬぞ!??


「ビアド卿、今まで卿に見せ付けられてきたあのメリユ嬢の振る舞いは全て演技だったのだ。

 わたしも一年前訪問させていただいた際はすっかり騙されてしまったが、今なら、これも演技なのだとはっきりと分かる」


 カーレ第一王子殿下……今メリユがとんでもないことを口にしたというのに、何をそう平然とされておられるので?


「はあ、皆様方、大変お見苦しいものをお見せいたしてしまい、心よりお詫び申し上げます」


 ティティラ王妃陛下も、なぜ、全て分かっているとばかり頷いていらっしゃるので?!


「本当に……メリユなのか?」


「もちろんでございます。

 今まで本当の姿をお見せすることが叶わず心よりお詫び申し上げます」


「これが、メリユの、本当の姿」


 信じられぬ!

 だが、確かにそこにある気配はメリユのものなのだ!

 先ほど陛下からも、メリユが聖女として密かに活動していたというお話は伺ってはいたが、こうして姿を変える奇跡を見せた娘に、信じるしかなくなってくるのを感じてしまう。


「メリユよ、そなた、本気で国を護るために、正体を明かすことにしたというのか?」


「はい、わたしの力を表舞台で使うため、正体を明かすことにいたしました」


「それが……神に選ばれし、聖女だというのか?」


 聖人であったという父上に密かに聖女として鍛え上げられたというメリユ。

 まさか、我が娘が、このような、このような出来た娘だったとは!!


 うぬぬぬ、涙が込み上げてくるではないか!


「それにつきましては、あまり詳しく申し上げられず申し訳ございません」


 はにかむように言葉を濁す娘に、


「メリユ聖女猊下は、神より制約を課せられていらっしゃるのです。

 ビアド卿もあまり深く突っ込まれないように」


 ティティラ王妃陛下が再び娘の両肩に手を置かれて、庇うようなことをおっしゃる。


 ううう、これでは、まるで、わたしが親失格であるかのようではないか!


「そうであったのか、いえ、そうでございましたか。

 このような騒動を引き起こしてしまい、大変な不敬、誠に申し訳ございませぬ!」


 しかし、まさかティティラ王妃陛下が娘を『猊下』付けでお呼びになられるとは。

 本当に娘は『聖女猊下』であるのか!?


「いきなりのことでビアド卿も、戸惑いが多いでしょうが、メリユ聖女猊下は素晴らしいお方ですわ。

 カーレの妃としてこれ以上の令嬢はいないかと考えておりますもの」


「そうでございますか……」


 まさか、国王陛下、王妃陛下から娘メリユがここまでご評価いただけるとは!

 あまりに甘やかし過ぎたかと思っていたが、過酷な試練に耐え、聖女としての仕事をこなしてきた娘には、むしろ足りぬほどであったのかもしれぬな。

 まさか、あの我儘っぷりすら仮の姿、演技であったとは。

 今のこれが娘の真の姿というなら、演技をし続けることも、娘には負担であったのかもしれぬ。


「何も気付いてやれず、すまぬな、娘よ」


「いいえ、わたし、お父様の娘で本当によかったと思っておりますわ」


 おお、おおおお!

 初めて聞く優しい娘の言葉に、わたしは、年甲斐もなく涙を零してしまう。

 そうなのだ、我が娘はどこに出しても恥ずかしくない、むしろ誇るべき娘なのだ。

 わたしはうれしさのあまり、その場で膝を付き、嗚咽しそうになるのを必死に堪えるのだった。

まあ、魔法などの要素のない世界で、いきなり成長した姿の娘を見ることになったりしましたら、『偽者』と疑ってかかるのも仕方のないことでしょうね。

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