第36話 悪役令嬢、天使形態飛行中にバグる
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
貴賓室でお茶会までもう暫く休憩することになった天使形態・悪役令嬢こと女子大学生ファウレーナは、飛行用音声コマンドを実装してバグります。
メリユバージョン2=天使形態のおかげで神展開キター!!
とか一時は思ってしまったのだけれど、これ、一体どうなってしまうのかしらん?
いやね、もみくちゃにされそうになったときは大変だーとは思ったけれど、メグウィン殿下に喜ばれたり、ミューラがあんな風に懐いてくれたのはもちろん普通にうれしかった訳。
それでも、あの悪役令嬢メリユが天使形態取るとか、この先の展開がまるで読めなくて困るわー。
取り合えず、多嶋さんには、Li-neで“Meliyu_ver1.vrmx”のリクエストしておいたけれど、暫くこの格好で過ごさなきゃいけない訳よね?
背中の天使の翼が常時展開されているせいで、どうにも危なかっしい。
それこそ身体少し捻っただけでテーブルの上の花瓶を吹っ飛ばしたり、椅子を引っくり返したりしかねない。
ゲーム内のオブジェクトとはいえ、自分の操っているキャラ=アバターがお城の中の高価な品々を次から次に破壊していくとか、さすがに見るに耐えないわよね。
「はあ、こうなったら仕方ないか」
暫くコリジョンディテクション(衝突判定)を完全に切るか。
うん……。
ついでに、せっかく天使の翼もあることだし、メリユバージョン2の飛行用音声コマンドも実装しておこう!
まあ、“Translate”コマンドで宙に浮くことはできるんだけれど、あれじゃ瞬間移動になっちゃうから、天使の翼がある意味ないのよねー。
やっぱり、天使形態って言うからには、ふわっと浮いて、すぃーっと空中を飛んでいきたいじゃないの、ねーっ?
はい、貴賓室内に誰もいないのをいいことに、ささっと実装しましたともさ!
メグウィン殿下とのお茶会までに間に合ったよかった。
これでちっとはまともに移動できるでしょー。
「“Activate flying mode of Meliyu”
“VerticalMove 3.0”」
おお、三秒ほどして翼がバサッと動くと浮き上がりましたぞ。
わたしとしては加速度感がないんで、違和感はあるけれど、視点は問題なく浮き上がっているし、メリユの身体も宙に浮いているから成功と言っていいかなー。
シャンデリアに手を伸ばして、メリユの手が蝋燭を素通りするのも確認する。
うん、確実にコリジョンディテクションも切れてるから、天井とか壁にめり込むような動作をさせても問題はないわね!
さーて、では向きを変えましょうか。
「“RotateAlongZ-axis step 0.01”」
おお、滅茶苦茶ゆっくりだけれど、ちゃんと空中で回ってる。
うーん、やっぱりHMDでは回っていても、実際に身体が回っている訳じゃないから、少し気持ち悪いかな?
これ、スピード上げて回ったら確実にVR酔い起こしそうね。
「“Stop movement”」
はい、こちらも問題なく止まりました!
今のところ、新規実装の音声コマンドにバグはないみたいねー。
よーしよし!
次は、水平移動と行こうじゃないの!
まあ、現時点では、姿勢変更なしなんで、立位のまま移動するから若干見た目の不気味さはあるかもだけれど、α版ってことで移動できりゃいいのよ。
「“HorizontalMove 10.0”」
はい、翼がバサバサッと動いて飛行開始よー!
水平移動距離十メートル。
壁前辺りでもう一度翼がバサバサッとして、止まるって訳。
はい、よしよーし!
んんっ?
壁迫ってきてるけど、止まらんのだけど!?
あれ、バグった!?
「ちょ、ちょい待ち、ヤバヤバ、これあかんヤツやん!?」
コード上では、五メートルゆっくりと加速して、残り五メートルゆっくりと減速して止まるようになってるはず。
なんで止まんないのよ!?
引数からメートル単位で数値受け取ってるはずよね?
いや、微妙に加速続いてるから絶対おかしいって!?
“Translate”コマンドからコードコピペッたときに、なんかやらかしたか、わたし!?
ああ、こんなことなら緊急停止コマンド実装しとくんだった!
「ええっと」
HMDを外して、ノートパソコンの画面でコードを再確認する。
ふむふむ……げげっ、“Translate”コマンド実装時にデバッグ用に“set length 50.0”した行のコメントアウト外れてら!?
これのせいで引数から持ってきた数値が上書きされてるのかー。
って、五十メートル飛んじまうのかよ!?
「マジでダメなヤツだ!」
わたしがHMDを被り直すと、メリユバージョン2は今まさに壁まで一・五メートルってところだった。
えっ、ちょ待、この先って何のお部屋あったっけ?
貴賓室がいくつかあって……あれ、もしかして応接室とかあの辺だっけ?
最大速度○.三メートル毎秒にしてある分、怖くはないけれど、他のお部屋に人いたらまずくない?
さっきのメイドさんたちも、わたし=メリユバージョン2を目撃したせいで拘束されちゃったのよね?
「うおー、オーマイガッ!!」
そんなことを考えている間にもわたしは壁にぶつかり、その内部を貫通してしまう。
PCの画面じゃポリゴンモデル内部に突入とかしょっちゅうやっているけれど、HMDで見ていると、やべー感あるなあ。
あははは……。
はーい、貴賓室を二つほど突き抜けた後、ようやく減速入ってるメリユバージョン2でございますー。
ああ、これマジで貴賓室に他国からのお客様とかいなくてよかったわ。
もしいたら、メイドさんたちに目撃されたどころじゃ済まないわよね。
「あは、あはははっ……」
いや、もう乾いた笑い声しか出ないですわ。
さーて、あとは、この先の応接室に誰もいないことを祈るばかりですわーと。
わたしの天使の翼は、バサッバサッとそれなりに羽ばたいて減速感を出してくれている。
いやー、見た目は最高によくコーディングできたなあって感じなのに、処女飛行でいきなりバグって五十メートルぶっ飛ばすとかやらかしちゃったなあとか思いながら、最後の壁に突入していくわたし。
壁の中の石か何かの表面をわたしの目ん球が突き抜けていくのをぼんやり眺め、数秒後、わたしは応接室の空中約三メートルのところに浮いて出ていた。
「……っ!?」
なんか……人がいるんだが。
しかも、服装からするにご来客よね?
あああ、あかん、またやらかしたーっ!
やらかしてしまいましたわーっ!
初見の三人くらいのお客様が、わたしを見上げて茫然としてらっしゃる。
あとは、カーレ殿下にメグウィン殿下、アメラさんにハナンさん、数人のメイドさんって感じ?
あー、これは確実に怒られますわ。
絶対また想定シナリオから外れた事態引き起こしちゃってるわよねー、わたしのバカー!!
「ひっ、ひぃっ!!」
ああっ、小柄な女性(?)……少女(?)のお客様が尻もちつかれちゃってる。
見た感じ、宗教関係者って感じなのかしらん?
長い銀髪がとっても綺麗だわーっとか、現実逃避してる場合か!
いやー、壁すり抜けて人が飛んで出てきたら、そりゃあ驚かれますよねー。
「かはっ……!!?」
お付きの方と思われる男性二人は、キューブバリアやったときの国王陛下みたいにお口を限界まで開いていらっしゃっていて、顎が外れちゃってるみたい。
ははっ、大人の男性でも、本当に衝撃的なもの見たら、ああなっちゃうものなのねー。
あははは。
って笑ってる場合か!?
「し、し、しっ、使徒様ぁぁぁぁ!??」
うわー、何この子かわいい!
この子が聖女って名乗ったら、普通に信じそう。
歳は、メグウィン殿下やメリユと同じくらいかしらん?
えっと、それは置いておいて……取り合えず、着地して、謝罪するより他にあるまい?
「“VerticalMove -3.0”」
いつもごとく三秒ほど待って、翼がバサバサッと羽ばたいてゆっくりとわたしは応接室の床に裸足で着地する。
「あ、あ、あ、あ、あ」
ヤッバ、この子のAI壊れかかってない?
うわあ、マジで泣いちゃってるよ!
しかも、えっ、両膝付いて、わたしに対してお祈り始めちゃったんだけど!?
思わず、メグウィン殿下の方を見ると、また(さっきみたく)アイドル登場で熱を上げる少女ファンみたいになっちゃってるし……カーレ殿下までなんで指組んでお祈り始めちゃってるの!?
いやいやいや、どこの世界に悪役令嬢にお祈り捧げる王子様がいるよ!?
ここにいるよって!?
わたし、本気で混乱してるよっ!?
うわー、空気読んで、アメラさんたちまでお祈り捧げ始めちゃってるし。
初見のメイドさんたちも完全フリーズ状態だし、あああどうすんだ、これ!?
「……」
えっと、最大の問題は、この場で特に重要人物そうな、この銀髪少女よね?
お付きの人たちまでいる以上、かなり大事なお客様で間違いないわよね?
「使徒様っ、はぁっ、使徒様、はあっ、使徒様ぁぁぁ」
そのお客様が『お前は使徒様botか?』と突っ込みを入れたくなるような
反応を繰り返しているんだが、どうしたものか。
ヤバイ、また冷や汗が止まらないですわー。
「多嶋さん、ヘループ!」
わたしは心の中で(Li-neに反応のない)多嶋さんに必死に助けを求めるのだった。
はい、絶妙なタイミングで登場をはたした悪役令嬢ですが、実のところ、単にバグで応接室に突っ込んできてしまっただけでした、、、
大丈夫か、こやつ?(汗
なお、聖国の聖女猊下は、実際の年齢よりかなり幼めな容姿という設定でございます。
あと、来週末は仕事のため、休載予定でございます。




