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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第35話 聖国聖女猊下、王城で歓待される

聖国聖女猊下は、ミスラク王国王城で歓待されつつ、神の奇跡の調査を始めます。

[ブックマーク、ご評価いただきました皆様方、心から感謝申し上げます]

 馬車で外城壁を潜り、内城壁正門まで乗り付けたわたくしたちは、そこでミスラク王家のカーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下のお出迎えを受けた。

 カーレ第一王子殿下は、わたくしと同い年で、王太子になられるのが確実視されているとのこと。

 美しい金髪と碧眼、やや中性的な大きめの瞳でわたくしをまっすぐに見詰められてきて、元は伯爵令嬢に過ぎないわたくしは緊張を覚えてしまう。


「お初にお目もじ仕ります。

 セラム聖国教会の聖女を務めさせていただいております、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイと申します。

 この度は急な訪問依頼にも関わらず、お受け下さいまして心より感謝申し上げます」


 サンクタは、聖人・聖女であるためだけれど、わたくしの名前の中に入っていることに未だ馴染めない。


「お初にお目にかかる、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下。

 わたしはミスラク王国第一王子のカーレ・レガー・ミスラク。

 隣国から遠いところ、ご訪問いただき感謝する」


「いえ、わたくしごときが猊下だなんて恐れ多いことでございます。

 カーレ・レガー・ミスラク第一王子殿下、どうぞわたくしのことはサラマとお呼びくださいませ」


「そうか、承知した

 どうかわたしのこともただカーレと呼んでいただきたい」


 国賓としてお出迎えくださっているとはいえ、やはり対等な王族同士とはいかないよう。

 小国の王族とはいえ、王太子としての貫録は既にお持ちのようね。


「お初にお目もじいたします。

 メグウィン・レガー・ミスラク第一王女でございます。

 この度は我が王城をご訪問いただきまして感謝いたします」


「メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下もご歓迎くださいまして心より感謝申し上げます」


「わたしもどうぞメグウィンとお呼びください、サラマ聖女様」


 メグウィン第一王女殿下は、齢十一で王国学院入学前だと聞いている。

 前髪を下ろされたお姿は、美しいというよりかはかわいらしいご様子で、デビュタント前の少女という印象を受ける。

 お化粧で隠していらっしゃるが、少し目元が浮腫んでいらっしゃるように見えるのは、気のせいではないだろう。

 もしかすると、先ほどの神の奇跡に関係しているのかもしれない。


「それでは、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下。

 わたくしの部下の二人を紹介させていただきたく存じます。

 セラム聖国教会の修道士で、護衛も担当しているアルーニー・モナフォ・カロンゴ、ギシュ・モナフォ・エリヤスでございます」


「「この度はご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」」


「うむ、カロンゴ殿、エリヤス殿もよろしく頼む」


「どうぞよろしくお願い申し上げます」


 この二人も紹介したのは、二人がこの度の『神の奇跡』の調査に関わっていると示すため。

 二人とも教会の修道士としては、若くしてわたくしの聖務を助けるという高い立場にいるのだから、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下にはぜひご認識しておいていただきたいのだ。


「早速ではございますが、先ほどの神の奇跡につきまして伺いたく存じます。

 セラム聖国教会といたしまして見過ごせない数百年に一度の奇跡、この二人に調査等もさせていただきとうございます」


「ふむ、承知した。

 ではまずは応接室へ」


「ご了承いただきありがとう存じます」


 やはり、カーレ第一王子殿下は、全てをお分かりのご様子。

 一体ミスラク王国王家は、どんな秘密を握っているというのか。

 わたくしは、手袋の中で掌にじんわりと汗が滲んでくるのを感じながら、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下に連れられて、小国ながらそこそこの大きさを誇る王城内に潜入したのだった。






 やはりおかしい。

 セラム聖国教会の聖女として訪問した先々の国で歓迎されることは多々あるが、このような妙に浮き立った様子の騎士たちを見るのは初めてだ。

 そう、彼らは、明らかに急な訪問となったわたくしの存在ではなく、別のことで浮き立っているよう。


 それはやはりあの神の奇跡ね?


 一体王国のどれほどの人間があの奇跡に関与していたというのか?

 そして、それはどんな神のご意思によるものなのか?

 この訪問中にわたくしたちはそれらを全て解き明かさなければならないだろう。


 わたくしは、手を握り締めながら、応接室へと通される。


 国賓を迎えるには十分な豪華さ。

 午後の日差しが窓から差し込んでいるにも関わらず、蜜蝋を灯したシャンデリアからの明るさも加わって、より華やかに見える。

 そして、長テーブルの上でキラリと輝く、何か……?


「あれは……!?」


「な、何だ、あれは!?」


「聖女様っ!」


 アルーニーとギシュの二人が前に出て、あまりにも不自然な光景……ティーカップが宙に浮いている様の確認に近付いていく。

 糸で釣っている?

 いえ、シャンデリアの灯りと重ねて、視点を変えてみても、糸がある様子は窺がえない。

 一体、何をどうやってティーカップを浮かせているというのか?


「ぉ、お兄様、こちらの応接室はまずかったのでは?」


「そうだな、急なことだったとはいえ、すっかり失念していた」


 メグウィン第一王女殿下とカーレ第一王子殿下のヒソヒソ話が微かに耳に入る。

 どうやら、この宙に浮かぶティーカップを見せ付けるつもりでこちらの応接室に招かれた訳ではないようだ。


 うん……なるほど、これも神の奇跡の一つということ?

 きっとミスラク王家として対外的に公表するつもりのなかった奇跡の一つを、わたくしたちは目の当たりにしているのだわ。


「カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下、これは一体?」


「聖女様、お近付きになられては危険です!」


「いえ、大丈夫でしょう。

 わたくしが見るに、これも神の奇跡の一つかと」


 わたくしの言葉に、メグウィン第一王女殿下がカーレ第一王子殿下にちらりと視線を向けられるのが分かる。


「どういうことかご説明くださいますでしょうか?」


 表向きは余裕ぶった振りをしているつもりだけれど、身体が小刻みに震えるのを止められない。

 これほどまでに目で見て分かる神の奇跡を拝見するのは初めての体験だもの。


 まさか、今回の聖務で、このような体験をすることになるだなんて。


 これも神のお導きなのかしら?

 そして、このような奇跡に携わられたお方は一体どなたなのかしら?

 一応聖女としての立場にいるわたくしは、情けなくも嫉妬に似た感情を抑えることができなかった。


「サラマ聖女様、こちらは後ほどご紹介させていただくあるお方が聖なるお力をお示しくださった奇跡の御業の一つでございますわ」


 あるお方?

 聖なるお力?

 カーレ第一王子殿下に代わり、わたくしをまっすぐお見詰めになられておっしゃるメグウィン第一王女殿下にわたくしはたじろいでしまう。


「一体それは……?」


「神命の代行者として、この世の理に干渉する管理者権限をお持ちのお方でございますわ」


 神命の代行者にして、この世の理に干渉する管理者権限をお持ちのお方!?

 そ、それは、もしや使徒様なのではないのかしら?

 も、もしかして、あの『天界に通じる回廊』を通して、使徒様がご降臨なさったということ!?


「メグウィン第一王女殿下……」


 メグウィン第一王女殿下の確信を持たれたような言い方は、つい今しがた奇跡が起きたのを拝見しただけのお方のお言葉とは思えない。

 ま、まさか、ミスラク王家の方々は、以前から使徒様と関係をもたれていたということなの!?


 いえ、落ち着きなさい!


 わたくしは教会の立場で来ているとはいえ、この場は、聖国と王国の外交の場と言っていい。

 王族であれば、自国の立場を有利にするため、唐突な奇跡であろうとも、以前から奇跡が続いていたかのように見せかけることだってあり得るだろう?


「カロンゴ様、エリヤス様、もしご心配でいらっしゃいましたら、ぜひお確かめくださいませ。

 そのティーカップは、その方の移動の命令を受けたままで、この世の理から切り離されております。

 どなた様もティーカップを動かすことも壊すことさえも叶いません」


「まさか……そんなことが!?」


「アルーニー?」


「ああ」


 ギシュから声をかけられたアルーニーがティーカップに唐突に飛び付くが、ティーカップはビクともしない。

 そして、薄いティーカップの縁に痛みを感じたのか、顔を顰めたアルーニーが数秒ほどで飛び降りる。

 手袋をしていても、あの勢いではさすがに痛いに違いない。


 いえ、そんなことよりも、テーブルに叩き付けただけで簡単に割れてしまいそうなティーカップがアルーニーの飛び付きに耐え、宙に留まったままであることに驚きを隠せない。


「ギシュ」


「分かった」


 今度はアルーニーに代わりギシュがそっとティーカップに近付き、両手でティーカップの縁に指をかけると、足を地面から離してぶら下がる。

 ギシュは多少揺れているけれども、ティーカップはやはり微動だにしない。


 これがこの世の理から切り離された存在だというの!?


「聖女様、どこにも糸のようなものは見当たりません」


「そう、そうなのでしょうね……」


 わたくしは嫌な汗が止まらなくなってくるのを感じながら、にこやかなメグウィン第一王女殿下に向き合う。


「わたくしの部下が殿下のお言葉を疑うような真似をいたしまして大変失礼いたしました。

 ですが、その方が、聖なるお力を行使されるとおっしゃるのでしたら、セラム聖国教会としては無視することはできません。

 一度、中央教会において、セラム聖国教会使節団の方で聴取させていただきたく存じますが、よろしいでしょうか?」


「拒否させていただきます」


 ……一瞬の間も置かずして拒否された!?

 聖国教会使節団からの要請だというのに!?

 わたくしは、異様なほど堂々とされているメグウィン第一王女殿下に目を白黒させてしまう。


「メグウィン」


「お兄様、メ、いえ、あのお方を一時でも教会側にお渡しするようなことはすべきではないと愚考いたしますわ」


「メグウィン第一王女殿下」


「サラマ聖女様には、ここであのお方に直接お会いしていただきたく存じます。

 聖女様ご自身の目であのお方を確かめられ、教会にご報告をお持ち帰ってご検討いただきたく存じますわ」


 メグウィン第一王女殿下が、そうおっしゃった次の瞬間だった。

 応接室の壁から……光の粒子がチカチカと溢れ出し、小さくパチパチと弾け消え行くと、続いて、バサリと白き輝く翼がその壁を透過して、出現したのだ。


「「せ、聖女様っ」」


「………っ!??」


 言葉を失う光景とはまさにこのことだと思う。

 わたくしは、口がぽかんと開いてしまっているのにも気付かずに、メグウィン第一王女殿下背後の壁から現れようとされている使徒様の神々しいお姿に心奪われてしまったのだった。

ティーカップ浮かぶ応接室は、王国関係者にとっては悪役令嬢のお力を再度確認しながら話のできる場でよかったのですが、聖国の関係者を招き入れてしまったのはまずかったですね。

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