第34話 聖国聖女猊下、王城を訪問する
(聖国聖女猊下視点)
思い悩む聖国聖女猊下は、ミスラク王国王城で起きた奇跡の調査のため、王城を訪れます。
わたくし、サラマ・プレフェレ・セレンジェイが聖国の聖女に選ばれたのは、八つのときだった。
我がセレンジェイ伯爵家の領地で、山脈での地震の後干ばつが起きた際、領城近い教会で祈りを捧げていたところ、わたくしはある朝方、水のイメージを授かり、それがどこから湧き出るかのお告げを神から賜ったように感じられたのだ。
最初は半信半疑だった。
わたくしが単に夢を見ただけで、神のお告げだと思ったのもただの錯覚なのではないか。
そう思ったのだけれど、お父様に相談し、一度そこを掘ってみようというお話になった。
信心深い我が家=セレンジェイ伯爵家だったからこそ、できたことだと思う。
普通であれば、小娘の戯言として相手にもされなかったことだろう。
しかしながら、わたくしの指示通りに領民たちが山の斜面を掘っていたところ、水脈に当たり、新しい水源となり、ひび割れた農地に潤いが戻って我が領地は干ばつの危機を乗り越えたのだった。
あれは、本当に奇跡のような出来事だと今でも思っている。
そのおかげで、わたくしは、教会から聖女認定され、聖国の中央教会で聖務に就くこととなったのだ。
しかし、奇跡はそれきりだった。
聖国の中央教会でどれほど聖務に励もうとも、本物の神託を賜ることも、使徒様がご降臨されることもなく、ただ虚しく日々が過ぎていくだけ。
各国で起こる天災や国同士の小競り合いによる難民の不幸を目の当たりにしても、わたくしにはただ祈るを捧げることしかできない。
本当にわたくしなどが聖女という立場にいてよいのか?
そんな心の中の蟠りは次第に大きくなり、各国の中央教会を訪れる聖務にこうして就いていても、わたくしなどでは何も変えられないのだという虚しい思いに心は廃れていったのだ。
「サラマ、そなたを聖女にしたことを間違いだったと思ったことは一度もないのだ。
聖国内はもちろん、聖国外には不幸に喘ぐ人々が大勢いる。
彼らの心に溜まった暗きものに光を与えるのがそなたの役目であるというのを、今回の聖務でもう一度思い出して欲しい」
ミスラク王国中央教会への訪問前に、猊下からはそのようなお言葉を賜った。
それでも、わたくしには、猊下のお言葉によって更なる重荷を背負わされたようにしか思えず、どうすれば、聖女という立場から逃げ出せるのかと、ただそれだけを考えていた。
そんなときだった。
ミスラク王国の国王陛下との会談を三日後に控え、ミスラク王国中央教会で作りものの笑顔で聖務に当たっていたところ、わたくしも初めて見る神の奇跡を目の当たりにしてしまったのだ。
猊下は『天界に通じる回廊に違いない』とおっしゃった。
そう、鏡のように周囲の光を反射する回廊が、ミスラク王国の王城内から天空に向けて立ち上がり、教会周辺では大勢の信徒たちが祈りを捧げたのだ。
本物の奇跡。
セレンジェイ伯爵領の干ばつを防いだのも充分過ぎるほどの奇跡だったが、これほどまでにはっきりと神のお力を間近に感じたことは本当に生まれて初めてのことだった。
もしかすると、わたくしの心が乱れていることを神が嘆かれ、こうして自らの存在とお力をお示しになられたのかもしれない。
わたくしは、久々に本心から神の感謝を祈りに載せて、天を拝み続けたのだ。
そうして、数刻ほどした後、『天界に通じる回廊』は消えてしまった。
『回廊』の出現の時点で混乱に陥っていた中央教会は、その消失によって更なる混乱に陥った。
『回廊』が出現している間に、王城に赴き、神のご意思を確かめるべきだったのではないかと、猊下は悔やまれていた。
そして、わたくしに問われたのだ。
神から、『回廊』に関する神託はなかったかと。
そんなものある訳がない。
わたくしは、『回廊』の出現という本物の奇跡に、ただ祈りを捧げるだけの信徒の少女とそう変わらないのだから。
神託を受けることは叶わなかったと謝罪したところ、猊下は、それはいいから王城に赴き、何が起きたのかを確かめてくるようご指示をされたのだ。
そして、今わたくしは王城内へと入ろうとしている馬車の中にいる。
本当にミスラク王国の王城内では何が起きたというのだろう?
わたくしには何のお告げもなかった。
ご神託の欠片ももたらされなかった。
そう、所詮わたくしは、たまたま神による奇跡の場に居合わせた一信徒に過ぎないのではないか、そんな思いに囚われ、嫌な汗が止まらない。
もし王城に赴いて、何の成果も得られなかったなら、わたくしの存在価値とは一体何なのだろうと思ってしまう。
「はあ」
「聖女様、王城よりカーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下がご対応いただけるとの報せがございました」
「承知しました」
いけない、部下の前で溜息を吐いてしまうなんて。
それにしても、急な訪問であったのに、第一王子殿下と第一王女殿下にご対応いただけるなんて。
あまりにも失礼過ぎる急な先触れだったのだし、国王陛下との会談が不可能なのは分かっていたけれど、充分過ぎるほどのご対応だわ。
いえ、逆に考えれば、王城側も、王城内で何が起きたか把握されている、ということになるのかしら?
『天界に通じる回廊』の出現なんて、経典でもそう書かれていることではない。
数百年に一度あるかないかの奇跡にわたくしは立ち会ったのだ。
どんな不敬に当たろうとも、聖国の立場は上、何が何でもあの奇跡の真実を解き明かして見せるとわたくしは思いを強くして、事に当たることにしたのだった。
聖国の聖女様は、心が随分と不安定でいらっしゃるご様子。
この状態で悪役令嬢と遭遇して大丈夫なのでしょうか?




