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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第320話 ロフェファイル騎士爵令嬢、エリガポ公爵家令嬢らと帝城の中庭で帝国の混乱ぶりを見る

(ロフェファイル騎士爵令嬢視点)

ロフェファイル騎士爵令嬢は、エリガポ公爵家令嬢らと帝城の中庭で帝国の混乱ぶりを見ることになります。


[新規にブックマーク、『いいね』していただきました皆様方に深く感謝申し上げます]

「中庭に出るぞ。

 ロフェファイル殿も付いてきてくれ」


 閣下の許可も出たところで、わたしはベルベラ殿に肩を貸しながら、閣下に続いて中庭への向かった。

 帝城の廊下もすっかり土埃が待っていて、まるで夜の廃城のごとき様子だった。

 あの絢爛豪華な帝城であっても、『鳥船』の前には、形無しといったところだろうか。


 いや、それはわたしが、神が我々の側についてくださっていると思えているからこそ、そのように思えるのだろう。


 メリユ様が王国、聖国を救われ、ついには神より『鳥船』まで賜っているという事実。

 それがあって、王国、聖国は安泰だと思えているからこそ、今『鳥船』に翻弄されようとしている帝城にいる方々を気の毒に思えるほどの心の余裕を得ているのだ。


「何ということだ……これがあの帝城なのか?」


 布きれで口元を押さえながら話すベルベラ殿の言葉に、彼女が強く衝撃を受けているのが伝わってくる。

 今まで隣国からの攻撃など一度も受けたことのない帝都ベーラートにあって、傷一つ付けられたことのなかった帝城。

 それが、今このような有様になっていては、動揺もするだろう。


「おい、宰相閣下を知らぬか?」


 前方から咳をしながら走ってくる文官らしき者が一人。

 閣下が呼び止めるが、その者は『ひゃあああ』と叫びながら、書類や巻物を撒き散らして反対側へと駆けていく。

 そして、奥の方からは『きゃあ、きゃあ』と悲鳴を上げている侍女たちの声も聞こえてくるのだ。


 今まさにあのオドウェイン帝国の帝城が大混乱に陥っている。


 そんな現実に閣下も下顎を震わせ、悲鳴のする方を何度も振り向きながらも、中庭へとまっすぐ向かわれることにしたようだ。






「ゲホッ、ゲホッ、はぁ、はぁ」


 中庭へ続く扉を押し開けると、そこは先ほどまでの中庭の、あの美しき庭園の様子からすっかり様変わりしてしまっていた。


 衝撃波によって折れた木々、形を変えてしまった植え込み、花を散らしてしまった花々。


 それがすっかり夜のような闇の中、兵士たちの持つ松明に照らし出されていた。


「城門を閉ざせ、今すぐにだ」


「跳ね橋を上げろぉっ!

 敵の襲来に備えよぉっ!」


「弓兵隊は配置につけ。

 すぐに弓をあれに向かって引くのだ!」


「「ぎゃぁ!?」」


 行動力のある近衛騎士たちが大声をあげて、走り回っているのだが……あまりの混乱ぶりに騎士同士が正面衝突して転倒しているのさえ、見受けられるくらいだ。

 そして、『鳥船』を恐れをなした者たちは寄り集まって、天空を見上げ、震えているのも見える。


 そんな彼らの視線の先に、閣下たちもつれられるように見上げ(空を覆い尽くす)『鳥船』の著大さに目を見開いてしまわれるのだ。


「こ、これが……(ゴクリ)『鳥船』だと言うのか?」


 帝城、いや、帝都ベーラートの夜をもたらしたものの正体。


 閣下は山脈の向こうから『鳥船』が姿を現したばかりの頃に慌てて客室に駆け付けたはずであるから、帝城の真上に到着した『鳥船』の威容はまだ目にしていなかったのだろう。

 真上には『鳥船』の中心があって、白く輝く穴のようなものが見えている。

 そして、そこから帝城の庭園をあざ笑うかのごとき複雑な幾何形状の模様が広がっていて、しかも、その形状を形作っているのは『鳥船』から伸びる構造物なのだ。


 その構造物の一つにすらまるで及ばない帝城の塔たち。


 帝城のもっとも高い塔をいくつ重ねたとて、『鳥船』には全く届きやしないだろう。

 だというのに、弓兵で攻撃しようと言うのだから笑ってしまいそうになる。


「は、ははっ……馬鹿でかいにしても、ほどってものがあるだろう……」


 閣下は乾いた笑い声をあげながら、空を完全に支配した『鳥船』を前に肩を落とされているようだ。

 そして、肩を貸していたベルベラ殿の重みが増したのを感じて、彼女の方を見ると、


「な、な、な、何、何なのだ、これは………」


 腰を抜かして、腕をだらりと垂らしながら、顔を強張らせている彼女の顔が松明に照らし出されていた。


「大丈夫ですか?」


「だ、だ、大丈夫な訳、ないだろう!?」


 閣下だけでなく、彼女を見ていても分かる。

 帝国人なら、特に貴族以上の者たちなら誰しも持つその矜持が傷付けられ、破壊されかけているのだということを。


 この世界に帝国に敵うものなどなし。


 実際軍事力で言えば、ミスラク王国を囲む大国の中でも、帝国が抜きん出ていたのも確かであり、帝国貴族が驕り高ぶっていたのも仕方のないことだろう。

 軍を差し向ければ、どんな国とて帝国の威容を前にすぐに平伏する。

 それが彼らの常識だったのだ。


「いやあ、本当に大きいですよね?」


 ……しかし、彼らは忘れていたのだ。

 神という、この世の絶対的秩序を規定し、それを乱した者たちに神罰をくだすご存在のことを。


 『人』の身では測ることすら許されない、圧倒的なまでの神のお力。


 それは『人』の身では決して作ることのできない著大な聖遺物を生み出し、『人』に改めて神がいかなるものか示し付けるのだ。


「お、大きいどころの、は、話では……か、神は、こ、ここっ、このような『船』をお持ちになっておられるのか!?」


「『鳥船』程度で驚いていてはいけませんよ。

 神はお日様すらいくつもお作られになられるんですから」


「お日様……だと、いや、天にあるお日様は……神の管理の下にあるのやもしれないが」


「ご存じでしたか?

 セラム聖国の聖都ケレンにおいて、貴国が工作を行い、聖職貴族を惑わし、一部を堕落させたことにお怒りになった神が警告代わりに小さなお日様で聖都を焼かれかけたことを」


 メリユ様がご神命の代行者として各地でご執行されてきたことの数々。

 それを知っていれば、神に仇なすことなど考えられやしないだろう。


「聖都が焼かれたかけただと!?」


 わたしの言葉に、また閣下が驚きの声をあげられる。

 まあ、聖都の上空に小さなお日様が現れたことは各国でも多少の情報は掴んでいることだろう。


「いや、確かに夜、聖国の方角より夜が明けたかのような眩しき光が放たれていたとの報告はあったが」


「やはり、こちらでも観測はされていたようですね?」


 わたしが尋ねると、閣下は落ち着かなさげに髭を撫でながら


「ああ、帝都でもあり得ぬ方角より空が青白く染まるのは見えていたのでな」


 情報を明かしてくださるのだ。


「ま、まさか、神はこの帝都を、焼かれるなんてことは……」


「あり得ないことではないでしょう。

 書簡にあった通り、既に先遣軍はご神罰により全滅していますし」


 わたしが平然とそう告げると急にベルベラ殿がわたしを引っ張ってくる。


「き、貴殿の言っていた、先遣軍が全滅したというのは、ほ、法螺話ではなかったのか!?」


「この『鳥船』をご覧になられればお分かりになるでしょう?

 神のお力をもってすれば、帝国の本軍を一瞬で全滅させるなんてことすら、欠伸一つでできてしまわれるでしょう」


 また、重みが増した……ベルベラ殿の体重を感じながら、彼女を支える。


「本軍が全滅だと……」


 絶句する彼女の隣で、閣下が茫然と呟かれる。

 まあ、帝国の軍事力の絶対の自信を持っていらっしゃった閣下には、衝撃が強過ぎたのかもしれない。


「か、閣下、こちらにいらっしゃいましたか!?」


「ああ、ああ、バハン、すまぬ、少しばかり重要な情報収集をだな。

 そ、それより、今は誰が近衛と衛士に指示を出しているのだ!?

 誰が弓兵隊を動かせと言った!?」


 そのとき、混乱に陥っていた近衛騎士の一人が閣下の存在に気が付いたらしく、慌てて駆け寄ってきて、息も絶え絶えに話しかけてくる。


「そ、それが、ラスコレー第一皇子殿下が……あれを、撃墜せよと、お命じになられ、まして」


「ラスコレー第一王子殿下が、だと!?」


 第一皇子殿下、か。

 神に楯突かれるとは、帝国の帝室は何と愚かな。


「今、投石器の準備も、はぁ、進められておりまして」


「いかん!

 このままでは神に敵対したとみなされるのではないか!?」


「まあ、そうでしょうね」


 わたしが平然と返したその言葉に、閣下の顔色が更に悪くなるのが分かる。


「すまぬが、ロフェファイル殿はこちらで待機してもらえるだろうか?

 ベルベラは、ロフェファイル殿の警護を継続するように!

 しっかり頼んだぞ」


 はあ、閣下も大変なことだと思う。

 わたしからの情報収集に加えて、近衛騎士と衛士たちの暴走を止めなくてならないのだから。

 まあ、どのような攻撃をされようと『鳥船』に届きやしないのだけは確かで、何の心配もないから取り合えず良しとしよう。


「……き、貴殿は、本当に、何者なのだ?」


「何者とは?

 ご覧の通り、先触れとして外交書簡を運ぶのを任じられたタダの騎士爵家の女騎士ですが?」


「タダの女騎士が、神のお力を普通に知っていると言うのか!?

 おかしいではないかっ、こんなのっ、聖国の聖職貴族でも知らないことであろう!?」


「……まあ、聖女猊下の警護もしておりましたので」


 そう答えると、ベルベラ殿が分かりやすく口を尖らせられる。


「聖女猊下の警護を任されていて、タダの女騎士のはずがないだろうが、馬鹿者!」


 と、珍しく取り繕わない高めの声で怒られてしまうわたし。


 何とも不思議な関係が続く、そのベルベラ殿との妙に近い距離感に、またわたしはおかしくなってきて笑ってしまったのだった。

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