第319話 ロフェファイル騎士爵令嬢、帝城でエリガポ公爵家令嬢を衝撃波から護る
(ロフェファイル騎士爵令嬢視点)
ロフェファイル騎士爵令嬢は、先触れとして訪れた帝城で『鳥船』の来訪に伴う衝撃波からエリガポ公爵家令嬢を護ります。
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どれくらいの時間が経っただろうか?
事前に耳を塞ぐことができたなら良かったのだが、ベルベラ殿を抱き締めていたせいで、衝撃波の轟音に耳がキーンとなっている。
それでも(音を聞きづらくなっているとはいえ)鼓膜が破れたりはしていないみたいだ。
土埃の臭いと、吹き消された蜜蝋の臭い、そして……ベルベラ殿の花のような香りに胸が高鳴る。
「……大丈夫ですか?」
(近衛騎士団長たちと異なり)軽装で軍服姿のベルベラ殿の柔らかな身体がすっかり硬直してしまっているのを感じて、心配になったわたしは思わず声をかけるのだ。
「ひう!?」
「ひう?」
出会った頃のセメラの、あの可愛らしい悲鳴を思い出させるようなベルベラ殿の小さい悲鳴。
カーテンの中で少しばかり身体を離して、ベルベラ殿の顔を間近に覗き込むと(暗闇の中でも)彼女が顔を背けてわたしと視線を合わせないようにしているのが何となく分かった。
「ベルベラ殿?」
「だ、だいじょ……問題ない!
ぃ、いきなり、わたしを抱き締めて、な、なな、何のつもりだ!?」
普段は近衛騎士として、侯爵令嬢然とした口調を保ってきた彼女だが、年相応の言葉遣いが少しばかり垣間見えたような気がして、わたしは思わず笑ってしまっていた。
そう、昔のセメラもこんな感じだったのだ。
もちろん、ベルベラ殿のような偉そうな物言いはしていなかったが、出会った当初、わたしの距離感がおかしいだの何だのと顔を真っ赤して文句を言ってきていたのを思い出す。
最近じゃ『昔はあんなに凛々しく見えていたのに』と酷いことを言われることも多いのだが……ベルベラ殿には昔のセメラの面影のようなものを感じてしまっていた。
「はあ、まだ危ないですよ。
何が飛んでくるかも分かりませんし」
「な、なぜ貴殿は、その『しょうげきは』なるものが来ると分かった?
あれは聖国の兵器による攻撃なのか!?」
そんな訳ないだろう。
『鳥船』側がその気なら、一撃で帝都ベーラートは更地か、焼け野原になっているはず。
彼女は『鳥船』がどれほどのものかまだ分かっていないのだ。
「はあ、攻撃ではありません。
敢えて言えば……そうですね、神が少しばかり鼻を鳴らされた程度のことです」
「は……?
これで、鼻を鳴らした程度だと!? 窓が吹き飛び、帝城全体が揺れるほどだったのだぞっ!?」
「神からすれば、これすらも大したことではないのですよ。
書簡にもあったでしょう?」
そう、彼らが信じなかっただけで、書簡には全て書かれていたのだ。
『鳥船』がいかなるものであるかということも、その著大さゆえに少しの動きですら周囲に大きな影響を与えてしまうということも。
「し、しかし、だからといって、こんなことが……」
「だから言ったんですよ。
貴女方も神のお力を目の当たりする心の準備はしておいた方が良いと」
少しずつ耳鳴りが治まってくるのを感じながらわたしが平然とそう言うと、彼女の目がじっとわたしを見詰めてくるのが分かった。
「貴殿のあのような物言いで心の準備なんてできるものか!」
「では、わたしはどう説明すれば良かったと言うのです?
神が鼻を鳴らされただけで帝城に被害が及ぶほどであると言えば良かったのでしょうか?」
「そ、そうだ!
事前にそう知らされていれば、貴殿に……このように抱きかかえられることもなかったと言うのに!」
暗闇の中でも、彼女の目が逸らされるのが分かった。
うん、昔セメラもこんな風に照れ隠ししていた頃があったような気がする。
それにしても……以前のわたしなら、一生繋がりを持つこともなかっただろう帝国の公爵家令嬢様とこんなやり取りをしているなんて、何て可笑しいことだろう。
「お嬢様、そんな照れ隠しをなさらずともよろしいんですよ?」
「て、照れ隠しなどしていない!」
ふふ、外交上特別な使命を帯びた先触れを任された今のわたしだからこそ、ベルベラ殿とこんなやり取りをすることもできているんだ。
そうでもなければ、身分的にもこんなことは許されなかったと思う。
公爵家令嬢様と騎士爵家の娘なんて、不釣り合いにもほどがあるものな。
特使の先触れをお命じくださった姫様には感謝しかない。
「さて、ベルベラ殿、そろそろご自身の力で立てそうでしょうか?」
「む、無論だ」
カーテンの下から入り込む風が収まってきたのを感じて、わたしは彼女の背中にまわしていた腕をそっと離そうとすると、なぜか彼女はわたしの胸に倒れ込んできて、またわたしに掴まってくるんだ。
強がりを言っていても、まだ彼女の身体は震えていて、支えが必要なようだった。
「ベルベラ殿?」
「そ、その、先ほどは、助け(てくれて……)」
彼女の声が小さ過ぎてよく聞こえない。
「何です?」
「ぃ、いや、感謝しているとだけ……それだけだ」
「そうですか。
ふふ、ベルベラ殿、ご無理なさらず、もう少しこうしていましょう」
埃っぽさの増す空気の中で、彼女の香りは(わたしにとっても)安らぎになっていた。
二人だけの安全地帯でじっとしている間にも、耳が回復してくるにつれて、周囲の喧騒……いや、悲鳴と怒号が帝城に広がり始めているのが分かってくる。
ひんやりとした足元の空気の、その勢いが正常な範囲になってきたのを感じて、わたしはベルベラ殿を自分の胸に抱き寄せたまま、カーテンの隙間から周囲の様子を窺がうのだ。
先ほどまでは真昼だというのに煌々と灯されていた蜜蝋のシャンデリアは吹き消され、キィキィと音を立ててながら、天井で揺れている。
そして、隙間を広げていくと、客室の調度品類も吹き飛ばされたり、引っくり返ったりしているのが見え……床には近衛騎士の方々が倒れられ、呻き声をあげられているのが分かった。
「はぁ、ふぅ……」
そんな中でも立派な髭を生やされた近衛騎士団長閣下が起き上がられ、顔を左右に振っておられるのが見える。
どうやら突然衝撃波で吹き飛ばされてしまったことで、クラクラされているようだ。
「ァ、アリッサ・メイゾ・ロフェファイル殿。
は、話は少しばかり聞かせてもらった……これが『鳥船』とやらの攻撃でなく、神が鼻を鳴らされた程度であるというのは本当か!?」
それでも、真っ先に立ち直られ、そんなことを訊いてこられるのはさすがだ。
「はい、これでもメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下のおかげで地上への影響は相当に緩められているのですよ?」
「どういうことだ?」
「何せ、直径十三マイル、高さ三マイルもの著大な『鳥船』です。
それが動いただけで山脈よりも大きい体積の空気を押し退けられ、直下の街には全てを吹き飛ばす暴風が吹き荒れることとなり、何も残らなくなるらしいです。
猊下がバリア……結界によって地上と『鳥船』の航路の間を隔絶されたからこそ、帝都ベーラートを含め航路直下の街はこの程度で済んでいるのですよ?」
「何も残らないとは……本当に全てが吹き飛ばされてしまうというのか?」
閣下のご質問に、押し黙っていらっしゃったベルベラ殿の震えが大きくなるのが伝わってきた。
「はい、『人』も『動物』も、森も、農園も、街も、何もかもが跡形なく消え去るとのことです」
「……だからこそ、神に敵対するな……と、ロフェファイル殿はおっしゃったのだな?」
「ええ、神がその気になられましたら、この帝都ベーラートは一瞬でこのエルゲーナから永久にその姿を消すことになるでしょう」
そう閣下にお伝えしている間にも、まるで自分が神話に出てくる登場人物の一人になったような気分になってくるから不思議なものだ。
「では、先日の中央教会の尖塔に雷が落ち、崩れ落ちたのも、本当に神からのご警告であると」
「その通りです。
最悪の場合には、この帝都ベーラートにご神罰がくだることとなるでしょう」
「まさか、そんな。
しかし……現に『鳥船』によって帝都は日食に見舞われ、今まで敵の弓矢一つすら攻撃を受けたことのなかった帝城がこの有様ではな」
閣下がそう告げた途端、帝城の鐘が激しく鳴らされ始めるのが聞こえた。
「いかん!
敵襲とみなした近衛、衛士たちが動いてしまったか!?」
壊れた窓からは、帝国の近衛騎士たちの叫び声が城内に響き渡るのが聞こえてくる。
そう、帝国の近衛騎士たちは、神に敵対する道を選んでしまったのだった。
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アリッサさん、活躍されていらっしゃますね!




