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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第318話 ロフェファイル騎士爵令嬢、帝城で『鳥船』の来訪を待つ

(ロフェファイル騎士爵令嬢視点)

ロフェファイル騎士爵令嬢は、先触れとして訪れた帝城で『鳥船』の来訪を待ちます。


[新規にブックマーク、『いいね』していただきました皆様方に厚くお礼申し上げます]

 わたし、アリッサ・メイゾ・ロフェファイルは、敵国=オドウェイン帝国の帝都ベーラートにある帝城の客室で実質軟禁されていた。

 無事外交書簡を渡すことはできたのだが、その中身があまりにも非現実的な内容であるということで、白い目を向けられ、特使到着まで客室で待機するように言われた訳だ。


 まあ……実際にあの『鳥船』を自分の目で見た者でなければ、たったの二日ほどでサラマ聖女猊下らの特使が到着できるだなんて思いやしないだろう。


 帝国の宰相閣下に厳しく詰問されて胃が痛かったことは、セメラに愚痴りたいところ。

 帝国側はサラマ聖女猊下が王都にいることは把握していて『王都到着の報からの日数が経っていない中、特使としてやって来るなどあり得ない、どうやって帝都まで来るというのだ!?』と繰り返し大声で質問されて、耳が痛くなったほどだ。

 まあ、サラマ聖女猊下の筆跡が本物であるとは、認識していたみたいだが、やはり何かの工作活動ではないかと疑っていたみたい。


 とはいえ、帝国領内でも空に浮かぶ『鳥船』は観測されていて、混乱はしていたようだ。


 わたしがどんなに、あれが神の用意された、特使のための『鳥船』だと説明しても、彼らは受け入れなかった。

 小国であるミスラク王国が『鳥船』を実質運用しているに等しい状況など、信じられる訳もないか。

 メリユ聖女猊下とお会いする前のわたしだって、いきなりそんな話を聞かされれば、何の与太話だと信じやしなかっただろう。


「それにしても、信じられない光景だな」


 レースのカーテンを開けて、分厚いガラスの窓越しに帝城の中庭……いや、庭園を見下ろす。

 ミスラク王国の王城の庭園とは比較にならないほど広大な庭園。

 丁寧に刈り込まれた生垣は複雑な幾何学模様を描いていて、あそこで散歩をすれば、すぐに迷子になってしまいそうだ。


「あまり外を覗くのはご遠慮いただきたい」


 咳払いと共に帝国訛りの言葉で、近衛騎士の方から注意を受ける。

 帝城に着いてからずっとわたしの護衛をしてくれている女騎士=ベルベラ・デューコフィリーノ・エリガポ、おそらくわたしより若い女性の騎士だ。

 わたしと一緒に到着した聖騎士の方についた護衛の近衛騎士と比べると、やはり侮られていると感じてしまう。

 おそらく、公爵家令嬢ということで、その身分の高さゆえに、近衛騎士団でも扱いに困っていると言ったところだろうか?

 甲高い、まだ若干幼い声ながら、必死に姿勢を整えている彼女の姿を見ていると、微笑ましくもあるが、王国の女騎士の先触れ程度、この程度の護衛でよかろうと帝国側が考えているのが見透けてしまう。


「失礼。

 そろそろ特使が到着するのではないかと気になったもので」


「はあ、貴殿は本当に空から特使がやってくると信じておられるのか?」


「もちろんです。

 何せ、わたしは空を覆い尽くす『鳥船』を見ておりますので」


 その尊大さを隠そうともしない彼女に敬語で返しながら、わたしは、重いカーテンを閉める。

 一体これまでどれだけの外交使節がこの客室に泊まり、オドウェイン帝国の威容を見せ付けられてきたことだろう。

 振り返った先にある壁には、帝国の成りたちを金糸の刺繍で描いたものが飾ってあり、それだけでどれほどの金額になるものかと考えてしまうほどだ。


 以前のわたしなら、圧倒的なまでの帝国の力に怖れを抱いていたに違いない。


 しかし、鏡の御柱や神のおわせられる神殿、神の遣わされし『鳥船』を見てしまった今のわたしにとってはそれすらも驚くに値しないものになっていた。

 そして、きっと彼女はそんなわたしの態度が気に入らないのだろう。

 帝国の公爵家、エリガポ家と言えば、帝国でも指折りの軍事力を持っているということで、このわたしですらよく知っているくらいなのだから、彼女はそれだけ帝国と公爵家に誇りを持っているのだろう。


「信じ難い話だ。

 聖国と小王国はあの物体を操っているとでも言うのか?」


「操っていらっしゃるのは、書状にもある通り、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下です。

 今このエルゲーナで最も神に近しい聖女猊下でいらっしゃいます」


 そう説明すると、彼女が鼻で笑ったのが分かった。

 まあ、セラム聖国のサラマ聖女猊下ですら、帝国の言いなりにできると信じているような連中なのだから、『神に近しい』なんて言葉、受け入れられる訳もないか。


「小王国の辺境伯令嬢があれを操っているなどと笑わせる。

 あれは『人』の身でどうにかできるようなものではないだろう?」


「ベルベラ殿は『鳥船』をご覧になられたのですよね?」


「ああ、一昨日、アノド山脈の方まで馬を飛ばしてな。

 わたしも遠目ながら、聖国と小王国の国境辺りにあれが存在しているのを確認している」


 なるほど、『鳥船』が天界から地上へと降りられるところはこちらからも見えていたということになるのだろう。

 もう一つの月が降りてきたともなれば、帝国側でも観測に動くのは当然だ。


「あれ、とは何だとお考えなのですか?」


「それは……はあ、機密と言うほどでもないか。

 月が降りてきたのだと、解釈している」


「月、ですか、ふふふ」


 確かに『鳥船』が出現した際は、空にもう一つの月が現れたかのように見えた。

 タダ、わたしたちは『鳥船』だとそれを認識し、それが特使のために用意されたものと知っているのだ。

 天体現象の一つと考えている帝国は……きっと、『鳥船』の来訪に度胆を抜かれることになるのだろう。


「何がおかしい」


「失礼。

 しかし、あれは本当に『鳥船』で、本日中には帝城に到着なのです。

 どうぞ聖女猊下ら特使を迎えるご準備をしていただきたく」


「まだ言うか!

 大方、帝国にボロ負けしそうになって、小王国もやけになっているのだろう?」


 『侯爵令嬢様、言葉がお乱れになってしまっていますよ』と言いたいところだ。

 わたしたち、聖女護衛隊の皆にとっては、圧倒的なまでに強力な味方が現れたという気分だったが、はたして帝国の貴族たちはどのように受け取るのだろう。


「……」


「……!」


「………!?」


 分厚い窓ガラスの向こうからも微かに騒ぎ声が聞こえてきて、わたしは思わず(また)窓の方を向いて、重いカーテンを少しばかり開いてしまう。


 高鳴る鼓動。

 ついに来たのではないかという期待。

 胸が躍るのを感じながら、わたしは窓の外を(再び)見たのだ。


 山の向こう側から現れる著大な『鳥船』


 アノド山脈すら小さく見えてしまうほどの『鳥船』が山の輪郭の上に現れ、帝都ベーラートのある平野に影を落とし始めるのが客室の窓からでも分かる。


「な、何だ?」


 彼女も外の騒ぎが気になったのだろう。

 壁際にずっと張り付いているのを諦めて、わたしの傍に駆け寄ってくる。

 まあ、わたしの護衛なのだから、帝城内の異変は見過ごせないという意味では、正しい行動なのかもしれない。


 わたしは、重いカーテンを彼女のためにもう少し横に押し開け、窓の外をよく見えるようにしてあげるのだ。


 コォンコォンというバリアと何か接触するような音が響き始め、分厚い窓ガラスがカタカタと震え始める。


「………ぃ、一体何が、どうしてあの月が帝都に!?」


 わたしの真横で、茫然と『鳥船』が(山の向こう側から)姿を見せ始めるのに釘付けになっている彼女。


 それは庭園で警護に当たっていた近衛騎士たちも同じみたいだ。


 まさしくお伽話か、神話が現実になったかのような信じ難い光景に、皆、茫然となって見上げたり、混乱して走り回ったりしている。

 その間にも、『鳥船』はあっという間に帝都ベーラート上空を覆い尽くし、闇に包まれていくのだ。


 庭園よりも遥かに美しい幾何学模様が空一面に広がり、いよいよ音が大きくなり始める。


 分厚い窓ガラスがビリビリと震え出すと、それは今にも割れ、砕け散りそうだった。


「な、な、な………」


 はしたなくも口を大きく開けたまま、一歩ずつ後ろに下がっていく彼女。

 『鳥船』の威容を前に、彼女の帝国貴族としての矜持もいよいよ保てなくなったらしい。

 どんなに帝都ベーラートが立派であろうと、数十万人が住まえるという『鳥船』の威容には敵わない。


 まさに神のご眷属のためだけの、『天空の都』だ。


 何と誇らしいのだろう。

 あの『鳥船』には聖女猊下と姫様たちがいらっしゃって、これから帝国皇族を威圧するのだ!


「ど、どうして、帝城の上に、あのようなものが!?

 ま、まさか、本当に、あ、あれが『鳥船』というものなのか!?」


「ええ、そうです。

 神より下賜されし『鳥船』

 特使がご乗船された空飛ぶ『船』なのです」


「し、信じ難い!

 し、しかし、現にあれは………」


「おっと、いけない。

 そろそろ衝撃波というものが来るかと、窓からお離れになった方がよろしいですよ?」


「しょ、しょうげきは?」


 わたしはいつでも窓の横に逃げられるように体勢を整えながら、彼女に注意する。

 窓からその気配を読み取ろうとしているわたしの傍に、怯えた様子の彼女が来て、『鳥船』について分かっているわたしの話を聞きたそうにしているのだ。


 何だか少し自分が偉くなったような気がして、わたしが説明しようとしていると、部屋の扉が突然開かれ、男性の近衛騎士たちがなだれ込んできた。


「アリッサ・メイゾ・ロフェファイル殿っ!

 あれは一体何だ!?

 あれが書簡にあった『鳥船』だと言うのか?」


 蜜蝋を追加で灯すのも追い付かず、すっかり薄暗くなった室内に、怖い顔をした近衛騎士団長閣下が先頭に立って近付いてこられる。


「ええ、あれが『鳥船』でございます。

 神に選ばれし三人の聖女猊下に、ひめ……我が王国の第一王女殿下が乗っていらっしゃいます」


「馬鹿な……あれが『船』だと、信じられん!

 どうやってあのようなものが空を飛んでいるというのだ!?

 あれは月ではなかったのか!?」


「ですから、説明申し上げました通り、あれこそが神のご用意された『鳥船』なのでございます」


 近衛騎士団長というと、まあ、我が王国の方も小五月蠅いので(失礼のないように)言葉遣いだけはちゃんと整えておく。


「まさか、聖国はあれを使って帝都を……」


「いいえ、あくまで特使の『船』でございます。

 ただし、敵対行為だけはなさりませんよう。

 『鳥船』への攻撃は、神への敵対、背信行為と受け取られることとなるでしょう」


「な、何だと!?」


 ご立派な髭をヒクヒクさせながら、近衛騎士団長閣下が眉間に皺を寄せられている。


「一体、聖国と王国は何を考えているのだっ?」


「ご神意の通り、エルゲーナの平和の実現でございます。

 帝国には周辺国への侵攻だけでなく、軍備増強も諦めていただくことになるかと」


「むぅぅ、それは書簡にあったと聞いておる。

 しかし、あのようなものを差し向けて、一体我が帝国に……」


 近衛騎士団長閣下と話をしている間にも、ゴォンゴォンという『鳥船』の音が大きくなってきて、窓ガラスがいよいよ粉々になってしまいそうだ。

 わたしが外をちらりと向くと、直上でようやく停まろうとしている『鳥船』が見えた。


 メリユ聖女猊下からは、『気圧差』がどうのこうので、バリアを張ったときのものと同じような『衝撃波』が発生する可能性があるから、注意喚起しろとのこと。


 一応、書簡にも一通り書かれているはずだが、誰一人でまともにその内容を受け取っていないようだったから……これはまずいことになるかもしれない。


「閣下、まもなく『衝撃波』が来そうです。

 窓からお離れになってください」


「な、何だと!?」


 『鳥船』の周囲に白い雲が突然発生すればその合図だという。

 きっと、まもなく『衝撃波』が来るのだろう。

 わたしは分厚いカーテンに包まる準備をしながら、近衛騎士団長閣下らにも注意を促す。


「来る!」


 次の瞬間、『鳥船』全体が白い雲に包まれ、わたしはあれが来るのを悟った。

 傍にいたベルベラ殿の手を引っ張り、同じカーテンの中に包まる。

 閣下らは、立派な鎧があるから……まあ大丈夫だろう。


「何、何をする!?」


 顔を真っ赤にする(年下の)ベルベラ殿を抱き締め、わたしは壁に張り付いた。

 そう、それから数を数える間もなく、城全体が揺れ、ズドムという音と共に窓が吹き飛ぶのが分かった。

 カーテンの下から脚が冷え込むような強風と埃が巻き上がり、わたしは必死にそれに耐えたのだった。

新規にブックマーク、『いいね』、ご投票等で応援していただきました皆様方に厚くお礼申し上げます!

初のアリッサさん視点でございます!

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