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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第313話 王女殿下、絶望と奇跡の光景を目にする

(第一王女視点)

第一王女は、絶望と奇跡の光景を目にします。


[『いいね』いただきました皆様方に深く感謝申し上げます]

 近衛騎士と言えば、我が王国で最も信頼の厚い者たちで構成された、王族を警護するための騎士であり、その中でも女護衛小隊はお母様=皇后陛下とわたし=メグウィン・レガー・ミスラク第一王女を護るためだけの特別な小隊だった。

 もちろん、女性の騎士である以上、男性の騎士に比べれば現役期間は短く、婚姻等で引退する者も多い。


 (直接的な近傍警護ではないが)幼い頃からわたしを可愛がってくれていたのはルジア。


 王妃陛下の警護担当だから、お母様とお会いするときにはいつもルジアがいてくれたわ。

 そして、一昨年引退した女性騎士と入れ替わりに(若いながらも優秀ということで)王妃陛下の近傍警護に就いたのが、メルカだった。


 物静かで、落ち着いていて、表情が希薄というのがわたしの印象だった。


 なぜか不思議と耳に残るメルカというお名前の響きもあって、安心感もあったのだけれど……それはまあ置いておきましょう。

 そんな彼女が、特使に加わったとはいえ、妙に落ち着きのない素振りをお見せになられていたのが全く気にならなかったと言えば嘘になる。

 それでも、神という絶対的存在を味方につけ、メリユ様が聖なるお力を振るわれる中、オドウェイン帝国に勝ち目のない状況で、特使から裏切り者が出るなんて想定外のことだった。


「?」


 エレヴェイティングプレーンという『迎え船』の中心で、メリユ様と手を繋ぎ、輪になって、一番の高揚感を覚えていた中、メリユ様を挟んで反対側にいらっしゃったハードリー様の突然の動きにハッとなったわ。


 メリユ様の背後にまわられようとして、一時的に視界から消えたハードリー様を追って、首を回すとメリユ様の背後でまさに凶行が行われようとしているところだった。


 女騎士たちで囲み、凶行なんてあり得るはずのない近傍警護体制を取っていたのに、その女騎士の一人=メルカが裏切ったのだ。

 剣をまっすぐにメリユ様の背中に突き刺そうとされるメルカに、それを阻止せんとメリユ様の前にまわられるハードリー様。

 剣先がキラッと輝き、ハードリー様とメリユ様に近付いていくのを見て、わたしはゾッとなったわ。

 もちろん、メリユ様をお護りしなければとは思ったし、それは真っ先に動かれたハードリー様も同じだったと思う。


 それでも、ハードリー様だってわたしにとってかけがえのないお方なのよ?


「ハードリー様ぁっ!」


 ええ、ハードリー様ならご自身を盾にしてでもメリユ様をお護りされることでしょう。

 それくらいの愛を抱かれているのは、わたしだって同じなのだから、分かってしまう。

 自身の身体一つで、メリユ様への凶刃を防げると分かれば、わたしも(間に合うのなら)そうしたと思うもの。


 とはいえ、ハードリー様が凶刃によって命を落とされるだなんて、天に召されるだなんて絶対に許されないことなの。


 ハードリー様の胸元に吸い込まれていく凶刃に、わたしは『誰かメルカの剣を止めて』と願うことしかできなかった。

 もちろん、バリアがあれば完璧に防げるのだろうが、メリユ様だって完全無敵という訳ではない。

 バリアの発動のための聖なるご命令を発せられても、三つ数えるだけの時間は必要なるのだから。


「キャアァァ」


「猊下を護れぇっ!」


「敵襲っ!」


 メルー様のご悲鳴、ルジアの声に、男性近衛騎士たちの声。

 皆同じように(信じられないような)裏切りの光景を見ていたのだと思う。

 鎧の擦れる音や盾が打ち鳴らされる音と重なって、聞いてはいけないような肉と肉のぶつかるような音まで聞いてしまっていたわ。

 そう、メルカの剣は、その凶刃はハードリー様の胸を貫き、そこで止まっていたの。

 慌ててその剣を力任せに引き抜き、次の行動を起こそうとされるメルカのところに、ようやくセメラが追い付く。

 セメラの剣がメルカの鎧に当たって金属音が響き、メルカがその衝撃に剣を取り落すのが見えたわ。


 そして(胸元と背中から)鮮血を撒き散らされながら白く輝く聖なる床に倒れ行くハードリー様のお姿も。


 それは本当に絶望的な光景だった。

 ええ、メリユ様とお会いしてから(何度か)そのような場に遭遇していてはいたのだけれど、これほどまでに心抉られる光景は初めてだった。


「メルカを取り押さえろ」


「「「はっ」」」


「ハードリー様をお救いしろ!」


 ルジアが、そして近衛騎士団長たちが何かを叫んでいたのは耳に入っていたけれど、それらはもはや(わたしの中では)意味をなしていなかった。

 何せ、わたしの頭は、真っ白になってしまっていたから。


 血だまりの中で倒れられ、地平線の向こうをタダ意味なく見詰められるハードリー様の目は……もう何も映していなかったのだから。


 悲鳴を、絶叫を上げるだけの余裕もなかった。

 ミスラク王国の(同い年もしくは歳近い)貴族令嬢の中で、真っ先に気の合ったハードリー様。

 メリユ様とお会いしていなくとも、ハードリー様とは(きっと)学院に入ってからもずっと親友と呼べる関係を築けると確信していた特別なお方。


 それは当たり前のことだったの。


 前世から仲の良かった間柄なのだから、同士なのだから……お会いしたその瞬間から(また)一緒にいられるのだと思えたのも当然のことだったのよ。

 そんな彼女を失う……なんて、神はまたわたしたちをお見捨てになられたのかと思えるほどの絶望を覚えずにはいられなかった。


「ハードリー……リーラ様」


 わたしが頬を伝う涙の感触に、自分が泣いているのだと気付いたその直後、奇跡が起きたの。






 ハードリー様の周りに白い何かが一瞬蠢き、そして、神聖なる輝きが辺りを照らし、思わず目を瞑った直後、そこには使徒様のお姿のメリユ様と、もうお一人のメリユ様が立っていらっしゃったの。

 それは何かの宗教画のような光景だったわ。

 ええ、メリユ様には何度かそのような光景をお見せいただいてはいるのだけれど、『使徒と聖女』と題目が付きそうだと瞬間的に思えた光景に、わたしは言葉を失っていたの。


 聖なる光を撒き散らされながら白きお翼を羽ばたかれるメリユ様の差し出される御手を握られ、そこにご降臨(されたように見える)もうお一人のメリユ様もまた神々しい『礼服』(?)に身に纏われて、白い光を放たれていらっしゃったの。


「……」


 ハードリー様は?


 ええ、そこに倒れていらっしゃったはずのハードリー様のお姿はなく。

 血だまりすら消えていて、わたしも、皆も絶句しながら、その神々しい光景に目を奪われていたわ。

 使徒様のお姿のメリユ様が微笑まられ、そして、もうお一人のメリユ様が(既視感のある)笑みを零されたとき、わたしは……何か分かったような気がしたの。


「リー……ハードリー様?」


「はい」


 お顔も、お声もメリユ様。

 けれど、そのお仕草は間違いなくハードリー様。


 そう、ハードリー様は、メリユ様のお姿で生き返られていたの。


 こんなの、我慢していられる訳がないでしょう。


 わたしはメルー様と繋いでいた手を離し、生まれ変われたハードリー様に抱き付きに行ったわ。

 生まれる前から彼女に対しても、こういう感情表現をしていたのだもの、我慢なんてできる訳がないのよ。


「ハードリー様、無茶なさって」


「も、申し訳なく思いますわ、メグウィン様」


 どうにも違和感のある(メリユ様と同じ)お声。

 ハードリー様も、ご自身のお声でどうお話されて良いのやらと戸惑われたご様子でそう返される。


「ふふっ」


 それでも、ほんのつい先ほど凍り付いていたはずのわたしの心は、すっかり春の暖かさに包まれているかのようだった。


「メリユ様のお香りがします」


「そ、そうでしょうか?」


 以前、メリユ様がわたしと同じお姿になっていらしたときは、そうはもう姉妹感にたまらなさを覚えていたものだけれど、まさかハードリー様がメリユ様と同じお姿、お身体になってしまわれるだなんて。


 ずるい!


 ハードリー様が『ずるいずるい』とおっしゃられていたときのお気持ちが今更ながらに分かるような気がするわたし。

 どうせなら、わたしもメリユ様になって、三人まとめて『三姉妹』ということでも良かったように思うのだけれど、神もそこまではお考えになられていなかったということだろうか?


 それでも、メリユ様も、神も、わたしたちをお見捨てになられていなかったということにわたしは深く安堵するのだ。


 もうおぼろげで細かい思い出せはしないけれど、前生では、報われることのなかったわたしたちの思い……今生こそは、添い遂げ、大往生してみせると思うのだから。

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