第311話 悪役令嬢、ハラウェイン伯爵令嬢を救う
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、瀕死のハラウェイン伯爵令嬢を救います。
[『いいね』いただきました皆様方に深く感謝申し上げます]
“vrVRMxReader vrmxReader_tmp”
“vrmxReader_tmp SetFileName "./Meliyu_ver1-3.vrmx"”
“vrPolyDataMapper vrmxMapper_tmp”
“vrmxMapper_tmp SetInputConnection [vrmlReader_tmp GetOutputPort]”
“${actor} SetMapper vrmxMapper_tmp”
“${actor} Update”
これまでわたし=メリユavatarを変身させてきたスクリプトを書き換えて、初めてエルゲーナの普通の『人』であるハードリーちゃんをメリユに変身させる準備をする。
まあ、伯爵令嬢であり、エターナルカームでメインヒロインの親友役だったハードリーちゃんを普通の『人』呼ばわりするのは間違っているかもしれないけれど、わたし自身がエルゲーナの『人』にここまでの干渉は本当に初めて、だと思う。
使徒ファウレーナだったわたしが変身するのは良い。
VRMxファイルさえあれば、誰にでも成れ、それを利用してエルゲーナを平和へと導けるというのなら、誰にだって成るし、何だってするわ。
けれど、ハードリーちゃんをわたし=メリユに変身させるとなると話は別。
ハードリーちゃんの心はそのまま残るのだとしても、ハードリーちゃんのご両親からすれば、自分たちの娘が別人に生まれ変わったも同然なのよ?
伯爵令嬢であるハードリーちゃんにとっても、ご両親との血の繋がりを失うことになってしまうし、最悪の場合……ご両親に受け入れてもらえないかもしれないわよね?
はあ、わたしが、しっかりバックアップさえ取っていれば、こんなことは防げたのだけれど……こうなってしまった以上はわたしが責任を負わなくちゃいけないわよね。
「はあ」
スクリプトを何度も確認してバッチ実行する準備に入るつつ、わたしはそう考えるの。
わたし自身がエルゲーナに残って、ハードリーちゃんたちを幸せにするんだって決めた以上、どんな形であれ、ハードリーちゃんを愛し、そして償っていかなくちゃいけないんだと思う。
コンソールから視線を移せば、すぐ見えるハードリーちゃんの横顔。
『時』を止めていなければ瀕死な状態のハードリーちゃんなのだけれど、その大きな垂れ目と(何度もわたしにキスをしてくれた)かわいらしい唇を見ていると、そんな彼女の姿を失うことに泣けてきてしまう。
本編のテスターをしていたとき、プレイヤーキャラ=ヒロインちゃんの親友になってくれたハードリーちゃん(と、もちろんメグウィン殿下)にわたしがトゥンクってなっていたのも事実なの。
あのゲーム=別世界線シミュレーション自体は恋愛シミュレーションであり、男性との恋愛がメインではあったけれど、わたしには彼女たちと一緒にいた時間がとても愛おしかった。
そう、多嶋さん=神様にとっては、シミュレーションであっても、わたしにとっては特別なものであった訳で……もしかすると、あのとき、使徒ファウレーナだったときの恋心を思い出しかけていたのかもしれない?
それがそうだとして、それは果たしてエターナルカームの副産物なものと言えるのかしら?
もし、もしだけれど、多嶋さんが意図して、そういうことを仕組んでいたとしたら、本当に『最終的な目的は何なのか』って問い詰めたいと思ってしまう。
「はあ」
いや、わたしがあのテスターをしていたことで、十一歳のメリユスピンオフもどきでエルゲーナの運命を捻じ曲げることができたっていう時点で、多嶋さんにとっては『成功』と言えるものだったのかもしれないわね?
わたしがエターナルカーム本編を知らず、VRゲームだと信じ込んで始めたこの世界で、メグウィン殿下と出会い、ハードリーちゃんたちと出会い、彼女たちに入れ込まなければ、エルゲーナの運命は書き換えられなかったでしょう?
やはり、全ては多嶋さん=神様の掌の上ということなのかしらね?
分からない。
どこまで規定事項で、どこからが規定事項から外れたことなのか。
“Meliyu_ver1-3.vrmx”についてもそう。
一体何をこのモデルに仕込んでいるって言うのかしらん?
「……ハードリーちゃんがこんな目に遭うことまで規定事項だったなんて言うのなら、わたし、怒るから」
もちろん、わたしが油断していたことが主因ではあるし、一方的に多嶋さん=神様を責めるつもりはないけれど、今まではギリギリ回避できるように手を回してくれていたわよね?
今回、それがなかったことについては、怒っても良いと思うんだ。
そう、分かっていて、放置されていたとしたら、正直許せる気がしない。
ハードリーちゃんが死を間近に感じてどれほどの恐怖を覚えていたのか?
考えただけで泣けてきちゃう。
十一、ハードリーちゃんはまだ十一歳なのよ?
そんな子にこんな体験させるなんて、現代日本人としては『あり得ない』の一言に尽きるわ。
「はあ……バッチの準備よし」
いつでもバッチ実行できる万全の準備を整えて、わたしはコンソールから離れて、最後にハードリーちゃんの十一歳の姿を目に焼き付けておく。
別世界線シミュレーション=エターナルカーム本編では、成長したハードリーちゃんの姿をあれほどたくさん見ることができたというのに、この世界線=リアルでは、ハードリーちゃんは『生きる』ためにこの姿を失うことになっちゃったのよ。
そして(本編では悪役令嬢役を務めるはずだった)メリユの姿に変えられるだなんて、わたしはやっぱり悪い魔女役のようなものじゃない?
わたしは涙が目尻から伝い落ちるのを慌てて拭いながら、『ごめんなさい』とハードリーちゃんに改めて謝るの。
うん、そう、何時までも先延ばしにしていられない。
わたしは、このエルゲーナにおいて管理者権限を持つメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアドとして、ハードリーちゃんを救い、そして、オドウェイン帝国との戦争を終わらせなきゃいけないのだから。
「“Execute batch for update-actor-of-Hardlie”」
ファイル名は決め打ち。
絶対に間違いなんて起きようのない変身バッチ。
間もなく、ハードリーちゃんの身体が白く輝き出し、白い光球がいくつも浮かび上がる。
まるでハードリーちゃんの身体が分解されていくかのような光景にぞっとなりながらも、その眩しさにわたしは思わず目を瞑ってしまう。
今こうしている間にも、ハードリーちゃんの身体は、今のわたし=メリユと同じものに作り替えられていってしまっているんだ。
原理的には、管理者用avatarとエルゲーナの『人々』のactorで差はないはず。
それでも、絶対の安全は確信を持てなくて、わたしは『うまくいきますように』って祈るしかなかった。
「お願い……」
せっかく、ハードリーちゃんがこの世=エルゲーナに踏み止まってくれているんだもの、これで救えないなんてなったら、本当にわたしが邪神になっちゃうわよ。
瞼の裏に感じる光が少し収まってきたところで、わたしは目の痛みを堪えつつ、無理に瞼を上げる。
白い光球をたくさん放ちながらも、横たわっているハードリーちゃんの姿が明らかに変わっているのが分かるの。
赤く綺麗な長髪。
十一歳の割には大人びた美人顔。
そして……聖国のものとはまた違う純白のドレス(?)に包まれた身体?
「っ」
一目で分かる、多嶋さん=神様が用意した“Meliyu_ver1-3.vrmx”は、ルーファちゃんからの借り物を超える、天界のドレスとでも言えるものを身に纏ったバージョンのメリユだったのね。
そんなメリユの姿に、ハードリーちゃんは成っている……と?
わたしは口の中に溜まってきた唾を飲み込んでから、ふとメリユになったハードリーちゃんが目を閉じて、気持ち良さそうに寝ている……ように見えたのよ。
「……ぅん」
え………あれ、ちょっと今ハードリーちゃん動かなかった?
今わたし、ワールドタイムインスタンス、停止させてんだけれど!?
え、あれ、時間、ちゃんと止まっているよね?
なんでハードリーちゃん動いているの!?
「ひっ」
明らかにハードリーちゃんが身体を動かして、横向きから仰向けになったその動きに、わたしは飛び上がっちゃうくらいに驚いたわ!
長い赤睫毛が震える、ハードリーちゃん=メリユ(?)が目を覚ます。
いやいやいや、あり得ないっから!
で、でも、そんなこと考えてる場合じゃないや!
「メリユ様?」
ハードリーちゃんっぽい口調で、声音はメリユのものなのね……って、そんなことどうでも良い!
ハードリーちゃん、ちゃんと意識、戻ったのよね?
ハードリーちゃん、生きていてくれて、いるよね?
「ハードリー様?」
「はい………あれ、わたし、どうして生きて……こ、この声!?」
まだぼんやりとされているみたいだけれど、ハードリーちゃんの心を感じる!
良かった、わたし、ハードリーちゃんを救えたよ!
わたしは(何かに驚いている様子の)ハードリーちゃんを思わず抱き締めに行ったのだった。
『いいね』、ご投票等で応援いただきました皆様方に深く感謝申し上げます!
どうやら、ハードリーちゃんを救えたようでございますね?




