第305話 帝国皇女殿下、特使出発の式典に立ち会い、初めて『鳥船』を目にする
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は、特使出発の式典に立ち会い、初めて『鳥船』を目にします。
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ご神罰により、嘆きの立像と化した先遣軍の兵士たち。
一度目にすれば、神のお怒りがどれほどのものかすぐに分かるものなのだが、伝聞では所詮眉唾物でしかないだろう。
だからこそ、アレムお兄様に代わりわたくし一人が犠牲になる覚悟で、ご神罰がいかなるものかを皇帝陛下、そして皇室の者たちにご説明申し上げるつもりだったのだけれど……目の前の光景を見る限り、それすら杞憂に終わりそうだった。
そう、神はメリユ聖女猊下のために著大な『鳥船』を遣わされたのだ。
罪人であるからこそ、特使出立のそのときまで、わたくしたちはそれを目にできなかったのだけれど、いざ目の当たりにしてみて、神のお力というものを改めて思い知った気分だった。
空を覆い尽くす精緻な細工を施された円盤、いえ、表面の模様もある種の構造物なのだろう……よく見れば、『鳥船』の表面だけでも帝都の構造物を遥かに超えるものであるのが分かるの。
ご説明によると、直径が十三マイル、高さが三マイルにも及ぶとのこと。
そのご説明だけで卒倒しそうになってしまったわ。
先日はバリアで一つで先遣軍が無力化されたのだから、きっとこの『鳥船』に備えられた戎具を持ってすれば、帝都が一瞬で滅ぼされてもおかしくはないだろう。
神はそれほどまでに本気であらせられるということ。
皇帝陛下に余計な一言さえ言わせない、まさしく問答無用で『聖女猊下の前に平伏し、ご神意を受け入れろ』というご神意をひしひしと感じるの。
もし皇帝陛下が刃向ったなら、その瞬間に『鳥船』の戎具が帝都を焼き払ったとしても不思議ではないと思えてしまう。
「諸卿、諸君、神の守護を賜りし臣民たちよ。
我らは、このエルゲーナに平穏を取り戻すため、オドウェイン帝国へ特使を派遣することとなった。
王国と聖国は心を一つに合わせ、帝国に停戦の勧告を行うことを決したのだ。
この務めは、ご神意にもとづくものであり、聖女を戴く王国、聖国にとって極めて重きものと言えるだろう。
されど、帝国は、神の警告を顧みず、この砦へ刃を向けた。
その傲慢が、神の怒りを買い、かくして神はこの『鳥船』を遣わされたのだ。
王国、聖国の兵力では勝目のない戦であったが、神のご寵愛を受けし聖女たちが我らには付いている!
見よ、この『鳥船』の威容を!
この『鳥船』は帝国に神の威を示し、必ずや、帝国の野望を砕くであろう。
神の御心と我らの信心があれば、正義の前に屈するものなど何もないのだ。
たとえ今はこの暗き道を歩もうとも、神は我らを見守り給う。
信ぜよ、神を、信ぜよ、我らの聖女たちを。
我らの祈りと共に、いざ特使の出立である!」
「「「「「おおおおおお」」」」」
王国のカーレ第一王子殿下の出立のお言葉に、大いに湧き立つ王国と聖国の騎士たち。
本当にカーレ殿下のおっしゃられている通りだと思う。
ご神命の代行者でいらっしゃる聖女猊下方に楯突いたわたくしたちは『悪』
神は聖女猊下方にお墨付きを与えるためにも、この『鳥船』を下賜されたということになるのだろう。
王国と聖国は神の庇護のもとにおかれ、一方で帝国は神の『敵』とみなされ、いかなるご神罰がくだってもおかしくない状況になってしまっていると言えるだろう。
唯一の救いは、メリユ聖女猊下=使徒ファウレーナ様がとても寛大なお方でいらっしゃるということ。
ルーファ様ともお話させていただいて分かってきたけれども、メリユ聖女猊下がいらっしゃらなければ、神はもっと苛烈に、無慈悲にご神罰をくだされていたに違いないのだから。
「な、なななな、何なんだ、これは………」
「神がメリユ聖女猊下のためにご用意された『鳥船』かと」
「そ、そんなことは、わ、わわ、分かっている。
し、しし、しかし、これほどとは!
神は、帝国をほ、ほろ、滅ぼすおつもり、なのではないか!?」
はあ、アレムお兄様は相変わらずね。
「先日も、神がその気になられれば、帝国全ての民が嘆きの立像と化し、亡国となってもおかしくはないと申し上げたと存じますが?」
そう、わたくしたちは、ご神意に背いた愚かな罪人であるという自覚は持たなくてならない。
それなのに、お兄様ときたら、まだそのご自覚をお持ちでいらっしゃらないのね。
「そ、そそ、そうであったな。
ははは、こ、この『鳥船』一つで、こ、ここっ、皇帝陛下を黙らせようとは……神のお力は、い、未だ推し量れぬものばかりだ」
経典にすら詳細が記されていなかった『鳥船』
それがまさか帝都がいくつもすっぽり収まってしまうほどの著大なものであったとは、『推し量れぬ』というお兄様のお言葉は確かにその通りね。
「お兄様、わたくしが愚考いたしますに、この『鳥船』は帝都からも視認できているのではないでしょうか?」
「ああ、て、天から、ふ、二日かけて、ぉ、下りてこられたということ、だったか?
はあ、おそらく周辺各国で捉えられていることだろうな」
言葉から震えが抜けないお兄様が冷や汗を拭われながらに、そうお答えになられる。
そう、王国、聖国、そして、帝国だけではない。
周辺国全てが『鳥船』についての情報収集を三日前から行っているのは間違いない。
そして、それがこの王国のゴーテ辺境伯領に接近しているということも掴んでいることだろう。
もはや『鳥船』という神の威を示すものは、全ての国々で共有されているのだ。
神に逆らえばどうなるか。
ゴーテ辺境伯領に集まった各国の密偵は、変わってしまった地形と嘆きの立像と見て、ご神罰がどれほどのものか知り、それを各国に持ち帰ることになる。
「はあ、こ、これは、各国の上層部も出張ってくるのではないか?
密偵が持ち帰った情報だけでは判断できず、特使も派遣されるだろう」
そうね。
王都のバリア=鏡の柱の報告をした密偵を処分した帝国の言えたことではないけれど、『鳥船』という分かりやすいご存在が各国で視認されたことで、各国の上層部はそのご存在を否定できなくなってしまったのだものね。
「鏡の柱、バリアを受け入れられなかったからこそ、神は更に著大な聖遺物をご用意なされたのかもしれませんわ」
「そ、そうかもしれないな。
し、しかし、いくら何でも、大き過ぎる!
そっ、空がほぼ覆い隠されてしまうほどとは!」
本当に。
誰もが己の目で見てしまうのだから、欺瞞情報だなんて片付けること、できる訳がない。
「万が一でも『鳥船』を軽んじれば、次なるものが遣わされることになりそうですわね?」
「つ、次なるものだと!?
勘弁してくれ!
そんなことになれば、腰が抜けるだけじゃ済まなさそうだ」
ええ、そんな事態だけは避けなくてはならないだろうと思うわ。
『鳥船』を超えるものとは、それこそ、エルゲーナそのものを滅ぼすものとなってもおかしくはないのだから。
「し、しかし、テーナ、お前は落ち着き過ぎではないか?」
「継承権を放棄し、皇帝陛下に戦を諦めるよう奏上する覚悟をした時点で、わたくし自身の命は全ての帝国民のために捧げるつもりでしたもの」
「く、は、ははっ、良かったではないか?
さすがの皇帝陛下も『鳥船』から下船したテーナがご神罰がどうのと奏上しても、もはや受け入れるより他にあるまい」
「そうなればよろしいのですが」
とはいえ、皇帝陛下がメリユ聖女猊下=使徒ファウレーナ様のお言葉に反発する可能性もまだ残されている。
皇帝陛下の性格を考えれば、集団幻覚だと言い出してもおかしくはないと思うのだから。
「アレム・インペリアフィロ・オドウェイン第二皇子殿下、テーナ・インペリアフィリーノ・オドウェイン第二皇女殿下、これよりメルー聖女猊下が『鳥船』よりエレヴェイティング・プレーンを御され、下ろされます」
ルーファ様がこそっと状況を教えてくださる。
普段は『テーナ様』と呼んでくださるようになったとはいえ、やはり特使の方々が揃っているこの場では無理みたいね。
「エレヴェイティング・プレーン、とは?」
「本船に向かうための迎え船のようなものとお考えくださいませ」
「迎え船ですか?」
わたくしは、ルーファ様に促されて、メリユ聖女猊下と一緒にいらっしゃるメルー聖女猊下の方を見る。
「じゃあ、メルー、お願いね」
「はい!
“ゴーイングダウン エレヴェイティング・プレーン トゥ ピンアイディ セヴゥンファイヴ”」
よく分からない呪文のようなお言葉。
これがルーファ様のおっしゃっていた聖なるご命令というものね?
わたしが覚えたところで、使える訳もないのだろうけれど、ご奇跡の場に立ち会っている高揚感に、わたしは胸が躍るのを感じてしまっていた。
「見ろ」
「凄い、白いものが下りてくる!」
「下がれぇ、潰されるぞ」
王国と聖国の騎士の方々が騒がれるのにつられて、わたくしたちも空を見上げる。
「何だ、あれは!?」
「白い円盤?」
『鳥船』の模様だけが見える薄暗い空に、白く輝く円盤のようなものが現れたのが分かる。
ええ、『鳥船』の模様、いえ、構造物の中心に出現した光を放つ白い円盤は、こちらに向かって下り始めているようだった。
「あれが迎え船……」
これまた『人』の常識を超えている。
まだ大きさがはっきりと分からないとはいえ、おそらく帝国の軍船を遥かに凌ぐ大きさであることだけは確かで、それが空に浮いているのだ。
「あんなものに乗り込むとは、天界とはまさに摩訶不思議なもので溢れているのだな」
「ええ、あれもまた、本来であれば『人』の目に触れることもなかったものなのでしょう」
わたくしは、左手で自分の胸を押さえ、ご奇跡の光景に高揚感を抑えきれなくなってきているのを自覚したのだった。
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そろそろまたお話が動く予定でございます。




