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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第296話 王子殿下、鳥船の話を聞き、更に衝撃を受ける

(第一王子視点)第一王子は、鳥船の話を聞き、更に衝撃を受けてしまいます。


[新規にブックマーク、『いいね』いただきました皆様に心からの感謝を申し上げます]

 無事に儀式も終え、今後の方針も定まったというのに、わたしは未だあの儀式の際に受けた衝撃から抜け出せないまま、砦の執務室で影からの報告を聞いていた。

 アメラには上の空になっているのがバレてしまっているだろうが、仕方あるまい。

 まさか、メリユ嬢一人で砦前の帝国兵を一瞬で殲滅することができてしまったのだから。


 いや、殲滅という言葉は正しくないか。


 『時』を止められた蝋人形ごとき帝国兵たちは、神の赦しさえ賜れたなら、元に戻せるらしいからな。


「とはいえ……」


 神がそう簡単にあの帝国兵たちを赦すとは思えない。

 あれは明らかに見せしめだ。

 一万近い兵たちが一瞬にして(実質)全滅してしまったということが分かるあの光景を敵の間者たちはどのように伝えるのだろう。

 たとえ、その情報が正しく伝わらなかったとしても、この砦まで辿り着いた者たちは、『神の怒り』を正しく知ることだろう。


 いずれは、各国の上層部にまで知れ渡ることになるであろう、この現実。


 今思い出しても、あの光景は、神への畏敬の念を取り戻すには十分過ぎるものであった。

 無論、バリアだけでも十分ではあったのだが、『時』を奪われた者たちが重なり合うように倒れている様を見て、何も感じない者などいないであろう。

 何せ、神は万を超える兵たちを簡単に無力化できてしまうのだ。

 もはやオドウェイン帝国の数で攻める戦法は何の役にも立たない。

 強力な攻城兵器すら神の力の前には子供のおもちゃ同然だろう。


「……メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下はお食事を取られるとのことでございます」


「事前の毒味は確かに行ったのね?」


「もちろんでございます。

 どの料理にも毒は確認できなかったとのことでございます。

 厨房においても、怪しい動きがないか、影を二名見張らせておりますが、特に問題はございませんでした」


 アメラと女性の影の会話を聞きながら、メリユ嬢の立ち位置を改めて認識するのだ。

 本来であれば、わたしが引き連れてきた騎士、兵たちは、帝国兵たちと一戦交えるはずであったのに、神のご神意、意向が変わったことで、メリユ嬢にあのような奇跡を起こすよう、神命、神託がくだったのだと言う。

 あの地上=エルゲーナにおいて、神に近しい力を振るえるのはメリユ嬢だけであり、まさに最強の存在と言ってよいだろう。


 一方で、普段のメリユ嬢は、か弱い齢十一の令嬢に過ぎない。


 以前、力を使い果たして倒れたときはどれほどの騒ぎになったことか。

 そして、問題は、その聖なる力だけでないのだ。

 たとえメリユ嬢が使徒ファウレーナの生まれ変わりであろうと、その身は『人の身』だ。

 バリアのない状態で、暗殺が行われた場合、彼女にそれを防ぐ術はないだろう。

 聖水での回復が可能なのだとしても、心の臓を一突きにされてしまえば、さすがのメリユ嬢も聖水を生み出すことすらできぬまま、命を落とすのではないか?


 そう考えると、本当に怖ろしい。


 我が王国に、メリユ嬢抜きで、帝国の本軍を迎え撃つ力は残っていない。

 何より帝国の皇帝を相手に、メリユ嬢の力の誇示もなしに、交渉をすることなど不可能だろう。

 相手は我が王国を小王国と蔑むような連中なのだ。

 せめて、聖国程度の軍事力がなければ、話にならないというものだ。


「はあ、メリユ嬢の近傍警護は念入りに頼む」


 全く(演技だったとはいえ)わたしに取り入ろうと迫ってきたあのメリユ嬢がこれほどの重要人物になるとはな。

 いや、わたしたち、我々が気付いていなかっただけで、メリユ嬢はエルゲーナに生を受けたときから、神の庇護のもとにあり、なおかつ、神の使徒でもあったのだろう。


「はっ、拝命仕りました。

 殿下、アメラ様、もう一件、重要なご報告がございます」


「何だ?」


「軍議で諮られました、帝国への特使の件でございますが……」


「うん?」


「新たなご神託がくだされ、神が『鳥船』を遣わされることになったとのことでございます」


「……鳥船?

 いや、待て、『鳥船』だと!??」


「はい」


 わたしは思わずアメラと顔を見合わせてしまう。

 まるで剣の柄で殴られたかのような衝撃を(新たに)受け、わたしは混乱に陥った。


 『鳥船』とは何なのかを知っていても、『鳥船が遣わされる』などという荒唐無稽な話をそのまま受け入れられる『人間』などこの世にいないだろう。


 そもそも『鳥船』というものは神や神の眷属が乗られる船のことであり、経典に記述はあれど、宗教画にすらその姿が描かれてはいないはずなのだ。


「それは……メリユ嬢がベーラートに向かう際に、瞬間移動ではなく、『鳥船』で移動することになったということか?」


「それが『鳥船』ごと帝都ベーラートに赴かれることになられたとのことでございます。

 何でも、神の威を示すためであると」


 まあ、船が空からやってくれば、神の威も示されるだろうが……。

 はあ、どうしてそうなったのだ?

 何とも頭の痛い。


「つきましては、『鳥船』を呼び寄せるにあたり、領都やその周辺で混乱が起こらないよう、手配いただきたいとのことでございます」


「混乱……いや、まあ、確かに」


 『鳥船』に乗り込む以上に、ここにその『鳥船』がやって来るということか。

 バリアに続き、そんなものまでやってくれば、領民も混乱に陥ることだろう。


 ……そんな話を聞かされたばかりの我々ですらそうなのだ。


「殿下、よろしいでしょうか?」


「アメラ、何だ?

 気になることがあれば、何でも言ってくれ」


「はっ、その『鳥船』とはどれほどの大きさなのでしょうか?

 メリユ聖女猊下から伺っていますか?」


 ……それは、確かに重要な情報だな。


「そ、それが、直径が十三マイル近い、と」


「「はっ!?」」


 思わず、アメラと一緒に変な声が出てしまった。

 じゅ、十三マイル?

 彼女は何を言っているのだ?


「………桁が一つ、ずれているのではないか?」


「いえ、殿下。

 一・三マイルではなく、十三マイルとのことでございます」


「あり得ない!

 そんなものが空からやってくれば、この辺り一体が真っ暗に………」


 いや、だからこそ周知しておけ……ということなのか?

 しっかりしろ、バリア=鏡の御柱の件でも十分に突き付けられてしまったではないか?

 神の力をもってすれば、十三マイルの『鳥船』ですら大したことではないのだろう。


「そ、それで、高さは?」


「およそ三マイル、と」


「「さ、三マイル……」」


 それは……バーレ連峰よりも高いのではないか?


 あああああ、わたしは、我々は、神の力を(これでもまだ)甘く見積もりっていたということになるのだろうか?

 ま、まさか、それほど、とは。


「アメラ」


「殿下、ただちに聖騎士団、近衛騎士団、領軍に領民の避難のため、領内に派遣すべきかと」


 まあ、そうなるだろうな。

 周知でどうにかなるレベルではない。

 話で聞いているだけでも混乱に陥りかけているのだ。


 ……実物を目の当たりにすれば、平静を失うに決まっている。


 だとすると、メリユ嬢たちの近傍警護の騎士たちを残し、あとは領内での大混乱が生じないよう、各地に派遣すべきだろう。


「アメラ、先遣軍の野営陣地の状況が把握でき次第、派遣の準備に入ってくれ」


「承知いたしました」


 わたしは執務室の天井を仰ぎ見て、『鳥船』がどんなものか、必死に想像を巡らせる。

 空を覆い尽くす『鳥船』………に、はたして我らは己の精神を保つことができるのだろうか?

 頭の痛い難題に、わたしはカブディ近衛騎士団長、ソルタを至急呼び戻すことにしたのだった。

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