第290話 悪役令嬢、神罰のくだった現場で世界を俯瞰する
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、神罰のくだった現場に赴き、世界を俯瞰して見てしまいます。
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テラのサブカルで、勧善懲悪ものって一定の人気があるのよね?
そういうわたしもエターナルカーム本編で出てきた悪役令嬢=メリユが国外追放になった結末には、胸の痞えが下りたというか、溜飲が下がったというか、そんな感じだったわよ。
それがまさかメリユ・スピンオフのテストプレイをすることになった上に、わたしの半身が[メリユ]だったなんて思いもよらなかったし、極めつけが今のわたし自身がメリユの身体に入っちゃってることかな?
もちろん、悪役令嬢ものとしては、悪役令嬢に入り込んだ別人格=主人公がその悪役という立ち位置から外れさせるような展開がまた好まれたりするのだけれど。
ううん、まあ悪役令嬢云々っていうのは置いておいて……エルゲーナのリアルとしては、オドウェイン帝国軍が悪で、その皇帝、皇族というのはまさに敵役ということになるんだろう。
これが魔法を使える世界なら、広域殲滅魔法で驕り高ぶった帝国軍を壊滅させて、『うおおお』ってなるところなのかもしれない。
勧善懲悪ものとしてのフィクションなら、帝国軍相手に無双してすっきりしたいところよね?
実際、連中がメグウィン殿下、ハードリーちゃん、マルカちゃんやルーファちゃんたちにしてきたこと、しようとしていたことを考えれば、オドウェイン帝国軍なんて滅んでしまえと思うわよ?
そして、わたしがそのつもりでスクリプトを書いて、それを実行したら、本当に帝国軍なんて一瞬で壊滅させられるのよね?
サブカルなら、それで良いと思う。
でも、現実は違う。
バリア展開したときもそうだったように、付随エフェクトの威力が馬鹿強くて、大惨事が一々発生しちゃうの、何とかならん、多嶋さん。
いや、本当……
「リアルは、生々しいとかいうどころか、普通に地獄なんだが……」
ええ、そうね。
正直、えぐ過ぎた。
前のバリア展開時のアレですら、かなりアレだったのに……今度のは生ポンペイかよって感じね。
いや、ね……実質全滅させることに躊躇がなかったのは、どうせ(いずれは)ローカルタイムインスタンスの停止を解除して、元に戻してあげるからっていうのがあったからなのだけれど、結果論的には地獄絵図だけが残った感じ?
バッチ実行ってさ、タイムラグあるじゃない?
バリアの“Delete”で突然光にさらされた挙句、爆縮まで発生した次の瞬間にローカルタイムインスタンスを停止させたものだから、ヴェスヴィオ山の大噴火に動揺したポンペイの『人々』をそのまま蝋人形にしたような地獄絵図になっちゃってるのよね。
まあ、あっちは石膏で型取りしただけで、えぐさの次元はこっちが圧倒的に上な気がする。
突然の光に目を押さえて、呻いているように見える『人』
爆縮から頭を守ろうと、頭部を抱え込んでいる『人』
絶望のあまり、投げやりになったのか、目を見開いたまま突然の光を受けてしまった『人』
そんな『人』たちが、直後の爆風で倒されていって、そこら中が倒れた蝋人形だらけって感じなのよ。
「はあ、こっちの世界の『人』たちは、強いわよね」
正直、小学五年生のわたしをここに連れてきたら、速攻で吐いているでしょ?
それなのに、メグウィン殿下、ハードリーちゃんはむしろ堂々としているというか、ううん、わたしを心配してくるくらいの余裕はあるみたい。
うん、実質戦勝国側というか、オドウェイン帝国の侵攻から国を護った側なのだから、敵がどうなろうと知ったこっちゃないという感じなのかな?
女性の騎士さんたちも冷ややかな視線で蝋人形群を眺めているし、戦の前線に立つ側の『人』ってこういうものなのかもしれないわね?
それでも、帝国の皇子様と皇女様には、強烈に効いたみたいよ?
ヴェール越しとはいえ、顔真っ青にしていたし。
まあ、わたしが帝国軍の本軍(?)だったかしらん? それすらも同様に蝋人形化できるって知れば、普通に恐怖よね?
「……味方にとっては、頼もしい最強兵器。
敵さんにとっちゃ、地獄からの使者って感じかしらん?」
うん、そういうのもあるからこそ、メグウィン殿下やハードリーちゃんたちに、騎士さんたちも平気でいられるのかもしれない。
それとも、彼女たちの宗教観的に、たとえ黒いものでも神が白いと言えば白いってなっちゃうくらいに、神や神の眷属への帰依が強いのかもしれないわね。
そして、神の意に背いた敵さん=帝国軍の兵士たちは、神罰がくだされて当然であって、地獄絵になっていても、それがおかしいとか、怖ろしいと思うこともないのかも?
「メリユ様っ」
わたしがそんな風に俯瞰しながら、エルゲーナの『人』たちを見ていると、急にメグウィン殿下が急に繋いだ手をギュッとしてきたのを感じたの。
ううん、メグウィン殿下だけじゃない、ハードリーちゃんも、ね?
「それ以上は浮かび上がらないでくださいませ」
「はい?」
あ、わたし、無意識の内に浮き上がっちゃっていたのね?
地に足を付けていられるよう、気を付けていたはずだったのに、いつの間にか、ふわふわと浮遊しかけちゃっていたの。
わたし、今メグウィン殿下とハードリーちゃんに引っ張られて、天高く浮かんで行ってしまわないよう繋ぎ止められていたんだわ。
二人の手に(手袋越しでも分かるくらい)じわりと滲む手汗と、その手に込められた力加減にドキリとなる。
わたし……今まで二人の必死なその表情にすら、気が回らなくなっていたというの?
「メグウィン様」
メグウィン殿下を見ると、王女殿下らしくきれいなティアラを輝かせながらも、その額には汗を浮かべ、一人の少女としてわたしを手放すまいとしてくれているのが分かるの。
「ハードリー様」
ハードリーちゃんを見ると、伯爵令嬢らしい上品なネックレスを首元に光らせながら、その目にも涙を潤ませて、一人の女の子としてわたしを求めてくれているのが分かるの。
行かないで。
二人の目にそんな感情が浮かんでいるのが分かったわ。
ああ、そうなのね。
二人にとっての恐怖は、帝国軍の兵士たちが蝋人形のようになって倒れている地獄絵図ではなくて、わたしがいなくなってしまうことなのよね?
「そうよね」
わたしは背中の翼を下降できるよう羽ばたかせて、地上に足をつけるの。
勧善懲悪とか、どうでも良い。
世界を俯瞰して眺めるとか、『人』のすることじゃないものね?
うん、そう、テラがちょっと異常過ぎるのよ?
サブカルに限ったことじゃない。
漫画、アニメ、映画の中で、テラの『人々』はエルゲーナの『人々』が知らない、鳥の視点から世界を見下ろすことを知っている。
そして、フィクション、ノンフィクション含め、娯楽としてあり得ないくらい幅広い『人生』を見詰めることを知っている。
それはね、神の視点に近いものだと思うのよ。
多嶋さんが『人』としてテラに生まれ変わったわたしを観察……見守ってくれていたように、物語として色々『人』の在り方、可能性を眺めることができるテラの『人々』は行き付くところまで行ってしまっているように思う。
だって、そうでしょう?
このエルゲーナには、娯楽に飢えるほどに物語はないし、そもそも『他人』の在り方を想像することすらない生き方をしている『人々』がたくさんいるの。
本当に現代のテラは、神の眷属が『人』に生まれ変わるには、最適な場所なのかもしれないわね?
もしかしたら、わたし以外の天使も、テラに生まれ変わっているのかも?
「メリユ様っ」
踵までしっかり地に足をつけたところで、メグウィン殿下がいつものように抱き付いてくる。
HMD越しだったときには分からなかった、メグウィン殿下の確かな存在感。
そして、そんなわたしたちごと抱き締めてくるハードリーちゃん。
身体の温もりに香り、額のコツンと当たる感触。
前世のことから含めても、大切なハードリーちゃんの存在感。
テラの、たくさんの物語、たくさんの『人』の(フィクション含めた)生き方が大量消費される時代に、こんなたった一人、一人の『人』に大切さを覚えられるものかしら?
インスタントな動画たち、バズってもすぐに伸びなくなりネットの海に消えていくコンテンツたち。
もちろん、ひたすら押しを追いかけ続け、何度もリピートする『人』たちもいるけれど、『人』一人の人生をそこまで深く考えられなくなっている時代に入っているような気がするのよね。
わたしもZ世代のJDとして、リアルな男性との恋愛も知らずに、サブカルにどっぷりと浸かっていたわ。
でも、エルゲーナに来て、いえ、帰ってきて、ここでは自分の隣にいる『人』の存在がどれだけ大きいかを考えてしまうの。
テラだとね、大学生になって一人暮らし始めても(一人暮らししている友達からの話を聞く限り)あまり寂しくないらしいのよね?
SNSで家族とすぐ連絡取れるし、下宿に帰っても(一生かかっても消費し切れない)たくさんのコンテンツが待っているんだもの。
そして、そのコンテンツの中で色々な世界と『人』のあり得る姿を見ることができるのだから、一つ一つに飽きることはあっても、その全てに飽きることはないのだわ。
「ダメね」
わたしは麗奈のはずなのに、ファウレーナみたいなことを考えちゃってる。
拒めたと思っていても、わたしの人格は既に人格じゃなくて、天使格とでもいうべきものに変わりつつあるのかもしれない。
だってそうでしょ?
テラでパラグライダーを使えば『人』は飛べると思っているし、ドローンを使えば視点だけでも鳥と同じ視点を得ることができるって思ってはいるわ。
でも、誰が背中に翼を生やして飛べるって思うの?
生身で天使形態を取ってしまったことで、わたし、余計に『人』から遠ざかりつつあるのかもしれないって思ってしまったの。
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休日出勤があり、更新が遅くなりまして申し訳ございませんでした。




