第289話 帝国皇女殿下、ご神罰の跡を見、継承権放棄を決意する
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は、ご神罰の跡を見、継承権の放棄を決意します。
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信心深い聖騎士と王国の騎士たちが、白き翼を広げ、宙に浮かんでいらっしゃるメリユ聖女猊下を囲み、砦前の広場へと移動していく光景は、それを描写しようとするだけで神話の一節になりそうなほどの神聖さがあって……いずれ、この光景も事細かに経典に書き記されることになるのだろうと、わたくしは考えていた。
騒ぎを起こしたアレムお兄様にさえ、ご慈悲をお与えくださったメリユ聖女猊下=使徒ファウレーナ様。
そう、ルーファ様のご説明で、わたくしはメリユ聖女猊下こそが使徒ファウレーナ様こそが使徒ファウレーナ様のお生まれ変わりだと知ったの。
何でも、メリユ聖女猊下は、これまでにもご自身が目立つのを避けるため、侍女やメルー聖女猊下にご変身されていらっしゃったとのこと。
それが……神よりご神託を賜られ、ご神命をご執行される大役を担われるのにあたって、ご自身の神聖さを示すために、本来のお姿=使徒としてのお姿を選ばれることになったのだろう。
もはや、ここにメリユ聖女猊下が神に次ぐ使徒のお立場にいらっしゃるのをお疑いになられる方は一人もいまい。
ご神罰により、一瞬にして一万近い先遣軍の兵士が全員が嘆きの立像……いえ、生きたまま蝋で固められた、物言わぬ人形に変えられてしまったのだ。
最初は戦を収められた、神のご奇跡に感嘆の声を漏らしていた騎士たちも、その厳粛さのあまり、態度を律されて、今はタダ静かにメリユ聖女猊下の警護に当たられているのよ。
「……そんなことになっていたのでございますね」
ルーファ様にご説明いただくまで、わたくしたちはあの鉄槌によって兵士たちは磨り潰されたものと考えていたの。
けれど、実際は天界に続く結界の中で、ご神罰のご執行まで猶予を与えられていたのらしい。
ご神罰が(経典にも記載のある)神隠しである場合は、結界を通って天に召され、二度と地上=エルゲーナに戻らず……今回のように『時』を奪われるものである場合では、このように嘆きの立像にされてしまうのだと言う。
わたくし自身もまた、愚かな罪人の一人であることは自覚しているのだけれど、あのお役目がなかったならば、わたくしたちもまた嘆きの立像の『一人』になっていたに違いない。
「うぅ」
怯え、怖れ、そして、目を押さえた姿勢のまま、『時』を奪われた兵士たち。
あまりの光景に、鳥肌が立ち、身体の震えが止まらなくなってしまう。
神は、神に反逆した我が帝国の愚かさをエルゲーナに示すべく、今後数百年、数千年に渡ってこの立像と化した者たちをそのまま残されることになるのだろう。
そして、もし……今後わたくしたちが皇帝陛下を止められなかったならば、次は本軍の兵士全員が嘆きの立像に変えられてしまうのに違いないわ。
各国境の警備に当たる各辺境伯領軍を除き、周辺国への侵攻第一弾として集められた全軍の全滅は、帝国がその(他国に侵攻できる)軍事力をほぼ全て失ったことを意味すると同時に、男手を一気に失うことによる大幅な国力の低下も意味し、大きな問題となるだろう。
徴兵された農民たちが帰農できないとなれば、農業生産力も大きく低下し、我が帝国は滅びへの道を進むことになるのに決まっている。
「神への信仰を失い、世界を手にするという野望に突き動かされた結果が……これとは」
隣にいるアレムお兄様も、震えた小声で茫然とそう漏らされるのだ。
神の本気を目にしてしまった今、アレムお兄様も神に楯突こうとはもはや思わないことだろうと思う。
できることなら、帝室の者たち全員にこの光景を見せ付けてやりたい。
一度この光景を見てしまえば、ご神意次第で、いつでも帝国が物言わぬ者たちの亡国になり得るのだという現実を理解できるだろうと思うもの。
神の前では、オドウェイン帝国の皇族の血を引いていようが引いていなかろうが、関係ない。
タダ、ご神意にそわぬ愚か者には、ご神罰がくだされ、その愚かさを今後数聖紀に渡って『人々』の前にさらすことになるに決まっているのだから。
「はぁ」
手の震えが止まらない。
鉄槌に磨り潰され、存在が残らないよりかはましかもしれないけれど、嘆きの立像の表情を彼らの家族が見ることになれば、帝国はどう釈明すれば良いのだろう?
先遣軍には貴族や騎士の者もそれなりに含まれているから、帝国の各地の貴族家の動揺も激しいものとなるだろう。
特に聖国に近い側の貴族家は、神からご神罰をくだされたという事実に、離反し始めるかもしれない。
いずれにしても、帝国が瓦解してしまうことだけは避けられなくなるわ。
本軍の編成に当たっては、セラム聖国、ミスラク王国、そして、そのまま一気にナシル王国まで攻め込むのに必要な兵数が集められているのだもの。
それが一瞬で全滅?
そのときが訪れるまで帝室、そして、中央貴族はこの危機的状況を理解できないのだろうけれど、いざそうなれば、オドウェイン帝国は終焉を迎えることになるだろう。
「……いいえ」
神が動かれている以上、帝都ベーラートにいる者全てが嘆きの立像に変えられ、この世界でエルゲーナで神のお怒りを買った、史上最も愚かな国家として後世にその無様な姿をさらすことになるのかもしれないわね?
「お兄様、神がその気になられれば、帝国の全ての民がこうなってしまうのかもしれませんわね?」
「まさか、そんな…………いや、そうだな」
経典に残る『神隠し』よりも効果的に神のお怒りを全て『人々』に伝えるには、嘆きの立像ほど分かりやすいものもないだろう。
『神隠し』であれば、亡命等で姿を隠したという可能性すらあって、神のお怒りでそうなったかどうかなど愚かな『人間』には伝わらず、結果として……現にオドウェイン帝国はご神意を完全に無視した行動を起こしてしまった。
世界最強の軍事国家を自負しながら、ご神罰によりオドウェイン帝国が一夜にして嘆きの立像だけが残る亡国となったなら、全ての国々が信心を取り戻し、神への背くことなど二度と考えなくなるに違いない。
とはいえ、帝室の一員であるわたくしは、そんな悲劇が起ころうとしているのを見過ごすことができない。
使徒ファウレーナ様がわたくしたちを生かし、使命を与えてくださったのも、オドウェイン帝国がそのまま滅びるのを良しとされなかったからだと思うの。
本当にお優しいお方。
神のご眷属として、ご神意に背きかねない……ご救済への道を示してくださるだなんて。
わたくしもまた己の命をかけて、そのご期待にそえるよう全力を尽くさなければなりませんわね?
「はあ、お兄様」
「何だ、テーナ」
「わたくし、継承権を放棄いたしますわ」
「し、正気か、テーナ?」
わたくしはヴェールを少し持ち上げて、お兄様の方を見る。
アレムお兄様もまたヴェールを少し捲りかけて、わたくしの顔を覗き見られて、驚きを隠せないご様子。
「ええ、継承権争いに加わった状態で、ご神意についてご報告申し上げることなどできないでしょう?
それこそ、わたくしが何を企んでいるのかと余計な深読みをされてしまうかもしれないでしょうし」
「まあ、それはそうだが……」
「ですから、継承権を放棄した皇女として、皇帝陛下に戦を諦めるよう奏上申し上げるつもりですわ」
「はあ、最悪死罪になりかねないぞ」
「承知いたしておりますわ。
ですが、お兄様、ベーラートがこのような生きる者のいない都になってしまっては全てが終わりなのでしてよ」
「言いたいことは分かるが……お前なあ」
「ふふ、せめて、帝室から一人くらいはご神意を汲み、帝国を滅びから救おうとする者がいてもよろしいのでは?」
お兄様がヴェールを下ろして、鼻を啜られる。
本当にわたくしだって、お兄様と継承権を争うライバル同士だというのに、お人の良いのこと。
こういうところは……少し、憎めないのよね。
「はあ、良いか?
二人同時に継承権放棄するのは愚策だ。
表向きは、わたしはお前と対立する立場を取りながら、南下戦は避けるよう奏上申し上げるようにしよう」
「よろしいかと。
わたくしだけ、事実をお伝えした上で、全ての戦を諦めるよう、進言するようにいたしますわ」
「分かった」
「お兄様は、ご神罰について、ご説明なさらいでくださいませ。
もしかしますと、ご神罰なんて言葉を発した時点で、わたくしの頭は胴から切り離されているかもしれませんもの」
「お前な……テーナ、頼むから無茶だけはしないでくれよ」
「それはわたくしの台詞ですわ。
お兄様こそ、ご神意に背かれることのないよう、どうか長生きしてくださいませ」
「テーナ……」
もちろん、わたくしとしても、いきなり皇帝陛下に首を落とされることなんて避けたいもの。
本当に神のご奇跡なんてものをお父様=皇帝陛下にどうご説明申し上げれば良いのかしらね?
この場に立ち会った者にしか理解できないであろう、圧倒的なまでの神のお力。
おそらく、皇帝陛下はわたくしの言葉に(そう簡単には)耳を貸さないだろうとは思うけれど、少しでも響くものがあったら良いと思うのよ。
メリユ聖女猊下=使徒ファウレーナ様は、お優しいお方だもの。
ベーラートにご神罰をくだせと神からご神託がくだされても、まずはご警告から始められるはず。
皇帝陛下がその異常に、わたくしの言葉を思い出してくだされば、終戦を決意されるかもしれない。
そうなれば、わたくしは己の使命を果たしたと言えるのかしら?
そんなことを考えて、わたくしはヴェールの下で久々に笑みを浮かべたのだった。
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麗奈=メリユは、停戦後すぐローカルタイムインスタンスの停止を解除するつもりだったようでございますが、周囲の者たちにはそう受け取られていないようでございますね?




