第285話 帝国皇女殿下、儀式立ち会いのために砦の外に出る
(帝国第二皇女視点)
帝国皇女殿下は、帝国第二皇子と共に儀式立ち会いのために砦の外に出ます。
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ルーファ様より事前に『砦の外ではアレムお兄様との会話は厳に慎むよう』ご指示を受け、わたくしはタダ黙ってそれに頷くことしかできなかった。
ヴェールで顔を隠しているとはいえ、(護衛してくださっている王国の近衛騎士や聖国の聖騎士以外の)騎士や兵からすれば、わたくしたちは所詮敵国の皇子、皇女なのだ。
手足をろくに拘束もされずに歩いているだけで悪目立ちすることだろう。
いくら立ち合いを指示された立場だとはいえ、情報が伝わっていないであろう彼らからすれば、どんな敵意を向けられるか分からない。
そう考えれば、本当に深くご配慮いただけていると思うのだわ。
「………っ!?」
装飾なんてまるでない無骨な砦内の薄暗い通路から砦の外に出る。
日の昇る、東の方角くらいは分かっていたはず……なのだけれど、あまりの眩しさに目を細めて、あり得ない方向から届く日の光に驚くの。
そう、あの巨大な鉄槌が目の前にあり、鏡のように全ての光を反射させていたのだわ。
いえ、あり得ないくらいに曇り一つない平らな鉄槌の面の下端に、わたくしたちの姿すらはっきりと映り込んでいるのにも驚きを隠せない。
歩を進めても、歪みを全く感じられない鏡面が……上を見上げれば、天空遥か彼方まで続いていて、きっと天界にまで繋がっているに違いないと思う。
美しい。
ええ、本当に美しいと思うの。
これが現れたときは、土煙と強い衝撃で訳も分からず、吹き飛ばされてしまったのだし、じっくりと見るのはこれが初めて。
それでも、圧倒的なまでの存在感に、これこそが神聖さというものなのではないかしら、と思ってしまうのよ。
「………」
もちろん、多くの兵がこの鉄槌に磨り潰されてしまったことも理解はしているわ。
何せ、神よりのご警告を何度も無視して犯してしまった罪深さを考えれば、当然のこと。
経典でかつてご神罰を受けた者たちからの戒めを無視してしまったからこその、ご神罰、神隠しの証が目の前にあり、その圧倒的なまでのお力に、わたくしは祈りを捧げなければという気持ちしか湧いてこなかった。
それは、わたくしだけではないわ。
砦周辺で警戒に当たられていたらしい多くの聖騎士たちも(きっと交代でなのだろうと思う)跪き祈りを捧げているのだから。
『人』の戦に対して、明確なご神意をお示しになられた神のご存在を間近に感じ、畏怖を覚えずにいられる『人間』なんている訳がない。
己の浅ましさと愚かさを改めて突き付けられつつ、わたくしは自然と瞼を閉じ、(お借りした正装を汚してしまうのは申し訳なく思いつつも)膝を突いて祈りを捧げていたの。
「神よ、何卒何卒……」
すぐ傍でアレムお兄様の呟きが聞こえ、わたくしは薄目を開けて、一瞬だけちらりと横を見ると、お兄様は震える手を組んで、必死に神に懺悔しているよう。
改めて、天より振り下ろされし鉄槌の巨大さを認識されて、怖ろしさが増したのだと思うわ。
先ほどはラマーティン山脈、ニグラ湖がどうなるかと考えていたけれど、神がその気になられれば、より巨大な鉄槌で帝都をまっ平らにすることすら可能なのではないかしら?
現実味を帯びてきたその想像に、わたくしは全身に鳥肌が立つのを感じてしまっていた。
「これより、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下、メルー・サンクタ・ヴァイクグラフォ・ダーナン聖女猊下、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢様、マルカ・マルグラフォ・ゴーテ伯爵令嬢様、ミスラク王国カーレ・レガー・ミスラク第一王子殿下、ソルタ・マルグラフォ・ゴーテ伯爵辺境伯令息様、アーマル・スピリアージ・アローマ聖騎士団先遣一個中隊長様、ドーロ・ノクト・カブディ近衛騎士団長閣下、カブダル・ノクト・カーディア聖女護衛中隊長様がいらっしゃいます」
わたくしとアレムお兄様にだけ伝わるようなお声で、ルーファ様が状況をお知らせくださるの。
そのお一人お一人の名前を頭の中に叩き込みつつ、その順番の意味を考えてしまう。
ええ、本来であれは、一番最後に登場し、(序列の低い方々の登場を)待たされることのないはずの立場にいたわたしくしたち。
もちろん、捕虜となり、このように生かされている意味も理解している今、それについてとやかく思うことはないわ。
それよりも、問題は通常ではあり得ない順番でお名前が挙げられたことね。
「(……一体どういう?)」
聖国の聖騎士団と、王国の近衛騎士団が一緒に動いている今、彼らの内部的な序列で紹介されるのは自然なことかもしれない。
先にお名前を挙げられた方が身分が高く、後から入来されるというのが帝国、聖国、王国問わず共通の常識となっている以上、聖女猊下がこの場において最も身分が高いとみなされるのは当然よ。
メリユ聖女猊下が一番先に挙げられた以上、聖国の認識においても、メリユ聖女猊下、メルー聖女猊下、サラマ聖女猊下の順に優先されるということね?
それは、まあ、良いのだわ。
わたくしの認識でも、神に近しい順で挙げればそうなるのだから。
問題は、王国の王位継承権的には最も優先されるべき、第一王子殿下のお名前が、第一王女殿下、ハラウェイン伯爵令嬢、ゴーテ伯爵令嬢のお名前のあとに挙げられたことよ。
聖国側の認識において、彼女たちの立ち位置は、王国の第一王子殿下よりも上にあるということは、それだけ特別な立場にいらっしゃるということ、なのね?
ルーファ様は、あくまで一般的な敬称でお呼びになられていたけれど、おそらく、聖職的立場で言えば、それだけ上位にいらっしゃるというご認識なのね。
当然聖教を信仰する者として、その序列はしっかりと認識しておかなければならないのだと思う。
何しろ、現状わたくしたちの一挙手一投足は、神に監視されているのだろうから、少しでも不敬なことをしたとみなされたりすれば、わたくしたちの立場がそれだけ危ういものになることだろうと思うもの。
「お二人とも、最敬礼をお願いいたします」
そして、ざわめきが聞こえてくると同時にルーファ様がご指示をくださる。
そう、公式にはわたくしたち、帝室の者がここにいることにはなっていないのだから、わたくしとお兄様は、ここにいる護衛の騎士たちと序列的には変わらないことになっているのよね。
はたして、お兄様は、素直に受け入れられるかしら?
わたくしは目を開け、ヴェール越しに砦の出入り口をちらりと見る。
見た目にも屈辱感を覚えていらっしゃるお兄様が身体を震わせていらっしゃるのと、その向こうでわたくしたちの護衛よりも多くの護衛の騎士たちが現れ始めるのを見るの。
お願いだから、お兄様、これ以上、余計なことはしないで頂戴。
そんな思いを視線にのせて、ヴェールに隠されたお兄様の横顔を見詰める。
「(それにしましても、聖女護衛中隊、だなんて……聖国にそのようなものはなかったはず)」
今の立場上、カーテシーをする訳にもいかず、最敬礼、腰から上、上半身を曲げて、視線を伏せる。
ええ、見ないようにしていても、護衛の騎士たちの揃った足音と(それに伴った)ただならぬ緊張感に驚きを隠せないのだわ。
親善訪問で聖国に行ったことはあるけれど、ここまでの緊張感が漂っていることはなかった。
それだけ、最重要の警護対象である、三人の聖女猊下方を守護しなければならないという使命感が強いのだと思うわ。
神に見られている中、彼らもまた失態を演じる訳にはいかないものね。
できることなら、聖女猊下に改めて謝意をお伝えしたいところではあったのだけれど、ご神命による儀式が執り行われる場である以上、そういう訳にもいかないだろう。
それくらいの分別はわたくしにだってあるのだわ。
「お二人とも、跪礼をお願いいたします」
足音に混じって、明らかに女性のもの、聖国の女性の正装らしい衣擦れの音が聞こえてくるようになったとき、ルーファ様の追加のご指示が入るの。
跪礼?
いえ、跪礼が何かは分かっているわ。
男性の場合は片膝をつき、女性の場合は両膝をつかなければならないのよね?
聖国中央教会に礼拝したときに(表向きは神への祈りを捧げるために)わたくしも跪礼をしたのだもの。
それ以外だと、教皇猊下や……聖女猊下にお目通りするときは、しなければならないことだったかしら?
「ふざけるな、跪礼だと!?
わたしを誰だと思っているんだ? オドウェイン帝国の第二皇子だぞっ!?」
「(お兄様!?)」
聖国の親善訪問の経験があったからこそ、わたくしは跪礼を受け入れられたのだけれど、お兄様はダメだったみたい。
最悪、だわ。
よりにもよって、最重要警護対象の聖女猊下方がご登場されたタイミングで、騎士たちに自分が敵国の帝室の者であるのを明らかにしてしまうだなんて。
わたくしたちの警護には、忠実にその職務を全うできる信頼できる方々がご担当されていたのでしょうけれど、この砦にいる全ての騎士たちがそう……という訳ではないはず。
それも、聖国の中枢を穢し、王国では内部工作を行った上で攻め込もうとしていた状況で、わたくしたちへの憎悪は相当なものになっているはずよ。
もし近傍警護が機能し切らなかった場合、わたくしたちが斬られるようなことも考えなければならないかしら?
「(殿下)」
ルーファ様が動いてくださろうとするも、聖女猊下方を護衛される騎士の方々のざわめきが一気に大きくなるのが分かる。
そして、近傍警護の騎士の方々がわたくしたちの周りに集まってこられるのが分かるの。
「神の威を借り、偉ぶる聖国の者たちよ、このわたしにこのような格好をさせ、タダで済むと思うなよ」
どうやら、お兄様は女性もののヴェールで顔を隠して、序列の下方で聖女猊下方を迎えることになったのが我慢ならなかったよう、ね。
タダ、ここまでのことをしでかしてしまうと……聖国としても、不敬罪を適用せざるを得ないだろうと思う。
はあ、ご神命のご執行の儀式を行う場で、このような失態、本当にあり得ないわ!
お兄様だって、ご寝室でご準備を受けられた際にご説明は受けていただろうに。
神への畏怖は覚えられるようになっていても、このエルゲーナの『人』の序列では最上位にいる帝室の一員だというご認識を変えることは叶わなかったよう。
「何と、不敬な!」
「ただちに取り押さえろ!」
聖教へのへの帰依が深い聖騎士たちの騒ぎが大きくなるのが分かる。
これはいけないわ。
ここはわたくしが前面に立ってでも、お兄様を何とかしなければならないかしら?
焦りのあまり、全身の肌から汗が滲んでくるのを感じながら、わたくしは、ルーファ様の方を見る。
その瞬間のことだったわ。
「鎮まりなさい」
凛と響く、女性の声がしたの。
女性……いえ、まだデビュタントも済ませていないような幼さもありながら、大人のような口調が特徴的なお声。
一体、誰?
「「メリユ聖女猊下」」
騒ぎ立てようとした聖騎士たちが驚いたように振り返り、近傍警護の女騎士たちの間から、赤毛の……わたくしよりも明らかに年下の女子供=少女が姿を現されたのよ。
貴族令嬢らしい整った容姿と美しい髪で、子供とはいえ、それなりの立場であることが分かる。
タダ、一番の問題は……わたくしが存じ上げているメリユ聖女猊下、その方ではなかったということ。
そう、メリユ聖女猊下は、メルー聖女猊下と瓜二つで、姉妹のよう……だったはず。
今わたくしが見ているのは、まるで別人の少女だったの。
「なんだぁ、貴様は?」
「アレム・インペリアフィロ・オドウェイン第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。
わたしは、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド、癒させていただきましたお身体の具合はいかがございましょうか?」
「メリユ・サンクタ……?
ははっ、何を言っている、わたしを治療したのは……いや、待てよ?」
お兄様の反応に、わたくしもハッとなる。
なぜなら、わたくしが把握していた事前情報では、ビアド辺境伯令嬢=メリユ聖女猊下は赤毛だということになっていたはずだもの。
メルー聖女猊下と瓜二つなあのメリユ聖女猊下はここにはいらっしゃらず、メルー聖女猊下とサラマ聖女猊下だけがいらっしゃるということは……まさか。
「ははーん、貴様は、影の聖女に仕事を押し付け、その成果を自身のものとして、聖女の身分を得ていたというのか?
くくっ、貴様の方がよほど背教者なのではないか!」
「お兄様っ!」
何ということを、思ってはいても、この場で口にして良い言葉ではないというのに。
「いいえ、わたしはメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド本人ですわ」
「メリユ聖女猊下は、ご神命により、メルー聖女猊下のお姿にご変身されていらっしゃったのでございます」
ルーファ様がわたくしとお兄様に聞こえるくらいの小声で補足してくださる。
それでも、そのお言葉の意味をすぐには理解できなかった。
ご変身とは?
何かのお伽話の引用だったりするのだろうか?
本当にそのようにしか思えなかったの。
「何を馬鹿な!」
お兄様が侮蔑するような目で、メリユ聖女猊下(?)を見られるも、猊下はまるで動揺されたご様子がなかった。
齢十ほどの貴族令嬢が、帝国皇子に対して、ここまで動じず、視線を逸らすことなく、お声を乱されることなく、冷静に振る舞うことができるものなのだろうか?
「“Execute batch for update-avatar-of-meliyu with file-named Meliyu_ver2.vrmx”」
お姿はもちろん、お声までもわたくしの存じ上げているメリユ聖女猊下とは異なる別人のメリユ聖女猊下(?)が顔色一つ変えずに、今まで聞いたこともないような言語……いえ、呪文のようなものを呟かれるの。
「「「一、二、三」」」
メルー聖女猊下、サラマ聖女猊下、いえ、メグウィン第一王女殿下たちもお声を揃えられて、数を数えられ、それに一体何の意味があるのかと思っていたところ、
「っ!?」
わたくしたちの目の前で、光の粒の奔流がメリユ聖女猊下を中心に噴き上がったのだった。
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GW中に少し仕事が入ってしまったため、遅くなり申し訳ございませんでした、、、




