第280話 悪役令嬢、神の言葉について考察する
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、神の言葉について考察します。
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インターネットロスを昨夜思い付いた石化魔法もどきのバッチのコーディングで誤魔化しながら、わたしは多嶋さんの最初の説明を振り返っていた。
一つ、エターナルカーム・メリユスピンオフは、訓練データの著作権問題絡みで公開できない。
二つ、デモプレイは悪役令嬢のメリユ視点とし、キャラの反応をAI生成する。
三つ、テスターであるわたしには管理権限を付ける。
実際には、HMD越しにプレイしていたのは異世界のエルゲーナのリアルであり、メリユの身体を遠隔操作していて、VRゲームなんてレベルではなかったのだけれど……多嶋さん=神様はわたしに嘘を吐いていたのだろうか?
そもそも、神様は、嘘を吐けるのだろうか?
つい、そんなことを考えてしまう。
もし神様が嘘を吐いていなかったとしたら?
一つの目の意味はどういうことになるのだろうか?
少なくとも、わたしがテストプレイと称してエルゲーナに介入し始めて以降、著作権云々の問題は……わたしが他ゲームのセリフをパクッたりしていなければ、問題はないはずだ。
ううん、相手はリアルの人間なのだから、訓練データもクソもないはず。
だとしたら、訓練データ、著作権っていうのは、どういうことなの?
んん、待って……確か、メリユの話では、わたしがテストプレイするよりずっと前から悪役令嬢メリユとして振る舞っていたと言っていたわね?
もしかして、メリユの演じていた悪役令嬢メリユに様々な乙女ゲーの訓練データを突っ込んでいたってこと?
んー……、あり得そうな気がする。
だんだん、何となくだけだけれど……分かってきたことは、神様もテラのサブカルを楽しんで、その上でそれを吸収して、エルゲーナに何かしら役立てようとしているようなのよね?
もちろん、サブカルだけでなく、現代のプログラミング言語の仕様やコーディング技術もそうなのだと思うけれどね!
「ふぅ」
そう考えると、二つ目の意味もすぐに分かるわね。
メリユが演じていた悪役令嬢メリユの視点でテストプレイするのは、メリユがファウレーナの生まれ変わりなのだから当然として、キャラの反応をAI生成するっていうのは、これまでのメリユが演じてきたものは(現代日本の乙女ゲーを訓練データにした)AI(?)もどきによって生成されていたってことなのかしらん?
そして、三つ目、わたしに管理者権限を付けるっていうのは、コーディング技術を持っているわたしにその権限がないと世界を変えることができないからでしょ?
結論から言うと、神様は嘘を吐いていなかった……タダ、メリユが悪役令嬢を演じてきた過去も含めた、紛らしい説明をしていたってことね?
「何にせよ、多嶋さん、神様もすっかりテラのオタクになってるってことよねぇ
実質、テラ生まれテラ育ちの麗奈としても、『人』の進化という意味では、テラの技術の進歩はすごいと思うもの。
仮想空間で様々な現象をシミュレートとしてそれらしい光景を生み出せる術は、聖力によると大差にないように見えてしまうものね。
それでも、このエンジン、ゲームの仮想空間でやれること全てをエルゲーナのリアルで再現できるっていうんだから、マジ怖い!
生きている『人』全てにIDが付与されていること。
その『人』たち全ての時間をローカルタイムインスタンスで弄れてしまうということ。
破壊不能オブジェクトを配置したり、選択オブジェクトを削除することだってできてしまうこと。
そして、『人』やものだけれでなく、この世界にある全てのものを削除=消滅させてしまうことすらできてしまうこと。
聖女転生もののゲームやWeb小説どころなんかじゃない。
この管理者権限は度が過ぎているにもほどがあるわ。
「……できちった」
はい。
そんで、ヤバいバッチのスクリプトができちゃいましたのさ。
PINの座標データさえ入力にすれば、指定範囲内の全ての『人』の時間が完全停止する最悪のバッチ。
わたしの予想では、ローカルタイムインスタンス停止中はほぼ破壊不能オブジェクトと言って良い蝋人形もどきの『人』が誕生するはず。
って言っても、物理法則的にどうなんよ、って思わなくもない。
時間が停止しているものに光が当たって、その反射光を観測できる?
物理法則を捻じ曲げてるわよね?
時間停止中のオブジェクトとワールドタイムインスタンスに従っているオブジェクトのコリジョン=衝突を処理できる?
時間停止中のオブジェクトを破壊不能オブジェクトとみなしている時点で色々とおかしいわよね?
この辺はエンジンでの処理上の問題とは思うけれど、VRゲーム内では観測も衝突検知もできてしまうんだから、その仕様に沿ったものができてしまっているとしか言いようがない。
「………メグウィン殿下、ハードリーちゃんたちが起きてきたら、テスト……してみなきゃいけないわよね?」
さすがに、ココまで来て、皆に内緒でテストプレイする気はない。
どれくらいHPを削られるかもテストしてみないと何とも言えないしね。
ああ、多嶋さんもテラのゲームに似せてそれっぽい仕様にアップデートなんてしなくても良いのに。
しっかし、蝋人形、蝋人形か。
わたしが神命の代行者っていうことになっているにしても、あの敵兵さんたちが全員蝋人形化したら、さすがに皆からも怯えられるのかな?
いや、あんなバリアの塔打ち建てておいて、今更かな?
エルゲーナの皆は、戦争で命を落とす覚悟だってしているんだものね。
蝋人形化するくらいじゃ、平気……かしら?
「はあ」
いや、平気な訳はないか。
テラの同世代に比べたら、そういう可能性についても考えを巡らしているっていうくらいよね?
ハラウェイン伯爵の領城でのことを考えれば、それくらい分かるじゃない。
十一歳の子が、目の前で大事な『人』が酷い目に遭っているのを見て、仕方のないことと思える訳がない。
何より、JDのわたしが耐えられないしねぇ。
大軍が完全無力化しつつも、天に召された訳じゃないっていうのがポイントなのよ。
FPSゲームがダメなわたしなんで、その辺は目を瞑って欲しいと思う。
……周りがどう思うかまでは知らんけれどね。
念入りにデバッグしていると、隣のベッドでメグウィン殿下が身動いでいるのに気付く。
布の擦れる音や吐息の変化が、とてもリアル。
まあ本当にリアルなんだけどさ。
「んぅ……っ!? メリユお姉様!?」
目覚めた途端、誰かの存在が感じられなくて飛び起きたらしいメグウィン殿下。
誰か? 誰かってわたしですがな、言わせんな。
んん、ちょっとベッドが狭くってさ、一緒に寝てあげられなくてごめん。
わたしはここにいるから心配しないで、メルカ=メグウィン殿下。
「どうかしたの、メグウィン」
わたしはお姉さんモードでそう声をかけてあげるの。
まあ、お姉さんモードとはいえ、口調だけで、身体は十一歳のメリユだから、お姉さんぶってるだけにしか見えない、聞こえないだろうけれどさ。
「メリユお姉様っ」
昨夜メグウィン殿下が『ファウレーナお姉様』とわたしを呼んでくれていたのを思い出し、わたしはまた泣きそうになってしまう。
口調がね、そっくりだったの。
『ファウレーナお姉様』って呼んでくれたときと、今の『メリユお姉様』って呼んでくれたときの口調がね。
「メグウィン」
「っ」
ベッドから飛び出して、隣のベッドの上でデバッグしていたわたしに飛び付いてくるメグウィン殿下。
本当に甘えんぼさんなんだから。
ファウレーナとメルカ、麗奈=メリユとメグウィン殿下の関係は、今も昔も変わらないのね。
わたしはメグウィン殿下の頭を撫でてあげる。
金髪の女の子の頭を撫でるのって、麗奈のときはなかったから、とても新鮮だ。
大天使ファウレーナからすればね、常に年下の、力もない、か弱い存在なのかもしれない。
それでも、その年なりに自分のできることを精一杯していて、その命を輝かせつつ、自分を慕ってくれる相手に、愛情を抱くのはおかしいことではないと思うんだ。
わたしはファウレーナには成り切れないけれど、麗奈=メリユとメグウィン殿下の関係であっても、彼女を愛おしいと思うもの。
ああ、彼女はもうメルカではないけれど、こんなにもメルカと同じように良い子に育ったのねと、わたしは思ってしまっていた。
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