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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第27話 王女殿下、戦の最前線に立つ決意を固める

(第一王女視点)

自室に戻った王女殿下は、中庭園を眺めながら気持ちを整理し、戦の最前線に立つ決意を固めます。

 御前会議での協議の結果、お兄様の婚約者候補としてメリユ様に専属護衛小隊を付けることになり、演習に参加した女護衛小隊や近衛騎士団から選出することになった。

 最後に聖水のお話で、お母様が取り乱されたのは……まあ別として、これでメリユ様は帝国との戦まで王国がお守りすることになった訳だ。


 ビアド辺境伯様には、これからお父様がご説明されるとのことだけれど、メリユ様が聖女様でいらっしゃったことすらご存じでなかったらしいビアド辺境伯様はかなり混乱されることだろう。


「殿下、お食事はどうなさいますか?」


「そうね、部屋で軽くいただこうかしら?」


「承知いたしました」


「あ、待って。

 貴賓室でお休みいただいているメリユ様は、お食事を取られたのかしら?」


「そう伺っております」


「そう……急であれなのだけれど、後ほどお茶をご一緒できないか訊いておいてもらえるかしら?」


「承知いたしました」


 ハナンは頭を下げてから部屋を出ていく。

 残るは扉付近に待機する顔馴染みの侍女二人だけ。

 ようやく自室で一息つけたわたしは、窓の方に寄ってレースのカーテンを開いて、王宮の手入れされた中庭園を見下ろす。


 わたしと同い年の聖女様であるメリユ様が、帝国との戦の最前線で戦われる。


 それを考えると、胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚えてしまう。

 そう……だって、もしメリユ様が神聖なるお力を手に、王城に尋ねてきて下さらなければ、王国は間違いなく負けていた。

 もしメリユ様がこの王国に生まれていらっしゃなければ、一月後には王国は敗北し、この王城も焼け落ち、あの中庭園も滅茶苦茶になっていたことだろう。

 そして、お父様も、お母様も、お兄様も、わたしも元王族の血を絶やすために確実に処刑されることになっただろう。


 メリユ様のお力の凄さに浮かれてしまって、メリユ様に抱き付くようなはしたない真似までしてしまったのだけれど、今になって王国の置かれている現状に身体の震えが止まらなくなってくる。


「メリユ様は、怖くないのかしら?」


 わたしとて、ミスラク王国第一王女として、国難があったときの覚悟は、心構えは、しっかり持っていたはずだった。

 それでも、戦の最前線に立つなんてことは考えたこともなかった。


 小剣程度は扱えるけれど、本格的な戦闘なんて無理だもの。


 戦場に行っても、後方から眺めていることしかできない。

 騎士、兵士たちを鼓舞することくらいはできるかもしれないけれど、本当に大したことはできないのよ。


「はあ」


 わたしは、よく見ると少し汚れの付いたドレスを見下ろす。

 メリユ様に抱き付いたときに、メリユ様のドレスから付いたのだろう泥汚れ。


 わたしは、メリユ様の柔らかいお身体の感触を覚えている。

 メリユ様の、わたしより少し高い体温と、花のような香りを覚えている。

 わたしと同い年というだけでなく、体格だってそうは変わらない貴族令嬢であるメリユ様。


 そんなメリユ様がいつも微笑みを絶やさず、近衛騎士に剣を向けられようとも、近衛騎士団長に嫌がらせを受けようとも毅然としていられる様に驚かされた。


 これでも、わたしは一般的な貴族令嬢よりは鍛えられているはずなのだけれど、おそらく、メリユ様の筋力もわたしと変わらないだろう。

 同い年の殿方と比較すれば、明らかな差が生まれ始める年頃。

 これから筋力が発達していく殿方には、どんどん抗えなくなっていく。


 王女である以上、戦の最前線で戦うことが求めらないと分かっていても、軍務ではお役に立てないというのが今までずっと歯がゆく思ってきた。

 騎士となったアリッサやセメラたちも、どんなに鍛えようとも埋められない部分についてはやはり悔しく思うものがきっとあるに違いないと思っていた。


「まさか、あのような形で殿方に並ばれるなんて……」


 いえ、メリユ様のお力は、近衛騎士団や王都の第一大隊から第三大隊の騎士、兵士たちの力を軽く上回っている。

 メリユ様ご自身の筋力、体力が、殿方の騎士、兵士たちからすれば、どれほど劣るものであっても、メリユ様の神聖なるお力には何人たりとも抗えない。

 メリユ様が万全の態勢で臨まれれば、帝国の全軍ですらも叶わないだろう。


 それほどのお力を手に入れるのに、神に認められるのに、どれほどの血の滲むような努力をされてきたのかと思うと、わたしは自分が情けなくなる。


 この国で一番苦労している女子は自分だと心のどこかで思っていた。

 どこぞの貴族令息が素敵だとか、婚約したいだとか、能天気なことばかり喋っている貴族令嬢には本当に辟易していた。

 周囲の大国と比べれば小国に過ぎない我が王国の貴族として、危機感はないのかと。

 少しでも我が王国を富ませようという気概はないのかと。

 ずっと彼女たちに言いたく思っていた。


 そんな中出会ったハードリーは、唯一尊敬に値する友人で、王国の貴族令嬢でまともなのは彼女くらいだとずっと思っていた。


 それが……まさか、帝国との小競り合いを繰り返す最前線のビアド辺境伯領で、人知れず、神聖なるお力を用いて帝国兵を攪乱し、我が王国を守ってきた貴族令嬢、いえ、聖女様がいらっしゃったなんて。


「メリユ様……」


 わたしはメリユ様のことが気になっている。

 わたしはメリユ様のことをもっと知りたく思っている。


 どうすれば、彼女のようになれるのかと思わずにはいられないの。


「ふふっ」


 本当に昨夜貴賓室の裏に潜って、『念のため』ということでメリユ様を探っていたのが嘘のよう。

 最初はあんなささやかな奇跡にすら怯えて、自分の命の心配までしてしまった。

 それも、聖人イスクダー様のご子孫であること、自らのお力をお示しになるために王城までご来訪されたこと、そして、神聖なるお力がどれほどのものか威張るようなことなくお示しされたのを見て、今ではメリユ様に夢中なの。


 もう半日前の自分の気持ちが信じられないくらい、今は、メリユ様のあり方に、同じ女性として心酔していると言っていい。


 一応は王位継承権を持つ第一王女であるわたし。

 お兄様に万が一のことがあった場合には、王位に就くこともあるとは聞かされていたけれど、わたしとして王位に就くこと望んでなく、ただお兄様の政務の補佐をできる立場に就きたいと思ってきた。

 けれども、実際お兄様が王太子に就こうとされている今、もはやわたしは政略結婚の駒程度にしかならなさそうな現実に、鬱屈しそうになっていたのも事実。


 それも訪れた王国の危機と、昨日のメリユ様のご来訪で全てが変わってしまったのだ。


「わたしも……メリユ様と一緒に戦いたい」


 メリユ様がいらっしゃなければ、一月後には無残な光景に変わってしまっただろう中庭園を眺めながら、わたしはメリユ様と一緒に最前線に立ちたいという思いを抱き、胸に手を押し当てたのだった。

勘違いを重ねた末、お話はよい方向に向かうのでしょうか?

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