第278話 帝国皇女殿下、聖国聖女猊下と話をし、罪を償うことを決意する
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は、聖国聖女猊下と話をし、罪を償うことを決意します
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「……あの、聖都ケレンにくだされたご警告とは、一体どのようなものだったのでございましょうか?」
もしかすると、聖都ケレンにくだされたご警告は、近い将来、皇都ベーラートにくだされるかもしれないご神罰に繋がるものなのかもしれないとの思いから、わたくしは不敬にも猊下に伺ってしまっていたわ。
今の立場を考えれば、わたくしから質問を投げかけるなど、あってはならないことなのに!
『これはいけない』とわたくしが焦りを覚え、謝罪しようとしたとき、
「……夜が昼に変わり、『緑盛る月』のような暑さが齎されました。
もし神が本気でご神罰をくだされるおつもりであれば、きっと聖都は一瞬で灰に変じていたことでしょう」
猊下は、わたくしのそんな内心を見透かされたように微笑まれながら、ご警告の真実をお伝えくださったわ。
けれど、その内容は耳を疑うようなものだったの。
夜が昼に変わり、『緑盛る月』のような暑さが齎された?
早馬による伝聞にしても、信じ難い内容だわ。
「……『緑盛る月』の暑さで、ございますか?
今はまだ『種蒔きの月』で、それも夜となれば、氷が張る日もございましょう!?」
わたくしは自身の心の臓の鼓動が速まるのを感じながら、不敬にならない範囲で確認させていただこうとする。
「ええ、そんな『種蒔きの月』の夜が、『緑盛る月』の昼へと変じたのです。
いえ、むしろ、『緑盛る月』の昼よりも眩しく、聖都の空は白に近い水色に染まっておりました。
そして、一刻もしない内に、聖都は熱波に包まれていたのです」
そう語られる猊下は、その場に実際にいらっしゃったかのような口ぶりで、わたくしは混乱してしまっていたわ。
もちろん、今のわたくしが猊下のお言葉を疑うようなことは決して許されないのだけれど。
「テーナ様のお気持ちは分かります。
ですが、テーナ様も実際にご神罰がどれほどのものか、ご経験なされたのではありませんか?」
「……ええ」
そうね。
天に伸びる……いえ、天より落とされたあの巨大な鉄槌と、連峰の山をも崩す暴風。
わたくしにとっては一生忘れられないような恐怖と痛みだったけれど、皇帝陛下には(どんなに言葉を尽くしても)それほどの神のお怒りが示されたことを正確にお伝え申し上げることは叶わないだろうと思うの。
きっと、いいえ、ほぼ確実に気が触れたと思われて、継承権を取り上げられるのが落ちね。
「神がその気になられれば、この世を灼熱地獄にすることも、大洪水に沈めてしまうことも、地揺れで全てのものを破壊し尽くすことすらも容易でしょう。
そもそも、わたくしたち、『人』の物差しで、神のお力を推し量ろうとすること自体が不敬であり、赦されないことなのです」
わたくしが口を開く前に、猊下は諭してくださったわ。
全くもっと、その通りだと思う。
『人』にできないことだから、神にもできないなんて考えること自体が不敬なのね。
もし、神が『人』を不要だとお考えになられれば、エルゲーナから一夜にして『人』が消え失せ、滅びることすらもあり得るのかもしれないのね?
「猊下、ご説法を賜り、深く感謝申し上げます。
……それにしましても、まさか、聖都ケレンにご警告がくだされるとは、一体どのようなご経緯でそのようなことになったのでございましょう。
想像も及びませんことでございますわ」
わたくしは謝意を示しながら、意外であった聖都ケレンへのご警告について触れてしまっていた。
そして、その瞬間から、猊下は微笑みを消され、わたくしに鋭い視線を向けられたのだった。
そう、全てはわたくしの浅慮のせいで。
「そうですか、テーナ様はご存じでいらっしゃらないと?」
「何のことでございましょうか?」
「聖国の聖職貴族に不正・腐敗を齎され、聖国を裏から思いのまま操ろうと工作活動されていた帝国の、帝室の一員でいらっしゃる貴女がご存じでないとは到底考えられません」
ゾクッとしたわ。
ええ、わたくしだって聖国の聖職貴族を買収し、もしくは人質等で脅し、聖国を傀儡にしてしまうつもりであったのは当然知っているもの。
それがあったからこそ、セラム聖国とミスラク王国の国境線であるここに直接侵攻できたと言って良い。
けれど、まさか、ミスラク王国の王都ご訪問中の猊下が全て把握されているだなんて思いもしなかったわ。
「せ、聖女猊下、此度の我が帝国の行いにつきまして、心より謝罪申し上げますっ。
聖都の聖職貴族の方々を買収し、聖国の、そして、聖教の秩序を乱そうとしたことは事実でございまして、それを無視したわたくしの言動は、帝室、いえ、わたくしの傲慢さと浅はかさの表れでございました」
震えが止まらなかった。
我が帝国の全ての罪を、猊下はご存じでいらっしゃるのではないかと思い、わたくしは恐怖を覚えずにはいられなかった。
猊下の動向は逐一帝国に伝えられていたし、それを踏まえての聖都での工作がまさかその猊下にバレているなど、心を入れ替えたつもりのわたくしですら考え付かなかったのだから。
ぃ、いえ、神がアレムお兄様の言動の一つ一つを把握されていたことを考えれば、当然のことなのだわ。
そして、おそらく……猊下にはご神託があったのね?
「猊下は……その」
うまく言葉にすることができない。
ご神託があったのかとお尋ねすることなんて、今のわたくしにはできるはずもないのだし。
「聖都では、ガラフィ枢機卿猊下が既に聖騎士団を動かされ、不正蓄財、外患誘致に関わった聖職貴族の捕縛を進められております。
もちろん、オドウェイン帝国の工作兵も一人残らず捕縛し、聖都ケレンを清浄化する予定ですわ」
手どころか、唇すらも震えてしまって、何も言葉にならなくなっていた。
セラム聖国における我が帝国の悪事は全て表沙汰になっていて、神からのご警告とご神託を賜って、聖国は清浄化を進められているというのだから。
そう、悪事。
ご神罰がくだされるまで、それは帝国、いえ、わたくしにとっての正義だったの。
帝国が、矮小で愚かな周辺国を全て併合、占領し、エルゲーナの全てを統べることこそが正しいことであり、それに反発するものは消し去ってしまえば良い。
それをまさか神がこれほどまでに問題視されているとは夢にも思わなかった。
「全ては、メリユ聖女猊下がご神託、ご聖務を賜ったことから、聖国での帝国の企みを阻止できたのです」
やはり、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下が……そうなのね。
今この世に三人の聖女猊下がいらっしゃることすらもご神意であり、神はそれぞれに役割を振られていらっしゃるのだろう。
そして、一番の鍵となられていらっしゃるのが、メリユ聖女猊下。
メリユ聖女猊下は、直接ご神託を受け取られるだけでなく、明らかにある程度の裁量権すらもお持ちでいらっしゃるよう。
オドウェイン帝国にくだされるご神罰がどの程度になるのか、まだ想像も付かないのだけれど、その苛烈さを抑えていただけるのは、そのメリユ聖女猊下だけなのに違いないわ。
「猊下、わたくしは聖国、王国の皆様方に対して誠心誠意謝罪し、己の罪を償いつもりでございますわ。
本軍の進軍停止及び停戦に向けてのご協議の場におきまして、ぜひともわたくしにその機会をお与えいただけませんでしょうか?」
わたくしは必死に猊下に訴えたわ。
これを逃せば、帝国は……本軍をご神罰の鉄槌によって磨り潰される未来が待っていることになるのだから。
そして、最悪の場合には、帝都ベーラートにあらゆる災厄が押し寄せることになっておかしくないことだろう。
「神は、悔い改める者に進むべき道を指し示されることでしょう。
さて、テーナ様、そのお気持ちが本物であるなら、改めまして正式な尋問をさせていただいても?」
「も、もちろんでございます」
わたくしは、己の言動の一つ一つを神、そして、猊下が見極められていらっしゃるのを自覚しながら、それに緊張してくるのを感じるのだった。
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