第277話 帝国皇女殿下、神に懺悔し、現実を知る
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は神に懺悔し、現実を知ることになります。
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ガラガラピッシャーン、ドドドドドドン。
なかなか改心した様子をお見せになられないアレムお兄様に対して神は追加で雷を落とされ、再び灯された蜜蝋も大気を震わす激しい雷鳴によって吹き消されてしまう。
わたくしは、神に対する畏怖の念を強く抱きながら、お兄様に代わり必死に懺悔し続けるしかなかったわ。
帝国は『神の怒りを買う』ということの意味を理解していなかった。
神がこの世を乱す愚か者を見逃されるだなんて、そんなことはないのに。
神はこの事態を引き起こした元凶が誰であるのか、お分かりになっておられ、今も(わたくしを含む)その愚か者たちの一挙手一投足を監視されておられるのだわ。
わたくしたちが巨大な鉄槌で磨り潰されなかったのは、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下のご慈悲だけでなく、猊下の取り成しで、わたくしたちがこの戦を止めることのできる権力者と認められたからなのに違いない。
「神よ……」
胸元で合わせた両手は今も恐怖のあまり、震えが止まらないの。
心を入れ替え、信仰を取り戻したつもりになっていても、わたくしの中に残る傲慢さを神はお赦しになられないかもしれないと思うと、本当に怖ろしい。
そう、帝室の第二皇女とはいえ、継承順位を考えれば、わたくしにできることはどの程度のものか?
皇帝陛下=お父様に進言はできるとはいえ、陛下の野望を今更諌められるものかと思ってしまうわたくしの弱い心さえも神は見抜かれているのではないかと思えてしまう。
「ひぃぃ」
悔い改めるということの意味を軽く見て、軽々しい言動を重ねたアレムお兄様に、神はよほどお怒りになられているよう。
もっとも、そのお兄様も、ご自身の言動を逐一神が見通されておられるのをようやく察されて、今はテーブルの下で震えていらっしゃるのだけど。
でも……たった二人の、皇女と皇子で、どれほどのことができるだろうか?
権限としては、もちろん、先遣軍を撤退させることくらいならできる。
ただ、その後に続く本軍を撤退させることは難しいわ。
むしろ、先遣軍の撤退の責任を問われ、即座に幽閉されてもおかしくないと思う。
本軍の統率は……何しろ、継承権第一位のアノドお兄様なのだもの。
本軍の撤退など帝国の沽券に関わるのだから、わたくしが提言したところでまずご了承されないだろう。
それこそ、アレムお兄様とわたくしの反逆を疑われるような事態になってしまう可能性だって高い。
「それでも……」
そう、それでも、本軍を止めることができないければ、神は容赦なくあの巨大な鉄槌で今度こそ本軍全体を磨り潰されることだろう。
経典にあった神隠しがより大規模に現実のものとなってしまうのだわ。
今ですら先遣軍前衛はあの有様。
傲慢な帝室の一員であっても、わたくしだって、心が痛まない訳ではないわ。
兵士たちは、帝国にとって大事な男手。
兵士たちにだって、一人一人家族がいて、それぞれの家を守っているのだもの。
その兵士が一人磨り潰され、神隠しに遭ったりでもしたら、それだけで一つの家庭が崩壊する。
それこそ本軍が全て磨り潰されたりでもしたら、軍事力としてでなく、平時の帝国の生産力、経済力にも大きな影響を及ぼすことになり、政情不安だって齎されることになるだろうと思うの。
いえ、神のお怒りの大きさを考えれば、本軍だけで済めば、まだマシなのかもしれないわね?
神がもしオドウェイン帝国そのものを不要と見なされたなら、帝都ベーラートごと『滅び』を齎されるかもしれないわ。
聖女猊下のご慈悲だって、わたくしたちが悔い改め方次第では、いつまで続くか分からないもの。
今はただ誠心誠意、戦を終わらせることに注力するしかないと思うのだわ。
「神よ、何卒……」
この嘘偽りのないわたくしの気持ちをお聞き届けくださいませ。
わたくしは、タダひたすら跪いたまま、神に祈り続けたのだった。
暫くして……お兄様がテーブルの下ですっかり大人しくなられたことで……神はご警告の雷を解かれたのか、雷鳴はどうやら落ち着いたようだった。
それでも、突然の雷は、あのご神罰の目の当たりにした王国軍、聖騎士団ともに混乱を引き起こしたようで、暫く砦内は騒がしくなっていたようだったわ。
本当に愚かなお兄様のせいで、申し訳ないこと。
わたくしがどうやってお兄様に先遣軍の撤退を進言しようかと考えていたところで先触れがあり、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下がご尋問にいらっしゃるとのことだった。
ご神意を賜る聖女猊下が現世に三人も現れるという異常事態が発生したのも、今なら我が帝国のせいだと分かるというもの。
当然、その内のお一人であらせられるサラマ聖女猊下にも最大限の敬意を払わなければならないのだろう。
そう思ったわたくしは、跪いたまま、サラマ聖女猊下をお迎えすることにしたのだわ。
もちろん、ご尋問にいらっしゃるのだから、お迎えという言葉は不適切なのかもしれない。
それでも、帝室に属する皇女が聖国の聖女猊下に跪くなど、本来はあり得ないこと。
だからこそ、敬意を払っていることを示すのに良いと思ったのだけれど……『本来はあり得ないこと』と思っている時点で傲慢さが抜けていないのかもしれないわね。
「サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、ご入来!」
わたくしは目を伏せて、祈りを捧げた姿勢のまま、サラマ聖女猊下をお待ちする。
捕虜になっているのだから仕方のないこと……とはいえ、ご神意を鑑みれば、わたくしがお目通りさせていただく側なのね。
「テーナ・インペリアフィリーノ・オドウェイン第二皇女殿下、お久しぶりでございます。
そちらはアレム・インペリアフィロ・オドウェイン第二皇子殿下でしょうか? このような形での再会を大変残念に存じますわ」
お兄様はテーブルの下でぶつぶつ言っているだけで、暫くは何の役にも立たないだろう。
本当に何て不敬な……。
「サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下。
このような場で再びお会いすることとなり、そして、開戦の口上の際に猊下を侮辱するような形となりましたこと、帝国皇女として深くお詫び申し上げます。
何より、神より罪人として認定されたわたくしごとき、どうぞテーナとだけお呼びくださいませ」
「……では、テーナ様と」
「はい。
タダ、『様』は不要でございますわ」
「ふふ、そうもまいりませんが」
苦笑いされるご尊顔が目に浮かぶような優しいお声に、さすがはサラマ聖女猊下だわと思うのだわ。
あれほど酷い侮辱を我が方をより受けられたというのに、冷静にわたくしの謝罪を受け取ってくださるだなんて。
「さて、テーナ様、どうぞご尊顔お上げになってください」
「きょ、恐縮でございます」
それでも、サラマ聖女猊下の口調がすぐに硬くなったのは、先ほどの雷のことがあってのことだろう。
「ほんの今、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下がご神託を賜られまして、オドウェイン帝国がまたも神のお怒りを買うような行為をなさっておられたとのこと、伺っております。
何かされておられましたでしょうか?」
そのお言葉にわたくしは全身の鳥肌が立つのを感じた。
この客室内にいたお兄様とわたくしは、何が原因でああなってしまっていたかを、嫌と言うほど存じているのだけれど、それがメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下に神よりご神託としてくだされていたというのはとんでもないことだと思うのだわ。
そう、ご神意を曲げてまでして、わたくしたちのお命をお救いくださったメリユ聖女猊下。
にも関わらず、神はメリユ聖女猊下にご神託をくだされ続けているということは……すなわち、メリユ聖女猊下は(本当に)神よりその意がご尊重されているということ。
それこそ、高位の使徒様レベルでご厚遇されているということになるのだろうと思うのだわ。
「大変申し訳ございません!
我が兄アレムが、ご神意に背き、神のご警告を軽んじるような言動を行いましたため、神より改めてのご警告を賜ったものと存じ上げております」
わたくしは改めて顔を伏せて、懺悔することとなったの。
何の役にも立たないお兄様は(サラマ聖女猊下からお声をかけていただいたのに)ずっとあの調子だし、わたくしが帝室を代表して謝罪するしかなかったのだもの。
「そうでしたか……テーナ様は、神がこのエルゲーナに直接ご介入され始めている事実をどの程度把握されていらっしゃいますか?」
「ええ、しょ……いえ、ミスラク王国王都に鏡の柱が立ったとの報と、聖国の空に異変があったとのこと、伺っております」
うっかり小王国と言いかけてしまい、わたくしは冷や汗ものだったわ。
「ええ、どちらもご神意によるもので、既に聖都ケレンにも神のご警告がくだってございます」
淡々と事実をお伝えくださるサラマ聖女猊下。
そのとんでもない内容に、わたくしはいよいよ冷や汗が止まらなくなっていたわ。
何せ、この戦場だけでなく、神はエルゲーナの各地に直接ご介入され始めているということなのだから、一番の矛先が向くことになるのは間違いなく帝都ベーラートになるのだろうと分かってしまったのだから。
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相変わらず絶妙なタイミングが色々起きているようでございますね?




