第274話 悪役令嬢、エルゲーナのリアルを考える
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、エルゲーナのリアルについて考えます。
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HMD越しに見ていたときは、もう少し明るく見えていたような気がするけれど、実際はかなり薄暗い砦の廊下。
女性騎士さんたちが携帯用の燭台を持ってくれているけれど、マジで先が見えないよ。
蜜蝋の揺れる灯りに照らし出される無骨な石積みの壁やアーチ天井は、日本のお城とかにはない外国感があって、よきって感じだけれど、足元が暗過ぎて蹴躓きそう。
「猊下、失礼ながら、猊下にお伺いしたいことがございます」
セメラさんがわたしのおぼつかない歩きに合わせるようにしながら、質問してこられる。
「何でしょう?」
「先ほどの雷でございますが、もし差し支えなければ、また何か神の怒りを買うような行為が生じていたのかどうか、ご教示いただけますでしょうか?」
警護に就いてくださったときはファンガール的な何かを感じていたけれど、今はすごくお姉さんっぽい。
そう、よね?
メグウィン殿下たちの異変とリンクして、雷がゴロゴロ、ドンガラピッシャーンって鳴っていたのだから、心配されるのは当然のことだと思うわ。
「生じていたと言えば、生じていたと言えますでしょうね」
「まさかとは存じますが、殿下が……」
「いいえ、それにつきましてはご心配なく」
まあ、ここは否定しておいた方が良いでしょ?
実際、もうメルカたちのことは済んだことの訳だし。
セメラさんたちに余計な心配をかけたくはないしね。
「では、まさか帝国がまた何か?」
「まあ、そうでございますね」
わたしも嘘がうまくなったなあ。
まあ、嘘を付いているつもりが真になったり、色々困惑ものの状況ではあるのだけれど、何でも真実を話せば良いというものでもないのよ。
そもそもさ、ゲーム・エターナルカームのこととか話せると思う?
だいたい、わたしがテラでJDだったっていうのも話す訳にはいかないしさ。
彼女たちを混乱させない程度に、嘘と真実を織り交ぜて話すのが大事な訳よ?
「……ご教示いただきまして感謝申し上げます」
「大したことではございませんわ」
「猊下」
「はい?」
「どうぞ殿下やメルー猊下、ハードリー様を悲しませませんよう、心よりお願い申し上げます」
う……。
メグウィン殿下たちもそうだったけれど、こっちの世界の『人』たちって、こういうとき、まっすぐに目を見てくるから、ドキッとさせられるわよね?
で、悲しませるな、か。
要はわたしに『勝手に動くな』って言いたいってことでしょう?
「ええ、承知しておりますわ」
「今も……本来であれば、殿下もしくはハードリー様をご随伴された方がよろしかったのでは?」
それは……確かに、メグウィン殿下か、ハードリーちゃんに付いてきてもらった方が良かったのかもしれないけれど。
あの状況で、無理に起こすのは躊躇われたのよね。
……二人が起きた後、わたしが勝手に(警護は付いているけれど)一人でトイレに行ったって聞いたら怒るのかしらん?
「いえ、出過ぎた真似を……失礼いたしました」
「とんでもない、ご助言感謝いたしますわ」
本当にセメラさんは良い『人』ね。
エターナルカーム本編だったら、まずあり得ないようなセメラさんと悪役令嬢メリユの会話なのだけれど……これがリアルだからこそ、こうして心配してもらえているのよね?
リアル、リアルか。
わたしがエルゲーナのリアルを生きるっていうことは、これからメグウィン殿下、ハードリーちゃん、メルーちゃんたちだけでなく、彼女たちとも長い時間を一緒に過ごすことになるのだと思う。
ファウレーナが、メルカ、リーラ、メルサたちと一緒にいた頃の記憶を覚えているとはいえ、わたしの時間感覚はテラのJD=麗奈のときのままだ。
しかも、十一歳のメリユになってしまっている以上、(エルゲーナの現代の平均寿命は知らないけれど)人生長いなと思ってしまう。
メリユとして、大人になっていく間にも、セメラさんたちも年を重ねていくのだろうし、メリユのお父様、お母様だってそうだろう。
異世界転生のお話はアニメでも小説でもよくあるけれど、実際にこうして異世界エルゲーナの少女になっている状況で、先の見えない怖さというものを改めて思い知らされたようにも感じるわよね。
「分岐がどうの、なんて言っていられないし」
そう、これはゲームなんかじゃない。
ワールドタイムインスタンスで時間を止められても、時間を逆に戻すことはできないんだ。
選択肢を誤ったから、分岐前に戻るなんてことはもうできない。
だから、わたしは慎重にことを進めないといけないのよ。
生まれ変わった彼女たちの笑顔を守るためにも、ね。
「猊下?」
「いいえ、何でもございません」
心配そうにしてくださる、セメラさん。
今のメリユは色々な『人』たちから思われているんだなあと思う。
わたしがゲームのつもりで色々やらかしてきたことも、彼女たちの今を護ることに繋がっていたのなら、本当に良かったと思えるわ。
まあ、一度はこちらに来ているらしい多嶋さん=神様に問い質すつもりではあるんだけれど。
どこまでが偶然で、どこからが必然だったのか?
メリユとわたしは、どれくらいの不確定要素として、エルゲーナの運命を書き換えることができたのか?
分かっていないことがあまりにも多過ぎる。
ま、いずれにしても、わたし自身としてはこの世界=エルゲーナのバグとなってでも、彼女たちを護り抜いてみせるつもり、なんだけれどね。
さーて、どうなるのかしら?
……なんて、志だけはいっちょまえだったわたしなのだけれど。
おトイレに着いて、早くともその志に危機が訪れていた。
うん、アレだ。
おトイレと書いて、ガルドローブと読むみたいな。
中世ヨーロッパにあったっていう、あの清潔さとはほど遠いガルドローブよね?
いや、この砦が貴賓を泊まらせるようにできていないのは分かっていなかったのだけれど、これは酷い。
砦横に小川あったじゃん?
塔から突き出した小部屋がおトイレで、小川に落っことす構造なのよ!
「エルたちはガルドローブの外からの監視をお願い」
「はっ」
「それでは、猊下。
こちらでお待ちいたしますので、ご用をお済ませくださいませ」
いやぁ、まあ、そうなるのよねぇ?
ぼっとん……と言えば、そうなのだけれど、穴開いているだけじゃん、これ!
そりゃあ、下から狙われる可能性もあるだろうけれど、監視はやめて!
いくら同性同士でもこれは……。
いや、待て、今までメリユがおトイレに行っていた記憶がないのだが?
気付かない内にスキップされていた?
もしや、大天使ファウレーナの力で『行かなくても良い』状態にしていたと……か?
あー、わたしもポイント指定さえうまくやれば、コーディングできなくもないわ、それ。
「………」
「猊下?」
「ぇ、ええ、扉前の警護、何卒よろしくお願いいたします」
「お任せくださいませ」
ちくせう。
異世界もののきれいな面しか見てなかった自分を呪いたい。
これは現代技術も持ち込みたくもなるわよねぇ。
まあ、大天使ファウレーナ的に……まあやらんというか、やるとまずそうだなあって感じるので、やらないつもりだけれど。
タダ、個人的には、裏技を駆使してでも、この不自由さから抜け出してやるぜって思いを固めることになったのだった。
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