第269話 悪役令嬢、ハラウェイン伯爵令嬢(?)のことを思い出す
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、ハラウェイン伯爵令嬢(?)のことを思い出します。
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わたしは久世麗奈、どこにでもいるような日本人の大学二年生。
人並みに普通の(同性の)友達も、オタ友も作って、普通に小学生、中学生、高校生もやってきた平均的なZ世代女子なの。
少しだけ女子の主流派から外れたのは、理系進学コースを選んだことくらいかな。
日本のサブカルにどっぷりと浸かって育ったわたしは、乙女ゲーを作る側の人間になりたいと思ってしまった。
まあ、乙女ゲーに限らず、クリエイターサイドのお仕事に憧れたって言う方が正しいかもしれない。
たまたま、多嶋さん=神様とネット上で出会って、乙女ゲーのテスターバイトを始めたのが、乙女ゲー制作会社に入ろうかなって思うようになったきっかけかな?
ん……『たまたま』って言うのは、正しくないのよね?
確実にこれは神様に仕組まれていたこと。
エターナルカームのテスターをやったのも、そして、エターナルカーム・メリユスピンオフの専任テスターをやっていたはずが、異世界エルゲーナに関わってしまったことも、神様に誘導されていたって言って良いのだろうと思う。
「わたしが、大天使ファウレーナ、ね?」
わたし自身が、いえ、わたしの前世が『人間』じゃなかったのは、正直かなり衝撃的だった。
でも、でもね、そう告げられてみれば、納得できることも多いような気がするんだ。
弟君に対しても、小学生低学年からの親友に対しても、そして、両親に対してですら、普通の子に比べると距離を少し取ってしまっていたから。
小学生五年生のとき、親友から(遊びとはいえ)ファーストキスの相手に選んでもらえなかったのは、それに起因していたのかもしれない。
とはいえ、今思えば、親友にあれ以上に近付くことができなかったのは、大天使ファウレーナの記憶によるもの、なのかもしれないわね。
ずっと寄り添うつもりになっていた相手と、強引引き離されることになった悲しい記憶が、大天使ファウレーナの魂にこびり付いていて、転生者であるわたしもまた親しい相手に一定距離以上踏み込むことに怖れを抱くようになってしまっていたのかもしれない。
記憶を拒んでも拒み切れなかった、ファウレーナの記憶の断片が、過去のわたし=ファウレーナに何があったかを告げてくるのよ。
「はあ」
わたしがわたしで、メグウィン殿下がメグウィン殿下で、ハードリーちゃんがハードリーちゃんで、メルーちゃんがメルーちゃんで。
現生は現生として、一緒にいられる限り、彼女たちを愛そうと……ほんの今、思っていた訳だけれど、その感情の根底にあるのは、『どうせ別れるんだし』という達観した気持ちだったのよ。
どうして気付かなかったんだろう?
ハードリーちゃんに『テラにまで連れて行って欲しい』と踏み込まれて、わたしが能動的に彼女たちとずっと一緒にいようと動いていなかったことにようやく気付かされたの!
そうよ、どうせメリユに任せておけば、エルゲーナの彼女たちをさほど悲しませずに済むだとか、何自分勝手に彼女たちから離れようとしていたのよ、わたし!!
わたしは『どうすれば彼女たちとずっと長く一緒にいられるのか』って考えようともしていなかったのだわ。
本当に酷い話ね。
姿形違えど、数百年ぶりにハードリーちゃん、メグウィン殿下たちと再会できたというのに、あなたはうれしくないの?
今度こそ彼女たちを手放したくないとは思わないの?
あなたはそんなに薄情な『人間』だったの?
『人』に生まれ変わりたいと望んだのは、何のためだったの?
「はあ」
ああ、本当に溜息が止まらない。
わたしの半身=メリユの方こそ、運命を弄ぶ神様に抗っているじゃないのよ?
前世で一緒になることができなかったわたしたちを今のエルゲーナ、テラに生まれ変わらせて、その出会いの化学反応で、世界の因果がどのように変わるかって試していたのでしょ?
「メリユ様、ダメ、なのでしょうか?」
目の前で、ハードリーちゃんの長い睫毛が震え始めて、潤んだ瞳にまた涙が溢れ始める。
かわいらしい大きな垂れ目の目尻から零れ落ちる涙。
彼女の言う『一度目』で、天空高く昇っていくわたしに必死に手を伸ばしつつ、泣いていたリーラの姿が重なる。
………リーラ?
わたしは、何を考えて?
いえ、ううん……そうね、ハードリーちゃんがリーラだったのね?
頭がズキリとするけれど、予感が確信に変わる。
タダ一人、全ての罪悪感を背負うことになったリーラ=ハードリーちゃん。
ファウレーナの正体を暴いてしまったせいで、三人が離れ離れになる原因を作ってしまったことをリーラは一生悔いることになったのだわ。
わたしは、天界でそんな彼女を苦悩を見てしまっていた。
その最期まで、青春時代の『想い人』(?)との『別れ』を後悔し続けていた彼女をわたしは知っていたのよ。
そして、現生でも、まるで前世をなぞるかのように、わたしとの衝突やそれへの後悔を抱えることになったハードリーちゃん。
でも、彼女はそれらを乗り越えて、世界を越えるすら躊躇わない強い子になったのね?
「ありがとう、リーラ」
うかつにも、わたしは彼女の前世の名前を呼んでしまっていた。
わたしのためにも、ハードリーちゃんのためにもならないと……そう思っていたはずなのに。
「っ!! ファウレーナ様っ!!」
その途端、ハードリーちゃんの身体が震えて、その目から大粒の涙が溢れ出し、顔をくしゃっと歪めるの。
うれしさと悲しさ、前世の悔しさとそれら全てが混じり合った表情を浮かべ、号泣し始めるハードリーちゃん。
そんな彼女をとても愛おしいと思う。
多分、やはりわたしが前世の記憶へアクセスにするのに合わせ、彼女たちも前世の記憶を一時的に取り戻しているのかもしれない。
いけないこと、だと思うのだけれど………今だけは、彼女をリーラとして抱き締めてあげなければならない気がしたわ。
そう、だって、リーラをその悲しみと苦しみ、悔しさから解き放ってあげなければ、リーラ=ハードリーちゃんは現生で、本当の意味で幸せになれないと思ってしまったから。
ゴロゴロゴロ……
外で雷の音が響く。
ええ、そんな無粋な警告をしなくたって、ハードリーちゃんの中のリーラを蘇らせるのは良くないことだと分かっているわよ。
今だけ、今だけだから、多嶋さん、空気読んで。
ああ、懐かしいシナモンの香水の香り。
リーラもよく使っていたわよね?
今のあなたもこの香水の香りが好きなのね?
こんなにも分かりやすいリーラの名残にも気付かなかっただなんて。
今なら、分かるわ。
お世話好きなところも、面倒臭いところも、わたしに依存気味なところも、リーラそっくりなのだもの。
ハードリーちゃんは、リーラと同一人物ではないけれど、間違いなく、リーラを引き継いだ……わたしにとって特別な『子』なのよね?
「リーラ、一歩踏み出す『姿』を見せてくれてありがとう」
「ファ、ファウレーナ様、ぐすっ」
「あなたをテラへ連れ出すことはできないけれど」
わたしの言葉一つでそんな顔をしないで。
「わたしがエルゲーナに残る手立てを考えてみるわ」
「っ!!」
もうそんなうれし泣きして、わたしの胸に顔を擦り付けたりして。
ファウレーナじゃなくても、愛おしさが余計に込み上げてきちゃうじゃない?
「メリユもありがとう」
本当に、わたしのフォローをずっとしてくれていたメリユには頭が上がらないわね。
でも、本当にメリユは良いのかしら?
わたしの代役をするということは、メリユの方こそ、家族や大切な『人』たちと離れ離れになるというのに。
もちろん、『交代』はできるのだけれど。
その負担の大きさは、テラを離れることになるわたしにだって分かるのよ?
今テラに麗奈としているメリユのことを考えて、わたしはテラの(わたしの部屋の)シーリングライトに比べれば遥かに暗い天井を見上げるのだった。
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年末で立て込んでおりまして更新が遅れており、大変申し訳ございません。




