第26話 王子殿下、近衛騎士団長からの報告を聞く(2)
(第一王子視点)
第一王子は、応接室での御前会議で悪役令嬢について話し合います。
「そ、それで、カブディ近衛騎士団長。
メリユ嬢は、そこまでのお力をお持ちというのに、なぜ使徒様ではないと?」
う、うむ、それはもっともだ。
使徒様であっても、はたして天界の夜を明けさせられることなどできるものであるのか?
少なくとも、経典の類でも聞いたことのない話だ。
「それは、聖女様ご本人が使徒様ではないと否定されたからでございまする」
カブディ近衛騎士団長が拝むように重ねていた手を解いて、いつになく真面目な声でそう答える。
「そ、そうか……」
「メリユ様ご本人が否定されたんですかっ?」
「まさしく、その通りでございまする」
メリユ嬢自身が使徒様でないと否定したか。
まあ、ビアド辺境伯令嬢であるメリユ嬢が使徒というのは、冷静に考えれば、突飛な考えかもしれない。
使徒というものは、天界からやってこられるもの。
使徒が人間として生まれるという話は聞いたことがない。
唯一の可能性は天界から下りられた後メリユ嬢に受肉された、というものだが、彼女自身が否定したということは、それもないということだろう。
「それで、聖女であるということについては肯定されたということでよいのか?」
「いいえ、陛下。
それについても、聖女になるには教会の認定が必要と皮肉られて、言葉を濁されておられましたな」
「神からそれだけの神聖なるお力を賜っておられますのに、教会が認めていないから、聖女様でないというのはおかしいのではないでしょうか?」
「そうなのでございまする。
そこで、某がここにはメリユ嬢を聖女様と認めぬ者などいないとお伝えしましたところ、無言で頷いておられましたので、神には聖女様と認められているということかと。
また、某らを天界に招いたことについては、他言無用であるとおっしゃっておられました」
「た、他言無用と……今この場でご報告いただいているのはよろしいのでしょうか?」
メグウィンがカブディ近衛騎士団長を睨み付ける。
うむ、確かに神や天界に関わる話など、要らぬ混乱を招きかねないだけでなく、口外すること自体、神罰をくだされかねないのでは?
「ご安心くだされ。
国王陛下や殿下ら、宰相閣下への報告につきましてはお許しをいただいておりますゆえ」
「なるほど……」
「そういうことでございますか……」
ほう、聞いているだけで息が詰まるな。
いや、しかし……メリユ嬢が神に認められし聖女となると、我々王族も彼女に対して礼を尽くさなくてならないのではないか?
先ほどの国王陛下の問いにも答えられない訳だ。
むろん、初代国王陛下との約定のようなものもあるかもしれないが、それよりも神命によるものとなれば、この世の誰も彼女に無理強いできないということになるだろう。
「……っ」
近付いてくる影の気配に気付き、わたしは後ろを振り返る。
先ほど、メグウィンに頼まれていた件を調べさせていた影だ。
「失礼いたします、殿下。
至急の報告でございます」
「例の件だな」
「ははっ、王宮の書庫で建国紀と同時期の資料をあたりましたところ、イスクダー様が聖人認定されたとの記述が一か所見付かりましてございます」
メリユ嬢の先祖であるイスクダー様が聖人認定!
となると、彼女自身、聖人の家系ということに、なるのか?
「お兄様?」
「陛下、メグウィンからもメリユ嬢が聖女なのではという指摘があり、影にイスクダー様の聖人認定がなかったか確認を取らせていたのですが、どうやらイスクダー様は教会に聖人認定されていたとのことでございます」
「イスクダー様が聖人認定されていたとっ!
それでは、やはりメリユ様は聖人の血筋なのでございますねっ!」
メグウィン、立ち上がるのははしたないのでやめなさい。
視線でそう伝えるも、メグウィンは座らない……。
「そうか……魔法使いという建国紀の記述ですら、聖人認定をぼかしてものであったか。
そこな影、その資料は、初代国王陛下に関するものでよいのだな?」
珍しくも陛下が報告に来た影に直接お声をかけられる。
「ははっ、初代国王陛下直筆のもので、教会の聖人認定は認めるものの、教会外には漏らさないという制限を付けさせたとの記述でございました」
「なるほど、やはり聖人認定は公にできないものであったか」
ううむ、これは一大事だな。
当時の王家としては、ビアド辺境伯家……当時は分家だったかもしれないが……に、建国に貢献した聖人がいると知りながら、後継の王族にそれがしっかり伝えられていなかったとは!
しかも、ビアド辺境伯家においても、聖人としての力を得られた者にだけ、引き継がれてきたようであるし、血も薄まってきているであろう今に、メリユ嬢のような先祖返りとでも言える力の強い者が生まれたのはまさに奇跡と言えるのではないか?
「それで、カブディ近衛騎士団長、話を戻すが、メリユ嬢、聖女殿のお力は帝国兵を退けるのに充分なものであるということでよいのか?」
陛下のお言葉に、わたしはハッとする。
「ははっ、攻城兵器の類を用いまして決して破ることの叶わない神聖な結界でございまする。
聖女様のおっしゃられた通り、先遣だけでなく、本隊ですらも閉じ込めることが可能でございましょう」
「そうか、なるほど……」
そうなのだ。
『メリユ嬢が聖女である』ということがあまりに衝撃的過ぎて、本題が何かを忘れそうになっていたが、大事なのはメリユ嬢が本当に帝国軍を退けられるかどうか、そこにあった。
「では、メリユ様がいらっしゃる限り、王国の滅亡は避けられるということでよろしいのでしょうか?」
「まさしく、その通りでございまする。
本当に聖女様がこうして表に出てこられなければ、いえ、聖女様がこの国におられなければ、五万の先遣の時点で王国は滅亡へと追いやられておかしくないかと」
先遣で五万という話は先刻聞いたばかりだが、今こうして考えるとゾッとするな。
我が王国を占拠した後、どの国を攻めるつもりなのかは知らないが、王国の兵数では全く太刀打ちできない帝国軍。
間違いなく、戦後統治で邪魔になるミスラク王家の人間は全員処刑されることになるだろう。
また、王都を含め、帝国軍の略奪で民にもどれほどの被害が出るか容易に想像ができてしまう。
そのような悲劇を防ぐために、メリユ嬢はこうして名乗り出てくれたということなのか。
「いや、しかし、彼女一人で帝国軍を防ぐというのか」
「殿下、他に手段はございませぬ。
王都の第一大隊から第三大隊、ビアド辺境伯領軍に近隣の領軍をあわせても一万程度。
小国である王国の兵数では、大国である帝国の先遣にすら容易に打ち負かされるでしょう」
「分かっている……だが、わたしより年下の貴族令嬢一人の身に、全てを背負わせるというのは何とも歯がゆいのだ」
「お兄様……そうでございますね」
メグウィンが一度視線を落とした後、急に思い出したかのように、ミューラ嬢の方を見詰める。
「あの、ミューラ様、一つお伺いさせていただきたく存じますが、ミューラ様はメリユ様のご使命が何かご存じでいらっしゃるのでしょうか?」
「ひぃっ、ぁ、あの、わたしでございますかっ!?」
今まで存在感を異常なほど消していたバルバラッド男爵令嬢であるミューラ嬢が悲鳴に近い声を上げる。
「わ、わたしからは、何もお答え申し上げることが叶いませんっ」
「ごめんなさい。
さすがに聖女様であられるメリユ様から秘匿するようにご指示されていることをお答えいただくことは難しいのでございましょうね」
「は、ははっ、申し訳ございませんっ!
ただ、一言だけ申し上げられますのは、お嬢様が昨日から別の段階に進まれる決意をされたということで、ございますっ!」
「別の段階……やはり、表舞台に立つ覚悟をされて昨日王城まで来られ、本日こうしてお力をお示しになられたという理解でよろしいようでございますね。
一言だけでもお答えいただき感謝申し上げますわ」
「ぃ、いいえ、とんでもございませんっ!」
うむ……そうだな。
専属侍女であるミューラ嬢がこう言うのであるからには、間違いなくメリユ嬢は、聖女としての力を示し、国を守る決意を固めたということでいいのだろう。
「やはり、メリユ様のご使命は、王国の民の命がたくさん奪われるのを防ぐといったものかと推察いたしますけれど、聖女様である以上、神聖なるお力で帝国兵の命を直接刈り取るという訳にはいかないのでしょう」
「メグウィン第一王女殿下、某が懸念しておるのがまさにそこでございまする!
聖女様である以上、敵であれ味方であれ、神より与えられし神聖なるお力で命を奪うような行為はご法度、おそらく神より神罰として天界に召すよう神託がある場合を除き、直接的な戦闘行為に加わっていただくことは不可能かと存じまする」
「ええ、わたしも同意見ですわ。
帝国兵をバリアに閉じ込められましても、命を奪うことにならないぎりぎりまで弱らせたところで、ご解放されるおつもりかと存じます」
「でございましょうな」
相変わらずメグウィンの推論は大したものだと思わされる。
どうやらカブディ近衛騎士団長とも見解の一致を見たようだ。
いつの間に、妹はこれほど成長していたのだろうと改めて思ってしまう。
「弱った敵を討つことを許容していただけるのか、事前に伺っておくことが必要でございましょう」
「ええ」
「それでも、光のなき真の暗闇に一日、二日閉じ込められた帝国兵が突如昼間の明るさに晒されましたらならば、暫く目が利かなくなるのは必至。
解放されましても、五万の兵に王国へ攻め込む気は残っておりませぬでしょうな」
「そうでございましょうね」
「さて、聖女様のお力が判明いたしました以上、某からは聖女専属護衛隊の創設を具申させていただきたく。
戦の始まるその日まで、聖女様の御身をしっかりお守りせねばなりますまい」
聖女専属の護衛隊か。
ビアド辺境伯の了承も必要になるだろうが、戦地に赴くまでメリユ嬢を暗殺等まで守りきれるかどうかが我が王国の勝敗を決めるということか。
「うむ、よかろう。
メリユ嬢に何かあれば、王国は負け、王族も皆命を落とすことになるのだ。
王族以上の護衛を付けてもよいぞ」
「ははっ、大変ありがたく存じまする」
陛下も即決されるか。
まさか、ここまでの事態になるとは、朝の時点では思いもしなかったな。
「ただ、表向きは聖女様をお守りしているという体を取るのはまずいかと存じまする。
何かしら聖女様をお守りする理由を付けたく存じまする」
「なるほど……」
いや、うむ、確かにな。
下手に聖女専属護衛隊創設ともなれば、教会に喧嘩を売っているに等しい上、各国の密偵にもすぐさま察知され、要らぬ注目を浴びてしまう。
「となると……」
陛下が顎髭を摘まみながら言葉を続けようとされたとき、バァンと開いてはいけない扉が開いた。
「お話は全て聞かせていただいたわ!」
……なっ!?
「ぉ、お母様っ!?」
母上、王妃陛下がなぜここにっ!?
まさか、母上が自ら潜られていたのかっ!?
「ティティラ、また、そんなところに……」
ち、父上、国王陛下も言葉を失っておられる。
「あら、昨夜はメグウィンも潜っていたのでしょう?
母であるわたくしもこの程度はできなければならないでしょう」
「そ、そうか……まあ、よい。
それで聖女専属護衛隊創設に対して、何か意見が?」
「ええ、表向きは王太子にほぼ確定しているカーレの婚約者、つまり、王太子妃候補として警護を付けましょう」
「「「はあっ!???」」」
ほぼ同時に全員が母上に訊き返した。
「よろしいではありませんか?
イスクダー様には建国にあたりあれほどご尽力、ご貢献いただきましたのに、王家としてはろくに報いて差し上げられなかったのですもの。
今回はそのご子孫であるメリユじょ……こほん、聖女様にはまたも王国をお守りいただくのですから、カーレ、あなたが妃として迎え入れるのが一番かと存じましてよ」
「お母様っ!??」
わたしもそうだが、メグウィンが驚きのあまり目を白黒させている。
いや、待て、メリユ嬢がわたしの婚約者………?
婚約……。
王太子妃候補?
あの凛々しい年下の貴族令嬢が、わ、わたしに嫁ぐと?
「ぉ、お兄様、お顔が少々お赤いですわよ?」
は!?
わたしの顔が赤いだと。
そんなつもりはなかったはずだが。
「はあ、お母様のご提案は、確かに一番悪目立ちしないかと存じますが、わたしとしましては、お兄様がメリユ様に相応しいと現時点では認めたくありません」
「メグウィン!?」
……そんなこんなで応接室での御前会議は暫く紛糾したのだった……。
またとんでも展開が……。




