第265話 王女殿下、大事なものを取り戻し、大事なものをまた失う
(第一王女視点)
第一王女は、一度大事なものを取り戻しかけますが、またそれを失ってしまいます。
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「二度も黙って引き裂かれるほど、今のわたしたちは弱くありませんし……そもそも、そんな悲しい運命を受け入れたくはありませんもの」
ハードリー様を前にして、わたしはそんな言葉を当たり前のように口にしていたの。
本当に……本当にどうしてなのだろう?
わたしの記憶では、メリユ様と過ごした日々はもちろん濃密ではあったけれど、それほどの日数は経っていないはず。
そもそも、あの、王城で出会ったときが『初めて』であったはずなのに、今はそんな気がしないの。
まるで、ずっと昔からメリユ様と一緒にいたような気がしてきてしまう。
そう、まるで生まれる前よりも前から、知り合っていたような……ええ、そんなことあり得るはずないのに。
「……」
けれど、黙って頷いてこられるハードリー様を見ていて、わたしはこの感覚を以前……ハードリー様とお会いしたときにも感じていたことを思い出したのよ。
ハラウェイン伯爵令嬢としてハードリー様がご立派で、王女としての矜持を持っているわたしとも共通点や、共感できることもたくさんあって、ああ、この方となら、お友達になれると思ったのも事実だけれど、それだけではないわ。
そう、まるで、ずっと昔から一緒にいたかのような、確信にも似たものを感じていたの。
そして、メリユ様のときは、それがずっと強かったわ。
特にあのメリユ様がご奇跡を起こされたとき、わたしだけは奇術の類だとは疑わず、本物だとすぐに信じることができたのもそう。
メリユ様のお力に怖れを抱いたのも、信頼できるお方だと一晩で思えるようになったのも、わたしは以前にも同じような経験をしていた……はずなの。
何より、メリユ様がご奇跡を起こされる度に抱き付きにいってしまうくらいに、メリユ様に心を許せたのは、きっとそれがあったからなのに違いないのだわ。
「『二度』……そうですわね」
ハードリー様はどれくらいこのことに気付かれていらっしゃるのだろう?
この奇妙な既視感が生じ始めたのは……多分、メリユ様と口付けしたあのときからだろうと思う。
直後に覚えた『神の御許に連れ戻されるかもしれない』というあの不安だって、以前のわたしも同じように抱いていたのに違いないのよ。
色々なことが前にもあって、今にもあって、以前のわたしと、今のわたしが一つになっていくような気がするの。
ええ、これがタダの錯覚、勘違いだなんてことある訳がないのだわ。
まだ何も思い出せないけれど、メリユ様、ハードリー様、わたしの三人が特別な間柄であったことだけは確かなの。
きっと運命的な何かが、わたしたちを今のこの時代で繋ぎ合わせてくれたのよ。
それが神の悪戯であったとしてもおかしくはないと思うくらいに、これは必然だと思っているの。
バタン
「失礼いたします、姫様っ!!」
そんなことを考えていたとき……突然、けたたましい扉の音とともにアリッサがお部屋に飛び込んできて、深刻そうな面持ちでわたしにだけ分かる目配せをしてきたのよ。
「アリッサ、一体何事なのかしら?」
お部屋を出て、砦内の通路でアリッサに耳元で報告するように指示する。
「バリア自体には特段の変化は見受けられないのですが、バリアの天高く、先端の方より雲が湧き出してきておりまして、星空が見えなくなってきております」
「雲?」
「ええ、バリアの先端辺りを中心として、それはもうもくもくと。
雷が鳴り出してもおかしくないほどに」
まさか、先ほどのメリユ様のご説明のせい?
う……ぁ、あり得、そうね。
今のメリユ様がこのエルゲーナとは異なる世界テラの使徒様であらせられるというお話は、神がメリユ様に秘匿するようご制約をかけられていておかしくない内容だもの。
メリユ様、神にご許可を得ずに、わたしたちにご説明してくださったの……?
ええ……やはり、その可能性が、一番高いわよね。
テラという異世界が存在しているなんてこと、エルゲーナのタダの『人間』であるわたしが知って良いはずがないわ。
それこそ、今だって、このエルゲーナで、ハードリー様、メルー様、わたしの三人しか知らないことなのではないかしら?
「はあ、メリユ様ったら……」
テラのことを口外するつもりなんてない。
ハードリー様も、メルー様も、きっと墓にまで持っていくことだろう。
メリユ様の秘密を知っているのは、わたしたちだけで十分だわ。
そう、メリユ様のご信頼を裏切ってまで、わたしたちがメリユ様のご正体を吹聴することなんてあり得ない。
それは神だってお分かりなのではないかしら?
ハードリー様とわたしに数々のご奇跡と正夢をお見せくださり、更にはマルカ様、ルーファ様、メルー様たちを救うようにご神託をくだされた神が今更何にお怒りになられると?
メリユ様と神のご神意に乖離が見られるようになっているとはいえ、神がメリユ様を見放されることはないだろう。
メリユ様こそが、神のご寵愛を受けし、特別な使徒ファウレーナ様であり、テラの使徒様でいらっしゃるのだから。
……だとすると、これは神のご懸念を現したものなのではないかしら?
もしかして、メリユ様が倒れられたことで、神も焦っておられる?
本来テラの使徒様であらせられるメリユ様が無理にこちらのメリユ様になっていらっしゃることで、わたしたちのメリユ様に無理が生じているのが明らかになったことで、神は一刻も早くメリユ様を呼び戻されたいのかもしれないわ。
ゴロゴロゴロ……。
落雷ではないようだけれど、雷鳴が聞こえ始め、アリッサがビクッとなるのが分かる。
「………」
そして、わたしもまた鳥肌が立つような感覚を覚えたの。
もちろん、雷が怖いということではないわ。
何か、こう、とても良くないようなことに気付いてしまった気がしたから。
エルゲーナでお生まれになった、わたしの存じ上げない[メリユ様]
それに対して使徒様の知識を兼ね備えた、テラの使徒様であらせられるメリユ様。
使徒様であらせられる、今のメリユ様は、今のお身体はとても窮屈なものであるのかもしれない。
いえ、先ほど倒れられた通り、無理が祟っている状態なのかもしれないわ。
それでも、『人』としてお生まれになった[メリユ様]に対して、使徒様のメリユ様は、記憶的なご制約は少なくいらっしゃるはずなのに……………………[わたしたち]のことを、覚えていらっしゃらないのではと思うの。
「まさか」
使徒ファウレーナ様がご自身の魂を二分割された際、神は(ご介入され)………メリユ様から[わたしたち]のご記憶を……………抹消されたのでは?
そんなゾッとするようなことを、考えてしまったのよ。
そして、わたしと同じように、メリユ様もわたしたちとの口付けで、何かを思い出されてしまったのだとしたら…………それはきっとご神意に沿わないものではあるはず。
もし、もし本当に神がそれにご不満を、ご不快感を抱かれているなら……わたしたちにご警告を発することもあり得るはず。
それが、この雷、なの?
もし、そうだったら、わたしはどうすれば良い?
わたしですら思い出せていない何か、大切な記憶。
バラバラになっていて、繋ぎ合わせることのできない記憶の欠片。
それがわたしに訴えてくるのよ。
本当にこのままで良いのかって!!
メリユ様がおっしゃった通り、神はオドウェイン帝国との停戦がなった瞬間に、即座にメリユ様をテラへと送り返されることだろう。
メリユ様が何も余計な思いを抱かずに、元のご聖務に戻られるために。
そうしたら、わたしたちは元に戻られた[メリユ様]とこちらの、エルゲーナのご聖務のお手伝いすることになってしまう。
[メリユ様]だって、わたしたちにとって同じくらい特別な存在なのかもしれないけれど、せっかくの再会を果たして、再びこんなにも大好きになって、唇も捧げて、添い遂げるって決めた今のメリユ様は特別なの!
再会できたってことにすら気付いていただけずに、お別れするなんて絶対に嫌!
以前のわたしがずっと不安を抱き……その不安の通りに、実際に別れ別れになってしまったことは確かなのだと思うわ。
だから、今世では、メリユ様と一緒になりたいの!!
だって、メリユ様をこんなにも愛してしまったのだから!!
「姫様?」
ガラガラピッシャーン!
砦の中の通路にいてでさえ、身体に震えを感じてしまうほどの雷鳴が鳴り響く。
…………あら?
わたし、今、何を考えて、いたのかしら?
「姫様、泣いていらっしゃる?」
「嘘、嘘、消えちゃう、待って、嫌、そんなの嫌ぁ!」
ぼんやりとしていた、とても、とても大事なものがすぅと記憶からまた薄らいでいくのが分かる。
どうして、せっかく掴みかけていたというのに。
ああ、そう……これが、神の試練、という訳なのね?
メリユ様とわたしを繋いでいた何かが消えていくの。
こんなにも大好きなのに、その前提にあったはずの何かが分からなくなっていく。
ああ、涙が止まらないわ!
こんなの酷いって思うのに、何が酷いのかも、今はもう分からない。
わたしは、この何か、を取り戻せるのかしら?
そして、メリユ様とご一緒になることができるのかしら?
わたしは(それまで必死に耐えていたのに)もう泣くことを堪えることができなくなっていた。
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