第264話 ハラウェイン伯爵令嬢、悪役令嬢の打ち明け話を聞き、衝撃を受ける
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、悪役令嬢の打ち明け話を聞き、衝撃を受けます。
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メリユ様が秘められたことを明かされる直前、わたしはふとハラウェイン伯爵領で見たあの正夢のことを思い出していました。
そう、周囲一面黄色のクロッカスの花々が咲き乱れている光景(夢では確かにハラウェイン伯爵領だったと思います)。
必ずや現実にしなくてはいけない、神がお見せくださった正夢のようなものだと思っておりましたのに、まさかゴーテ辺境伯領の戦場でそれと同じような景色を見ることになるとは思いもよりませんでした。
ご神命の代行者として、神のご警告を、いえ、ご神罰をオドウェイン帝国の先遣軍にくだされ、血に濡れた戦場で誰一人命を落とすことなく、ご救命、ご救済を齎されたメリユ様。
聖水は、傷付いた方々を癒し、血の染み込んでいた大地をクロッカスの花々が次々に開花していく花園へと変え、たくさんの蝶たちが舞うようになった光景はご奇跡以外の何物でもありませんでした。
神はこのご奇跡をメグウィン様とわたしに伝えられようとしていたのでしょうか?
メグウィン様とわたしがメリユ様と一緒になる……という正夢でなく、戦がこのように終わるのだということを告げられたかったのでしょうか?
ゴーテ辺境伯領も、ハラウェイン伯爵領も、もちろんミスラク王国も救われたのですから、それが正夢の真実であってもありがたいことであるのは間違いありません。
「はぁ」
タダ、お部屋で、メリユ様にパースニップのポタージュを飲ませて差し上げていても、やはりあの眼差しをされるメリユ様に胸騒ぎが収まりませんでした。
戦の前、『添い遂げたい』という気持ちをお伝えし、この唇を捧げたわたし。
メリユ様のことが『大好き』なわたしは、必ずメリユ様をこの地上に繋ぎ止める『楔』として、この身体を捧げることすら厭わないつもりでした。
たとえ、メリユ様が『人間』離れされたご存在で、神のご眷属として天界に呼び戻されそうになっても、わたしは自分の全てでメリユ様を引き留めるんだって思っていました。
タダ、今となっては、聞きたくないことから逃れようと、耳に蓋をして、不都合なことを考えないようにしていただけ……だったのかもしれません。
セラム聖国聖都ケレンで、神よりのご警告をメリユ様がくだされた際だって、わたしはしっかりと聞いていたのですもの。
メリユ様が使徒ファウレーナ様であり、今も使徒様のお姿を下賜され、神の代わりにこの地上に介入されていらっしゃるというお話を。
そして、この部屋に戻ってくる途中も、神とのご意見の相違のせいで、メリユ様が天界に去られるのではないかと不安に思っていたのも事実ですもの。
でも、全てを受け入れることができませんでした。
メリユ様が『人』でいてくだされば、きっとこれからもずっと、一緒にいられるのだと信じていたんですから。
もちろん、そう思い込もうとしていただけなのかもしれませんけれど。
「はぁ」
正直に言えば、この胸の内の不安が着実に膨らみ続けていたのも事実なんです。
メリユ様がわたしの気持ちを受け入れてくださっていると実感はしても、何かがおかしいメリユ様。
ええ、メリユ様に、口にできないことがたくさんあるというのは分かっています。
それでも……それが、たとえ受け入れられないようなことでも、今訊かなければ、逆に後悔するような気持ちになってきていたんです。
そう、本当はお聞きしたくてたまらなかったのに、聞くのが怖くてたまらなかったメリユ様の真実=隠し事。
それがついに明かされたとき、わたしは全身に鳥肌が立つのを感じました。
だって、それは、わたしたち=メグウィン様とわたしの想像を遥かに超えるものだったんですから!
『タイムリミット』
『わたしたち』
メリユ様が漏らされた、理解し難いお言葉に続く打ち明け話は、本当にとんでもないものだったんです。
『そう、わたしは使徒ファウレーナの生まれ変わりとして、この地上にメリユ・マルグラフォ・ビアドとして生を受けたのでございますわ。
タダ、『人』としての生を受ければ、使徒として聖力を細かに制御する方法を引き継ぐことが叶いません。
そこで、生まれ変わる際に、以前のわたし、ファウレーナは、魂を二分割したのですわ』
『この世界、エルゲーナの一人『人』としては、メリユ・マルグラフォ・ビアドに半分の魂を、そして……使徒として、聖力の使い方を再び習得できるよう、別の世界テラにも、もう半分の魂を送り込んだのですわ』
どうしてメリユ様があんな眼差しをされるのか、その理由を知って、わたしは頭の中がおかしくなりそうになりました。
わたしの知っているメリユ様は、使徒ファウレーナ様がご自身の魂を分けられ、この世界=エルゲーナとは異なる世界テラに送り込まれ、そちらの世界を守護される使徒様となられていたお方であったということ。
エルゲーナに『人』としてお生まれになられた[メリユ様]も、元は同じ使徒ファウレーナ様であらせられたものの、『人』になられてしまったせいで聖なるお力の使い方を覚えていらっしゃらず、急遽異世界テラを護られてきた使徒の方のメリユ様が呼び戻され、入れ替わられたとのこと。
そう、あくまで今のメリユ様は、無理やり[メリユ様]のお身体に押し込められた異世界の使徒様であり、ずっとエルゲーナに留まるということはできないってことだったんです!
(想像していたように)神の意によって天界に去られるというのではなく、そもそもメリユ様が異世界テラの使徒様でいらっしゃって、タダ元の場所に帰らなければならないっていうお話だったんですから!
ああ、もうっ、誰がそんなこと、想像できるって言うんでしょうか!?
『ええ、とはいえ、こちらのメリユも、わたしの記憶を共有していて、人格、人柄もわたしとそう変わらないかと。
ですから、決して、メグウィン様、ハードリー様、そして、メルーを一人にすることはありませんわ』
ええ、そのお言葉に(どうしてメリユ様がわたしたちの気持ちを受け入れるような素振りを表面上されていたのか)納得しましたとも!
メリユ様はもうお一人のご自身である[メリユ様]に後を任せられると思っていたから、あのような眼差しをされていらっしゃったのですよね?
いずれは立ち去るしかないご自身の立場をお分かりになっていて、後は[メリユ様]に託せば良いとそうお思いになられていたのでしょう!?
『(グスッ)メリユ様、そういうことではないのですわっ!!
ええ、きっと、もうお一人のメリユ様も、今のメリユ様と同じく素晴らしいお方なのは確かなのでございましょう!
ですが、わたしに聖なるお力をこそっと見せてくださって、わたしを空へとお誘いくださり、わたしの寝室にお泊まりくださって、そして、そして、数々のご奇跡をお見せくださったのは、ここにいらっしゃるメリユ様だけなのですわっ!!』
『そうだよ、お姉ちゃん、そのもう一人のメリユ様っていうのは、お姉ちゃんにとって双子みたいなもので、お姉ちゃん自身ではないでしょ?
わたしだって、双子のメリユ様がわたしのこと、よーく知ってるよって言っても、お姉ちゃんだと思えない』
メグウィン様とメルー様の反論は全くもって、その通りだと思いました。
[メリユ様]がたとえメリユ様のご記憶を引き継がれても、元々が同じ使徒ファウレーナ様でいらっしゃっても、メリユ様はメリユ様なんです!
わたしが『大好き』で『添い遂げたい』のは、メリユ様なんです!
だから……わたしは、メグウィン様に続いて、もう一度わたしの本当の気持ちをお伝えして、キスをして……ずっとお傍にいたいと、命尽きるまでご一緒でいたいと神に祈りました。
ですが。
「……ん、こんなのハッピーエンドに導けないよ……」
目を涙に潤ませたメリユ様は、悲しそうな微笑みを浮かべられ、そう呟かれた直後、急にその瞳から光を失われるとバタンとベッド上で倒れられてしまったんです!!
「ハナン、すぐに専属医師を呼んで頂戴」
「メリユ様、メリユ様っ!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃぁん」
「アリッサ、鏡の御柱、バリアの状況をすぐに確認して」
「はっ」
「メリユ様の急変が外に漏れないよう、注意して」
「ははっ」
その後、前日からわたしたちの寝室となった、士官用のお部屋は騒然となっていました。
涙を流されながらも一番冷静でいらっしゃったメグウィン様が次から次へとご指示を出され、メルー様とわたしは意識を失われたメリユ様に泣き縋っていました。
「はぁ、はぁ、ハードリー様、メリユ様は?」
「ご体温は異状なく、タダ、呼吸が浅いような……気がいたします」
戻ってこられたメグウィン様と会話しながら、わたしは未だ混乱に陥っていました。
「代わっていただいても?」
「ど、どうぞ」
メグウィン様はご自身の耳をメリユ様の鼻、口先に近付けられて、呼吸音を確かめられます。
「どうして、こんなことに……」
「………」
目を瞑って、真剣にメリユ様の呼吸を確かめられていたメグウィン様を眺めながら、わたしは溢れ出す涙を必死に両手で拭っていました。
「すぅ、はぁ……呼吸自体はそこまで深刻ではないかと」
「メグウィン様」
メリユ様の口元から耳を離されたメグウィン様は、わたしをじっと見詰めてこられます。
「はぁ、あくまでわたしの推測ではありますけれど、今のメリユ様は『人』の身体には収まり切らないテラという世界の使徒様の御心を無理やり入れ込んでしまっている反動が出てきていらっしゃるのかもしれませんわね」
「そ、そんな……」
いえ、わたしだって、そんな気はしていたんです。
『人』の身に生まれ変わられた[メリユ様]は聖なるお力をうまく扱えられなくなられていたからこそ、急遽異世界テラの使徒様の方のメリユ様が呼ばれたんです。
元の[メリユ様]がそうなられていたということは、『人』の御心、魂というべきものには、収まり切らないような知識やそういったものもたくさんあったということなのでしょう。
「『タイムリミット』
すなわち、神がメリユ様にエルゲーナでの滞在を許された期限、それが停戦までとされたのもきっとそれが理由なのでしょうね」
最初はどういう意味なのか、分からなかったのですが、『タイムリミット』とは聖なる言葉で『期限』という意味だったのですね。
では、それ以上、今のメリユ様がメリユ様のままでいらっしゃると、メリユ様が壊れてしまうかもしれないということなのでしょうか!?
わたしたちが『楔』となって、メリユ様が『人間』離れされていくのを防いだとしても、結局メリユ様ご自身が今の身体に耐えられなくなってしまうと!?
「それでは結局、メリユ様と離れ離れになってしまうということなのでしょうかっ!?」
「ハードリー様」
わたしはつい八つ当たりのように、メグウィン様に対して大声を上げてしまって、すぐ後悔しました。
そんなこと、している場合ではありませんのに。
「大丈夫ですわ」
「何を根拠に……そんな」
「二度も黙って引き裂かれるほど、今のわたしたちは弱くありませんし……そもそも、そんな悲しい運命を受け入れたくはありませんもの」
素直に謝れないままでいるわたしに、メグウィン様は、そんな意味の分からないことをおっしゃられたのです。
『二度も黙って引き裂かれる』?
どういう意味なのでしょうか?
『二度』とは一体?
いえ……なぜかその言葉の意味を考えていますと、わたしも納得がいくような気になってきまして、自然と頷いていたのでした。
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メグウィン殿下、何やら意味深なことを漏らしているようでございますが、一体どうされたのでしょうか!??




