第262話 悪役令嬢、王女殿下・ハラウェイン伯爵令嬢と生身で口付けする
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、王女殿下・ハラウェイン伯爵令嬢・ダーナン子爵令嬢と生身で口付けしてしまいます。
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小学五年生だった頃、親友がそこそこ仲の良かった子と『キス』をした。
年齢的に女子が男子よりも少し大人びているというか、少しませているお年頃。
大人たちがする『キス』に興味を持って、女子同士で『キス』をするなんて、まああるっちゃあることよね?
おふざけでやったことだから『ノーカン』だとか、『まあ気にならないよね』とか、そういうことにはなっていたのだけれど……でも、でもね、わたしは胸が締め付けられるような気持ちになった。
親友にとって、わたしよりも(わたしにとっては)そこそこ仲の良かったその子と『キス』する方が好ましかったのかなと思うと、とても悔しい気持ちになった。
うん、嫉妬……と言って良いのかもしれない。
まあ、別に親友に恋愛感情を抱いていたという訳ではないのだけれど、その子とわたしを天秤をかけたら、わたしの方が軽くて負けたんだって思ったら……親友とそれまでと同じように付き合えなくなったのよね?
そう、日本人として生まれたわたしは、『キス』に特別な感情を抱いていると思う。
異性との恋愛の『キス』はもちろん、欧米的な親愛の印としての『キス』だって知らなかった、『キス』初心者なわたし。
乙女ゲーの中では、もちろん、プレイヤーキャラに『キス』体験させるようなイベントを何度も経験しているし、この異世界エルゲーナのメリユ・バーチャル体験でも『キス』をさせまくってはいたのだけれど……まさか、入れ替わったばかりのメリユの身体で『キス』をすることになるなんて。
「(んっ)」
マウス・ツー・マウスの『キス』
唇と唇が実際に触れ合う、親愛の情以上のものを感じさせる『キス』
もちろん、文化的な違いはあると思う。
でも、チュッて一瞬で終わるそれじゃない。
大人の……その、舌を使うようなそれではないけれど、家族、兄弟姉妹、親友の間柄というだけではあり得ないレベルの、深い『キス』
「っ、はぁ」
時間にして、十秒くらいだっただろうか、それとも、二十秒は優にしていただろうか?
そんな、長いようで短い『キス』
唇が離れても、頬がカァッと熱くなって……メグウィン殿下が飛び付いてくる前に言ってくれた、『ずっと、どんなときでも、一緒にいると、添い遂げると決めましたのに!』という言葉が頭の中で何度もレフレインする。
そして、何より忘れられない……メグウィン殿下の唇の感触、頬に感じた体温、花のような香水の匂い。
乙女ゲーの中では、タダ画面のグラフィックと音の変化でしか感じられない『キス』だけれど、それがどれほどまでに特別なものであったのかということがよく分かる。
『よき』だとか『てぇてぇ』だとか『尊い』だとか、オタなわたしがよく使う表現だけじゃ、とても言い表せられないような、胸が滾るようなこの思い。
メグウィン殿下とは、ゲーム本編のテストプレイの段階から、ヒロインちゃん=メルーちゃんの親友として長い時間を共に過ごして、関係を深めてきた間柄だった。
でも、このエルゲーナのリアルに(知らず知らずに)接続して、HMD越しであっても、本物のメグウィン殿下と触れ合ってきて、彼女にただならぬ感情を抱いてしまっていたのかもしれない。
「……メリユ様」
メグウィン殿下の碧眼に吸い込まれそうな気持ちを感じていると、『キス』をしたわたしたちを見守ってくれていたらしいハードリーちゃんが横から入ってきて、メグウィン殿下も(狭いベッドの上で)場所を譲られる。
ああ、そうよね。
ハードリーちゃんはハードリーちゃんで、じゃじゃ馬で、行動的で、誰より率先して動く子だもの。
メグウィン殿下に負けたくないって思いが目尻の垂れた大きな目に現れているのが分かるの。
「わたしも、メリユのお傍で、これからもずっとお支えしたいです!
その、メグウィン様と同じように添い遂げさせてくださいましっ!」
涙をポロポロと零されながらも、決してわたしの目から視線を逸らさず、まっすぐに見詰めてこられるハードリーちゃん。
もう、ハードリーちゃんにも、こんなにも思われちゃうなんてね。
「こんなにも大好きなんですから、もうメリユ様のおられない生活なんて考えられないんですから、どうか、どうかテラにお帰りならないでくださいましっ!!」
シーツの上に手を突きながら、その手をわたしの方へ動かしつつ、そのかわいらしい泣き顔を近付けてこられるハードリーちゃん。
うん、こんなの拒める訳ないよ?
拒めるようなヤツがいるとすれば『人でなし』って言ってやるわよ。
「「んっ」」
積極的なハードリーちゃんが唇を突き出して、わたしの唇を捉える。
大人の『キス』なんて知らない少女の『キス』
まあ、その辺はわたしも変わらないんだろうけれど、精一杯の感情をその唇に乗せた純情な『キス』
ああ、わたしは何て嘘付きなんだろう?
これがリアルなんだって気付くのが遅すぎた。
タダハッピーエンドしなきゃってだけで先のことを考えなさ過ぎたよ。
わたしを向こう、ううん、今はここ、エルゲーナに引き留める楔になってみたいなことを言っていたクセに、結局は『別れ』が待ってるとか詐欺みたいなものじゃない?
先のことは……ハッピーエンドより先のことは、各自適当に妄想してくださいみたいなゲームじゃないのよ?
メグウィン殿下も、ハードリーちゃんも、メルーちゃんも、マルカちゃん、サラマちゃん、ルーファちゃんたちも、みんな一緒に過ごしてきて、忘れられない思い出になっていて、『別れ』のあとも彼女たちは、それぞれの思いを抱えて生きていくんだから。
テラ=地球に帰る?
たまに遊びに来る?
『添い遂げたい』とまで言ってくれた相手に失礼過ぎるわよね?
ああ、わたしは、どうしたら良い?
わたしだって、こんなにも気持ちを一緒に育んできた皆と別れたくはないよ?
でも、でもさ、テラの方のリアルもあるじゃん!
親にお金出してもらって大学にだって行かしてもらってるし、弟君たち含め大事な家族も、友達もいるし、そっちをないがしろにだってできないよね?
でも、でも……。
「っ、はぁ」
ハードリーちゃんとの『キス』を終えて、わたしはハードリーちゃんの涙で潤んだ瞳を見詰める。
うん、わたしだってメグウィン殿下やハードリーちゃん、メルーちゃんたちと繋がっていたい。
この生活を終わりになんてしたくない。
終わって欲しくなんかないよ!!
これから先、皆とわたしがどんな風に仲を深めて、うれしくなったり、悲しくなったり、心配したり、色々な感情を積み重ねていきながら、どんな関係になっていくのか? 気になって仕方がないの。
もし帝国との停戦がなって、(メリユとの約束があるにしても)一旦エルゲーナへの接続が途絶えたとき、わたしはきっと胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちを味わうことになるのだと思う。
「多嶋さん、こんなのハッピーエンドに導けないよ……」
「「メリユ様?」」
「お姉ちゃんっ!」
順番待ちをしていたメルーちゃんが(今度は)腰に抱き付いてきて、グスグスと泣きじゃくりながら、顔をわたしのお腹に押し付けてくる。
愛おしいって、こんな気持ち、なのね?
ここにいるメグウィン殿下、ハードリーちゃん、メルーちゃん……それぞれ彼女たちに対する気持ちの形は少しずつ違うけれど、『別れ』だけは絶対に嫌だと思える。
好き、大好き、愛、ラブ、そんな大事な気持ちを失いたくはない。
だって、わたしは一度それを失ってしまっているんだから。
……失って?
一度失ってしまっている?
どういうこと!?
頭の中がぐるぐるしてくる。
わたしの知らないはずの記憶が映画のフィルムの早回しのように次々と浮かんできて、激しい頭痛がわたしを襲うの。
わたしは知らない、わたしは知らない。
何なの、これは!?
ファウレーナ、そう、これがわたしのファウレーナとしての記憶?
ダメ、絶対にこれを受け入れちゃダメ。
わたしがわたしでなくなっちゃう!
そんな知らない誰かの記憶で、知らない誰かに対する思いをぶつけられたって困るのよ!
わたしは麗奈。
テラ=地球に生まれた、ごく普通のオタなJD。
ちょっと乙女ゲーに詳しくて、テスターも、スクリプター的なこともできて、ゲーム会社を目指してるぎり十代のZ世代女子なの!
わたしは、あなたを受け入れたくはない。
ここにいるわたしは、メグウィン殿下たちといるわたしは、麗奈としての頑張りの結果なんだから。
だから、わたしは………。
精一杯の抵抗を試みている内に、わたしの頭は割れそうなほどになって、プツンと意識は途切れてしまったの。
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