第25話 王子殿下、近衛騎士団長からの報告を聞く(1)
(第一王子視点)
第一王子は、応接室での御前会議で、近衛騎士団長からの報告を聞きます。
疲れているメリユ嬢を貴賓室で休ませ、国王陛下、宰相であるアワレ公爵、第一王女であるメグウィンと専属侍女のハナン、わたしと専属侍女のアメラ、近衛騎士団長のカブディ、そして、メリユ嬢の正体を知っているというメリユ嬢の専属侍女のミューラ。
この八人で御前会議をすることになった。
場所は、ティーカップが宙に留まったままの応接室だ。
突然連れてこられたメリユ嬢の専属侍女のミューラは顔を真っ青にして、震えているが、大丈夫なのか?
「よし、揃ったか。
事態が事態だけに、ミューラ・バローノ・バルバラッド嬢も不敬を問うようなことは一斉せぬので、何でも気兼ねなく話してくれたまえ」
ミューラ嬢は、バルバラッド男爵令嬢だったのか。
……アメラ、もう少し正確かつ丁寧に情報を流してくれ。
「は、ははあ」
礼を尽くさなくてもよいのに、ミューラ嬢が侍女姿で震えながらカーテシーをしている。
「さて、時間もないのでな。
まずはカブディ近衛騎士団長から結界内で何が起きたのか報告を聞こう」
「ははっ」
そう、陛下の政務を考えれば、あまり時間を取っていられる余裕はない。
しかし、帝国との戦に備えるという意味では、メリユ嬢の力を確認することは最重要であり、何よりも優先すべき事項であるからこそ、こうして御前会議が急遽開かれている訳だ。
「某は、結界の外がどうなっていたのかは存じ上げませぬが、聖女様の結界が張られました瞬間、結界内は大きな衝撃音と共に完全なる暗闇となり、砂埃と共に小石が飛び交い、近衛騎士団は恥ずかしながら混乱に陥り、敵からの攻撃と勘違いする者まで出てくる始末でございました」
「演習ということにしておったはずだが、そこまでの混乱に陥ったか?」
「ははっ、何せ、新月の夜よりも暗き真の暗闇となり、己の身体、手足すらも全く見えぬ状態でございましたゆえ。
もし己一人で閉じ込められましたならば、正気を保つのも困難だったかもしれませぬ」
「そ、そこまでか」
新月の夜よりも暗き真の暗闇か。
メリユ嬢からの説明にあった通り、本当に結界表面で光を全て跳ね返し、内部には一切の光が入らない状態になっていたということか。
もし帝国の先遣五万が突然そんな暗闇に取り込まれたなら、どんなことが起こるのだろう?
演習と聞かされていた近衛騎士ですら敵襲と勘違いしたということであるから、王国兵と接触寸前であれば、大混乱に陥り、同士討ちすらも多発しておかしくないのかもしれない。
おそるべき話だ。
「その後、第一中隊のカブダルと共に近衛騎士たちを落ち着かせ、周辺を探せましたところ、結界に阻まれ、人の手では破ることが叶わぬということで破城槌を使用することに。
しかし、あまりの硬さに第一破城槌は破損、第二破城槌で同じところを突いても破れぬということで、演習を一旦中止にいたしました」
「そこに、メリユ嬢が現れたということか?」
「ははっ、正直に申しますと、その前に待機させておりました女護衛小隊を呼び寄せ、メリユ嬢につきまして話を伺っておりました」
メグウィンの近傍警護のアリッサ、セメラから話を聞いたという訳だな。
……メグウィン、カブディ近衛騎士団長を睨み付けるのはやめなさい。
「特に騎士ロフェファイルと騎士サビエ両名から結界と聖女様の人となりにつきまして詳しく伺い、カブダルとも協議の上、結界で帝国の先遣五万を閉じ込めるのは可能と判断し、聖女様をいかに警護すべきかという話に……」
「ちょっと待って欲しい、カブディ近衛騎士団長。
団長はその時点からメリユ嬢が聖女であると判断していたのか?」
そう、そこが不自然なのだ。
我々は外から見ていたからこそ、天空に届く巨大な鏡の結界とメリユ嬢の言葉からメグウィンのように聖女なのではないかという推測にまで至ったが、内部では魔法使いという情報しかなかったのではないか?
「ははっ、第一王子殿下のご指摘の通り、その時点ではただ魔法使いであるという前提で考えておりましたな」
「では、メリユ嬢が結界内に入られてから、団長も近衛騎士たちもメリユ嬢が聖女であると判断できるような事象が起きたということでよいのか?」
「まさしく! ご指摘の通りでございます!
聖なる光を手に、結界内に聖女様がご顕現なされたときの衝撃は今も忘れることができまぬな」
「ほ、ほう?」
カブディ近衛騎士団長の熱を込めて話し出す様子に、わたしは本当に近衛騎士団長本人なのかと疑いそうになってしまった。
「そして、聖女様は呪文を唱えられ、気が付きましたら、某らは、某らのおりました大地ごと切り取られ、天界に召されていたのでございまする!」
「て、天界でございますかっ!?」
長テーブルに手を叩き付けるようにしてメグウィンが立ち上がる。
そうか、この辺りの話はメグウィンは聞いていなかったのだな。
「ははっ、そうでございます。
某らのおりました練兵場の大地は雲海の上に浮かび、空には満点の星空が輝き、遥か向こうにはもう一つの空に浮かびし大地がございまして、神のおわす神殿が」
「おおっ……」
「なっ、何ですって!?」
な、何だと!? 神のおわす神殿!?
カブディ近衛騎士団長たちは、本当に天界に召されていたというのか!?
人聞きとはいえ、うっとりと語るカブディ近衛騎士団長の様子に、それが真実であるのは間違いないと思えてしまう。
いや、しかし、メリユ嬢が、そんな……こうして話を聞いているだけでも、身体の震えが止まらなくなってくるぞ。
「カブディ近衛騎士団長、近衛騎士団を閉じ込めた結界バリアは、外側から見れば、天空高く聳える鏡の御柱のようになっていたのでございますわ。
わたしも天界にまで通じているのではと推測してはいたのですが、まさかバリアを通して大地ごと天界にまで運ばれていたとはっ!」
メグウィンが顔を真っ赤にして興奮している?
「ほほう、鏡の御柱。
なるほど、それで結界内部は光のない空間となっていたのでございますな!」
「いや、しかし、なぜカブディ近衛騎士団長は、すぐに天界であると確信できたのだ?」
「ははっ、何せ某は若かりし頃、雲の上に突き出し王国の山々に登っておりましたので、生きた身で上る雲上が寒風吹き荒れし地獄のような場所と知っておったのでございまする。
それに対し、今回召された天界は経典にある通り、雲上の世界でありながら、あまりに静かで穏やかなる世界で、徐々に身体が冷えていく様もまさしく命尽きる間際だと感じ取れたからでございます!」
なるほど、教会の経典にある通りの天界だったと……そして、メリユ嬢は、普通に天界を訪れることのできる存在……だというのか!??
「もしメリユ嬢が神罰をくだすべきと判断され、某らを神のおわす神殿にまで連れて行かれておられましたなら、本当の意味で某らは召されていたのでございましょうな」
「な、何と言う……」
「そのようなことが」
陛下もアワレ公爵も、言葉を失っている。
「それで、某は本当に天に召されたのだと確信したのでございまするが、何故、某らが天に召されたのかを考え、すぐに聖女様、いえ、そのときは使徒様だと判断したのでございまするが、使徒様への不敬により神罰として天に召されたのだとすぐに気が付き、激しい後悔の念に囚われたのでございまするっ!」
し、使徒様への不敬……だと?
「使徒様への不敬による神罰とは?」
「ははっ、某の脳裏に浮かびましたのは教会の経典にございました、彼の国の兵が使徒様を害しようとし、神隠しにあったという逸話。
聖女様が使徒様であったならば、使徒様への侮辱に、破城槌で神聖な結界を試すような愚行を重ねておりましたから、まさに使徒様への不敬な行為と言えましょう。
それ故に、某らはまさしくその神隠しに遭い、これより神罰として命を奪われるのだとそう確信したのでございまするっ!」
あの、カブディ近衛騎士団長が……泣いている、だと!?
「聖女でなく使徒様と……カブディ近衛騎士団長も、その可能性を?」
メグウィン!
「ははっ、何せ某らを天界に召され、神に代わり神罰をくだされるほどのご存在であられるのですからな!
しかも、感情の起伏も感じさせぬ笑みで見詰められれば、某とて己の愚行を振り返り、平伏して謝罪するより他にござませなんだ」
「そ、そうであったか……」
陛下の瞬きがまたかなり激しくなってきているのが分かる。
いや、それは……わたしも同じか。
「しかしながら、今であるからこそ分かるのでございまする。
聖女様は某が改心するものと信じて待っておってくださったのだと!
某が己の命一つで近衛騎士団への神罰は回避できぬかと祈り続けましたところ、聖女様は柔らかな笑みを浮かべられ、もとより命を取るつもりなどないとおっしゃってくださったのでございまするっ!!」
ふむ……何と言おうか、カブディ近衛騎士団長は……もはや、メリユ嬢に信仰を捧げているのではないか?
両手を合わせて祈り始めたカブディ近衛騎士団長にそう思わずにはいられない。
「あの、よろしいでしょうか?
もし神が近衛騎士団の行為に神罰を与えられることをお決めになり、メリユ嬢に神罰の代理執行を命じられたのであれば、経典にあった逸話と比較しましても、メリユ嬢は、神から使徒様同様の扱いを受けられているということになるのでしょうか?」
宰相のアワレ公爵の言葉に、わたしはゾクリとするものを覚える。
確かに……そ、そうなるのか?
メリユ嬢が聖女と分かっていながら手出しをした場合、神罰がくだされる可能性がある?
「ふむ、宰相の指摘の通り、メリユ嬢は使徒様同然の扱いを受けられているようだの……」
演習前、この応接室で起きたメリユ嬢への傷害未遂事件を思い出し、皆が頭から血が引いていくのを感じていた……と思う。
下手をすれば、神から神罰がくだり、王国が天変地異で滅んでいてもおかしくないのではないかと思えてしまうほどだ。
「しかし、メリユ嬢が神罰の減刑すらもできるほどの権限をお持ちだというのであれば……一安心と言えるのでしょうか?」
「ははは、そうであるとよいのであるがな」
アワレ公爵の言葉に、陛下が乾いた笑い声を上げられている……。
「陛下、宰相閣下、ご安心くだされ。
聖女様は心美しき、素晴らしいお方でございますれば!
天界に某らを召されたのも、某の改心を期待するだけでなく、某らの目を気遣ってのものであったのも間違いないのでございまするっ!」
「目を気遣う……確かに、メリユ嬢が結界に入られる前にそのようなことを言っていたな」
「ははっ、あの真の暗闇から地上の昼間に戻せば、某らの目の多大な影響が出るとのことで、天界で目を光に馴染ませながら夜が明けるのを待つようにと、あまりに寛大過ぎるお心配りをいただいたのでございまするっ」
天界で、夜が明けるのを待つように、か?
「ちょっとお待ちくださいっ。
カブディ近衛騎士団長と近衛騎士団の皆様方が天に召されたとき、天界は真夜中であったということでよろしいのでしょうか?」
「ははっ、メグウィン第一王女殿下、まさしくその通りでございまする」
「そんなにすぐに夜が明けたりはしないと思うのでございますが……」
「ははっ、それが聖女様が光の球を夜空を打ち上げなさいました途端、天界の夜が明け始めたのでございまするっ!」
メリユ嬢の力で天界の夜が明け始めたと!?
「そ、そ、そんなことがっ……メリユ様は天界の夜を明けさせるほどの権限までもお持ちということなのでしょうか!?」
いやいや、そこまで行くと、もはや、神の一柱と言えるほどの力を持っていると言えるのではないか?
わたしはいよいよ嫌な汗が止まらなくなってくるのを感じてしまう。
演技とはいえ、あんな愚かな貴族令嬢の振りまでしていたメグウィンと同じ十一歳の少女が、そこまでの超越的な存在であったとは!
彼女に対してしてしまった、彼女を試すような言葉の数々を思い出し、わたしは背筋がひたすらに冷えてくるのを感じてしまうのだった。
悪役令嬢メリユの立場がいよいよとんでもないことに……。




