第248話 王女殿下、悪役令嬢のバリア展開に立ち会う
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢のバリア展開に立ち会います。
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あの長いご神託の中で『甘過ぎる』との神よりのご叱責を受けられたメリユ様。
神との間でご意見の相違が生じ、その結果、メリユ様によるご神命のご執行が(メリユ様のご意思に反して)より苛烈なものになってしまう可能性があるとのお話を伺い、わたしは胸を痛めずにはいられなかった。
そして、何より、全てを終えられたあと、いなくなってしまわれるような目をされていたのも、きっとそれに繋がっていたのだと思う。
ハードリー様とわたしが、『楔』として、メリユ様と共にあることを、添い遂げることを決意し、その思いを伝えられたことは、本当に良かったと思うわ。
鏡の御柱=バリアを張られるご準備をなさっているメリユ様は、何かこう、吹っ切れられたようなご表情をなさっておられるのだもの。
きっと、メリユ様を『人』の身で、この地上に留まらせるには、何があったとしても、メリユ様に寄り添い続けることのできる……メリユ様に『変わらぬ愛』を捧げることのできる『人間』が必要だったのだわ。
「「メリユ様」」
これから、メリユ様がオドウェイン帝国先遣軍を閉じ込めるバリアを張られれば、メリユ様の振るわれる聖なるお力の大きさに、怖れを抱く者たちも大勢出てくるだろう。
神や、使徒様方が振るわれるのと変わらないほどの、超越者としてのお力。
メリユ様を信奉している者たちは、その崇拝の度合いを強め、片や、メリユ様を軽んじてきた者たちは、ご神罰の恐怖に怯えることになるに違いない。
そんな中でも、わたしたちだけは変わらないと、そう誓える。
メリユ様に口付けし、受け入れてもらえて、わたしは生涯この方と共にあり続けられるという幸せを知ったのだもの。
もちろん、メリユ様とわたしたちが女性同士ということで、不安がない訳ではないわ。
それでも、『添い遂げる』覚悟だけは変わらないとはっきり言える。
たとえ、神と決裂し、メリユ様に万が一のことがあったとしても、そのときには、わたしもメリユ様と一緒に命を散らす覚悟がある。
メリユ様が傷付かれたときには一緒に傷付き、メリユ様が悩まれるときには一緒に悩み、どんなときもお傍で支え続けることをここに誓うわ。
「では、始めます」
「「はい」」
ミスラク王国を滅亡の危機からお救いくださるために、表舞台に立つことを決められ、王城をご訪問されたメリユ様。
あの日からの思い出が、記憶が次々と鮮明に蘇る。
王城でお約束してくださった通り、メリユ様は、オドウェイン帝国先遣軍をバリアに閉じ込めるべく動かれ、いよいよそのご神命の代行者として、そのご執行をされるのよ。
「“Execute batch for mirror cube barrier with mirror-barrier.conf”」
メリユ様の目の前に並ぶ、複数のコンソールを真剣な眼差しで凝視されながら、緊張なさっておられるメリユ様。
わたしの手、腕に触れるメリユ様の肌は汗ばみ、それほどまでに、今の聖なるご命令が苛烈なものになり得るのを感じるの。
「「「一、二、三……」」」
わたしは、メリユ様、ハードリー様と声を揃えて、聖なるご命令が発現されるのを待つ。
ええ、わたしは絶対に目を閉じない。
わたしは絶対に耳を塞がない。
わたしは絶対に引き下がったりしない。
オドウェイン帝国先遣軍を閉じ込めるバリアがどれほどのものになろうとも、わたしは決してメリユ様の腕を手放したりはしない!
「っ」
間もなく、ご執行される。
と思った次の瞬間のことだった。
鏡が、いえ、水銀の大塊が空中に突如として現れ、膨らんだかと思えば、(メリユ様のお言葉通り)その水銀を包み込むような雲が現れ、水銀の塊と一緒に広場の上空を覆い尽くしていく。
ボボボボンッ!!
コォォォォォンン!!
水銀の表面から弾き出された雲がメルー様の張られた、防護用のバリアにぶつかり、雲が左右に流れたかと思ったときには、耳鳴りのしそうな轟音が周囲に響き渡っていた。
メリユ様のおっしゃられていた『爆風』
実際に目の当たりにしてみて、その言葉の意味が理解できた。
一瞬にして(地上にできた)雲と一緒に広がっていくそれは、バリアの張る範囲外にいるオドウェイン帝国先遣軍の隊列をいとも簡単に吹き飛ばしていくの。
いいえ、それだけでなく、広場周辺にある木々もなぎ倒され、砂埃と共に土砂も巻き上げられ、その破壊はバレー連峰の斜面にも及んでいくのよ。
メリユ様が、防護用バリアがなければ、砦すら破壊されるとおっしゃった意味がよく分かったわ。
あまりの力に、わたしは呆然となってしまっていた。
その直後、
「「「ひぃぃぃ」」」
「「「キャァァァァ」」」
皆の悲鳴が今になって耳に入ってきたの。
鏡の御柱=バリアは、その巨体を目の前に示し、今にもメルー様の張られたバリアを突き破って、こちらに向かってきそうなほど。
ズボボボボッ!
雲は過ぎ去ったものの、爆風と土煙は途切れない。
これに恐怖を覚えずにいられるものなんて、近衛騎士でもそうはいないだろう。
人智を超えた現象に、腰を抜かした者たちが出てくるのが分かる。
わたしですら、鳥肌が立つのを止められないほどだったわ。
けれど、そんな中でも、メリユ様が、バリアの奧の方に突き進んだ爆風によってオドウェイン帝国先遣軍の後列に被害が出ているのにお身体を強張らせていらっしゃるのが分かったの。
苛烈過ぎる『付随エフェクト』
これが『甘過ぎる』とご指摘された神のご関与された結果なのね。
メリユ様の意に反して生じた被害。
メリユ様が胸を痛められるのも当然よ!
「……ちょっ!?」
そして、メリユ様がお身体を震わせられた直後、爆風が吹き抜けたバーレ連峰の山の山頂付近から雪崩らしきものが生じているのが分かったわ。
斜面の岩、大岩を巻き込んで、とんでもない勢いになったそれは、被害の出た後列の方に向かっていっていて、わたしもゾッとなったの。
バリアを張られても、直接をお命を奪われるようなことはされない、できないとおっしゃられていたメリユ様。
そのご制約が神のご関与によって、破られようとしている。
もしかすると、これが、メリユ様とわたしたちが引き離されることになる遠因になるのかもしれない。
そんな嫌な予感に、わたしはメリユ様の腕にしがみついていた。
「“Execute batch for transparent cube barrier with transparent-cube-barrier.conf”!」
焦られた口調で新たなご命令を発せられるメリユ様。
その内容が分からなくとも、メリユ様がオドウェイン帝国軍先遣軍後列を護るためにそれを発せられたのはすぐに分かったわ。
「間に合え、間に合え!」
王城でお見せくださった、コンソールに触れていらっしゃるときの素のメリユ様。
本当に敵軍の方々のお命にすら、心配られていらっしゃるそのご様子に、メリユ様が根っからの聖女様でいらっしゃるのを改めて感じさせられたわ。
ゴゴゴゴゴ……。
重苦しい音と共に、白い雪煙の塊は、土砂、大岩を巻き込みながら、次第に茶色い大塊となり、連峰の斜面を流れくだり……あっという間に敵軍後列へ襲い掛かろうとしている。
「あっ、あっ、あっ」
「メリユ様っ」
ハードリー様も敵軍後列を全滅させようとしている、その悪意の塊に恐怖を感じていらっしゃるよう。
もしご神意の通り、『ご神罰』として、これが行われたなら?
そんなことを考えてしまう。
あの辺りには、皇族の馬車があったのだから、神がそのように導いたのではないか?
そして、その『ご神罰』のご執行者としてメリユ様に全ての責を背負われるおつもりなのではないか?
そんな考えに、わたしは寒気が止まらなかった。
コォォォン
けれど、メリユ様の追加でご執行されたご命令は間に合っていたの。
間もなく、土煙は敵軍後列の上空で弾かれ、宙を移動した後、キャンベーク川上流の谷間へと流れ落ちていく。
ああ、本当にもう……。
さすがはメリユ様と言うべきかしらね?
神ですらおかけになられないであろうご慈悲をオドウェイン帝国の皇族の方々にまでかけられるのだから。
「「はああああ」」
ハードリー様とわたしは思わず安堵の吐息を漏らしながら考えるの。
ええ、メリユ様によって敵軍後列の全滅が防がれた一方、神の厳しい姿勢が明らかになってしまったのも事実。
心優しいメリユ様と神のご神意の乖離が、今後どのような事態を招くのか?
わたしは目の前に聳え立つ巨大な鏡の御柱=バリアを見上げながら、何もかもがうまく進んでいる訳ではないのを知ったのだった。
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