第23話 近衛騎士団長、地上に帰還する
(近衛騎士団長視点)
近衛騎士団長は、悪役令嬢の呪文によって地上(?)に帰還(?)します。
[ご評価いただきました皆様方、心より感謝申し上げます]
メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢=聖女様。
そう聖女様は、もはや王族と並ぶ王国の最重要人物と言って良いであろう。
聖女様の御手から生み出された聖水は、某の身体の渇きを潤しただけでなく、活力までも引き出したように感じられた。
それだけでない。
聖水で顔を洗わせていただくという栄誉までいただいたのだが、顔の肌の張りが十年前に戻ったように感じられるのだ。
「結界も命を守るためのものとおっしゃっておられたが……」
まさに、聖女様は聖女様としてなすべきをされておられるということであろう。
これで使徒様でなく、齢十一の人の子である聖女様とは……神に認められてから、一体どれほどの修養を積まれてこられたのか。
おそらく、前ビアド辺境伯からの修練だけでは済まぬであろうな。
神からも何らかの試練を与えられておったに違いない。
「ううむ……」
そもそも聖女様のお持ちのお力は、常人が手にして良いようなものではないのだ。
天界の夜ですら明けさせることのできる聖女様なのであるから、その気になれば、天候を操り、洪水などの天変地異すらも引き起こせるのであろう。
むろん、その代償は聖女様ご自身にとっても大きいものとなるのであろうが、神罰を与えよという神命がくだれば、そのように動かれるのであろうな。
何より、某が聖女様に敬意を払わずにおられぬのは、私利私欲でそのお力をお使いになられぬところであろう。
某とて腹の虫の居所が悪ければ、馬鹿なことをしておる騎士に蹴りを入れたりすることもある。
もし聖女様がそのようなことをなされば、某の蹴り一つでは到底済まぬ、大変なことが起きてしまうであろう。
聖女様も人の子というのであれば、某にはそれなりに思うこともあっただろうに、全て許し、聖水を飲め、聖水で顔を洗えとまでおっしゃってくださるなど、どれほど清く美しい心をお持ちというのか。
そもそも、帝国が本格的に動かなければ、聖女様はこの結界などで帝国兵を攪乱するといった表に出てこぬ地味な仕事を王国の民のためにこっそりなされておられたのであろう。
誰にも褒められず、誰にも崇拝されることもなく、タダ神命に従い、聖女としての義務を全うする……ううう、泣かせるではないか!
聖女様が某の孫娘であったなら、某はどれほど……いや、よそう。
「うむ……しかし、こうも表沙汰となってしまうと、のぉ……」
一番の懸念は、各国の密偵にこの奇跡を察知されてしまうことよな。
この結界の外がどのようになっておるのはさっぱり分からぬが、さすがに城外からも目立つこととなっておるのであろう。
王城内は、影も多く、人を見抜く訓練を受けた者すらもかなりおるので、そう簡単に密偵の侵入を許せるとは思わぬが……王都だけは別だ。
王国を経由して他国へ行く商人に偽装して王都に滞在しておる各国の密偵は必ずおる。
特に帝国の密偵が、これをどのように報告するかが気がかりよな!
「できることならば、聖女護衛中隊程度は創設したいところだがの……」
教会もそうであるが、各国の密偵に不自然な部隊創設を察知されたくはないの。
だとすれば、表向きは別名で……ふむ、どうするのがよかろうな?
まあ、その辺りの詳細は、国王陛下や宰相閣下と話し合えば良いか。
ふと某は思索から抜け出して、聖女様の方を拝見する。
聖水拝受もそろそろ終わりか……だいぶ明るくなってきたが、近衛騎士たちも聖水のおかげで元気を取り戻したようだの。
……いかん、聖女様の顔色が良くないのではないか?
某を入れて百七人もの人数に聖水を用意されたのだ。
その代償はかなり大きいものであったろう。
ううむ、某は相変わらずどれほど抜けておるのだ!
我慢しようと思えば我慢できたところをカブダルが水を欲したりしたせいで、聖女様に要らぬご負担をおかけするとは何たること!
「カブダルっ」
「は、ははっ」
「聖女様はお疲れのご様子、すぐにお休みいただくようにせよっ!」
「ははっ、確かに……顔色があまり優れていらっしゃらぬご様子で」
「お前が聖水を大量に欲したせいであろうっ!」
「ああ、か、考えが足りず、誠に申し訳ござませぬ」
「はあ……まあ、良い。
某もそこまで考えが回らなんだ……」
そうよ、聖女様は、まさに『滅私奉公』という言葉通りのことをされるお方よ。
某らが『聖水が欲しい』と言えば、その通りになされる。
それがご自身にとって負担の大きいものであっても断られぬのだ。
「よし、女護衛小隊に、聖女様の世話を指示するのだ」
「ははっ、承知いたしました」
いかんな。
聖女様に、いかにお休みいただくかというのも、専属護衛部隊の大事な仕事となりそうだの。
某は、兜を脱ぐと、頭の痛いことだらけの現状に髪の毛を掻き毟らずにはおられなかった。
星々が明けていく空の明るさの中に溶け込み、消えてゆく中、某は未だ現実とは思えぬような景色をもう一度眺めておった。
ここに次来るのは天命尽きたときか、帝国兵相手に無残に負け散ったときであろうか?
いや、聖女様が王国を帝国の魔の手からお救いくださるのであれば、某は天命尽きるその日まで行き長られることができるのであろうか?
うむ、その前に、聖女様を守り抜くことが某らの義務であろうな。
見よ。
女騎士ロフェファイルの膝上で彼女にもたれかかって休まれておる聖女様の小さきお姿を。
まだデビュタントも済まされておらぬ幼い身で、どれほど過酷な使命を背負わされておるのやら。
考えただけで泣けてくるわ。
「はあ」
聖女様の心のあり様を考えると、多くの命を助けられるのであれば、ご自身のお命さえも投げ打つほどの覚悟を既に済まされておるように思う。
神のお力の代理行使を許されていると言っても良い、超越者である聖女様であっても、己の身を守れなければ簡単にお命を落とされることであろう。
今のようにお力の使い過ぎで、結界を張る余裕すら失われたとき、聖女様はか弱き一人の人の子、しかも女子となられるのだからの。
そのときに、命を張って聖女様を守れる者が傍におらねば、王国にとってかけがえのない存在が失われることとなるのだ。
「奇跡か……」
某は、聖女様より賜ったティーカップを眺める。
無より有を生み出される奇跡の御業。
一度地面にティーカップを落とした騎士がおったが、ティーカップは傷一つ入らなんだ。
聖女様のお言葉によると、決して壊すことの叶わぬ結界と同じような存在であるらしい。
もはや、天界のティーカップと言って良いものなのであろう。
「家宝として子子孫孫まで受け継いでいかねばの」
「聖女様」
おや、聖女様が起きられたか?
短いお休みであったが、大丈夫であろうか?
「間もなく、夜が明けます」
聖女様は宙に浮かぶ青いコンソールと呼ばれる板をご覧になられながら、立ち上がられる。
「カブダル」
「ははっ」
「神の住まわれる神殿に最敬礼っ」
神よ。
これほどのお力の使い手であられる、聖女様をお遣いいただけましたこと、心より感謝申し上げまするぞ。
「総員、右向け右、最敬礼!」
「神よ」
「神に感謝をっ!」
雲海上の空は、星空から朝の真っ青な青空へと変わる。
白き神々しい神殿を遠くに眺めながら、某は生涯で一番神への感謝の念で胸の内を満たしながら、この景色への別れを告げる。
「間もなく、景色が見えなくなります。
“Change intensity of light-1 to 1.0”
“Delete temporary-object-2” 」
聖女様が右手を突き出して、呪文を唱えられると、幻想的な景色が漆黒に変わる。
いや、某らの姿ははっきりと見えておるから、明かりは失われておらぬのか?
驚いて上を見上げると、(地面以外の周囲が形すら掴めぬ漆黒の闇に包まれてもなお)眩いばかりの光球が某らの頭上に残っておったのだ。
「「「おおおお」」」
某らは、今、天界より人々の住まう地上へと戻ろうとしておるのか?
本当に、これほどの大々的なお力の行使を、あの小さな聖女様の身一つで行われておるとは、震えが止まらなくなってくるの。
「もう間もなく戻ります。
皆様、風に備えて、目を閉じてくださいませ。
“Delete temporary-object-1” 」
「総員、聖女様のお言葉通りに備えよっ」
なるほど、あれが来るのか?
結界に閉じ込められた際と同様、風が巻き起こるのであろう。
目を閉じ、耳を塞ぎ、そのときに備える。
ううむ……しかし、某らは一人も欠けることなく帰ってきたのだ。
そう思うと、胸が熱くなるの!
ボンッ!
もはや、待ちかねておった衝撃を全身で感じ、某らは、元の地上の世界へ帰還を果たした事実に歓喜するのであった。
祝! 1話投稿から一月!
おかげさまでそこそこなペースで更新できたかなと思います。
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