第238話 悪役令嬢、開戦の口上に立ち会う
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、砦の側防塔において開戦の口上に立ち会います。
[『いいね』、ブックマークいただきました皆様方に大変感謝いたします]
自分が今プレイしているものは乙女ゲーなんかではないと、嫌というほど突き付けられたわたしだけれど、カーレ殿下にあんなことを言われてしまうだなんてね。
うん、悪い気はしないわ。
……でも、どうせなら、(乙女ゲーのつもりで始めてしまったわたしとしちゃ)甘い囁きの一つくらいは欲しくなってしまうわよね。
そりゃ、戦時にそんなことを言っている場合じゃないというのも分かっちゃいるんだけれど。
「メグウィン殿下やハードリーちゃんに褒めてもらえたんだから、良しとしますか」
わたしはいよいよ表情を硬くし始めている皆の様子をちらっと眺めながら、マイクのミュートをオフにする。
砦(側防塔)の上から見る光景は、どんな中世風リアルウォーゲームだよって感じになってきている。
さっき聞いた話では、オドウェイン帝国先遣軍は砦の開門時刻前に砦前広場に軍を展開させるつもりみたいで、早朝から動き出していたみたいね。
バーレ街道からキャンベーク街道に入り、セラム聖国側から入ってきた敵さんの隊列は、まず前衛の重装備の騎兵から入ってきて、横に広がるような陣形を取って威圧し始めているのよ。
いや、こんなん、開門できんだろって突っ込みたくなるけれどさ、開門しないならしないで落とし格子の門を破壊して突破するぞってことなんだろうなあ。
まあ、事前に何も知らなかったら、あまりの戦略差に速攻白旗揚げるか……軍議でも言われていたことだけれどね。
「『神の目』による監視では、皇族用の馬車は依然後衛の隊列内のままで進行しております。
開戦の口上を述べるのは、おそらく先遣軍の将になるかと」
「さすがに、いきなり皇族を砦の前に立たせることはないと思っていたけれど、まあ想定内ね。
ブラオ・デューコ・コーリッドヒア公爵様だったかしら?」
「ええ、聖騎士団にブラオ卿のご尊顔をご存じの方がいらっしゃってよろしゅうございました」
メグウィン殿下とハナンさんたちが会話しているのが聞こえる。
もちろん、口上を述べる予定のサラマちゃんも傍で待機している。
既にメルーちゃんにお願いして、練習がてら砦上部を覆うバリアを展開済。
顔を出していても、まあいきなり矢で撃たれる可能性もないから安心ね。
「はあ、敵軍ながら、壮観ね……」
「姫様!」
「アリッサ、ごめんなさい、失言だったわね。
それでも、身の危険を感じることなく眺められるからこそ、言えることだわ」
壮観……。
まあ、この数の兵を全てAIで個別に動かしているとしたら、ゲームプレイヤーなら壮観って感想も出てくると思う。
でも、これ全部生身の人間の敵さんなのよね。
マジでヤバイ!
自軍なら壮観って呑気に言っていられるんだろうけれど、これ全部敵軍なんだから(普通なら)絶望に囚われちゃってもおかしくないわよね?
既に小規模バリアを展開していて、敵軍すらも閉じ込める大規模な不可視バリアも展開予定の状況だから、メグウィン殿下も落ち着いてそんなことを言っていられるだと思う。
本当によく信頼してもらっているもんだよ、わたし、悪役令嬢なのにね、あはは!
「サラマ様、ご口上、何卒よろしくお願い申し上げます」
「サラマ聖女殿、どうかよろしく頼む」
「聖女猊下、どうぞよろしくお願いいたします」
「聖女猊下!」
「ええ、お任せくださいませ」
しっかし、敵さん人数多いなあ。
わたしの感覚じゃ、敵さん既に数千人はいそうに感じるよ。
広場的の面積的には入り切らないんじゃないかって話だから、後衛(?)の方は街道で細長い隊列のまま待機するのかね?
いや……これさ、後衛入り切らないとしたら、バリア展開時の付随エフェクトで食み出した連中が爆風に吹き飛ばされるんじゃね?
皇族の馬車が……後ろの方に続いているんだよね?
いや、マジでヤバくね?
「前衛の後方に、中衛の騎兵が展開をし始めました。
また、帝国旗を掲げた騎兵に挟まれて、ブラオ卿の馬車が中央に進んできております」
……うーん、皆、気にしていないみたいだし。
もう暫く様子見するか。
サラマちゃんと、その、ブラオ卿だっけ、ソイツと口上を述べあうのが今の最優先事項みたいだし。
まあ、皇族の……名前思い出せないけれど、お二人は馬車内だから、大怪我……しないわよね?
「いよいよ、ね」
前衛の敵さんが道をあけていき、ブラオ卿とやらの馬車がゆっくりとこちらへと向かってくる。
まさか、エターナルカームでこんな本物の戦争になるとか思っていなかったけれど、本当に大変なことになっちゃったわ。
責任重大よね?
まあ、管理者権限とここにいる皆=味方もいるんだから、負ける気はしないけれどね!
それでも……わたしは、ゲームやアニメ、映画のように(時間のかかるシーンを)スキップされるようなこともなく、じっくりと時間をかけて忍び寄る『戦争の始まり』というものを、自分の肌で感じ取ることになったのだった。
荘厳な衣装に身を包み、剣を抜いて振り翳し、砦(側防塔)の上にいるわたしたちに向かって、声を張り上げようとしているらしいブラオ卿(?)
これがこの世界の戦争なのね。
まあ、わたしは自分の世界の戦争も詳しくないから、何が同じで何が違うのかも分からないけれどさ。
「聞けぇっ!
我こそはオドウェイン帝国先遣軍司令、ブラオ・デューコ・コーリッドヒアである。
聖教会からの依頼により、聖なる秩序の回復のため、この地に馳せ参じた。
既にトゲアー・エピスコーポ・サンカード司教猊下より最後通牒があった通り、貴国は教会法に違反し、聖女見習いであらせられる、エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダ猊下を不当に拘束しているのは紛れもない事実である。
我らは、エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダ猊下救出のため、ゴーテ辺境伯を討たねばならない!
貴君らに聖教会への反意がないのであれば、直ちに開門せよ!
さもなければ、神の敵として、この砦を攻め落とすのみである!」
うおー、声量結構あるなあ!
拡声器もないのに、頑張るわあ!
ついでに言えば、良い声してるじゃない?
「一刻ほど時間をくれてやろう。
それまでに開門しなければ、貴君らは神敵として討たれることになるのだ。
神の加護は我らにあり、我らこそが正当なる軍なのである!」
うはー、言いたいことを好き勝手言ってくれちゃってぇ。
いつの時代も、どこの世界でも、欲望全開の国は、無茶苦茶なことを言いよりますわ!
まあ、こっちは既にサラマちゃんがスタンバってるんだけれどねぇ。
うふふ、このために朝まで音響関連のクラスを使って、拡声器バッチ作っちゃったわよ。
これのおかけでサラマちゃんが喉を傷めることもない訳!
「サラマ様」
「お願いいたします、メリユ様」
わたしがサラマちゃんに声をかけると、サラマちゃんが頷いてくれる。
それに合わせて、わたしは右手の人差し指をサラマちゃんに向け、
「“Pick actor id”
“Execute batch for loudspeaker with picked actor id”」
とサラマちゃんを対象に拡声器バッチを実行する。
「「「一、二、三」」」
淡く輝くサラマちゃんの身体、そして、サラマちゃんの息遣いが拡声器を通したかのように、広域に響き始めるのが分かる。
うん、こうなると分かってはいても、皆が少し驚いているのが分かるわね。
まあ、拡声器なんてない時代、世界だから、当然か。
「……」
ちなみに、拡声器バッチを実行終了するまで、サラマちゃんの身体は輝きっぱなしだ。
コイツは、敵さんにも結構インパクトあるだろうよさ!
サラマちゃんも、自分の吐息が広場全域に響いているのに気付いたらしく、口元を手で押さえながら、わたしたちに軽く頷いて、側防塔の上に置かれた足場の上に立つのだ。
「お初にお目もじ仕ります」
大音量でサラマちゃんの声が広場全域どころか、山の斜面に木霊して、山脈にまで響いていくのが分かる。
『オドウェイン帝国先遣軍司令、ブラオ・デューコ・コーリッドヒア公爵閣下、尊き兵士の皆様方、わたくしはセラム聖国教会の聖女を務めさせていただいております、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイと申します。
聖教会からの依頼により、救出のための軍を動かしていただいたとのこと、聖国中央教会として深く感謝申し上げます』
淡い光を放つ聖女様に、人が出しているとは思えないような大音量の音声。
敵さんが明らかに動揺し始めているのが分かるわ。
『大変残念なことではございますが、わたくしが直接エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダと名乗る者を尋問いたしましたところ、彼女はオドウェイン帝国中央教会の修道院の修道女であり、聖女見習いを詐称していたことが判明いたしました。
此度は不幸な行き違いとなり、皆様方にはご足労をおかけしましたが、彼女は教会法違反の罪で聖騎士団が捕縛してございます。
そのため、彼女の救出はもはや不要でございます。
後のことは、オドウェイン帝国と聖国中央教会間で協議の上、収めさせていただきますので、この場におられる皆様方にはこのままお帰りくださいますようお願い申し上げます』
「な、なっ!?」
いやー、上層部の思惑なんて知らない敵さんの兵士にとっちゃ、こう言われたら、退却する以外にないよねぇ?
聖国の銀髪聖女サラマちゃんがこう言っているんだもの、教会法違反で攻め込むっていう建前もなくなっちゃったしねぇ。
にしても、ぷっ! あっはっは、あのブラオ卿の顔見てよ!
こんな大音量で流されたら、全軍に聞こえちゃっているんだし、今更突撃とかできんでしょ?
さーて、どう動くブラオ卿。
ちなみに今の口上は第一バージョンで、問答無用でいきなり突っ込んできた場合の第二バージョンは一旦御蔵入りになっているところなのよ。
第二バージョンだと、かなりきつめの警告になっていたみたいだけれど、これでもやっちゃう?
もはや、演技ではない険しい顔つきで何か協議し始めたらしいブラオ卿をわたしは見詰める。
連中が『偽聖女としてサラマちゃんを消す』という選択肢を取り得ることは想定済みだけれど、輝いていて声を響かせているサラマちゃんを偽聖女に仕立てることなんてできるのかしらん?
わたしはそう思っていたんだけれど……
「聞けぇ! あの女は聖女を騙る悪魔である!
あの女悪魔の甘言に耳を貸してはならないっ!
この声を届ける不可思議な術も悪魔のものである!
我らは、悪魔に屈したミスラク王国を攻め討たねばならない!」
甘かったわ。
拡声器バッチを使ってですら、それをひっくり返してくるなんて。
結局、敵さん=帝国は、邪魔な相手は何であれ、潰しにかかるってことなのね。
「サラマ様」
ブラオ卿の酷い言葉に、笑顔を崩してしまうサラマちゃんに、わたしは近付き、その手を握るのだった。
今こそ、わたしたちが共に手を携えて、世界の理不尽に立ち向かうべきよね?
そんなわたしのすぐ傍に寄り添ってくれるメグウィン殿下とハードリーちゃん。
わたしは二人にも頷きかけ、三人で、サラマちゃんのいる檀上へと上がるのだった。
『いいね』、ブックマーク、ご投票等で応援いただきました皆様方に大変感謝いたします!
ついに戦争の始まりという感じでございますね。
まあ、このあと、すぐに強制的に止められてしまうのでしょうが、、、




