第237話 王女殿下、戦前最後の軍議に出席する
(第一王女視点)
第一王女は、戦前最後の軍議に出席し、悪役令嬢の注意事項を拝聴したりします。
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タウラー様の執務室で行われた最後の軍議。
そこに置かれた『神の目』には、バーレ街道を突き進むオドウェイン帝国先遣軍が細く長く続いているのが映し出され、皆は息を呑んでそれを眺めていたわ。
野営陣地から次々と出立していく、隊列。
既に前衛の重装備の騎兵は出尽くし、中衛の軽装備の騎兵が動き出している。
そして、後衛には、攻城兵器や……先日見た皇族用の馬車まで準備されているわね。
「この段階で一万近く動かすつもりでしょうか?」
「歩兵をどの程度動かすは、まだ分かりませんが、機動力最優先の隊列構成ですな」
「やはり、迅速に砦、領都を落としていくつもりのようでございますね」
絶妙なタイミングで到着した聖騎士団、王都騎士団のこともあり、危機感が少し鈍ってしまっていたのだけれど、いざこの規模の大軍を『神の目』で見てしまうと、緊張のあまり、唇が震えてきてしまうのが分かる。
何せ、初めての戦なのよ?
第一王女として、戦についての基本知識は教え込まれている。
ミスラク王国は小王国と蔑まれるような、小国だもの。
影と同じように、気配を断ったり、『人』を見る目を養ってきたはずのわたしだけれど、直接会敵すれば、凄まじい人数の命が奪われるのが分かるだけに、身体の震えを抑えるだけ精一杯という感じだわ。
「よし、すぐに確認作業に当たっていた者たちを呼び戻し、閉門しろ」
「はっ」
タウラー様が側近の方に指示を出され、閉門作業が開始されるよう。
とはいえ、この砦の落とし格子では、即座に破壊されるだろう。
この砦の護りは、全て、メリユ様のバリアにかかっていると言って良い。
わたしは、真剣な眼差しで軍議に聞き入っていらっしゃる、そのメリユ様を見詰める。
これまでも北のビアド辺境伯領をオドウェイン帝国の侵攻から護り抜いて来られたメリユ様ですら未経験の大軍が相手。
そのための大規模バリアでは、どれほどの影響が出るか分からないと言うこと。
だから、戦経験豊富なメリユ様でも、緊張なさっておられるのだわ。
「聖女猊下、その、先遣軍を閉じ込めるためのバリア出現をご執行される際の注意点を改めてお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、わたしがバリア展開を行う前に、砦と王国側の野営陣地全体を護るためにメルーにバリアの展開をしていただきます。
これはほぼ透明なものではございますが、この世界におけるいかなるものでも破壊することができない非破壊オブジェクトでございます。
その内部におられる限り、わたしのバリア展開時に発生する付随エフェクトの影響を受けることはございません。
タダ、万が一にも、バリア外に取り残された者が出てしまった場合、お命を落とされる可能性すらございます。
決してバリア展開領域外に出られませんよう、今の内からご準備いただければと存じます」
「ふむ、すぐに野営陣地でバリア展開領域外に出ている馬鹿者がいないか、確認させろ」
「はっ」
近衛騎士団長の指示に、アメラが室外に待機している者へ指示をしに走る。
「それで、聖女様、その付随エフェクト? とやら、ご説明いただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ。
近衛騎士団第一中隊の皆様がバリア内に取り込まれた際も、それなりの衝撃があったかと存じます」
「確かに、突風と砂埃、小石が飛び交ったりしておりましたな」
「そういった、内部が不可視のバリア展開する際の、周囲への影響、付随エフェクトが今はより苛烈なものになっている可能性がございます。
おそらくではございますが、聖国側広場全体を覆うバリアを展開した場合、地上に雲が出現するほどの衝撃波が発生し、『人』いえ馬車すらも吹き飛ばす爆風が吹き荒れることでございましょう」
「ば、爆風!?」
「(ゴクリ)そこまででございますか!」
「く、雲?」
「ち、地上に雲が出現するとは、どういう!?」
「そうでございますね。
キャンベーク川の土砂ダムを消去いたしました際の光景をご覧になられた方々は似たようなものをご視認いただいていたかと存じます」
左手の人差し指の曲げられたところを唇の下側に当てられながら、メリユ様がわたしたちの方をご覧になられながら、知的なご表情でおっしゃられる。
ええ、土砂ダムというものが消え去ったとき、確かに雲が吸い込まれていくような光景を見ていたわ。
「今ここにございます空気には実態があって、皮袋に空気を閉じ込め、押さえ込めば、それが縮み、また反発するような力を感じることができますでしょう?
その空気の圧力が大きく変化する際、空気に含まれる水分が雲として出現することがあるのでございます」
「つ、つまり、バリアのご出現によって、空気の圧力が大きく変化するために、雲が地上に出現すると」
「ええ、その通りでございますわ。
それだけの圧力の変化が生じるということは、バリアの出現によって、その周囲の空気が一瞬にして大きく押し出されることを意味するのでございます。
それは、通常では決してご体験されることのないような、木々やこの砦ですら破壊するような爆風を引き起こすことでございましょう」
『星落とし』や雷ですら落とすことができるメリユ様。
そのメリユ様がおっしゃっておられるのだから、そうなるのだろうと思う。
先ほどご準備の際に伺った、聖なるお力のご執行の際に生じる、周囲への影響がより苛烈なものとなるよう、神がご干渉されたとのお話。
メリユ様があまりにお力のご行使を抑制的にされるものだから、『甘過ぎる』とご判断された神は、その影響を強められたということなのね。
「ば、爆風」
「と、砦を破壊するほどとは……」
「た、確かにそれほどであれば、領都へも影響が出そうでございますな」
「しかし、それほどであれば、メルー聖女猊下のバリアがご出現された際も大変なことになるのでは?」
「ご安心くださいませ。
大きな影響が出るのは、内部が不可視の、光を全て反射するバリアを展開する際のみでございます。
メルーの展開する透明なバリアでは、付随エフェクトが発生することはございません」
「な、なるほど」
「メルー聖女猊下のバリアが我らの生命線ということでございますか!」
「ぉ、お姉ちゃん」
寄り添われているメルー様が、メリユ様の腕をギュッと捕まられる。
ご経験がないとあまりにも現実離れしたようなお話に、メルー様も不安を覚えられたのだろう。
「大丈夫よ。
メルーのバリアがちゃんと展開されたのを確認してから、わたしもバリアを展開するようにするから、メルーが不安がることはないわ」
「そ、そう?」
「ええ、メルーは胸を張って、練習通りにバリアを張ってくれれば良いわ」
「分かったよ、お姉ちゃん」
双子のようにしか見えないお二人が、王国の命運を握られているなんて。
ふふ、半月前のわたしなら決して信じられないだろうと思うわ。
けれど、今のわたしは、メリユ様がその気になられれば、この大陸すら消滅させられるお力を秘められているのだって知っているのよ。
もちろん、メリユ様に絶対的信頼を寄せているわたしは、そんなこと決して起こり得ないと……いいえ、それこそ、神がお約束をお破りになって、ご介入されたとしても……メリユ様と手と手を取り合って、決して起こさせはしないと心に決めているのよ。
そんなタイミングで、
「メリユ嬢」
「はい、カーレ第一王子殿下?」
沈黙を貫いていたお兄様が、ようやく口を開き、メリユ様に声をかけられる。
「この砦の皆の命は、いや、全てのミスラク王国民の命は、貴女のバリアにかかっていると言って良いと思っている。
どうか、皆の命を護ってやって欲しい」
「ええ、しかと承りましてございます。
必ずやオドウェイン帝国先遣軍を一歩たりとも砦より王国内に踏み込ませないことをここにお誓い申し上げます」
「よろしく頼む」
「はい」
お兄様が頭を下げられるのを見て、皆が少し動揺しているのが分かる。
けれど、わたしは、そのように頭を下げるのは当然のことと思っている。
メリユ様はそれだけ特別なお方だということ。
それはわたしたち王族でも、セラム聖国の教皇猊下であっても、オドウェイン帝国の皇帝陛下すらも変わらないはず。
こうしてメリユ様のお隣で、それを支えられる立場にいるということがどれほど恵まれていることか!
わたしは、メルー様のお顔のままであっても素敵過ぎるメリユ様の横顔をうっとりと眺めるのだった。
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さて、皆の前で、頭を下げたカーレ殿下。
メグウィン殿下は当然のことと思っているようでございますが、最初のことを考えれば、本当にそれだけの敬意を払われる存在になったのかと思ってしまいますね!




