第236話 ハラウェイン伯爵令嬢、悪役令嬢と聖国聖女猊下の支度をする
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、悪役令嬢と聖国聖女猊下の支度をしながら、二人の会話を聞いてしまいます。
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日の出より少し前にハナン様がわたしたちを起こしにきてくださいました。
はい、ついにオドウェイン帝国の先遣軍が野営陣地から動き始めたということなんです。
砦の前に先遣軍が展開するのは、お昼頃になりそう、とのこと。
本当に『神の目』というものは凄いものだと思います。
きっと、神もまた同じように先遣軍の動きを捉えられていることでしょう。
寝る前にメグウィン様と少しばかりお話しましたが、神とメリユ様のご意見の乖離が気になるということで、神が直接ご介入されないか、気がかりでなりません。
とはいえ、今は準備を急がなくてなりません。
わたしはミューラ様たちと一緒にメリユ様とサラマ様のご準備に取り掛かりました。
御髪を整えて、片側だけを三つ編みに、丁寧に編み込んでいきます。
その間にミューラ様はお化粧を。
本当にメリユ様が本来のお姿で表舞台に立つことができないというのは残念でなりません。
あの赤い綺麗な髪をもっと丁寧に編み込んで差し上げたかったですのに!
「サラマ様、ご口上のご準備の方は?」
「ええ、就寝前にアルーニーとギシュにも草案を見せまして、確認してもらっております」
「そうでございますか、王国のために力を尽くしていただき感謝申し上げますわ」
「とんでもございません。
メリユ様には、聖国のためにご尽力賜り、こちらこそ深謝申し上げます」
鏡の前で並ばれたお二人が視線と口元だけを動かされて会話をされています。
ええ、本当にとても凄いことですよね?
神に認められし聖女様でいらっしゃるメリユ様と、聖国の聖女様が並んで、今日の戦に備えての会話を交わされていらっしゃるんですもの!
こんなことを言っては怒られてしまうのでしょうけれど、やっぱりとんでもない現場に立ち会ってしまっているのだなって思ってしまいます。
「お嬢様、目を瞑ってくださいませ」
「はい、ミューラ」
ミューラ様もとてもご真剣にお化粧をされていらっしゃいます。
聖国のドレスに合わせるために、派手になり過ぎないよう、かなり慎重に白粉を頬に塗られていっているようです。
そうですよね。
あまり白くなり過ぎても、今になられているメルー様のお顔では不自然な感じになり過ぎてしまうでしょうし、聖女らしく適度な白さに仕上げる必要があるかと思います。
「メリユ様、いざというときには……その」
「はい、わたしから神よりの警告を申し上げるようにいたしますわ」
『神よりのご警告』という言葉に、わたしはゾクリとなってしまいました。
いえ、そもそもサラマ様が砦前に並んだ先遣軍に対して口上を述べられるということ自体、これまでに例のないことでしょう!
普通に考えれば、この場にいらっしゃるカーレ第一王子殿下が口上を述べられるのが一般的なことだと思いますのに。
(今更ですけれど)聖国の聖女様が他国の戦に介入されること自体、初めてのことなのではないでしょうか?
この上、『神よりご警告』をご神命の代行者様でいらっしゃるメリユ様が述べられる!
想像しただけでもドキドキしてきてしまいます。
とても、その格好良いと思います。
おそらく、王国で戦の口上に女性が立ち会うのは、きっとメリユ様が初めてだと思いますし。
「神よりのご警告、でございますか」
「ええ……既に、わたしのやり方は甘過ぎるとお叱りを受けておりまして」
そんなことを考えている間にも、お話はとんでもない内容になっていて、わたしは思わずメグウィン様の方を見てしまっていました。
「殿下!?」
そして、ハナン様に御髪を整えていただいていたメグウィン様が振り返られて、わたしに視線を送ってこられたんです!
ええ、だって、昨日のあの雷のこと、メグウィン様もわたしも少し気になっていたのですもの。
敢えて二度も雷を落とされたメリユ様。
その理由こそ、あの長いご神託の中に、『メリユ様は甘過ぎる』と神よりのお叱りの内容が含まれていたためなのでしょう。
頷かれるメグウィン様もわたしも頷き返します。
神よりのご神託の詳しい内容については、お伝えいただけないことが多々含まれているのは分かっていますけれど、『甘過ぎる』という程度のことであれば問題なかったということなのでしょうか?
「甘過ぎる……でございますか」
「ええ、神より暫く強制介入はお控えいただけるとのことではございますが、バリアを張る際の付随エフェクトが……いえ、周囲への影響が以前より強まっている可能性があるかと」
「そこまででございますか?」
「メリユ様っ」
冷静に(年上の)サラマ様が、メリユ様からお話を引き出してくださいます。
ですが、我慢ならなくなったのでしょう、メグウィン様が声をあげられて、感情を露わにされたんです。
「大丈夫ですわ、メグウィン様」
「ですがっ!
……はあ、ハナン、念のため、狼煙の準備をもう一度確認しておいて頂戴」
「承知いたしました。
すぐに確認に『人』を動かします」
ハナン様が目配せされると、いつの間にかいらっしゃっていた影の女性(?)がさっと部屋を出て行かれました。
やはり、こういうところは王女殿下だと思ってしまいます。
わたしなんかとは、やっぱり出来が違いますよね?
「メリユ様、その付随エフェクトというものについて詳しくお訊きしても?」
「そうですわね。
キャンベーク川の土砂ダムを“Delete”した際のことを思い浮かべていただければよろしいかと存じますわ。
その逆のことが生じるかと存じます」
「その逆?」
「衝撃波……爆風のようなものが周囲に発生するかと」
「それで、メルー様のバリアが必要なのでしょうか?」
「はい」
なるほど?
いえ、あのときのことは鮮明に覚えておりますもの。
ですが、そこまでだなんて。
わたしはまだメリユ様のお力の凄さを十分に分かり切れてはいないのだと思ってしまったのでした。
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ついに戦の朝が来てしまいましたね。




