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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第235話 王子殿下、夜明け前に近衛騎士団長と話をする

(第一王子視点)

寝付けなかった第一王子は、夜明け前に側防塔に上り、近衛騎士団長と話をします。


[『いいね』いただきました皆様に心からの感謝を申し上げます]

 生まれて初めて経験することになる他国との戦を前に、わたしは感情が高ぶってしまい、夜明け前に起き出して側防塔までやって来ていた。

 もちろん、アメラたちには反対されたのだが、斥候等の動きが『神の目』で確認されていない以上、絶対に安全だと言うことで上がってきたのだ。


 眼下に見える聖国側の広場には、普段通りの松明しか灯されておらず、その闇の向こうに何があるのか、今は何も見通すことができないが、本日中にも万を超えるオドウェイン帝国の兵が展開されるのかもしれないと考えると、ゾッとする。


 こちらには、セラム聖国のサラマ聖女、聖騎士団の先遣一個中隊が到着しているとはいえ、帝国は数で全てを押し潰し、ここにサラマ聖女がいた痕跡すら消し去り、戦線を拡大していくことになっただろう。


「はあ」


 そう、それは……もしメリユ嬢がいなかった場合の話だ。


 神命の代行者。

 彼女がいるからこそ(普通に考えればどうやっても『負け』が見えている)最大数で五千という少ない兵力でも、皆は安堵して(反対側の)王国側の広場で笑いながら野営していられるのだ。


 本当にメリユ嬢の命一つで、目の前で突如雲が湧き、雷が落とされたという現実。


 あれで彼女を信奉しない者がいたとしたら、よほどの無神論者か、悪魔信者くらいのものだろう。

 王国側では、野営陣地の構築が間に合わず、寝ず外で過ごしている者たちも多いというのに笑い声がここまで聞こえてくるのが、彼女の存在感の大きさを否応なく突き付けてくる。


「おや、殿下、もうお目覚めになられたのですかな?」


 突然、カブディ近衛騎士団長の声がして振り返ると、ちょうど側防塔の階段が上がってきたところだった。

 松明の灯りに照らされるヤツの顔は若々しく、一瞬誰かと思ったほどだ。


「カブディ近衛騎士団長か。

 いや、初めての戦に寝付けなくてな」


「はは、それは無理もありませぬな。

 某とて、若い頃に南の辺境伯領で小競り合いを経験した程度、今の王国に、帝国を正面から相手にして怯えない者なんておらんでしょう、タダ一人、聖女様を除いて」


 タダ一人、メリユ嬢を除いてか。


 (王都騎士団を動かす準備のため)王都に残っていたカブディ近衛騎士団長は一体何を掴んだというのか、今まで見たことのないような真面目な表情をしていた。


「それはどういう意味だ?」


「はは、戦の準備ついでにビアド卿とも話をしていたのですがな、これまでの帝国との小競り合いで、どうしてあっさり帝国が引き返していたのか、ずっと疑念を抱かれていたようでしてな」


 ああ、なるほど、北の辺境伯=ビアド卿は、メリユ嬢がしてきたことを伝えられていなかったのだったな。

 メリユ嬢だけが先代から引き継ぎ……いや、そもそも、聖人の血を引いた先代のビアド卿からメリユ嬢への引き継ぎなんてものはあったのだろうか?

 使徒ファウレーナの生まれ変わりという彼女は……一体どのように修行をしてきたと言うのだろう?


「いくら王国の盾と呼ばれるビアド卿でも不審に思うほどの帝国の失敗ぶり、今考えれば、その度に聖女様が行方をくらませていらっしゃったとか。

 まあ、毎度直後に領城内で見つかっておったようですがな」


「なるほど、メリユ嬢が抜け出して、ビアド卿の手助けをしていたのは間違いないと」


「ええ、間違いないでしょうな。

 くくく、まさか某の末の孫娘と変わらぬような娘子が、聖なる力で敵を成敗しておるとは、普通は思いますまいて」


 それはそうだろう。

 たまたま領城内で行方不明になる令嬢と、敵の工作の失敗を結び付ける者なんてまずいる訳がない。

 今こうしてメリユ嬢が使徒ファウレーナの生まれ変わりであり、神命の代行者であると知っているからこそ、何とか納得できているのだ。


「そうか、メリユ嬢は……本当に何年にも渡ってミスラク王国を護ってきたのだな」


「ええ、このミスラク王国で一番戦というものを知っておられるのは聖女様と言っても過言ではないかと」


 いや、まさか、カブディ近衛騎士団長にそこまで言わせるとはな。


「はは、あまりの聖女様の働きぶりに陛下もどのような恩賞を取らせれば良いか、頭を抱えていらっしゃいましたぞ」


「そ、それはそうだろうな」


 昨夜、メグウィンやサラマ聖女と話し合っていても、彼女の存在が我が王国だけに留まらず、この地上にある全て国々すら動かすものであるのに気付かされたのだ。

 彼女を王太子妃に据えることすら、セラム聖国の賛同を得られないという状況に加え、そもそもこの戦を彼女のバリア一つで食い止めた場合、我が王国はそれに見合うものを見繕うことができないという現実。


 そもそも、メリユ嬢は、わたしと共にありたいと思ってくれるのだろうかということすら、気になってくる有様だ。


「しかし……何と申しましょうか、『若さ』とは良いものでございますな」


「急にどうした、カブディ近衛騎士団長?」


 聖国側と異なり、多くの松明が灯る王国側の広場を眺めながら、遠い目をしてカブディ近衛騎士団長がそんなことを言い出し、わたしは驚くのだ。


「ははは、この歳になりますと、何事も『変わる』ことはないと思い込むようになっていけませぬな。

 まさか、小競り合いをするしか能のない帝国が本気で我が王国を狙っているとは思いもせず、某に至っては、タダ毎年変わらず入ってくる若い騎士たちを引っ叩いていれば良いと思っておったのですからな。

 もし聖女様がおられなかったのならば、ミスラク王国には敗北以外残されていなかったことでしょう」


「……カブディ近衛騎士団長」


「たとえ神よりのご啓示、ご神託があったのだとしても、我々に力を見せたり、セラム聖国を味方に付けたり、柔軟に立ち回られた聖女様の凄さ。

 某も後もう少し若ければ、『変わる』ことを受けいられたのやもしれませぬが」


 なるほど、メリユ嬢たちの『若さ』あってこその王国の『変化』か。


 いや、メリユ嬢の存在を受け入れ、その力を信じた上で、聖女専属護衛隊の選定や王都騎士団の準備を行ったカブディ近衛騎士団長は充分に柔軟に動けていると言えるのではないだろうか?

 そもそも、聖水を浴びてからのカブディ近衛騎士団長は、妙に若々しいのだが。


「はあ、カブディ近衛騎士団長は『変わる』ことを受け入れているように思うが」


「はは、タダ聖女様を信じるようになっただけでございます。

 老いぼれは『若い』聖女様の手伝けをするのみでございます」


 本当に、まさかメリユ嬢がここまでカブディ近衛騎士団長を変えてしまうとはな。


 メグウィンたちが『ウン・クン・エンジェロ』であるらしいという話も相まって、わたしは苦笑いせずにはいられなかった。


「そうか。

 それで、カブディ近衛騎士団長は、先遣軍の動きはどう見る?」


「まず朝一で動くでしょうな。

 先ほど『神の目』を拝見させていただきましたが、戦前日の動きと申しましょうか、尋常ではないほどの、急ぎの準備っぷりでしたな」


 ふむ……まあ『星落とし』に加えて、雷まで陣地に落ちたのだ。

 いくら上が大したことはないと考えていても、『不吉』だと考える者は出てくるだろう。

 そうなる前に、今ある戦力で我が王国を叩き潰すのが得策と考えてもおかしくはない。


「そう言えば、殿下も雷の落ちた場所はご覧になられましたかな?」


「ああ、兵站の集積地に落とされていたな」


 『神の目』自体も驚愕ものだが、雷が落ち、燻っている地を見たときは衝撃を受けたものだ。


「聖女様は敵の命を直接奪われることはない。

 そのご制約は間違いないことでしょう。

 であるからこそ、某らは、聖女様を絶対にお護りし、場合によっては聖女様に代わり敵を討たねばならぬのでございます」


 なるほど……その視点は抜けていた。

 聖女であるメリユ嬢は、敵味方関係なく、相手の命を奪うような行為はできない。

 だからこそ、兵站の集積地を狙ったという訳か。


 もし、本当にもし、メリユ嬢が直接敵の命を奪うような行動を起こすとすれば、神が本気で神罰をくだす決断されたときということになるのか?


「カブディ近衛騎士団長?」


「ええ、万が一バリアから外れた敵兵が聖女様を狙ってくるようなことがあれば、某らが敵を討ち、場合によっては己の身を盾としてでも護り抜く所存でございます」


 真剣な眼差しでそう告げるカブディ近衛騎士団長に、わたしはゾクリとなった。

 まさか、そこまで考えていたというのか。

 まるで生まれ変わったかのような彼の姿に、わたしも『変わる』ことができるのだろうかと、そんなことを思ってしまったのだった。

『いいね』、ご投票等で応援いただきました皆様に心からの感謝を申し上げます!

悪役令嬢メリユ=ファウレーナさんは、確かに皆を変えていっているようでございますね!


次回更新でございますが、お仕事が立て込んできておりますため、27日頃を予定しております。

ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

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