第234話 HMDを外した悪役令嬢、戦争への備えを確かめてから休むことにする
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
HMDを外した悪役令嬢は、戦争への備えを確かめてから休むことにします。
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「さーて、敵さんは、朝になったら、動く、のよね?」
一通りバッチスクリプトの中身を再確認し終えたわたしは、『神の目』と名付けたバッチを外部出力実行させて、ノートPCの画面上で可視化させながら、敵さんの動きを眺めていた。
こんな真夜中であっても、敵さんの一部は陣地の中で色々動き回っているのが分かる。
天幕……って言うのだっけ? そこに押し込められた兵士さんたちの大多数は、最近になって陣地に連れ来られた人たちなんだろう。
まあ、こんな山奥に大量の食料を運ぶのも大変そうだし、『戦争が始まるから向かうよー』って感じで来たばっかりなんだろうな。
うん……それはさておき、敵陣からまだ煙が立ち昇っている件について。
これはわたしの落とした雷だわ。
相変わらず、軍事物資に落雷命中して燃え上がったらしいのが凄い。
いや、本当に多嶋さん介入していないんだよね?
……わたしが実行したのは、FreeObjects3D.comに上がっていた落雷の“obj”ファイルをそれっぽいエフェクトと合わせて実行したヤツ。
いや……自然現象になり得る訳ないはず、というか、見かけ倒しの落雷のはずなんだけれど、なぜ軍事物資が発火しているのかねぇ?
落雷もどきというか、それっぽいことやっただけなのに、わたしのスクリプトに含まれない雲も発生していやがったし、このエンジン、マジでどうなってんねん!?
もしやとは思っていたけれど、本当に、それっぽい現象を起こすと、本当の自然現象に変換していたりしない?
いや、してるよなー……。
してなかったら、煙が立ち昇ったりしてる訳ないし。
「あー、そういうリアリティーは要らないんだよぅ、多嶋さーん」
取り合えず、最大の懸念事項は、バリアか。
透明度ゼロで発生させると、発生時付随エフェクトでなぜか周辺の空気を押し退けて、最悪衝撃波が発生するらしい、のよね?
一応、関係各所には警告済だし、狼煙で領都にも連絡するようにはしているけれど、変なバージョンアップしていたりしないよな?
リアリティーが上がれば上がるほど、被害が甚大になるとかやめてくれよ。
何せ、敵さんだってNPCじゃないんだからさあ。
気化爆弾レベルとかは言わんけれど、この規模のバリアを発生させたら、周辺にどの程度の被害が出るのかが分からなくて怖い。
バージョンアップ前ですら、内部、外部とも砂埃が発生したり、突風が発生したりしてたっぽいから……今マジでどうなっているんだろう……。
最大サイズのバリアを発生させたとき、味方はメルーちゃんのバリアで護るけれど、外部で食み出た敵さんと内部に閉じ込められた敵さんにどの程度の衝撃が伝わるのか、分からないのが何とも。
「ああ、世界のどこか(無人地帯)でテストしてみたいところだけれど、余力を残しておきたいって意味じゃ、ちょっとキツイよなあ」
というか、わたしがなんでこんなにも異世界の悪者集団にここまで気を配らなきゃならんねーん!
って突っ込みを入れたくなる。
正直、わたしが今やっていることは、こちらの世界じゃ、多嶋さんと多分わたし、もしかすると(いるかもしれない)シナリオライターさんくらいしか知らないのよね?
Z世代的な承認欲求としちゃ、実質誰もわたしのやっていること知らないんかーいって言いたくなる。
メリユスピンオフ映画版として、これ、ツベにアップできんか?
ま、できんわな。
(前にも少し考えたけれど)超リアルなメルーちゃん、メグウィン殿下、ハードリーちゃん、カーレ殿下たちの出現に、エターナルカームのファンたちが大騒ぎになるのは目に見えている。
うーん、設定年齢より若返っちゃって……幼くなっちゃっているし、そもそもストーリーが違い過ぎるから、反発も強そうよなあ。
「……まあ、メグウィン殿下たちがわたしのやったことを覚えてくれていれば良いかあ」
そう思えなくもないけれど、それには、多嶋さんによる記憶の消去、改変が絶対に入らないことが前提となるんだよね?
正直、多嶋さんたちが覚えているからとか言われても納得できんわ!
あー、でも、これだけの神ゲーもどきを体験させてあげたんだからって言われたら、拒否れないかも。
メグウィン殿下たちとの思い出。
わたしのとっちゃ、半分バーチャルだけれど、向こうじゃリアルなんだもん。
メグウィン殿下たちの記憶が残るんなら、メグウィン殿下たちにとっては、生身のメリユとの大事な思い出に、なってくれているよね?
最初はゲーム気分というか、テスターのつもりでやっていたけれど、正直一生忘れられないプレイ体験には、なったと思う。
「はあ」
トントントン。
部屋のドアを叩く軽いノック音。
この感じは弟君か?
カチャリと返事を待たずして、(予想通り)弟君が部屋に顔を出す。
「あー、姉ちゃん、まだテスターやってたんだ?」
「はあ、まあね」
わたしが適当に返事をしていると、弟君はゲーミングチェアの方に寄ってきて、わたしは思わず逃げるようにチェアを回転させる。
「姉ちゃん、目血走ってたけど、大丈夫?」
「ああ、もう、大丈夫だってば!」
「……もしかして、姉ちゃん、泣いてたの?」
そりゃね、さっきは思い切り泣いていたんだもの。
いや、今もちょっと涙ぐんでいるかもしれないけれど……弟君には見られたくない。
「な、何でもないったら!」
「何、泣けるようなノベルゲーなの?」
ノベルゲーじゃねぇっつーの!
「姉ちゃんがそこまでになっちゃうとか、いつ頃発売のゲーム?」
「……多分、発売されない」
「はっ?
あれだけテストプレイに時間かけておいて発売されないって!?
もしかして、テスターしてたゲームが発売中止になって、泣いてたとか?」
発売中止どころか、発売予定自体がなかったっつーの!
そもそも先行して発売されていたエターナルカームが伏線……というより、向こうの世界の状況を疑似体験するシミュレーションゲームみたいなものだったということの方が驚きだわよ!
まあ、この事実を知っているのは、神様以外じゃわたしだけなんだろうけれどね!
「(ぐすっ)守秘義務だから言えません」
「また、それ?
発売されないようなゲームにそこまで熱中するとか本当に大丈夫?
母さんもいい加減しろってさ」
「そろそろ休む」
「本当にそうしてよ。
また強制連行するのも大変なんだから」
「はあ」
そう言えば弟君のアレのせいで、メグウィン殿下たちを盛大に心配させちゃったんだっけ?
……どうせなら、メグウィン殿下たちからどう見えていたのか、そして、どんな風に心配してくれていたのか、見てみたかったなあって思うわ。
「姉ちゃん、結構ゲームに没入しやすいからさ。
泣きゲーなら、あまり後に尾を引かないようにしなよ」
「……うん」
「それじゃ、お休み」
「お休み、弟君」
弟君はトンとわたしの肩を軽く叩いてから部屋を出ていく。
多分、元気付けようとしてくれたんだよね?
わたしは少しばかり心が温かくなるのを感じながら、先ほどのひと騒動を思い出す。
わたしがもし本当に生身のメリユだったなら、メグウィン殿下たちにキスしてもらったり、抱き付かれたりしたときの、感覚をはっきりと感じることができたんだろうか?
うーん、多嶋さんが今向こうに行っているって言うなら、本気で『義体でも良いから、用意してくれや』って言いたくなるわ!
まあ、どうせ、メグウィン殿下たちと直接触れ合うことなんて、できっこないんだろうけれどさ。
わたしは苦笑いする自分の頬がピクピクしているのを感じて、そっとその頬を手で押さえたのだった。
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調子の悪そうなファウレーナさん=悪役令嬢メリユですが、しっかりと準備状況を確認してくれていたようでございますね。
はたして、メグウィン殿下たちとは会えないまま、このゲームもどきは終わってしまうのでしょうか?




