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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第22話 悪役令嬢、近衛騎士団に聖水を配る

(悪役令嬢・プレイヤー視点)

悪役令嬢は、キューブバリアに閉じ込めた近衛騎士団に掌から出した聖水を配ります。

 どうしてこうなった……どうしてこうなった?


 わたしは踊り出したくなる衝動にかられながら、頭を抱え込む。

 いやね、近衛騎士団長がわたしのことを使徒様とかとんでもない勘違いをし始めたからちゃんと否定はしたのよ?

 そしたら、今度は聖女様でしょう?

 慌てて、聖女様になるには教会の認定が必要ですよーって伝えたはずなのに、なんか聖女と認めない者はここにいないとか言い出すし、なんか第一中隊の皆さんもなんか納得しちゃってるみたいだし。


 だから、皆さんがご覧になってるテクスチャアニメーションは幻みたいなもので、現実じゃありませんよーって言ったのに、なぜか今度は最敬礼されちゃう始末。


 ああ、そういや、本編でもヒロインちゃんが聖女様と勘違いされる展開あったなあとか遠くを見ながら思っていたら、否定するタイミング逸しちゃうし、本当にどうしよう……。


「嘘はいくない……」


 分かってはいるんだけれどねぇ。


 ただ、このVRデモのハッピーエンドが『悪役令嬢の国外追放回避』なのだとしたら、聖女様扱いされるのも悪くないのでは……とか一瞬でも思ってしまった自分を殴りたい。

 いくらなんでも、悪役令嬢メリユの立場のインフレーションが酷過ぎる。

 このままいくと、数日以内に新興宗教の教祖にでもなってしまいそうで怖いぞな。


「まさか、プリミティブのキューブ二個とテクスチャアニメーション程度で、超絶チート状態になるとか、どんなゲームなのよ?」


 そうなのよね。

 普通、ゲームの管理者権限獲得って、簡単に手に入れられないはずのチート技を連発するとか、キャラパラメータ弄るとかそういうもののはずなのに、こんな単純なことでお話が超展開してしまうとかあり得ないでしょう?


 うーん……って、明るくなってくると、近衛騎士団長の顔が……酷いことになってるな。


 何あの涙と鼻水まみれの顔は!?

 ムカつく悪役ダンディーオジサマだからどうでもいいかと思っていたのだけれど、このままキューブバリアをデリートして、国王陛下の前にお出しするのはちょっと気が引けるわー。


「ああ、確か……変なクラスがあったっけ?」


 そうそう、すごく変な名前のクラスがあったのよ。

 “vrTapWaterGeneration”とかいうヤツ。

 水・液体を扱う主要なクラス“vrSPH”は別に用意されているのに、何これって感じのヤツね。

 “TapWater”って訳せば『水道水』で、リファレンスを読む限り、粒子法シミュレーションで水を出せて、液面描画は“SSF”(“Screen Space Fluid”)レンダリングを使っているとかいう……“vrSPH”との区別がよく分からないのだけれど……まあどっちにせよ、水を出せるってクラスなのよ。


 うん……じゃあ、わたしの掌から水を出せるようにしてみるか?


 さっきはライトを掌の上に出せるようにしてみたところだしね。

 そういうのがあってもいいでしょう。

 魔法あり系ゲームの“Create water!”みたいな感じで、魔法使い感があっていいかもしれないじゃない?


 わたしは、『戻れる、戻れる』と盛り上がっている第一中隊の皆様を眺めながら、五分くらいでスクリプトを書き上げることを目指して、HMDを少しずらしてノートパソコンでコーディングを始めたのだった。






 はい、目標五分以内にコーディングしましたともさ。

 ちゃんと音声コマンド対応にして、“Execute batch for water-generation-on-hand”で実行できるようにしてみました、パチパチパチ。

 いや、“Create water!”で水出せるようにしようかとも思ったのだけど、音声コマンドの実装が面倒臭くて断念。


 まあ、NPCの皆さんには、呪文っぽく聞こえるみたいだから、これでもいいでしょう。


「カブディ近衛騎士団長様?」


「ははっ、これは失礼いたしました。

 何か御用でございましょうか?」


 シュタッと膝をつく近衛騎士団長。

 バリアに放り込む前と比較して、あまりの変わり様に思わず言葉が引っ込みそうになる。


「………よ、夜が明ける前に、お水で顔をお洗いになられてはいかがでしょうか?」


「は……んんっ、今何と?」


「バリアが解かれますと、国王陛下やカーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下もすぐそちらにいらっしゃるかと存じます。

 その前に顔をお洗いになられるのがよろしいかと存じますが、いかがでしょうか?」


「ははっ……しかし、ここに水はございませぬが。

 聖女様は水の皮袋などをお持ちでいらっしゃるので?」


 不思議そうに首を傾げられる近衛騎士団長。

 むっふっふ、これで掌から水が出るところを見せれば、どんな反応をしてくれるのかしらん?

 また、悪役令嬢らしく高笑いしたくなってくるわ!


「皮袋はございませんが、お水はご用意できます。

 “SwitchOn light-2 with intensity 0.04”

 “Execute batch for water-generation-on-hand with flow-speed 0.05”」


 わたしは、右掌を斜め前上方へ向けて出し、三秒間待つ。


 一、二、三……。


 掌の上に四十ワット電球ほどの光球が生まれると同時に、その光球から透明な液体=水が噴き上がる。

 水道の蛇口を上に向けたくらいの水流になっていると思うのだけれど……うん、大成功だわ。


 ライトアップされたミニ噴水みたいで超綺麗!


 本格的な3Dディスプレイが市販されるようになったら、テーブルの上なんかにインテリアとして飾っておきたいくらいね!


「おっ、おおっ、おおおっ!!」


 正義の味方に銃口を突き付けられた悪役ダンディーオジサマのごとく、両手を上げながら、期待通りの反応を見せてくれている。

 身体を小刻みに震わせている様が、何とも……ぷぷっ、ちょっ待、やっぱり、噴き出しそうになっちゃうわね!


「こっ、ここっ、これは、ど、どこからか、水を呼び寄せられているのでしょうか?」


「いいえ、わたしの作り出したものでございます」


「何とっ!!

 無から有を生み出すお力までお持ちとおっしゃるのか!?」


「奇跡だ……」


「美しい……」


 あれま、女性の騎士様方から近衛騎士団の皆様まで、ミニ噴水に釘付けになってらっしゃる?


「で、では、こ、ここっ、これは、本物の、せ、聖水なので、ございましょうか?」


 はっ、何ですと?

 何か今、せ、聖……水とか何とか、聞こえたような気が。


「……聖水」


「ほ、本物の聖水」


「聖女様のお手から聖水がっ!」


 ……いや、皆様、あのね、これタダの水……のはずだから。

 何たって、“TapWater”(水道水)とか名前の付いた、多分試作か、おふざけで作られたようなクラスだからね?


「ぃ、いえ、これ……」


「聖女様っ、その聖水をっ、の、飲むことは可能なので、ございましょうか?」


「カブダルっ、不敬であるぞっ!」


 ええっ、第一中隊隊長までそんな血眼でどうされちゃったの!?

 ちょい怖い!


「は、はあ、飲むことは可能かと存じますが……」


 まあ、“TapWater”(水道水)とか付いているくらいなんだから、NPCの皆様がお飲みになっても毒になることはないでしょう?


「「「おおっ」」」


 騎士様方のこの反応。

 ああ、なるほど……そういえば、もしかして騎士様方、破城槌を動かしたりで運動していたのに水分補給できてなくて、かなり喉乾いていたりする?


 まあ、目の前で綺麗な水が噴き出すのを見せ付けられたら、飲みたい衝動にかられても仕方がないかもしれないわね。


 んー、拾いもののカップモデルがあったはずだから、それで飲んでいただこうかしらん?


「“Load temporary object-3 file-named cup.obj on left-hand”」


 左手の掌を上に向けると、三秒後に白いなかなか凝った形のティーカップがヒュンッと現れる。

 これこれ、持ち手部分が蔓のような曲線を描いていたり、カップ表面にも蔓花の柄が凹凸の装飾として入っているのがなかなかいいのよね!


「「「おおおお……」」」


 うーん、ただ、掌にロードしたカップを呼び出すだけだと、ちょっとした手品みたいで、華やかさには欠けるなー。

 まあ、いいや、水を注いで、近衛騎士団長に飲んでもらいましょう。


 ジョジョジョババ


 うお、すぐに溢れた。

 というか、さっきから地面にこれだけ水撒いていると、庭に水撒きしてるような気分になってくるよねー。


「カブディ近衛騎士団長様」


 左手の掌上で一センチほど浮いたティーカップを近衛騎士団長に差し出す。


「おおっ」


 ……。

 両手で受け取られようとするのは構わないのだけれど、手が震え過ぎでは?

 零れちゃいますわよー?


「そ、そ、某から頂戴しても、よ、よろしいのでございましょうか?」


「ええ、どうぞ」


「ははっ、ありがたき幸せ」


 ……なんか、近衛騎士団長の目が怖くなってきたわ。

 ティーカップの水面がかなり波立ってるけれど、大丈夫なのかしらん?


「では、ぃ、いただき申す」


 ゴク、ゴク、ゴク……

 そんなに勢い付けて飲んでいる訳でもないはずなのに、やけに音を立てて飲まれてるなあとか思っていると、近衛騎士団長の目にまた涙がっ!?


「あああ、何といううまさよっ!

 身体に染み入るようでございまする!

 しかも、何でございましょう……あああ、力が漲るっ!」


「「「おおお……」」」


 ……いや、水道水レベルのはずですが。

 騎士様方もそんな大した水ではないので、期待しないでくださいませ。

 盛り上がり続ける騎士様方に、思わず視線を逸らしてしまった。






 さて、二分ほどのコーディングで同じティーカップを百六個ほど追加ロードして、空中に並べた後、それに水を注いで皆様に配給していく。

 いや、これ、水の配給している間に、テクスチャアニメーションの夜明けが完了しちゃうんじゃないかしらん?

 ま、まあ、それはいいとして、騎士様方の反応がヤバかったわ……。


「お水をどうぞ」


「あ、ありがとう存じます」


 目に涙を浮かべてティーカップを両手で恭しく受け取る女性の騎士様。

 アリッサさんだっけ。

 何かアイドルの握手会で、熱心なファンがポーッとなっているようなあの感じを思い出してしまう!


「聖女様の聖水」


「まさに光と水の聖女様だわ……」


 え、何、セメラさん……『光と水の聖女』ですと!?

 どこのファンタジー世界だよ?

 エターナルカームに魔法はもちろん神聖魔法とか、神術とかそういった類のものは存在しなかったはずなのに、どうしてこうなった!?


「(ゴクリ)あああ、何……こんなお水飲んだことない。

 疲れが吹き飛んで、力が湧いてくるような気がする」


「アリッサ、そんなに!

 で、では、聖女様、わたしもいただいてよろしいでしょうか?」


「ど、どうぞ……」


「あ、ありがとう存じます。

 あ、ありがたく頂戴いたしますっ」


 セメラさんも顔赤いよ?

 わたし、別に男性アイドルでも何でもないから。

 うぅ、タダのオタク女子なのに、そんなに見ないで!


「では、早速……(ゴク)

 ああああ、何、し、信じられないくらいに美味で……身体の中からお肌にまで潤いが広がってくるような」


 やめて!

 そんなことないから、絶対にないから!

 これは、タダのお水、本当よっ!

 プラシーボ効果でも働いてるのかしらんっ!?


 続く男性の騎士様方も、そんな期待するような顔しないで!


 わたしは、もはや苦行とも言うべき水の配給で精神を擦り減らしたのだった。

ここまで過剰な反応をされると精神をガリガリと削られそうですね、、、

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